僕のワンダフル・ジャーニー
映画『僕のワンダフル・ジャーニー』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:A Dog's Journey
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2019年9月13日
監督:ゲイル・マンキューソ

僕のワンダフル・ジャーニー

あらすじ

最愛の飼い主イーサンと奇跡的な方法で再会した犬のベイリーは、イーサンと彼の妻ハンナらとともに農場で幸せな日々を送っていた。しかし、ある時、イーサンの孫娘CJが、母親のグロリアに連れられて農場を出て行ってしまう。悲しむイーサンとハンナの姿を見たベイリーは、次の生まれ変わりでCJを見つけ出し、どんな犠牲を払っても彼女を守ることを誓う。

ネタバレなし感想

転生犬は忙しい

世の中には「宗教映画」というカテゴリがあって、特定の宗教において正しいとされる信仰や世界観を教示することを主軸にした物語性がとくに濃い作品がそう呼ばれることがあります。アメリカであればキリスト教系の映画が毎年数本は公開され、それなりにヒットするものです。当然、見に来るのは信仰者であり、支持基盤があるので常に一定の興収は確約されるのでしょうかね。日本でも某「幸福の◯◯」製作の映画が毎年公開され、この作品にだけドッと押し寄せる観客を横目で見るのも、映画館通いの人間にとっては恒例行事です。

しかし、そういう宗教映画は一般層にしてみれば、ちょっと手を出しにくい世界。信仰心が無いなら無関心なのも当然です。そんな宗教映画の欠点をカバーするアイディアになりそうなものがありました。

それが『僕のワンダフル・ライフ』という、2017年公開の映画。

この作品は、犬が何度も“転生”して以前の愛する飼い主に会いに行くという、あらすじの基本軸はまさにそれだけ。“転生”という要素が普通に登場することからわかるように、非常にスピリチュアルな作品であり、もしこれが犬じゃなくて人間だったら、たぶん大方の人にはそっぽを向かれたはずです。

ところが、どんなにスピリチュアルな出来事でも「犬」というデコレーションを施すと、あら不思議。案外、すんなり受け入れられるものなのでした。これは推察するに、私たちは普段からペットという本来は明確なコミュニケーションがとれない存在に対して、どこかスピリチュアルな思考で関係性を構築しているという“気分に浸っている”からこそ、そういう映画にも違和感を持ちづらいんじゃないかな、と。そんなふうに思います。

ともあれこの犬が人生を、いや、犬生を何度もやり直すという、犬好きなら号泣不可避な“犬からのラブレター”みたいな『僕のワンダフル・ライフ』に、まさかの続編が登場です。それが本作『僕のワンダフル・ジャーニー』

いや、原作が続編としてあるので映画を作る余地はあったのですが、本当に作られるとは…。正直、作品を好きな人には怒られるかもしれないけど、私の本音は“また転生するの?”でしたよ。もういい、休んでくれと、思わなくもない。社会には介助犬とか盲導犬とかいますけど、転生犬ですよ、これは。こんな人間に尽くす犬はたいしたものだよ…。

どうして続編が作られるに至ったのかといえば、実は前作が中国でかなり大ヒットしたんですね(本国以外の海外でヒットしたのは中国、次いで日本でした)。そこで2作目となる『僕のワンダフル・ジャーニー』は、前作から制作にいた「Amblin Entertainment」に加え、「Alibaba Pictures」といった中国系企業をガッツリとメンバーに加え、ご丁寧にアジア系キャラクターも重要な存在として起用するという、徹底したアジア市場をターゲットにする気満々で作られました。

結果は…前作をはるかに“下回る”という残念なものに終わり(たぶん日本でも前作ほどヒットはしないでしょう)、「アジア企業やアジア系俳優を使ったらアジアでウケる」なんてことはないことを図らずも証明したかたちに…。

