THIS IS A TRUE STORYです…映画『トレジャーハンター・クミコ』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2014年)
日本では劇場未公開:2017年にDVDスルー
監督:デヴィッド・ゼルナー
トレジャーハンター・クミコ
とれじゃーはんたーくみこ
『トレジャーハンター・クミコ』あらすじ
東京で働く29歳のOL・クミコは仕事にやる気がなく恋人もおらず鬱屈とした生活を送っていた。そんな彼女が夢中になっているものが映画『ファーゴ』。名作でとても評価の高い映画だが、クミコはそれをただのフィクションだと思っていない。それを実話だと信じているクミコは大胆な行動に出る。
『トレジャーハンター・クミコ』感想(ネタバレなし)
菊地凛子のベストアクト
アメリカの映画界では「ダイバーシティ」の注目によって、アジア俳優の活躍の場がかつてないほど広がっています。しかも、それは今までの欧米人(主に白人層)が持つ偏見が土台にある「テンプレなアジア人役」ではありません。他の人種となんら変わらない、普通の選択肢を手に入れることができる時代になってきました。とくに2018年の『クレイジー・リッチ!』以降、従来は消極的な傾向が強かったアジア俳優自身が自分たちの道を開拓しようと積極的に活動する姿も見られ、イチ映画ファンとしてはワクワクしています。
そんな盛り上がりを見せる英語圏で活躍するアジア人俳優のなかでも、日本人として今のムーブメント以前から率先して活動していた女優が“菊地凛子”です。
2006年にアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バベル』で、耳の聴こえない女子高生という、かなりトリッキーな役柄で出演し、批評家から高い評価を受け、その年のアカデミー助演女優賞にノミネート。『パシフィック・リム』のようなエンタメ大作にもヒロイン役で登場するなど、アメリカ映画界で目立つ日本人女優といえばこの人!みたいな存在感を放っています。
なんでも本人はオーディションに自分から積極的に参加しているようで、きっと相当な苦労があったんだろうなということがうかがえます。
けれども、日本国内の注目はどうも低い気がします。かくいう私も実はそこまで関心があったかというと、「う~ん、あんまり…」だったわけです。
しかし、“菊地凛子”主演作である2014年に製作されたアメリカ映画『トレジャーハンター・クミコ』を観たとき、「やっぱり、この女優は凄いな」と遅ればせながら感心しました。本作は間違いなく“菊地凛子”のベストアクトだと個人的には絶賛しますし、これが日本では劇場未公開でビデオスルー扱いになっていることが本当に残念でならないと悔しい気持ちでいっぱいです。
本作は“菊地凛子”の素晴らしい名演が見れるだけでなく、題材も非常に変わっているのが特徴です。
というのも、とある日本人女性に関するアメリカの都市伝説がベースになっています。2001年、ミネソタ州のデトロイト・レイクス付近で「Takako Konishi」という名前の日本人女性の死体が発見され、自殺と断定されました。なぜこんな田舎町に日本人女性が来たのか。その理由を一部のメディアが「この地域を舞台にしたコーエン兄弟による1996年の映画『ファーゴ』が“実話”だと日本人女性は信じてしまい、作中で登場人物が雪の中に隠した大量の現金の入ったケースを探して彷徨っていたからだ」と報道。これは実際のところ誤解だったのですが、この事実誤認が独り歩きして都市伝説になったという経緯です。詳細は『This Is a True Story』という短編ドキュメンタリーでも整理されています。
本作はこの都市伝説をあえて実際にあったように描いたフィクションになっており、その物語構造自体も、作り話を実話のように描いている『ファーゴ』と共通しているという、非常にメタな映画になっています。
