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『パリ13区 Paris, 13th District』感想(ネタバレ)…これがレ・ゾランピアードの今

パリ13区

これがレ・ゾランピアードの今…映画『パリ13区』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Les Olympiades(Paris, 13th District)
製作国:フランス(2021年)
日本公開日:2022年4月22日
監督:ジャック・オーディアール
性描写 恋愛描写

パリ13区

ぱりじゅうさんく
パリ13区

『パリ13区』あらすじ

再開発による高層マンションが並びつつも、アジア系移民も多く暮らすなど、パリの中でも現代を象徴する13区。コールセンターでオペレーターとして働く台湾系フランス人のエミリーのもとに、ルームシェアを希望するアフリカ系フランス人の高校教師カミーユが訪れる。2人はすぐにセックスする仲になるが、ルームメイト以上の関係になることはない。同じ頃、法律を学ぶためソルボンヌ大学に復学したノラは、ある出来事のせいで孤立することに…。

『パリ13区』感想(ネタバレなし)

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パリ13区へようこそ

東京には「23」の区があります。ではフランスのパリにはいくつの区があるでしょうか。

答えは「20」。パリには全部で20区の行政区があり、そのまま数字で名付けられています。

しかし、このパリの行政区、数字なのでわかりやすいなと思ったら、案外と複雑な数字付けがなされており、理解していないとものすごく混乱します。普通に考えると北から順に「1区」「2区」とか、東から順にとか、そういうルールで決められているのだろうと思うものですが、パリの場合はそうではありません。パリの中央を「1区」としてそこから右回りの渦巻状(時計回り)に番号がつけられているのです。これは図で見れば理解が早いのですが、まさか渦巻き状とは思わないじゃないですか。こんな独特の行政区の並びなので「エスカルゴ」と呼ばれたりもするとか。

この20区になる前のパリは実は「12」の区で成り立っており、「13」は存在しませんでした。1860年に市域が拡張されてほぼ現在の範囲となり、同時に新たな20の行政区が設けられたのですが、そこでひと悶着あったそうです。それは「13」という数字を嫌う人たちがでたこと。当時は「13」は存在しない幻の区の数字であり、そういう背景もあってあり得ない数字としてときには揶揄する意味の使い方もしつつ、パリ文化内では用いられてきました。なので渦巻き状に番号を付けるというやや変化球なことをすることになったのだとか。

そのいわくつきのパリの「13区」となったのは、市の南部に位置していてセーヌ川の南岸に面している地域です。

今回紹介する映画はそのパリの13区を舞台にしており、邦題もズバリなものになっています。

それが本作『パリ13区』です。

映画『パリ13区』はこのパリの13区で暮らすミレニアル世代の男女の、恋や性といった人間模様を実生活に寄り添って描き出した物語です。セックスが強調されるあたりはいかにもフランスらしいですね。雰囲気としては“ウディ・アレン”や“ノア・バームバック”といった監督の作品に近いのですが、やはりフランスなのでそこは“エリック・ロメール”の名をだすべきでしょうか。

しかし、この本作『パリ13区』が面白い点がいくつかあって、まず原作がカリフォルニア生まれで日系アメリカ人四世の“エイドリアン・トミネ”の手がけたグラフィック・ノベルだということ。具体的には3つの短編が下地になっています。コミックが原作というのも意外ですし、全然フランスじゃないのも不思議なものです。映画はものすごくフランスらしさ全開なのですが…。

そして原作者が日系の人だということもあってか、映画の主人公のひとりはアジア系の女性になっています。これは珍しい、というか相当に異色です。フランスのあのいかにもお国柄と言えるエロティックな人間関係を描くドラマにおいて、そういう性と縁遠いとされてきたアジア系女性を前面に出しているのですから。

さらに製作陣もなかなかに目を見張る顔触れ。『パリ13区』の監督を務めるのは、『預言者』(2009年)でカンヌ国際映画祭でも高く評価され、『君と歩く世界』(2012年)も高評価を維持し、『ディーパンの闘い』(2015年)ではついにカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞を果たし、最近は『ゴールデン・リバー』(2018年)でもあちこちで賞に輝いたフランスの名監督“ジャック・オーディアール”。この人が監督するというだけでもすでにじゅうぶんに注目に値する一作です。

けれども“ジャック・オーディアール”監督だけでは終わらない。彼が脚本も手がけているのですが、その共同脚本として名がクレジットされているのが、『燃ゆる女の肖像』で大絶賛された“セリーヌ・シアマ”と、初の長編映画となる『アヴァ』で異才を放っていた“レア・ミシウス”の2名。

