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『異端の鳥 The Painted Bird』感想(ネタバレ)…この映画の暴力に耐えられるか

異端の鳥

この映画の暴力に耐えられるか…映画『異端の鳥(ペインテッド・バード)』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Painted Bird
製作国:チェコ・スロバキア・ウクライナ(2019年)
日本公開日:2020年10月9日
監督:ヴァーツラフ・マルホウル
性暴力描写

異端の鳥

いたんのとり
異端の鳥

『異端の鳥』あらすじ

東欧のどこか。戦火を逃れて疎開した少年は、預かり先である1人暮らしの叔母が病死して行き場を失い、たった独りあてもなく彷徨うことになる。行く先々で彼を異物とみなす人間たちから劣悪な仕打ちを受けながらも、なんとか生き延びようと必死でもがき続けるが、世界はこの無力な少年に無慈悲でさらなる地獄を見せていく…。

『異端の鳥』感想(ネタバレなし)

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映画も凄いが、原作者裏話も壮絶

映画よりも原作の方が面白い…という意見はよくあります。しかし、ときには映画よりも原作にまつわるリアルなエピソードの方が面白い…というパターンもあったりします。

今回紹介する映画、『異端の鳥』もまさにそんなバックグラウンドを持っている作品です。

本作は2019年のヴェネツィア国際映画祭に出品されて上映されると話題騒然になりました。ちなみにこの年のヴェネツィア国際映画祭では最高賞である金獅子賞には『ジョーカー』が輝いたわけですが、そちらもなかなかにショッキングな映画でしたが、この『異端の鳥』の衝撃度はそれを上回っていました。上映中も途中退席者が続出するなど、直視できないインパクトで観客の心を良くも悪くも揺さぶったのです。

そんな話を聞かされると「どんな映画なんだ?」とますます内容が気になりますし、「もしかして炎上商法ではないか」と疑う気持ちも僅かに生じるのですが、鑑賞した立場で断言します。この『異端の鳥』、本気でキツイ作品です

主人公はとある少年であり、その子は戦争の恐怖から逃げてくるのですが、あまりにも厳しい事態に直面します。とにかくそれがもう…「壮絶」の一言でしか表現できないもので…。

コミュニティから迫害される人間を描くといえば、最近も『名もなき生涯』がありました。また、迫害のバイオレンス描写として『ナイチンゲール』もかなりエグイものでした。

しかし、この『異端の鳥』はちょっと次元が違うかもしれません。なにせ映画時間が約170分で全編モノクロの中、ひたすら登場人物たちが人間の闇を見せていくわけです。どんな気持ちで観客は本作を観ればいいというのか…。

実は本作は原作の時点でセンセーショナルになっていました。原作はポーランドの作家「イェジー・コシンスキ(ジャージ・コジンスキー)」が1965年に発表した「ペインティッド・バード」なのですが、そのあまりの凄惨な内容ゆえに発禁書扱いになってしまいました。

しかもここからがまた驚愕なのですが、この原作と著者には話題が尽きません。まずそもそも原作は著者の実体験が元になっているという触れ込みがあったのですが、後に大部分が創作であると判明。さらに盗作騒動まで巻き起こります。それだけでなく、ゴーストライターだとか、イェジー・コシンスキというのはひとりの人物ではなく集団だとか、CIAと関わっているだとか、もう収拾がつかないほど真偽不明の情報が錯綜しまくり、イェジー・コシンスキは自殺してしまいます。

なんというか言葉も出ないですけど、このリアル・エピソードの方が映画化する価値があるんじゃないかと思うほどです。真相は藪の中ですが、原作者のイェジー・コシンスキは作家になってからも異端者だったんですね。

とはいえ小説の評価が奈落の底に落ちたわけではありません。その問題作がついに映画化となりました。

監督はチェコ出身の“ヴァーツラフ・マルホウル”で、なんと11年もかけて企画を練り上げて完成に費やします。撮影にすら2年もかかっています。撮影を務めたのはチェコ映画界の巨匠として名を馳せる“ウラジミール・スムットニー”です。

