黙るだけでは始まらない…映画『クワイエット・プレイス』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2018年9月28日
監督:ジョン・クラシンスキー
クワイエット・プレイス
くわいえっとぷれいす
『クワイエット・プレイス』あらすじ
音に反応して人間を襲う「何か」によって人類が滅亡の危機に瀕した世界で、「決して音を立ててはいけない」というルールを守り、生き延びている家族。静寂とともに暮らしていた一家を想像を絶する恐怖が襲う。
『クワイエット・プレイス』感想(ネタバレなし)
上映中はお静かに
2018年、日本の映画界では『カメラを止めるな!』が空前絶後の熱狂を起こしていることは、今さら語るまでもないですが、自主製作映画がここまでのフィーバーを見せるのはなかなかのレアです。しかし、映画ファンにしてみれば『カメラを止めるな!』は自主製作映画というだけでなく、ジャンル映画であるという点も特筆されるポイントです。普通、ジャンル映画というのは好きな人だけが見て楽しむマニアックな作品ですから、ターゲットになる客層は狭いもの。その常識をはみ出すというのは本当に異例なのです。
しかし、海を越えたアメリカ映画界に目を向けてみれば、ジャンル映画が異例の大ヒットを生み出すという現象は定期的に起こっていることでした。例えば、2017年の『ゲット・アウト』。ホラー&スリラーで低予算作品でありながら、2017年のアメリカ映画興行収入で大作と並んで堂々の第15位にランクイン。いまだにこの年のアカデミー賞作品賞はこの映画に贈られるべきだったと考えるアメリカ人もたくさんいます。
もちろん、『カメラを止めるな!』と比べれば『ゲット・アウト』の予算は全然多いのですけど、それでも大作一強になりがち映画業界において、ジャンル映画が放つ「棚から大量のぼた餅」的な盛り上がりは今の世界的な共通現象なのかもしれません。
そして、アメリカでは2018年もその現象を巻き起こす作品が現れました。それが本作『クワイエット・プレイス』です。
その熱気は前年以上で、興行収入は『ゲット・アウト』を超えました。すでに続編制作も決定済みで、企画が動き出しています。そんな風に言うと、もう公開前から話題沸騰で注目されていたのでは?と思ってしまいますが、実は予告動画の再生数もそこまで伸びず、全然注目度は低い映画でした。
監督は俳優でのキャリアがメインだった“ジョン・クラシンスキー”。『ゲット・アウト』のときは監督はコメディアン畑でしたが、異業種からの監督作で大ヒットというのが共通していて不思議。才能はいろいろなところからやってくるものなんですね。“ジョン・クラシンスキー”監督は妻があの“エミリー・ブラント”であり、『クワイエット・プレイス』でも夫婦役で共演。まさに夫婦の力で作ったファミリーメイドな一作で、中身も家族の物語になっていてオリジナルストーリーです。しかし、この製作の座組から見てもわかるように、『ゲット・アウト』よりも本作の方がはるかにマイナーであり、注目されていなかったのも頷けます。
でも大ヒットした…その勝因はまさに作品の純粋な面白さゆえです。肝心の作品のストーリーと世界観ですが、宣伝でも散々言われているとおり、「音を出してはいけない」ということに尽きます。「えっ、そんなのホラー映画ではよくあるでしょ」と思うでしょうが、本作の場合、その要素が本当に重要。冗談抜きで鑑賞中は観客さえも音を出してはいけない空気感になります。本作だけは、ポップコーンを食べるのも、飲み物を飲むのも、遠慮してほしいと強く思ってしまうくらいです。無論、スマホが鳴るなんて論外です。死にますよ(断言)。
あとはネタバレになるので語れない…。あえて言うなら『クローバーフィールド』シリーズに雰囲気が似ており、実際にそのシリーズに本作を組み込むアイディアもあったらしいですから、それら作品群が好きならハマるかもしれません。
『クワイエット・プレイス』感想(ネタバレあり)
観客さえも巻き込む演出
いきなり映画とたいして関係ない話をしますが、子どものとき、ぺちゃくちゃとうるさい教室に入ってきた先生が、とくに怒って叱り声をあげることもなく、ただ黙って教室が静かになるのも待つ…みたいなことをするパターン、ありましたよね。空気を察しろというやつです。たぶん空気を察する能力を身につけたある一定の年齢層以上が相手じゃないと効果がない手法です(幼児にやっても意味ないでしょうから)。この方法もまた、ある意味、恐怖で場を支配していると言えなくもないでしょう。
『クワイエット・プレイス』はその恐怖が強いる沈黙を描いた一作でした。
ホラーやスリラーは社会風刺を内包したものも多々見られますが、今作は純粋にエンターテインメントとして楽しめるジャンル映画です。ただ、よくあるチャラチャラした軽いノリでは一切なく、ストーリー、世界観、キャラクター、演出など、とにかく洗練されています。その良質さが普段ジャンル映画に見向きもしないような批評家さえも拍手をおくる大きな理由になったのではないでしょうか。
冒頭、「89日目」というテロップとともに映し出されるのは、落ち葉だらけの閑散とした街。大量の行方不明者捜索ポスターが貼られ、人影もいないゴーストタウンと化した街の一角にある、荒らされたスーパーマーケットで、音もなく探索する人が数名。家族っぽい構成ですが、なぜか声を発さないし、音を出すのも避けている様子。子どもたちでさえも手話で無邪気に会話する異様さを見せながらも、とくに何もなく街を後にする一家。しかし、最年少の男の子がこっそり持ち帰ったスぺースシャトルのおもちゃから電子音が鳴り始めてしまい、他の家族メンバーは恐怖の表情を浮かべ…と思いきや謎の怪物に一瞬で襲われて絶命する男の子。再び訪れる沈黙。
SFと風刺のバランス