この製作陣の配合が絶妙だったのか、『パリ13区』はこれまでの“ジャック・オーディアール”監督作にはなかった味わいが生まれています。

俳優陣は、本作でスクリーンデビューを飾った“ルーシー・チャン”が見事な演技をみせていますし、『つかのまの愛人』の“マキタ・サンバ”、『燃ゆる女の肖像』で数多くの演技賞に輝いた“ノエミ・メルラン”など、キャスティングのコラボレーションもベストマッチ。群像劇スタイルでありながら、どの登場人物のパートも面白いので、最初から最後まで贅沢な映画です。

『パリ13区』もカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、注目を集めましたが、フランス映画の新しい色合いを見せてくれたのではないでしょうか。

なお、レーティングは「R18+」なので(その理由はもちろんセックス描写が生々しく描かれるからです)、ちょっと日本での鑑賞機会が少ないかもしれません。それでも新しいフランス映画の予感を覗くのは良いものですよ。

後半の感想ではもう少しこの舞台となった地区を掘り下げつつ、あれこれと語っています。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:フランス映画好きは注目
友人 3.5:アートハウス好き同士で
恋人 3.5:作品の雰囲気が好みなら
キッズ 1.5:R18+です
↓ここからネタバレが含まれます↓

『パリ13区』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):パリ13区で重なる人たち

ひとけのない夜の街。この住宅ビルが並ぶ一画、そのとあるビルの部屋。窓の向こうにはそれぞれの生活が室内照明に照らされて浮かび上がっていますが、その一室にも人生がありました。

今、その部屋にいるのは、全裸で座ってマイクを持って歌うひとりの女性。エミリーです。すると同じ部屋にいた男のカミーユは声をかけます。エミリーの働いている職場では何を扱っているのかと質問し、エミリーはいつもの応対のマニュアル的な言葉を口にしながら、淫らに体を重ねていき…。

2人の出会いはどうやって始まったのか。それは些細な始まり。

コールセンターでオペレーターとして働くエミリーは、今日も大勢の同僚と一緒にいつもどおりの退屈な仕事をこなしていました。事務的な対応をするだけなので、スマホを観ながら暇を持て余します。

それが終わると店で食材などを買い込んで帰るのですが、母はお節介に電話してきて、うんざりです。エミリーが今住んでいる部屋は祖母のものであり、その祖母は認知症が進んだので老人ホームにいるのでした。

帰宅したエミリーは少しでも痩せてスリムになれればとお腹にラップを巻きます。

そこに男が訪ねてきて、カミーユだと名乗ります。ルームシェアの広告を見てきたそうですが、エミリーとしては女性が良かったのでした。でもとりあえず部屋にあがってもらい、案外と話が弾みます。カミーユは教師をしているそうです。エミリーは「あなたの恋愛事情は?」とプライベートに踏み込んで質問します。エミリー自身はまずはセックスしてから考えるタイプのようで、そんなくだらない会話の後にカミーユは去ろうとしますが、2人は流れのままに体を重ねます。

こうして2人は一緒に過ごすことになりました。エミリーの業務時間が終わると買い物をしてセックス。しかし、ルームメイトであり、セックス相手としての存在で、それ以上には進みません

しだいにカミーユは忙しくなり、エミリーのセックスを断るようになります。カミーユはカップルになるつもりはないようで、あくまでルームメイトとして一線をひきます。

ある日、エミリーは職場のコールセンターで失礼な対応の録音音声を突きつけられて上司に怒られ、クビになってしまいます。エミリーはイラつきながらベッドでふて寝。発散するべくパーティーで快楽に身を任せます。

けれどもカミーユが部屋にステファニーという女性が連れこんでおり、そうした出来事も重ねってエミリーとカミーユの仲は決裂してしまい…。

その頃、法律を学ぶためにソルボンヌ大学に復学をして意気揚々と張り切っていたノラは、クラブのパーティーで自分がポルノスターのアンバー・スウィートと勘違いされてしまって誤解が拡散したことで居場所を失います。

1カ月後、エミリー、カミーユ、ノラの人生は思わぬ形で交差していくことに…。

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「Les Olympiades」とは?

