37セカンズ
映画『37セカンズ』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

英題:37 Seconds
製作国:日本(2019年)
日本公開日:2020年2月7日
監督:HIKARI

37セカンズ

あらすじ

脳性麻痺の貴田夢馬(ユマ)は、過保護な母親のもとで車椅子生活を送りながら、漫画家のゴーストライターとして空想の世界を描き続けていた。自分でも何か作品を発表したいと思い、アダルト漫画の執筆を望むユマだったが、リアルな性体験がないと良い漫画は描けないと言われてしまう。途方に暮れていると、障がい者専門の娼婦である舞に出会い…。

『37セカンズ』感想(ネタバレなし)

障がい者を起用する価値

身体障害、知的障害、精神障害…。このようなものがハンディキャップとなってしまったせいで社会で「障がい者」と呼ばれることになった人たち。

こういう人たちを描く映画はたくさん作られるべきだと私も思います。それは「障がい者」が世間一般では“見えない存在”として扱われているから。街を歩いてもそういう人たちはあまり見かけないと思います。でもこの世界にいます。いろいろな事情で表に出てこれないだけで。

映画はそういう裏の人たちを可視化させるパワーがあり、その役割を果たすためにも「障がい者」を扱った映画はドシドシ生み出されるべきでしょう。

ただ、ひとつ問題があってその映画内で「障がい者」を演じるのは誰なのかという議論。たいていは健常者が「障がい者」を演技することが多いです。別に健常者の俳優が演じることを否定するつもりはないですし、そうやって創り出された素晴らしい映画を私も多く観てきました(『岬の兄妹』は2019年の個人的ベスト10にも選びました)。


しかし、可視化という映画の担うべき務めを考えるなら、障がい者本人が「障がい者」を演じる方が良いに決まっています。本物なのですからこれに勝る説得力はありません。

けれども無名な障がい者の俳優では客を呼べないなど商業的な理由もあって、障がい者当事者の起用は避けられがちです。

そんな映画作りにおいてさえもハンディキャップを抱えこむという皮肉な状況の中、それでも障がい者当事者をキャスティングした映画はとても貴重な存在です。最近でも『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』のようなインディーズ映画もありましたし、『クワイエット・プレイス』のようなエンタメ性も兼ね備えてヒットさせた作品も登場しています。

邦画の業界では海外以上に障がい者キャスティングは滅多にないのですが、このたび日本出身の監督がとても素晴らしい作品を作り、国内外で高く評価されました。

それが本作『37セカンズ』です。

本作を語るうえでまず監督の紹介からした方がいいと思います。監督は“HIKARI”という人で、大阪市出身だそうですが、映画を学べる最高の教育の場として超有名な南カリフォルニア大学院(USC)にて学び、全米監督協会(DGA)からも高い評価を受けていたそうです。製作した短編の評判は良く、新進気鋭のクリエイターとしての注目度もあがり、ついに長編映画デビューとなったのが本作『37セカンズ』。

当然、無知な私は“HIKARI”監督なんて知りもしなかったのですが、この『37セカンズ』が第69回ベルリン国際映画祭のパノラマ部門で観客賞を受賞したりと、世界的な評価の高さを示す実績が流れてきて、さらに大手映画会社からも声がかかっているなんて話を聞けば、見逃すわけにもいきません。世界で活躍する期待の若手女性監督が日本から生まれるなんて最高ですからね。

その“HIKARI”監督の才能が光る『37セカンズ』。主人公は生まれた時から「脳性麻痺」となった女性です。脳性麻痺は、出生前の脳の発育過程で生じた脳の奇形か、出生前、分娩中、または出生直後に起きた脳損傷が原因となるのだそうです。四肢の動きが制限されるほか、知的障害などをともなう場合もあり、現代の医学では完治はできません。脳性麻痺は乳児1000人のうち1~2人に起こるとのことで、そう聞くとそんなに珍しいとは言えない気がします。症状の程度の差があるもので、本作の主人公の場合は、車椅子生活で、入浴などでは介助を必要とするレベルとなっています。

そんな主人公を演じているのが、作中と同じく脳性麻痺を抱える“佳山明”。そもそも演技経験はなく、オーディションで抜擢されたとのこと。しかも、観てびっくりですが、かなり性をストレートに題材にしているだけあって、ヌードもがっつり披露しており、新人としては相当な挑戦。ましてや自分の障がいも忖度なしでストレートに撮ってもらっているわけですから、称賛の言葉しかでません。

一方でこの『37セカンズ』は“HIKARI”監督の若い感性が炸裂しており、邦画特有の重さ(ときにそれはむやみにシリアスさだけを助長する)がなく、変な言い方ですが、ポップで軽快ですらあります

間違いなくこの『37セカンズ』はこれまでの既存の障がい者を扱った邦画とは決定的に違いますし、さらに海外映画では絶対に見られないような“日本らしさ”も内包している。とてもユニークな作品です。

