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『リリーのすべて』感想(ネタバレ)…この映画はリリーの「すべて」ではない

リリーのすべて

この映画はリリーの「すべて」ではない…映画『リリーのすべて』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Danish Girl
製作国:イギリス(2015年)
日本公開日:2016年3月18日
監督:トム・フーパー

リリーのすべて

りりーのすべて
リリーのすべて

『リリーのすべて』物語 簡単紹介

1926年のデンマーク。風景画家のアイナー・ヴェイナーは、肖像画家の妻ゲルダに女性モデルの代役を頼まれたことをきっかけに、自身の内側に潜む女性の存在が目覚める。これほどの解放感は経験したことがなく、肯定されていく感覚に包まれる。それ以来、「リリー」という名の女性として過ごす時間が増え、自分らしさを見いだしたことで輝いていくリリー。それは周囲の人間関係にも変化をもたらしていき…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『リリーのすべて』の感想です。

『リリーのすべて』感想(ネタバレなし)

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リリーになっていく芸術を楽しむ

「性別適合手術」という言葉をご存知でしょうか。「性転換手術」という言い方の方が日常で聞くかもしれませんが、当事者はあまりこの表現を好まないこともあります。いわゆるトランスジェンダーの人が、自分の身体の性的特徴を自認するジェンダーへと合致させるための外科手術のことです(トランスジェンダーの人は全員これをするわけではありませんが)。男性から女性に、女性から男性に。子宮卵巣摘出術や陰茎切除術などを行うため、基本は不可逆…もとには戻れません。それくらいの覚悟を持って行われることです。

当然ながらこれは美容整形などとはわけが違います。美意識のためにするものではなく、自分のジェンダーの不一致が原因で抱えている苦痛を和らげるための処置のひとつです。だから「適合」という言葉を使うのでしょう(この言い方の良し悪しはあると思うけど)。

この性別適合手術は日本ではあまり身近に感じないという人も多いかもしれませんが、国内での初の手術は1950年だそうです。案外古くて驚きました。太平洋戦争が終わってたった5年後です。そんなことを行うような発想すらないと勝手に思ってました。ただ、今と同様に認識されていたのかはわかりませんが。

では、世界で初めて実施された性別適合手術は? そんな気になる疑問に答えてくれる映画が本作『リリーのすべて』です。

本作は、2010年に『英国王のスピーチ』がアカデミー作品賞を受賞したトム・フーパー監督の最新作です。『英国王のスピーチ』も自分が抱える“ある特性”によって苦しんで乗り越えようとする人間の話でしたね。

そして本作は、世界初の性別適合手術を受けた人物「リリー・エルベ」を題材とした、デヴィッド・エバーショフによる小説「The Danish Girl」を原作としています。この物語は史実が基になっているというわけです。手術が行われたのは1930年。まだ世界がこれからも不穏な戦争に突入していく前の時期でした。ただし、手術の事実はあっても、映画では史実とは異なる変更点等があるのですが…。

本作の一番の魅力は役者の演技でしょう。

リリー・エルベを演じた“エディ・レッドメイン”が、『博士と彼女のセオリー』に続いてのチャレンジでこういう題材を選ぶのか…ともあれ見どころです。

ただ、その妻を演じた“アリシア・ビカンダー”(アリシア・ヴィキャンデル)も忘れてはいけません。この映画はアリシア・ビカンダー演じるゲルダ・ヴェゲネルというリリー・エルベの妻の物語といってもいいものです。アリシア・ビカンダーは第88回アカデミー賞で助演女優賞を受賞しました。この受賞については、主演ではなく助演なのはなぜ?という疑問もなくはないですけれども…。一応、主人公はリリーのほうなんでしょうね。

いわゆるLGBTQに含まれるトランスジェンダーを題材にした映画ですが、当時の時代性を反映した歴史映画として見てもいいと思いますし、冒頭に描いたようにジェンダー医学における始発点となる歴史を描く意味でも興味深いです。

↓ここからネタバレが含まれます↓

『リリーのすべて』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):リリーの絵を描く

1926年、コペンハーゲン。「素晴らしいわ。自慢のご主人ね」と隣の人に言われるゲルダ。夫のアイナーはデンマークの風景画家としてかなりの成功をおさめていました。ゲルダにしてみれば複雑です。自分も肖像画家ではあるのですが、その評価はいまひとつ伸び悩んでいたからです。といっても夫婦の関係は良好です。

ゲルダは自分の絵を売り込みにいきますが、肖像画を見せても「個展をやっても売れるとは思えない」と言われてしまいます。

苛立ちながら帰宅したゲルダ。アイナーにもきつくあたります。

ゲルダはアイナーに絵のモデルになっていたダンサーのウラが稽古で来れなくなったので代わりに足のモデルをしてほしいと頼みます。絵はほとんど完成していましたが、脚の部分だけはまだでした。アイナーは快く受け入れます。

アイナーはストッキングを履き、女性用のシューズを身に着けて、絵のとおりのポーズをとります。そのとき、ゲルダは雰囲気作りのためにアイナーにドレスを抱かせてまるで身に着けたかのようにさせます。なんとなく落ち着かないアイナー。

しかし、その際にウラがやってきて、おどけながら「あなたはリリーね」と手に持っていた花束を渡し、アイナーもポーズをとり続けます。

夜。集中しながら絵を描く作業をするアイナー。ベッドで横たわるアイナーはゲルダの服装に関心を持ちながら、また体を重ねます。

知り合いとパーティーをしているとき、「彼のどこに惹かれたの?」と聞かれたゲルダ。当人も以前は足首を見せて誘ったものの、その理由はうやむやです。

その夜、ゲルダはアイナーの服を脱がせると、その下に自分の女性用の服を着ていたことに気づきます。そして2人はキスし合います。

ゲルダはベッドで眠る女装したアイナーを眺めながら、それをモデルに絵を描きます。眠れなかったのでそうしているだけでしたが、画家として描きたいと思わせるものがありました。

