いつかはマイ・ベイビー
Netflix映画『いつかはマイ・ベイビー』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Always Be My Maybe
製作国:アメリカ(2019年)
日本では劇場未公開:2019年にNetflixで配信
監督:ナーナチカ・カーン

いつかはマイ・ベイビー

あらすじ

結構いい感じな雰囲気までいっていた幼馴染の男女。そんな二人が15年ぶりに再会。一方はセレブシェフになって贅沢な暮らしと順風満帆な仕事に恵まれ、もう一方は実家で父の仕事を手伝うという大して人に自慢できることでもない状況。それでも二人はやっぱり息が合う。今さら付き合うことなんてできるのだろうか。

ネタバレなし感想

ロマコメは時代とともに変わる

「女性は最低3人子どもを産んでほしい」と公然と言い放つ政治家が最近も話題になったように、この日本はいまだに“ジェンダー差別”がまかり通っています。別のあの政治家だけを愚か者として笑っている場合でもありません。だってその失言を批判的に報じたニュース番組の合間に流れるTVCMの中ですら、“笑みを浮かべて家事をする女性”とかステレオタイプな偏見が平然と垂れ流されているわけですから。これは個人の失態ではなく社会全体の欠陥。その欠陥を助長しているのはメディアだったり、映画のようなエンタメだったりします。

そんな中、昨今のアメリカ映画界における「ロマンティック・コメディ」のジャンルでは、“ある変化”が起きています

それが“既存のジェンダー役割の逆転現象”です。

具体的に言うと、これまで映画などフィクションものの恋愛ストーリーでは、“キャリアのある男性”が“キャリアのない女性”を見いだして引っ張っていく(その過程で恋が生まれる)シナリオがひとつの定番でした。古い作品では言えば『マイ・フェア・レディ』(1964年)がそうですし、最近リメイクされた『アリー スター誕生』もその系譜と言えるでしょう。当然、これには「未熟な女を導くのが男の務めだ」という潜在的な価値観が背景にあるのは言うまでもありません。
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そうしたこれまでのロマコメの王道に対して、その男女の役割を反転させた映画が最近はいくつか登場するようになりました。つまり、“キャリアのある女性”が“キャリアのない男性”を見いだして引っ張って恋をしていく…そんな物語ですね。

これをポリコレだからと疑って掛かる見方をするのは寂しいというか、それこそ偏見です。なぜなら、こういう愛のカタチは現実社会に普通にあるでしょう。最近になって増えたわけでもなく、昔から。なのでそれを“当たり前に描くようになった”というだけの話。

そして本作『いつかはマイ・ベイビー』もそんな男女の立場を逆転させたロマコメ映画です。

ただそれだけではなく、『いつかはマイ・ベイビー』はもうひとつアメリカのロマコメ映画において新しい要素があるのが特徴。それが“主役がアジア系”だということ。アメリカ社会ではアジア系は恋愛では“眼中にない”という扱いをされてきたことは散々他でも説明してきましたし、それを覆す作品がここ最近になって『クレイジー・リッチ!』や『好きだった君へのラブレター』と立て続けに生まれています。
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他にも『シンプル・フェイバー』や『ブロッカーズ』のように主役のキャラの恋人がアジア系という設定も普通になりつつあります。

『いつかはマイ・ベイビー』は、アメリカ社会で暮らすアジア系同士の恋模様を逆『マイ・フェア・レディ』状態で描く作品。ついにここまで来たかという感じですよ。こうした偏見を吹き飛ばす作品が世に出回れば出回るほど、差別意識もなくなり、さらに面白い映画が生まれる。相乗効果です。

本作で主役の女性を演じるのは、スタンドアップコメディアンであり、『シュガー・ラッシュ オンライン』で声も担当していた“アリ・ウォン”。その相手の男性を演じるのは、皆さん覚えているでしょうか、『アントマン&ワスプ』で主人公を監視する憎めないFBI捜査官を演じた“ランドール・パーク”です。この人、大問題作『ザ・インタビュー』で北朝鮮の金正恩を怪演した役者でもあり、個人的に好きなアジア系俳優のひとり。『いつかはマイ・ベイビー』でも良い笑い&パフォーマンスを披露してくれるのでお楽しみに。