まあ、そんなヘマをしでかしましたけど、犬を見ていればそんなことはどうでもよくなります(結局、“犬”万能論)。今回も可愛い犬、犬、犬です。とりあえず犬だけ見ていられればそれでいいという人は迷わず映画館に行ってください。キュートな犬たちが主人公の映画なのですから。

監督は前作の“ラッセ・ハルストレム”監督は製作総指揮にまわり、今回は“ゲイル・マンキューソ”という人がメガホンをとります。私は知らなかったのですが、2009年から続く人気ご長寿モキュメンタリーコメディドラマ『モダン・ファミリー』に関わっていた人らしいです。脚本家陣は前作と同じですし、そこまで作風が様変わりしていることはないですけど。

キャスト陣は、前作に引き続き、“デニス・クエイド”が登場し、主人公犬の声を“ジョシュ・ギャッド”があてるほか、今作の人間側ヒロインとして、『アントマン』シリーズで娘役としてキュートさを振りまいた“アビー・ライダー・フォートソン”が抜擢。その子が成長した姿は“キャスリン・プレスコット”が演じています。小さな子と大きな犬という組み合わせって、良いものがありますよね…(しみじみ)。


前作の鑑賞は必須ではないですが、知っておけば感動が増すくらいの意義はあります。時間に余裕があれば、ネット配信でも何でもいいので視聴してみてください。

ぜひ『僕のワンダフル・ジャーニー』を観て、某「◯◯の科学」さんは犬を題材にした映画の企画にとりかかるべきです。きっと、売れる!(無責任)

なお、原作者のW・ブルース・キャメロンが執筆した「A Dog's Way Home」という作品も映画化され、日本では2019年11月に『ベラのワンダフル・ホーム』という邦題で公開されますが、こちらは『僕のワンダフル』シリーズとストーリー上の続編ではないです。

おすすめ PiCKUP!
↑『僕のワンダフル・ライフ』…1作目。転生の始まり。邦題のギャグセンスは日本らしくて好きです。
オススメ度のチェック
ひとり◯(最低条件:犬好き)
友人◯(友情は犬にお任せ)
恋人◯(愛の成就も犬にお任せ)
キッズ◯(犬を飼いたいと言い出す)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

どっちがストーカーなんだ…

まずは前作『僕のワンダフル・ライフ』のあらすじをざっくり振り返ると、「イーサン・モンゴメリー」という少年と、彼に飼われることになった「ベイリー」という犬の出会いから全てが始まります。

イーサンとベイリーは親交を深め、共に成長し合いながら、家族として暮らしていくわけですが、イーサンが青年となり、人生の進路を突き進む一方で、ベイリーには老いが迫り…。結局、ベイリーは亡くなってしまい、そこで二人の関係は終止符…と思いきや、別の犬に転生することになるベイリー。そこでは見た目も性別も異なって、飼い主に全然違う名前を付けられることになりますが、でもベイリーとしての記憶は受け継ぎ、イーサンにまた会いたいという気持ちは抱いたまま。何度か転生を繰り返し、奇跡的なめぐり合わせでまたイーサンと再会することができたベイリー。その時、イーサンはすっかり大人になり、高齢になっていました。それでも、かつて二人がやっていた「踏み台ジャンピングキャッチ」のトリックを成功させることで、見た目は変われど互いの再確認ができた二人。めでたしめでたしで終わるのでした。

そして、続編となる本作『僕のワンダフル・ジャーニー』。今度はイーサンに孫娘の「CJ」が生まれ、一緒に幸せいっぱいの平凡な日々を過ごすのですが、CJの母親グロリアが犬を好いていないらしく、イーサンとの関係も悪化したため、イーサンの家からCJを連れて出ていってしまいます。

さらに、やはり犬のベイリーには死期が迫り、安楽死させられることに。しかし、その別れ際、イーサンに「CJのことを頼む」的なことを言われ、案の定、ご主人に忠義を尽くすこの犬は頑張って尻尾を振ってしまうのです。永眠なんてどこ吹く風。エンドレス・転生が再スタート。