俳優陣は、主役に無名の子どもである“ペトル・コトラール”を抜擢。よくこんな映画に出演しようと思いましたよ。大丈夫かな、学校で虐められないかな…。

脇を固めるのはラース・フォン・トリアー監督作品によく出ている“ウド・キアー”、マーティン・スコセッシ監督作品でも顔を見せる“ハーヴェイ・カイテル”、ドラマ『チェルノブイリ』でも名演を見せた“ステラン・スカルスガルド”、『キリング・フィールド』の“ジュリアン・サンズ”、『ワンス・アンド・フォーエバー』の“バリー・ペッパー”など。なんだかみんな自分のキャリアなどかなぐり捨ててこの衝撃作に身を捧げている感じで、役者って大変だなと私は他人事のように思うしかないのですが…。

ともあれ『異端の鳥』、すごくオススメしづらいのですが(宣伝も大変だろうなぁ)、間違いなくとんでもない映画です。

観れば必ず不快な気持ちになります。あらゆる暴力シーン(性的虐待、児童虐待、動物虐待を含む)が満載で、気が滅入ります。

でもこの壮絶さを見届けた後には、あなたの体と心に何かが刻まれているかもしれません。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(覚悟を持って観ましょう)
友人 △(かなり人を選ぶので注意)
恋人 ✖(デート向けでは全くない)
キッズ ✖(子どもはさすがに不向き)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『異端の鳥』感想(ネタバレあり)

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どこへ行っても地獄が続く

第2次世界大戦の最中。人間と人間が争い合い、傷つけ合うこの時代。今、ひとりの少年が森を疾走しています。手にはフェレットのような小動物を抱え、何かから逃げているようです。

しかし、そこに別の少年たちが横からぶつかってきて、逃走していた少年は捕まり、馬乗りで殴られます。フェレットは油をかけられ、火をつけられます。悶え苦しみ焼死するさまをジッと見つめることしかできません。

ボロボロな少年はとぼとぼと歩き、井戸で水を汲む叔母のもとにたどり着きます。両親から疎開というかたちでこちらまでやってきた少年。今度はこの叔母との暮らしが始まります。

その生活は貧しく、賑わいもありません。ただそこには居場所がありました。

ところが、ある日、部屋にいる叔母に近寄るといつものように足を桶に入れたまま座っており、よく見ると息絶えていました。驚いた少年は手に持っていたランタンを落としてしまい、その火は瞬く間に燃え上がり、家は炎上。居場所はなくなりました。

翌朝、家のそばの木の根元で丸くなって眠っていた少年は起きると、燃え尽きた家の残骸を目の当たりにして途方に暮れます。ここにはいられない。でもどこへ行けばいいのか。

集落へ向かうと、大勢の村人に囲まれ、農具で追い立てられ、犬に吠えられ、あげくに鞭で叩かれます。さらには頭だけ出すかたちで地面に埋められて放置。数羽のカラスがよってきて、大声を出して追い払うも、また飛来。頭を容赦なくつつかれ、血を流すのでした。

川に突き落とされた少年は流木に捕まり、そのまま流されます。

少年は今度はとある夫婦のもとに身を寄せます。屋根裏から覗くと、容赦なく女に暴力を振るう男の姿があり、苦痛の声が響きます。ある日、男は女と一緒にいた若い男の目をスプーンでえぐります。落ちた目玉を舐める猫を見つつ、少年は目玉を回収。そっと外へ逃げだし、両目をえぐられた男の手に目玉を渡し、立ち去りました。

今度は鳥をいっぱい飼っている男のもとで生活することに。その男は謎の女性と野外で体を交じり合いますが、暴力をしあう人間たちに直面。男は首を吊ります少年はその首吊り直後の男を発見、持ち上げようとしますがどうしようもなく、ぶら下がって体重をかけるのでした。