そして、なんと“キアヌ・リーヴス”がキアヌ・リーヴス役でサプライズ出演しています。なぜ…という感じですが、もうアホ丸出しなので、期待してください。

性別の役割が逆転しても、人種が変わっても、ラブコメ映画の面白さは不変です。

オススメ度のチェック
ひとり◯(暇つぶしにも良し)
友人◯(笑える要素も多く見やすい)
恋人◎(王道のラブコメを見たいなら)
キッズ△(やや大人向け)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

いつも一緒。立場は変わっても

We were as one babe
私たちは一つだった
For a moment in time
ほんの一瞬の間だったけど
And it seemed everlasting
That you would always be mine
そして、あなたがいつまでも私のものだってことが、永遠に続くように思えてた
Now you wanna be free
今、あなたは自由になりたがっている
So I'll let you fly
だから、あなたを羽ばたかせてあげる
'Cause I know in my heart babe
だって、私は心の中でわかっているから
Our love will never die
私たちの愛は、絶対に滅びない
これはマライア・キャリーの「Always Be My Baby」という曲の歌詞の一部。

お察しのとおり、『いつかはマイ・ベイビー』の原題「Always Be My Maybe」はこの曲が元ネタであり、歌詞そのまんまな物語が展開されていきます。

だから超王道。幼馴染だった男女が少し離れてまた出会い、恋をする。男女の逆転やアジア系ということを除けば、オリジナリティはほぼないです。まあ、ラブコメというのは往々にして定番直球なのが普通ですから、ここに文句を言ってもしょうがないのですけどね。

物語のあらすじはこんな感じ。

1996年のサンフランシスコ。ひとり帰宅した少女サシャは親のいない家で、自分で料理を作り、お留守番。テレビを見ているとインターホンが鳴り、少年が来て「スープいる?」と言葉をかけます。どうやらお隣の子らしく、仲良さそうで、隣の家へ。この少年マーカスの家族によくお世話になっているらしく、サシャの料理スキルもそこで習っているらしいことがわかります。お小遣いをもらってサシャとマーカスは二人で遊びに行き、無邪気に時間を過ごすのでした。

それから月日が経ち、2003年。ティーンになっても仲の良いサシャとマーカス。一緒に釣りをしていると、マーカスの母が事故で亡くなった知らせが…。悲しみにくれているマーカスを外に誘うサシャ。二人はその流れで体を重ね、気まずい空気。しかし、ここでちょっとした言葉が引き金となり、喧嘩。

そして2019年。すっかり疎遠になってしまった二人は全くの別世界で暮らしていました。セレブなシェフとしてメディアでも大注目のサシャと、体調の良くない父を支えるために実家の仕事を手伝うマーカス。サシャは婚約者だった男がインドへ半年旅立っている間にサンフランシスコに戻り、開店予定の店の指揮を執ることに。その間に“良い男でも見つけてハメを外せば”という友人の画策で、なんとマーカスと遭遇。またもや気まずい雰囲気。でもマーカスがずっとやっているバンドをサシャが見に行くと、懐かしさがこみ上げ、体は自然と動き出す。

不器用な幼馴染同士の恋がまた再開する…。

男女のプライドは捨てて

まず男女逆転の件ですが、こうなるとやはり定番で描かれる葛藤があります。

男性視点だと、“自分よりキャリアのある”女性の隣に立つことへの劣等感とどう向き合うかという部分。無論、そんなものはつまらないプライドなのですが、どうしても気になってしまうというのが男のジレンマ。作中でもマーカスはあらゆる意味で焦りを感じだします。

そもそもマーカスは子ども時代、明らかに家庭環境に欠落を抱えていたサシャを支える立場にいたわけです。でも母の死によってその立場が逆転。そこから二人は素直に仲良くなれる関係ではなくなってしまいました。