なので『ファーゴ』を事前に観ておくと、物語がさらに楽しいのですが、知らなくても大丈夫です。
サンダンス映画祭など海外ではとても高く評価された作品ですので、まだ観ていない方はぜひ。
『トレジャーハンター・クミコ』感想(ネタバレあり)
日本の闇の生々しさ
THIS IS A TRUE STORY.これは実話の映画化である。実際の事件は1987年ミネソタ州で起こった。生存者の希望で人名は変えてあるが、死者への敬意をこめて、事件のその他の部分は忠実な映画化を行っている。
これは有名な『ファーゴ』の冒頭の文章。ここまで平然と嘘をつく映画もそうそうありません。映画は創作物ですから大なり小なりフィクションが混じるものですが、さすがにこれはれっきとした「騙し」です。
それにまんまと騙されてしまったのは、舞台となったミネソタ州から距離にして約9400km、飛行機で約17時間かかる、遠く離れた日本列島の東京に暮らす若い女性「クミコ」でした。
このクミコが置かれている状況が、なんとまあ、キツイ。職場、かつての同級生、親、あらゆる周囲から見放され、下に見られています。別に貧困とか、そういう社会的なハンディキャップを背負っているわけではないのですが、とにかく「下」にいるんですね。もちろん、それはクミコの性格や人柄に起因するところもあるのかもしれません。でも、これほど苦しい目に遭わなければいけない理由もないです。
職場では誰とも馴染めず、社長からはコキ使われ、かと思えば「君の将来設計は?」「みんな25まで結婚しているよ」「古株が場所をあけてやらないと新しい人材が入ってこない」と暗に“出ていけ”と言われる始末。ここでいかにも社長好みな無垢従順な美人の若い子を紹介してくる嫌味さ。
久しぶりに会った同級生はすっかり結婚し子どももいて充実してそうな人生をおくり、しかも全くデリカシーのない“鬱陶しいフレンドリーさ”に近づいてきて…。子どもの純真な視線にも耐えられず、逃げ出すクミコの辛さたるや…。
自分を生んだ親さえも自分に全く期待しておらず「さっさと結婚しろ」とお荷物扱い。完全に孤立無援です。そんなクミコがこのクソみたいな社会に対抗してやれることといえば、社長に出すお茶に唾を入れることだけ。
まず、この日本描写の生々しさに感心してしまいました。本作はアメリカ映画なのに、よくここまでリアルな日本の闇を出せましたね。主演した“菊地凛子”もある程度アドバイスしているのかもしれませんが、日本人が観ても「日本のこういうところ、あるある」と納得してしまうブラック・ジャパンでした。
別れ。そして「THE NEW WORLD」へ
完全に社会的には死んでいるようなクミコですが、唯一の友はペットのウサギのダンゾウです。ウサギとカップラーメンを食べている場面は、私の映画史に残るベスト食事シーンですね。
その常に無気力な感じのするクミコが、人が変わったように釘付けになっているのが映画の『ファーゴ』。とくのそのワンシーンである「100万ドルの大金を手に入れたカールがそれを詰めたブリーフケースを道中の雪原に埋めて隠す」という場面。VHSテープで何度もその場面を再生し、ノートにびっしりメモをし、お金の埋まっている位置を入念に確認。どうやら本気で探しだしたいようで…。図書館でミネソタ州の地図を持ち出した際も「95ページだけあればいいんです。そこに私の運命があるんです」と警備員に懇願。
唯一の友であるウサギを公園に放し、「私やらなきゃいけない大事な仕事があるの。自由なんだから行きたいところいきな」と送り出します。が、逃げないウサギ。そこで駅ホームで電車にウサギだけ乗せ、出発する電車を泣きながら見送ることに。
そして、ついに来てしまったアメリカ。新天地でトレジャーハンター・クミコの旅が始まる…!