少年は馬を見つけます。その馬は足を痛々しく怪我していり、かろうじて歩ける程度です。しかし、その馬は首にひもをかけられて引っ張られ、無残に殺されました。

次に少年はある酒場に迷い込み、そこでドイツ兵に引き渡されてしまいます。男に拘束され線路を歩かされるも、その男は走って逃げるように合図し、銃を上に撃って逃がしてくれました。

線路を歩く少年。脇にはおびただしい死体があり、荷物を漁ります。同年代の子どもが撃たれて苦しんでいるのを目撃しますが、その子の靴を盗るだけ。

そうやってあてもなく歩いていると、ドイツ兵に捕まってしまいます。そして将校に射殺されそうになりますが、とっさに相手の靴を磨いて命乞いをし、なんとか見逃してもらいます。

続いて司祭に拾われ、その地元のとある男のもとに身を寄せますが、その男は小児性愛者であり、暴力的でした。ある日、少年はその男にネズミがうじゃうじゃいる穴に落とされそうになりますが、逆に落とし返します。ネズミに食われ、絶叫する男。

そして司祭の下働きをしますが失敗したせいで、肥溜めに投げ込まれます。

少年の絶望はどこまで続くのか…。

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動物すらも容赦ない!

『異端の鳥』、名前から動物映画だと思った人はたぶんいないと思いますが、仮にいるとしたら冒頭数分で地獄を見たでしょう。

本作はなぜかはわからないですけど、やたらと動物を駆使した残酷描写が多いです。冒頭のフェレット焼死しかり、馬の引き殺しもあり…。動物が酷い目に遭うだけでなく、動物が酷いことをしてくる展開も何度もあります。犬、猫、カラス、ネズミ…いろいろな動物すらも残酷性を発揮してくるのです。

ちなみに本作の原題は「The Painted Bird」で、これは1羽だけ色を塗られた鳥は他の同種の鳥に攻撃されるという原作の中のエピソードに由来しているそうです。実際にそんなことが起きるのかは謎です。たぶんそんな単純な話でもない気がしますけど…。

少なくとも作中のようなカラスが執拗に攻撃してくることはよほど学習付けしてない限り、ないと思います。でもなんかヒッチコック監督の『鳥』みたいですよね、あのシーン(まあ、その何十倍も極悪な描写だけど)。鳥がなぜだかわからないけどマシーンのように攻撃行動をとってくる恐怖。

本作は人間だけが恐ろしい…みたいな映画ではないということです。動物すらも攻撃性を示してくる。まるで全世界が狂気的な攻撃本能に憑りつかれたようになっている。国も人種もイデオロギーも性別も年齢も関係ない。その怖さだけがただただ刻み込まれていく約3時間です。

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まるで別の惑星のような…

『異端の鳥』は全編モノクロで、これが絶妙な効果を発揮しています。

戦争映画だとモノクロというのは珍しくないのですけど、本作の場合はまるで「ここではないどこか」という異質さを感じさせます。それこそディストピアSFのようで、別の惑星のようにすら思えてくるほどです。

舞台は東欧のどこかで、作り手も具体的にどこかを明示しないようにしています(明示したらそれはそれで批判を受けそうですしね)。モニュメントになるようなものは一切映らず、地域を特定することはできません。

しかも、わざわざ人工言語「スラヴィック・エスペラント語(インタースラーヴィク)」を採用し、言葉すらも独自性で保護しています。だからおそらくどこの国の人が見ても本作をよそよそしく観るのでしょう。

でもそういう「別の惑星のようにすら思えてくる」という印象は単に観客がそう思いたいだけかもしれないです。こんな残酷な世界が自分たちの住む世界と同一なわけがない、と。これはある種の『猿の惑星』を観ている時の観客の心情と同じですね。

『異端の鳥』のように子どもが残虐な世界を体感していく地獄ムービーは別にこれが初めてではありません。1985年公開のソ連映画である『炎628』は、ドイツ占領下のベラルーシで赤軍パルチザンに身を投じた少年がドイツ軍の虐殺を間近で見ていく様子を鮮明に描きだし、衝撃を与えました。子どもという無垢な存在を主軸に非情な空間を見せつけていくというのは定番といえばそうです。