モリーという名のメスの子犬ビーグルに生まれ変わったベイリーは、いきなり少し成長した11歳のCJと遭遇。おいおい、いきなり運が良すぎるじゃありませんか。そのままCJに飼われることになったモリー(ベイリー)は、CJ自身はこの犬がベイリーの生まれ変わりだとこの時点では気づいていないですが、ここでも友情を深めます。

そしてCJはティーンになり、悲劇が訪れます。ストーカー男に付き纏われたCJは運転中に操作を誤り、大事故を起こします(日本の世相的にドンピシャな出来事。煽り運転、滅ぶべし)。その事故でCJは大きな怪我もなかったのですが、モリー(ベイリー)は死亡してしまい…。

はい、ここで3回目のトライ(いや、もしかしたらこの間にも何度も転生しているのかもですけど)。今度はビッグドッグという名前のイングリッシュ・マスティフに生まれ変わります。さすがに今回はハズレかと思いきや、ここでもまた少し成長したCJと遭遇。しかし、気づいてもらえず、そのまま犬生は終わり。

続いて、マックスというヨークシャー・テリアに転生すると、今度こそはと「CJ以外はNOだ!」と言わんばかりの選り好み籠城を実行していると、そこに偶然、CJが通りかかります。なんだこの、ラッキー・ドッグ…。そして、まんまとCJのペットとなれたマックス(ベイリー)。

なんでしょうか、ベイリーの方がよっぽどストーカーな気がする…(禁句)。

僕のワンダフル・ジャーニー

転生ループって怖いよね

『僕のワンダフル・ライフ』と『僕のワンダフル・ジャーニー』の2作は合わせると、非常に長いタイムスパンがあります。結局のところ、この2作はイーサンという寿命が長いと100年以上ある「人間」と、ベイリーという寿命が10~15年しかない「犬」の、本来は添い遂げることができない運命を背負った二者の生物種を、摩訶不思議な転生のマジックで、最期まで互いに添い遂げさせてあげようという、おそらく全飼い主が心では思い描いたことのある叶わぬ願望を叶える…そういう映画です。

こんなの犬の飼い主(それ以外のペットでもいいですけど)なら、号泣するのは当然なわけで…。

ただ、そういう一点に集中突破した作品コンセプトになっているぶん、それ以外の部分はかなり大雑把というか、非常に大胆に切り捨てている映画でもあります。

前作の感想で私は「犬に甘すぎる」と書きましたけど、正確にはイーサンとベイリーに甘すぎるんですよね。イーサンとベイリーを中心に世界は回っているような、この二者の幸福の成就こそ全てみたいな。

ゆえにご都合主義的であり、そのご都合さ加減は前作以上に強いです。例えば、前作ではまだ最後の最後に再会できるという、溜めに溜めた感動ポイントがありましたが、今回は割と常に転生ベイリーはCJに毎度出会えてしまっています。もはやチートです。だからもう感動というか、流れ作業的に“また出会えるんでしょ”と観客は予定調和を眺めるだけになってしまいます。

こういったご都合さはまだ物語上仕方がないにしても、度が過ぎるベイリーのイーサン&CJ史上主義が色濃く出てしまうがために、その綺麗事では隠しきれない一面がポロリと顔を出すこともあります。とくにあまりにもベイリーがCJに会うことに固執しているので、それ以外の飼い主との人生がすごくおざなりに見える弊害も。また、CJとトレントをくっつけるために、もともといたそれぞれの恋人と別れさせるくだりも、別れさせられる側の気持ちになってみれば迷惑極まりないですよね。

そもそも死を間際にしたベイリーに「CJを頼む」とお願いするイーサンもなかなかにクレイジーな発想で、“いや、生きているあんたがCJと向き合いなさいよ”と思わなくもない。

