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ドラマ『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』感想(ネタバレ)…イギリスのゲイ歴史を垣間見る

IT'S A SIN 哀しみの天使たち

幸せになりたいだけなのに…ドラマシリーズ『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:It’s a Sin
製作国:イギリス(2021年)
シーズン1:2021年にスターチャンネルで配信
製作総指揮:ラッセル・T・デイヴィス
性描写 恋愛描写

IT’S A SIN 哀しみの天使たち

いっつあしん かなしみのてんしたち
IT'S A SIN 哀しみの天使たち

『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』あらすじ

1980年代のロンドン。同性愛者のリッチー、コリン、ロスコー、アッシュと彼らの親友ジルの5人が、ピンクパレスと名付けたアパートで共同生活を始める。様々な葛藤を抱えながらも楽しく暮らす5人だったが、HIVの感染が急激に拡大し、正確な情報もない中で仲間が次々とエイズを発症していくという恐怖に直面する。ゲイへの差別も激化。ただ幸せになりたいだけの若者たちにどんな未来が待ち受けているのか…。

『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』感想(ネタバレなし)

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1980年代のイギリスで…

毎年12月1日は「世界エイズデー」です。エイズの蔓延防止と患者に対する差別・偏見の解消を目的に、WHO(世界保健機構)が1988年に制定しました。

エイズ(AIDS)とは「後天性免疫不全症候群(Acquired Immunodeficiency Syndrome)」の略称であり、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染した人が、免疫能の低下によって該当する合併症のいずれかを発症した状態のことをいいます。HIVは複数種ありますし、今後の突然変異によって新たなウイルスが登場するかもしれませんが、ざっくりとHIVと呼称されています。

このエイズが初めて報告され、未知の謎の病として猛威を振るった時期が1980年代。とくに取り上げられるのはゲイの人たちであり、当時はゲイ特有の病気だと誤解され、差別が激化する中で大勢のゲイの人たちがエイズで命を落としました。

この悲惨な時代を描く作品として、『ノーマル・ハート』、ドラマ『POSE ポーズ』などがありましたが、どれもアメリカを描いたもの。

ヨーロッパを描くものとしてはフランスの「ACT UP Paris」の若者を描いた『BPM ビート・パー・ミニット』なんかもありましたが、数自体はそこまで多くないです。

そんな中、イギリスのゲイたちのエイズと闘う当時の姿を生々しく描いたドラマシリーズが2021年に誕生し、これが非常に高評価を集め、賞を獲るなどその年を象徴する名作となりました。

それが本作『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』です。

まずイギリスのゲイの歴史について簡単にですけど予習がてら整理しましょうか。

歴史を遡ること紀元前。鉄器時代、今のイギリスを含むヨーロッパの広範な地域で文化を発達させていたケルト人の間では、男性の同性愛は珍しくもなく、ごく普通に存在していました。2世紀にイギリスを統治した第14代ローマ皇帝のハドリアヌスも公然と同性関係を持っていたり、別に奇異でも何でもありません。その状況に変化が訪れたのは4世紀。コンスタンティヌス1世がキリスト教を信仰し始め、同性愛は非難され始めます。そして6世紀。カンタベリーのアウグスティヌスがイギリスにキリスト教を大々的に布教させたことで同性愛者の平穏は崩壊。同性愛は禁止され、以後、1000年以上続く迫害の歴史が幕を開けます

イギリスの同性愛者たちはひたすらに隠れ潜みながら生きるしかありません。1950年代には一層のこと迫害は激化。政治主導で同性愛者の取り締まりが過激になっていきます。情勢が変わり始めたのは1960年代。差別にうんざりしたゲイたちは団体を作り、抵抗運動を開始します。イングランドとウェールズは1967年に、そして1980年代初期には、スコットランドや北アイルランドでも同性同士の性行為が非犯罪化され、やっと犯罪者の烙印を払拭することができました

しかし、ホっとしたのもつかの間、この1980年代にほんの少しの自由を手に入れたゲイたちを襲うのがエイズで…。

『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』はまさにそんなイギリスのゲイたちが見えぬエイズの恐怖に侵食されていく姿を映し出しています。実在の人物を主に描いているわけではないですが、しっかり歴史に裏打ちされた物語です。

本作の製作総指揮を務めたのが“ラッセル・T・デイヴィス”で、ドラマ『ドクター・フー』でもおなじみで『英国スキャンダル セックスと陰謀のソープ事件』でも高く評価されたクリエイターですが、ゲイ当事者でもあり、『Queer as Folk』などクィアを描く作品も積極的に手がけてきました。そんな“ラッセル・T・デイヴィス”が自身の実体験(1981年当時は18歳だったそうです)を元に作りだしたこの『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』は、それはもうかつてないほど感情のこもった一作になるのも当然で。渦中にいた人だからこそのリアルさが全編に渡って滲み出ています。

俳優陣のアンサンブルも非常に高評価を獲得しており、『ライオット・クラブ』の“オリー・アレクサンダー”、本作で脚光を浴びることになった“オマーリ・ダグラス”、“カラム・スコット・ハウエルズ”、“ナサニエル・カーティス”、さらに『マトリックス レザレクションズ』の“ニール・パトリック・ハリス”など、ゲイとして登場する役柄を演じる人は全員当事者を起用しているのが特徴です。