音がキーワードになるホラー&スリラーなんてごまんとあります。例えば、『ドント・ブリーズ』は音をたてたら狂気サイコパス老人が襲ってくる話だし、『サイレンス』は逆に音が聞こえないなかで襲われる恐怖を描いた話。
では『クワイエット・プレイス』の楽しさはどこにあるのかと聞かれたら、それはSF的な部分にあるのではないでしょうか。
大切な家族の幼いひとりを失った悲劇から月日がたったことを示す「472日目」のテロップ。それ以降、舞台になるのは主人公家族(アボット一家)の暮らす家。見た目的にはいかにもアメリカの田舎らしいオールド・スタイルな住居ですが、そこにはちゃんと“音を出さない”で暮らす知恵が至る所に垣間見えます。外では歩く際に砂利で音が出ないように道を決めて細工をし、当然、足は裸足。家では家電製品は使わず、なるべく音の鳴らないものにし、皿も葉っぱで代用。こういう「確かにこれなら生き残れそうだな」と思わせるSF的な説得力があるので、今作の世界観をそこまで突拍子ないものにはしていません。
といっても、音を出せなくても温かい家庭はある…というのが本作の肝。決してディストピア的な息苦しさを描くものではなく、あくまで家族のドラマなんですね。
もちろん“音を出さない”のは圧倒的な不利です。なによりアメリカを象徴する武器である「銃」が使えなくなるのはこの国の戦力の90%を奪ったも同然(きっと日本なら刀で怪物を倒したりして自力で対抗しているかも。どこぞの『宇宙戦争』のように)。そのため防戦一方になり、これがまたアメリカのモンスタースリラーでは珍しい、ドンパチしない系の作品を生み出すことになりました。
結果的にパワープレイが一切通用しない以上、怪物に勝つには家族の団結が不可欠という、家族ドラマをさらに強調する構成になっていて、良い相乗効果を発揮しています。
そのSFに加えて、本作は実は裏ではしっかりアメリカ社会を風刺しているのが良いです。思えば冒頭で殺される幼い男の子が持っていたのがスペースシャトルのおもちゃというのも、アメリカが誇る科学技術の頂点のメタファーであり、それが奪われた世界だという深読みもできなくはありません。また、終盤でサイロに落ちた子ども二人が穀物に沈んでいく姿は、アメリカ社会の旧時代的な遺物に埋もれていく子どもの未来を暗示させるともいえます。
やっぱりなんだかんだ言って本作はアメリカ映画なんですね。
ラストが示すのは新時代の幕開け
恐怖演出についても、序盤からフラグ立てが丁寧でジワジワと痛めつけていく展開がたまりません。
階段の釘なんて「うわ、もう絶対に踏む…」と観客はわかってしまうし、案の定、踏んでしまう展開は用意されていますが、それがまさか出産しそうで痛みに苦しむ最悪の状況で踏んでしまうとは。というか、ここからの“エミリー・ブラント”演じるイヴリンへの追い打ちにつぐ追い打ちの畳みかけが本当に可哀想。怪物が迫るなか、バスルームへ隠れ、バスタブで血だまりをつくりながら声を出せない絶体絶命の中で出産するというハード・ミッション。痛々しくて、目を背けたくなる最低最悪の恐怖シーンです。
冷静に考えれば、出産間近の妻をひとりにするなよとは夫のリーに対しては思うし、よくこの世界で妊娠出産しようと思ったなとその度胸にびっくりですし、色々言いたいことも出てきますよ。あの赤ちゃんもわりと静かで、ご都合的に感じてしまったり。
でも、本作ではこの出産するという行為が後半の人類の反逆につながる、いわば最初の合図になるわけで、演出的に上手いなと思います。
そのキーパーソンになるのがリーガンという耳が不自由な女の子。幼い弟が序盤で死亡したのは自分のせいだと悔やむ彼女は家族(とくに父)と距離を置いてしまっているのですが、そんな彼女の意外な活躍。父の作った補聴器(厳密には人工内耳)から怪物の嫌がる異音が発することが判明し、迫りくる怪物の集団を監視モニターで確認しながら、拡声器をよせるリーガンと、銃をジャキっと構える母イヴリン。このいかにもジャンル映画っぽいエンディングは大好きですが、アメリカらしい反撃を期待させると同時に、その前線に立つのが女性と障がい者の子というのがまた良いもので。
リーガンを演じたあの子、“ミリセント・シモンズ”は実際に聴覚障がいを抱えており、つまり本作はハンディキャッパーの起用(しかも超重要な役)という点でも凄いことをしています。ハンデが武器になるという展開はやはりアツい。しかもちゃんと当事者の立場に寄り添っているわけですから、他の障がいをキャラ付け属性として扱っている凡百の作品とは正反対です。「私のこれ、もしかして欠点なんかじゃない…!?」という気づき。黙らされて殺されるくらいなら、声を上げて反撃してやるという、フラストレーションの爆発をこの子に担わせるというのは従来のアメリカ映画ではありえなかったわけで、本作のラストが象徴するのは新しいアメリカの幕開けなのでしょうか。
ここまで綺麗なオチを見せてくれたら正直お腹いっぱいですし、続編を作ると決まっているらしいけど、どうするのか…。リーガンがターミネーターみたいになっていたらどうしよう…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 95% Audience 83%
IMDb
7.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
関連作品紹介
・『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』
…続編です。
・『サイレンス』
…耳の不自由な女性のもとに迫る殺人鬼。音が聞こえないことの怖さが体感できます。
(C)2018 Paramount Pictures. All rights reserved. クワイエットプレイス
以上、『クワイエット・プレイス』の感想でした。
A Quiet Place (2018) [Japanese Review] 『クワイエット・プレイス』考察・評価レビュー