そんなマーカスが今のサシャをそのまま認められるのかという話。マーカスの中にある男女へのステレオタイプな価値観…それは大人マーカスが付き合っているジェニーという変わり者の女性が“キャリアのない人”というあたりでもわかるとおり、彼は“男(上)女(下)”という構図でしか存在感を発揮できないと思っているのでしょう。そこからの脱却のストーリーです。

女性視点だと、女は恋のために“キャリアを諦めないといけないのか”という部分。サシャが優れたシェフになれたきっかけは、親があまり家にいない家庭環境&隣の家の家庭の支えという特殊なものですが、今では立派なキャリアにまで昇華。この努力は間違いなく彼女の功績。

そんなサシャも“男(上)女(下)”という価値観に無意識に従っているのか、自分より同程度かそれ以上のキャリアのある男性ばかりを求めて、そして失敗してしまう。間違いなくマーカスがベストパートナーのような気がしているのは自分でもわかっている。でも彼と一緒になるということは、今のキャリアを後退させるのではないかと恐れている…そういう不安。

その二人がラストは、マーカスの方はお手頃価格のスーツで自分なりの精一杯の告白をして想いを告げ、サシャの方は今度は自分が料理(店ごと)を提供することでマーカスの家族の心の空白を埋める。

二人の歩み寄りによる非常に綺麗なオチじゃないでしょうか。

いつかはマイ・ベイビー

アジア系だからこそのギャグ

続いて、アジア系という要素についてですが、アジア系だからこそのギャグがあるのが新鮮です。

例えば、カーセックスのくだり。ティーン時代に二人は車内で体を重ねるわけですけど、その車がカローラ(セダンの狭いやつ)なので、若干窮屈だからガンガンぶつかるというギャグ。このシーンは一発ネタの笑いではなく、ちゃんと真面目なストーリーテリングのために伏線にもなっているのが気が利いています。その後に大人で再開してからのセックスシーンで、今度は“どこでその行為をするか”という部分に注目。それは“サシャの”立派な広い家。「上手くなったね」という言葉と、その場所を合わせて考えると、差別的な閉鎖的な社会で生きてきたアジア系が時代とともに広い自由な社会で生きられるようになったことを暗示させるようで示唆的です。

バカ度でいえば、やっぱり“キアヌ・リーヴス”に敵うものはなし。キアヌ本人はアジア文化大好き人間ですけど、ああやって“アジア通を気取っているけど内心は何もわかっていないセレブバカ”という役を喜々として演じているのですから。う~ん、キアヌはほんと、懐の広い根の優しい人なんだなぁ。ヘッドフォンでシカの声を聞きながらジビエ料理を食べて「すまない!」と号泣するキアヌ。『ジョン・ウィック』のスタントコーディネーターから教わったパーティゲームだという、絶妙にフィクションなのかマジなのか判断に困るネタを持ち出すキアヌ。うん、こういうアホなら例えアジア差別野郎でも受け入れられる気がしてきた。

料理ネタも良いですね。広東語を話すとサービスが良くなるとか、元の子もないアジア皮肉もナイス。マーカスとサシャの二人が喧嘩別れしたのがアジア全然関係ない「バーガーキング」で、最終的にアジアらしい店で関係を修復するのも、やっぱりアジアは食文化が大事なんだなと実感します。

ちなみに主人公カップルの話とは逸れるのですけど、サシャの同僚友人のヴェロニカが妊娠して、作中で出産していますが、レズビアンカップルなんですね。こうやってLGBTQをことさらクローズアップせずサラリと描くのもいいですし、サシャに対して“女だから母親になるべき”云々な圧力が全然ないのも良いものです。サシャは名付け親になることで母的な喜びを享受してますしね。これが多様性ですよ、聞いていますか、どこかの誰かさん。

型の決まっているラブコメだからこそ、中身の固定観念をひっくり返せば面白いアレンジ料理になる。まだまだ可能性を見せられることを証明した映画でした。これからもアジア系ラブコメを応援しています。なんなら“キアヌ・リーヴス”を毎回出してくれてもいいですよ。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 85% Audience --%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

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↑『クレイジー・リッチ!』…こちらもラブコメの中にアジア文化や歴史が隠れるイノベーションな一作。
作品ポスター・画像 (C)Good Universe