近くの劇場で公開されている際は、ぜひ観る映画として候補に入れて検討してみてください。

オススメ度のチェック
ひとり◎(難しくなく気軽に観られる)
友人◯(互いに前向きになれる一作)
恋人◯(誰でも前向きになれる一作)
キッズ△(セクシャルな描写あり)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『37セカンズ』感想(ネタバレあり)

「恋はまことに影法師」

駅員の補助で電車から降りる車椅子の女性。駅の外に出ると、母親らしき女性が迎えが来ます。家に着くと今度は風呂場へ移動し、母に服を脱がされ、そのまま母と一緒にバスタブの湯につかります。

貴田ユマは生まれながらの脳性麻痺が原因で、体が不自由でした。日常生活では常に母の介助を受けています。母は母で不便な人生を背負う娘の世話ばかりを考えており、それだけが日課のようです。

一方で、貴田ユマは家の外で仕事もしています。その仕事とは、漫画クリエイター。職場のデスクの前でパソコンと向き合い、たくさんのファンを抱える作品の絵を今日も描いています。そうやって生み出した「彼は猫アレルギー」は大好評で、雑誌の巻頭カラーにもなったり、サイン会すらも開かれるほどです。

ただひとつ。世間ではこの作品を生み出したのは「SAYAKA」という女性になっています。その女性は自分のペンネームというわけではなく、今この職場の自分のデスクの前にいる人物。漫画家でYouTuberとしても大人気のアイドル的存在です。つまり、実は貴田ユマはゴーストライターなのでした。

SAYAKAとは仕事関係が長いようですが、貴田ユマは完全に存在を公にされておらず、雑誌担当者ですら貴田ユマをアシスタントだと思っています。

本屋でSAYAKAのサイン会が開かれ、「彼は猫アレルギー」3巻を買い求めるファンに囲まれる彼女を遠巻きに見つめますが、SAYAKAは反応しません。それでいて創作は貴田ユマに頼りっきりで、テキトーな言葉で持ち上げて甘えてくるだけ。

その状況に言葉にはしないですが不満を抱く貴田ユマはいつもの雑誌担当者に自分のオリジナル原稿を見てもらうことに。しかし、返事の電話では「良いけど、SAYAKA先生の作品に似ていますよね」と否定され、こちらも何も言えず…。

途方に暮れて公園をプラプラしていると、植え込みにアダルト漫画雑誌が数冊落ちているのを発見。それを部屋に持ち帰り、1冊1冊、会社に電話していき、「漫画家志望なものなんですが…」と伝えることに。運よく、一社だけ「原稿、持ってきて」と言ってくれたところがありました。

さっそく漫画を執筆。設定は、地球外の存在(人間の女性の姿)が健康な男のDNAを求めて、最も優秀な遺伝子と交わるべく、地球の男たちとセックスをする…というもの。なんか、うん、ありがちだ…(『スピーシーズ』シリーズとか、『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』で見たやつ)。

ところがいざ編集社に原稿を持っていくと、対応してくれた編集長の藤本は「ヤったことある?」と直球で性体験を聞いてきます。「ない…です」と正直に答えると、「リアルさに欠けるかな」「好きな人に抱きしめられたことある?」「妄想だけで描いたエロ漫画なんて面白くないでしょ」と手厳しいコメント。「いつかあなたがセックスしたらまた来て」と丁重に返されてしまいました。

こうなったらとエロサイトを閲覧して勉強したり、マスターベーションもやってみようとしますが、過保護な母のいる家では高難易度すぎるミッション。するとふとアダルトサイトの出会いサイト広告に目がいきます。

藁にも縋る気持ちで男性たちと出会いますが、どれも自分と本気で親密になってくれる人はおらず、夜の歓楽街を彷徨うことに。最終手段的に性風俗の客引き男に「男性の方って紹介してもらえますか」と頼み込み、高いカネを払ってチャンスを得ます。

ところが本番を迎えたその瞬間に大失態。1万8000円を浪費しただけで終わりました。

失意の中、動かないエレベーターを前に絶望にくれていると、車椅子の男の上に乗っかった女がやってきます。

その障がい者専門のセックスワーカーであるの出現が、貴田ユマの硬直した人生に自由を与えることに…。

37セカンズ

日本らしい搾取の構造

ワケあって公で活動できない才能ある人間が、アダルト漫画などアンダーグラウンドな業界で活躍していこうとする…そんな『37セカンズ』の導入部は、割と他の作品でも見られることであり、そこに新鮮さはそこまでないと思います。

ただ、その導入含めて本作には「障がい者と社会の関わり」という現実的な構図がしっかり物語設定内に組み込まれており、そこが興味深いです。

例えば、ゴーストライターという設定。正直、あそこまでのゴーストライター状態ならどうせすぐにバレるのではないかと思うのですが、そんな現実的ツッコミはさておき、障がい者が“見えない存在”としてしか成立できないことを戯画化しているアイディアとしても面白いです。