それでいて物語のラストは、前作と同じイーサンと再会することに焦点が置かれるので、結局、なんだったんだと虚無感もある…。

あのエンディングは“イーサンとベイリーは天国で仲良く暮らしました”というオチと解釈するなら、もう転生はしないと思いますけど、どうなんだろう。もうCJはいいのか。それともイーサンとベイリーが揃って転生でもする、カオスな展開が待ち受けているのか。自分の生んだ赤ん坊が実は祖父が転生したものだったら…ちょっと想像すると嫌だった…。

やはり2作も同一展開をやると、犬を酷使しすぎだと思ってしまいますよね。実質、逃げられないループですから。『ハッピー・デス・デイ』の主人公ならブチ切れているレベルです。

本作に感じるアジアへの偏見

一方でこの『僕のワンダフル・ジャーニー』、前作よりも批評家評価は若干良くなっています。その理由は、皮肉にも犬とは全然関係のないことで…。

本作の唯一の成果といってもいいこと。それは「アジア系と白人との恋愛」を描いているという点です。

ハリウッドにおけるアジア系の恋愛ジャンルでの冷遇は他の作品の感想でも散々書いたので、そっちを参考にしてください(『好きだった君へのラブレター』を参照)。


『僕のワンダフル・ジャーニー』ではCJの幼なじみとしてトレントというアジア系の男の子が登場し(青年時を演じているのは“ヘンリー・ロウ”)、二人は青年時に再会し、交際、めでたく結ばれます。まだまたアジア系の恋愛ジャンルでの扱いは低く、そういうハリウッドの事情を考えると、本作の恋愛描写は意義があります。

でもなんとなくアジア人である私としては素直に喜べないのは、まず本作の製作が中国での大ヒットを受けて始動したことを踏まえると、この恋人にアジア系の採用も、どう考えたって邪推しなくともアジア市場狙いなのがまるわかりです。

また、結構、善悪がハッキリした登場人物設定の中で、このトレントは明確な善性として登場するあたりだったり、さらには癌という病気設定での感動要素に使われているのも、それはそれでステレオタイプなんじゃないかと思うわけです。映画の随所に、無自覚な忖度と差別意識が潜んでいる。それを犬という都合のいいオブラートで包んでしまえば、見栄えはいい…。

つまり、本作のアジア系描写は、ハリウッドの多様性を尊重する純粋な気持ちというよりは、商業的な成功を狙ってのエクスプロイテーション映画なのかな、と。そうだとしたら、結局、あのまだまだ白人至上主義全開のアメリカ映画業界でのさばる非アジア系の人たちの偏見は変わっていないことになり、全然私は喜べないかな…。中国に代表されるアジアを市場としてしか見ていないなら、それは対等な人間扱いではないですから。

もし本気でダイバーシティを考えるなら、ウケ狙いでなく、アジアのアイデンティティを真正面から取り入れてほしいし、それこそ監督や脚本家にアジア系の人を起用するぐらいの覚悟を見せてほしかったところ。

『僕のワンダフル・ジャーニー』はアジア市場で前作から大幅に興収を落としましたが、これで「アジア系はダメだ」と思うのでなく、「自分たちのエクスプロイテーション的な偏見意識がダメだ」と、ハリウッドのお偉いさんは気づいてほしいなと願うばかりです。

まあ、小うるさい話をしましたが、アジア人ですからこれくらい声をあげてもいいよね。

人種描写はさておき、展開くらいガラッと変えてほしかったのは本音です。いきなり中国で暮らす犬に転生するとか、どこかの日本の山奥で生き延びるオオカミに転生するとか、そうなったらどうやって再会するんだとハラハラ予測不可能で鑑賞できたのに…(予算規模的に無理だけど)。ちなみに、アメリカ本国では本作は『ジョン・ウィック パラベラム』と同日公開だったんですよね。良かったね、殺し屋の犬じゃなくて…。

なお、もちろん犬に責任はありません。たまには犬ものんびり休んでね。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 50% Audience 92%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 3/10 ★★★

作品ポスター・画像 (C)2019 Storyteller Distribution Co., LLC, Walden Media, LLC and Alibaba Pictures Media, LLC.