『ファーゴ』の物語構造をなぞる後半
ここまで観た人の中には「ん?」と思った人も多いはず。前半の日本描写は非常にリアルだったのに、後半のアメリカ描写から急にふわっとした感じにチェンジしたような気がすると…。
まさにその感覚こそ『ファーゴ』と同じ。
『ファーゴ』もいきなり「実話」と突きつけられますが、劇中で起こるあまりにも荒唐無稽な出来事に「これはさすがに嘘だろう」と思いながら笑ってしまう、サスペンスの皮を被ったコメディです。
『トレジャーハンター・クミコ』も後半のアメリカに舞台が移ってからは、いかにも嘘っぽいことを本当のように映し出していきます。ただ『ファーゴ』とは真逆で殺伐としたことはないんですね。出てくる人物がみんないい人(だから嘘っぽいのですが…)。
ひとりバスを降りて極寒の中、とぼとぼ歩いていると助けてくれて家に泊めてくれたおばあさん。会社から盗んだクレジットカードが使えなくなってもそこまで疑わないモーテルの管理人。保護してくれただけでなく親身に面倒を見てくれた保安官の男性。
とくに保安官の優しさは心に染みます。「もしも僕と君に言葉の壁がなかったら力になれたのに。僕は味方だ。君は独りじゃないよ」…そんな言葉は切ないです。頑張って中国人を連れてきてコミュニケーションを図ろうとする努力の涙ぐましさ。ちなみに、ここでも絶妙な「日本をわかっている」感。この製作陣、やっぱり凄いな…。
ただ、クミコには「映画はFAKE(嘘)だ」という言葉だけが突き刺さってしまう。再度、アメリカで独りになったクミコは、さきほどの優しい世界がガラッと変わって、また現実の厳しさが襲ってきます。寒さ、野生動物、そして死…。
クミコが死ぬシーンは明示されませんが、タクシーから降りて真夜中に吹雪で遭難した時点で亡くなったと考えるのは自然です。『ファーゴ』のとおりにお金を発見したシーンで、別れたはずのウサギがいたりと、明らかな嘘が映像として観客に突きつけられますから。
一方で、このアメリカのシーン全部が空想だというのも想定できるようにはなっています。日本の最後のシーンが、駅のホームという自殺に使われやすい場所というのも意味深です。
都市伝説ではないのかもしれない
つまり、繰り返しになりますが、本作は『ファーゴ』の物語構造をなぞりつつ、日本らしさや文化の違いをシニカルな視点も込めて描いているわけです。そこが素晴らしいなと。
また、クミコは、『ファーゴ』に登場する“フランシス・マクドーマンド”演じる女性署長マージに非常に似通っているとも思います。淡々と自分の目的のために行動を起こしていく積極性、何とも言えない愛嬌など。
そして、『ファーゴ』にてマージがラストに殺人を犯した人間にポツリと言う「人生にはお金より大切なものがある」というセリフに呼応するように、クミコも母親に「大事な仕事がある。お母さんには想像もできないくらい大事なこと」と告げるシーンが対比的です。クミコは別にお金欲しさではなく、もっと別の意味があってここまでのことをしているというのは、観客にもじゅうぶん伝わることだと思います。
『ファーゴ』では妊娠したマージが生まれてくる新たな命に幸せを期待するシーンで終わり、『トレジャーハンター・クミコ』では死にいくクミコが例のモノを見つけて幸せを実感するシーンで終わる。ここで、地平線の雪上にノシノシ歩いて小さくなっていくクミコのエンディングの姿が、『ファーゴ』のオープニングの雪景色で車が奥から向かってくるシーンと対になっているのがまた上手いじゃないですか。
「大事なもの」は人によって違うということと、フィクションが現実を跳び越すこともあるという創造性の力。同様のテーマは『ブリグズビー・ベア』など、他作品にもありますが、本作は日本要素の強さからとくに親近感を抱いてしまいました。
下手をしたら、自殺はやめましょうという説教臭い啓発映画になってしまったり、はたまた自殺を安易に美化しているようなアウトな領域に足を踏み入れそうになったり、難しい題材なはず。そこを本作は上手い具合にバランスをとって、どちらにも偏っていないのは見事だと思います。
本作を観たとき、2017年の7月に北海道で失踪し、後に1か月経ってから遺体となって発見された中国人女性のエピソードを思い出してしまったのですよね。あれは自殺ということになったみたいですが、今は北海道は作品の舞台になったことでアジアからの観光客が非常に多い地域です。
『トレジャーハンター・クミコ』のように、創造で彩られた異国の地に一筋の希望を求める人もいないとは言い切れないのではないでしょうか。それらを結び付けることができるのも、映画なんでしょうね。不思議なものです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 88% Audience 62%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 9/10 ★★★★★★★★★
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以上、『トレジャーハンター・クミコ』の感想でした。
Kumiko, the Treasure Hunter (2014) [Japanese Review] 『トレジャーハンター・クミコ』考察・評価レビュー