しだいにゲルダはアイナーをより女性らしくさせることに熱心になります。化粧をし、女性的な仕草を教えます。アイナーも乗り気です。

「リリー、あなたを描く」

こうしてゲルダはリリーをモデルに絵を描くことに情熱を捧げていき…。

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映画が美化したこと

最初、私は地味な映画なのかなと思っていました。雰囲気も暗そうですし、どうしてもこういうテーマの作品はシリアスなんだろうなと身構えてしまいますよね。あんまり良い映画鑑賞の姿勢とはいえないのですが…。

ところがそんなのは杞憂。本作『リリーのすべて』は実に美的な作品でした。主人公となるリリーとゲルダが画家ということで、映画自体も芸術性を前面に出したデザインとなっています。

釘づけになるのは、やはり主役のリリーとゲルダでしょう。リリーという女性に変貌する難しい役を演じたエディ・レッドメインですが、もともと美形で女性っぽい顔つきなせいかそこまで驚きはありません。アリシア・ビカンダーも、ちょっと幼い顔をしているせいで(これはエディ・レッドメインも同じですが)、学生感が拭えない感じはあります。

そのぶん、二人は目線や仕草など繊細な演技で勝負しています。

肖像画の中のリリーは人気ですが、現実のリリーに居場所はない…。対して、ゲルダはリリーが魅力的になればなるほど、自分の居場所がなくなっていく…。切ない対比。この感想の前半で私は性別適合手術は「自分の性が原因で抱えている苦痛を和らげるための立派な“治療”のひとつ」と表現しました。そのとおりのはずです。確かにリリーは手術でそれまでの人生の苦痛を取り払ったのかもしれません。しかし、ゲルダとの距離ができてしまう。まさに不可逆な作用が、身体だけでなく、周囲の人間関係にも生じているという事情。

これは結構センセーショナルというか、踏み込んだ描写だと思うのです。単純に考えたら「手術して幸せになりました。ハッピーな新しい人生! イエーイ!」みたいなお気楽でも描けないこともない話ですし、安直なハッピーエンドにするならこうなるのが定番です。でもこの作品は“負”を描く。そういう言い方をしていいのかわかりませんが、そこに手を出してしまうのは良いのか、悪いのか。ステレオタイプにもなるのではないか。

とにかく二人の若い役者は、それぞれの葛藤を見事に表現してみせており、こちらも素直に凄いと思いました。正直言って、この映画の魅力はこの二人のパワーに大きく頼っていると言わざるを得ないほどです。

とくにエディ・レッドメインは、なんでここまで繊細な演技ができるのか、不思議なくらいミステリアスな俳優ですね。英国イメメン俳優にランクインする人ですけど、そんなアイドル的な枠に収まる人じゃありません。今後の成長が楽しみ…。これからずっと追いかけられると思うと幸せ…。

役者陣のみなぎるパワーの一方で、本作には最大の問題点があります。それは「美化し過ぎ」ということ。

史実のアイナーは、22歳でゲルダと結婚、30歳で女性として生活をするようにり、38歳頃にリリー・エルベと名乗るようになりました。そして、性転換手術を受けたのは48歳です。つまり、“完全に”リリーになるまでは20年以上の年月が実際には存在するのです。しかし、本作では時間の経年をしっかり描いていません。主役となる二人はいつまでも若々しいままです。

また、映画ではリリーとゲルダは最後まで関係を保ったように見えます。しかし、これも史実は少し違って、実際はリリーの手術後は離婚しています。というのも、当時のデンマークでは同性愛は犯罪になってしまうという法的な問題があったからです。離婚後、リリーはフランス人画家のクロード・ルジュンと恋に落ち、ゲルダはイタリアの将校で外交官の男性と再婚。ゲルダがリリーの死を知ったのは再婚相手と過ごしたモロッコにいたときだったそうです。

嫌味な見方をするのなら、これは美男美女の悲恋という形式を損なわない程度にバランスをとって描いた「誰にでも受けやすい」ラブストーリーにするための映画の嘘といえるでしょう。

映画として万人に見てもらうためには、これらの嘘は仕方がないのかもしれません。でも、やはり史実が題材になっているからこそ、その嘘に疑問や嫌悪が生じるのも理解できます。私も映画の「美化」のほうが気になってしまいました。

「トランスジェンダーを芸術品のように描いていいのか?」をどう受け止めるかによって、この映画の評価がどこまで上がるか決まるでしょう。

個人的にはそういう“オブラート”がなくても、観客にはこの二人の生き様がしっかり伝わったのではと思うのですが…。あの実力のある俳優陣なら年齢経過も含めての演技ができそうですし…。

少なくとも、この映画を観ることでリリー・エルベという人間のすべてを知ることはできないと断言できます。 だからこれは映画の『リリーのすべて』なんですね。

『リリーのすべて』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 67% Audience 72%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★
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関連作品紹介

トランスジェンダーをより知ることのできるドキュメンタリーの感想記事です。

・『トランスジェンダーとハリウッド 過去、現在、そして』

・『ジェンダー革命』

作品ポスター・画像 (C)2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

以上、『リリーのすべて』の感想でした。

The Danish Girl (2015) [Japanese Review] 『リリーのすべて』考察・評価レビュー