それに貴田ユマの偉功を完全に盗んで所有物にしているSAYAKAというアイドル的存在が、いかにもオタク文化が築き上げたオブジェクティフィケーションそのものなのも皮肉というか、風刺が効いています。SAYAKAは貴田ユマ視点となる作中全体において“嫌な奴”ですが、少し視野を広げて異なるレイヤーで見ると彼女もまた“搾取される側”とも言えます。本当に搾取しているのは出版社であり、大衆である。“搾取される側”(SAYAKA)がさらなる“搾取される側”(貴田ユマ)を生み出す。日本社会にある根深い構造を序盤のいかにも軽~いシーンでグサッと描いているように見えました。

またそこに日本の成人漫画や風俗店などアダルト業界を舞台装置にしているのも、本作の特徴です。日本人は望んでいないかもしれませんが、世界からは日本はアダルトコンテンツ大国だとみなされています。それはどちらかと言えば良い評判ではなく、ネガティブな視線です。

その一方でその日本社会の裏世界であるアダルト業界が、“持たざる者”の行き場になっているという事実もあります。ある人はそこに快楽を求め、ある人はそこに職場を求める。

では貴田ユマは何を求めたのか。それは“普通に生きて働く自由”なのでした。

他にも障がい者が未熟物扱いされるか、透明人間扱いされる…という現実を淡々と描いているシーンは本作には多いです。

担当者の「障がい者のアシスタントなんてめちゃめちゃ好感度あがりますよ」というセリフは、感動ポルノ的な世間の認識がよくわかるひと言。編集長の“性体験してから出直してきて”という言葉は、障がい者なんて性とは無縁だろうという先入観でもありますし、もしかしたら障がい者という厄介な存在をあしらう言葉なのかもしれないと邪推もできます(そもそも作者に経験がないと描けないというロジックは変だと思いますが、気に入らない奴を追い払うお決まりの口実なのかな)。

貴田ユマが初めての性体験をする相手になりかけたあのセックスワーカーの男は、貴田ユマの尿漏らしに「萎えちゃったからもう無理」と拒絶。これも介護という“汚い部分”は避けられない世界への私たち大衆の忌避をそのまま見せられているようです。

母がシェイクスピアの本を読むシーンがあり、「恋はまことに影法師、いくら追っても逃げて行く、こちらが逃げれば追ってきて、こちらが追えば逃げて行く」という有名な言葉を話しますが、まさに世間の障がい者の扱いも同じ。都合の良いときに近づいてきますが、重なってはくれません。

37秒の瞬間でも誰かが支えてくれた

そんなツラい側面を見せられていく『37セカンズ』の前半から一転。

同じ脳性麻痺の男性と一緒に現れる舞の存在によって世界は途端に「善性」が押し出されるように変わります。自分と同じ症状のはずなのに、いきいきと輝いている楽しそうな男性の登場というのがまた印象的です。

ちなみにあの脳性麻痺の男性を演じた“熊篠慶彦”という人。彼も実際に脳性麻痺で、あのリリー・フランキー主演の映画『パーフェクト・レボリューション』のモデルになった人です。この“熊篠慶彦”が漂わす存在感が本当に最高で、これからも俳優として活動する姿をずっと見ていたいくらいで、私はお気に入りになりました。

ともあれこの出会いが貴田ユマのいる世界を変えます。いや、世界は以前と同じ。ただ、さっきも言ったように「善」の部分が前に出るようになるんですね。こんなに良い人たちがいっぱいるんだ、と。

本作は後半にいくにつれ「善」が強調されていくので、平和的な予定調和になりがちで、そのあたりのストーリーの退屈さは若干あるかなと思います。終盤にかけてのセンチメンタルな方向への傾倒も気にはなるところ。

それにあの俊哉はいくらなんでもスーパーヘルパーすぎて若干あり得ない存在感が濃いのがリアリティの阻害になるあたりもあります。彼も職業を考えるとどちらかと言えば貧困だろうし、そんなタイに気軽に飛べるほどの行動力を支える豊かさはないだろうに。

でも本作のその「善」の過度な強調はおそらく作り手が狙っていることなのだとも思います。

本作で一番成長するのは貴田ユマの母ともいえます。全てを一人で背負い込む母は、おそらく娘がこうなったのは自分のせいだという罪悪感を抱えているのでしょうし、それを複雑にこじらせて他者を信用できない状態になっています。それは娘本人も信じられなくなり…。

でも案外と世間には善い人はいる。人はひとりで生きているんじゃない。障がい者も健常者もどんな人間も誰かの支えで生きている。

出産だってたいていは病院で誰かに助けてもらいながら行うもので、結局、人間は生まれた瞬間から支え合いの世界に飛び込んでいるんですね。

そして貴田ユマも、母以外の生まれたときから傍にいた他者、双子の姉の存在を知って、また強くなれました。

そういうこの世界に当たり前にある相互の助け合いに気づくことができれば、誰にとっても「障がい」なんてなくなる。そんなことを教えてくれる、第一歩になった映画でした。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 80% Audience --%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

関連作品紹介

実際の障がい者が出演して差別や偏見を描く映画の感想記事の一覧です。

・『クワイエット・プレイス』


・『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』


作品ポスター・画像 (C)37Seconds filmpartners