しかし『異端の鳥』は主役の子がほぼ無言であったり、徹底してモノクロな無機質さを強調しているせいで、余計にSFっぽさが増しています。寓話というほどのファンタジーさでもない、リアルに根差したディストピア。このバランスが本作の良さなのかなと思います。

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あの少年は何者なのか

『異端の鳥』で気になるのはあの主人公の少年は結局は何者だったのか…ということです。

すぐに思いつくのは少年がユダヤ人であるという説です。あの子はホロコーストから逃げてきたのであり、だからこそ至る所で迫害されていくのだと説明することが簡単にできます。少なくともモノクロではありますが、あの子の見た目は他とは違いますし、そう思われてもしょうがないように思えます。あの子が言葉を発しないのも喋れば正体が余計にバレるからなのかもしれません。

一方で別の見方もできます。あの少年は「ロマ」の可能性もあります。ロマというのは「ジプシー」と呼ばれる東欧を中心に暮らす移動型民族です。『ノートルダムのせむし男』とかに出てきますね。

このロマもナチスにとって民族自体が迫害を受けてきた歴史があるのですが、ユダヤ人ばかりがクローズアップされがちで、いまいち世間の認知も低いです。

あの少年をロマと見なすこともできます。風貌から言えばロマの方が近いのかもしれません。ロマの人はロマ語という固有の言語を話します。

しかし、そのどちらも結局はあの少年を見た目で勝手に判断しただけで確証はありません。そもそも原作ではあの少年は何なのか、明確に言及しておらず、ユダヤ人なのかロマなのか、はたまた別の何かなのか、それはあやふやなままです。
そしてそれこそがこの物語の肝であり、つまり観客すらもあの子を勝手に決めつけてしまっているということです。きっと異質に違いない、と。だから蔑視を受けるのだ、と。もちろんその誹謗中傷や暴力行為には賛同はしないでしょうが、でも少年を同質とは見なしていないのは変わらないでしょう。

やがてあの少年すらも暴力に染まっていきます。自分を虐げた相手に銃を向け、ついには殺めてしまいます。すると不思議なことにちょっとあの少年はあの世界で浮かない存在になったかのように思えます。暴力的になれば同調できる。完全にあの少年は群れの仲間入りを果たしてしまいました。これで仲間外れにはならない…そうなのかもしれないけど、本当にそれでいいのか。観客をとことん困惑させながら、映画はあてもない終幕へと向かいます。世界がもし全て残酷になってしまったら…あなたも残酷になりますか?と問われている感じです。

ラストで少年は「JOSKA」と車の窓に文字を書きます。これがこの少年の本当の名前なのか。それとも新しく自分で名前を作ったのか。それもわかりません(ちなみに原作者のイェジー・コシンスキという名前は本名ではありません)。

ただ、ここで初めてアイデンティティが示されていき、暴力に頼らない唯一の拠り所を見つけることができます。しかし、その先に本当に平穏があるのかはわからないのですが…。

『異端の鳥』鑑賞後に多くの人に残るのは「人間とは恐ろしい生き物だ」という感情でしょうけど、その「人間」の中に自分自身を含めているでしょうか。私たちもあの世界の住人だということを忘れないようにしたいです。

『異端の鳥』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 80% Audience 64%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
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関連作品紹介

残虐な迫害を描いた暴力描写のある映画の感想記事の一覧です。

・『名もなき生涯』

・『ナイチンゲール』

作品ポスター・画像 (C)2019 ALL RIGHTS RESERVED SILVER SCREEN CESKA TELEVIZE EDUARD & MILADA KUCERA DIRECTORY FILMS ROZHLAS A TELEVÍZIA SLOVENSKA CERTICON GROUP INNOGY PUBRES RICHARD KAUCKY ペインティッドバード

以上、『異端の鳥』の感想でした。

The Painted Bird (2019) [Japanese Review] 『異端の鳥』考察・評価レビュー