『パリ13区』は邦題どおりパリの13区を舞台にしており、英題も「Paris, 13th District」なのですが、原題は「Les Olympiades」です。これはどういう意味なのでしょうか。

実は本作はパリの13区の中でも「レ・ゾランピアード(Les Olympiades)」という地域を中心に物語が展開しています。このレ・ゾランピアードというのは、冒頭でも映し出されるエミリーの部屋がある住宅区です。住宅タワーが8つ並んでおり、それぞれに「Anvers(Antwerp)」「Athènes(Athens)」「Cortina」「Helsinki」「Londres(London)」「Mexico」「Sapporo」「Tokyo」と、過去にオリンピックが開催された地名に因んだ名前がつけられています(ということはこの高層マンションに住んでいたら「私はパリのサッポロで暮らしてるよ」とか説明することになるんですね。シュールだ…)。

ちなみに冒頭のこのレ・ゾランピアードを俯瞰する映像が流れる中で映る、なんだかギザギザした謎の平たい建物みたいなのは店が立ち並ぶ場所だそうです。

このレ・ゾランピアードは「Italie 13」という1960年代に始まったパリの再開発計画で生まれました。しかし、この開発計画は批判を受けて頓挫してしまい、結局このレ・ゾランピアードくらいしかちゃんと完成しなかったそうで、そんな歴史もある場所。

さらに特徴なのが隣接した南にアジア人街があるということです。ショワジー、イヴリー、マセナという3つの通りに囲まれたその地は「中華街トライアングル」と呼ばれているらしく、地図で現地画像を見ると一目瞭然なのですが、看板などが中国語だらけです。そこだけ切り取って街並みを見渡すと、パリじゃなくて上海にいると嘘をついてもバレないような気がしてきます。

なので『パリ13区』で台湾系のエミリーが暮らしているのも納得なんですね。そもそもアジア系の人が大勢いる地域なのです。

そして世界最大級の資料を蔵しているフランス国立図書館もこの地域にあり、学問のために集う若者も多いですし、今だに再開発が活発に行われてもいます。

一時は学問に精を出していたカミーユやノラが不動産業で働き始める背景のある場所としても説得力がある。

この映画ひとつでレ・ゾランピアードの土地柄がたっぷり詰まっているのでした。

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この脚本家たちの共同だからこそ

このように特異性のあるパリの13区のレ・ゾランピアードを舞台にして、新しい世代なようで古さも滲んでいるミレニアル世代の若者たちが、それもマイノリティ性を有している者たちが、なんとく集って過ごして人間模様を繰り広げている。それがこの『パリ13区』という映画です。

そう考えるとこのバランス感覚で上手く作り上げるのが難しそうな映画にも思うのですが、やっぱりこの製作陣の座組が良かったのでしょうか、良い雰囲気でまとまっていました。

“ジャック・オーディアール”監督は確かに優れた映画を生み出すベテランですけど、どちらかと言えば男性的な視点も多く、とりわけ今作のような若い女性の生活感とかを描けるのかと思ったりもしたのですが、しっかり“セリーヌ・シアマ”と“レア・ミシウス”の仕事のおかげか、フォローアップされていた気もします。

エミリーとノラの2人の女性はどちらも辛い境遇があります。

エミリーは母からの抑圧から逃避しており、高学歴でも定収入な仕事をしないといけない状況で、いかにもアジア系の息苦しさを抱えています。でもエミリーの性格といい、ステレオタイプな感じが全くなく、むしろグリグリと押していくアグレッシブさがあって、そこは良かったです。あのレストランで働いているアジア系女性たちの和気あいあいな生き様をずっと眺めていたかったな…。

一方でノラはポルノスターと誤解されてキャンパスで噂になってしまうというネットイジメに遭うのですが、そこでセックスワーカー嫌悪になりそうなところを当人であるアンバーと良い関係になっていくという、当初からは想像もつかないほんわかな展開が待っていて…。あの最後のキスが虚実曖昧な感じで描かれるのもいいですね。

カミーユは映画のオリジナル・キャラクターらしいですが、それよりも原作で主体となる吃音を抱える妹エポニーヌの人生をもっと見たかった気持ちもあるけど…。いっそのこと主人公は3人とも女性でも良かったんじゃないかな。カミーユ視点も入るとセックスシーンなんかとくにそうですが、男性のまなざしが濃くなって、作品のテイストがブレる気もするし…。あえてその女性のまなざしと男性のまなざしをぶつけ合うあたりに本作の狙いがあるのかもだけど。

『パリ13区』を観るとモノクロではない実際のこの地域のカラフルな姿をこの目で見て回りたくなりますね。

『パリ13区』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 82% Audience 60%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)ShannaBesson (C)PAGE 114 – France 2 Cinema

以上、『パリ13区』の感想でした。

Paris, 13th District (2021) [Japanese Review] 『パリ13区』考察・評価レビュー