他には“リディア・ウエスト”、“キーリー・ホーズ”、“スティーヴン・フライ”などが出演しています。

『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』は必見のドラマだったわけですが、本国では「Channel 4」の放送だったので日本ではどう観られるのかなと思っていたら「スターチャンネル」案件になりました。まあ、観れるだけマシですかね。

題材がこうである以上、悲壮感のある物語になるのは避けられないのですけど、当時者の苦悩は現代を生きるクィアな人たち(もちろんクィアでない人たちにも)語り継がれていかないといけないのだと思います。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:2021年必見のドラマ
友人 4.0:歴史に興味ある同士で
恋人 4.0:同性愛ロマンス盛沢山
キッズ 3.5:性描写は多め
↓ここからネタバレが含まれます↓

『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤):夢を抱き、若者たちは集う

イギリスの南方の海にポツンと浮かぶワイト島。1981年9月、リチャード・トザー(リッチー)は家族との最後の食事をとっていました。法を学んで弁護士になるべくロンドンの大学へと明日発つことになっていたのです。自分が家を出ていった後は部屋を片付けると言う母の言葉を聞いて、独り急いでクローゼットの中に隠していたゲイポルノ雑誌を引っ張り出し、鞄に突っ込むリッチー。彼は同性愛者でした。もちろん家族には明かしていません。翌日の船で父から「女遊びはほどほどに」とコンドームを貰いますが、自分には関係ないとそれを船から放り投げます。

『ティーンスピリット』もワイト島が舞台でしたが、こちらでも保守的な地域として描かれています。

一方、ロスコーは工事現場で働いていましたが父が車で迎えに来ます。隠れて持っていたゲイ新聞が見つかり、家族に公然と責められるのでした。移民なので下手すれば家族全員がナイジェリアに戻されるかもしれないと危惧する声もあがり、同性愛者を処刑する故郷に戻ったらどうなることか…。覚悟を決めたロスコーはゲイっぽい格好全開で罵倒しながら家を飛び出しました。

この新聞「Gay News」は当時のイギリスの貴重なゲイ専門メディアでした。これを読んでいるということは、ロスコーの教養の高さも窺えます。

ウェールズ出身のコリンは新しく住まわせてもらう下宿先で、そこに住む夫婦の息子ロスの肉体に見惚れていました。サヴィル・ロウの仕立て屋(テーラー)に就職しますが、先輩同僚のヘンリー・コルトレーンが助けてくれました。ヘンリーはコリンの性的指向を勘づいてくれており、「カレシはいないのか、欲しくないか」と聞き、「欲しいです」と思わず答えてしまうコリン。ヘンリーの家に招かれ、パートナーのフアンを紹介されます。「違法だったときのほうがスリルがあった」と気楽に語る先輩たち。でも「家族は忘れたさ」と口にする表情には寂しさも…。

大学に通い始めたリッチーはアッシュという男に目がいき、ジルという女性が話す機会を与えてくれました。リッチーはバイセクシュアルだと自分では思いつつも、アッシュと関係を深めることに夢中に。『600万ドルの男』を観て悶々とするだけだったなどと会話は盛り上がるも、インド系のアッシュに宗教の話を持ち出してしまい、墓穴を掘ります。

リッチーはジルをクリスマスに実家に連れてきます。カミングアウトするようにジルに促されますが、結局は言えずに「演劇科に移ろうと思っている」と別の告白。父は激怒でした。

新年に盛り上がり、リッチーはいろんな男とヤりまくり。その頃、フアンは奇妙な風邪で入院し、さらにはヘンリーまで病欠。病院に行ってみると見る影もないほどに弱った姿でベッドに横たわっていました。

コリンはバーでしょげているとリッチーやロスコーたちが励ましてくれ、ピンクパレスへ案内されます。コリンはジルの同居人募集に飛びつき、このシェアハウスでゲイたちと満喫することに。

遠いアメリカの地では酷い伝染病が流行っているという噂もありましたが、人生の快楽に浸るこのピンクパレスの若者たちの耳には入りません。

いずれ自分も直面するとは考えもせずに…。

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未知のパンデミックの恐怖

『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』はイギリスで放送・配信された後の1週間で、HIV検査数が記録的な回数に達し、社会現象にまで発展したそうですが、それはコロナ禍を経験してしまったからこそだったと思います。私たちは本作を過去の出来事として達観はできません。なぜなら未知のパンデミックの恐怖は今も起きることを身を持って知ったのです。本作で描かれることもウイルス自体は違えど既視感があります。

作中で最初にHIV/AIDSに直面するのはヘンリー&フアンで、その初期の当事者の不安がありありと伝わってきます。なぜ鳥と接触したかと聞かれるんだと困惑をコリンに打ち明ける場面がありますが、これは霊長類を自然宿主とするウイルスが突然変異したのがHIVであるからであり、なぜ野生動物にしか見られないウイルスが人間に感染しているのか専門家は情報を整理しようとしているのですが、疫学を理解していない一般人にはわけがわからないことです。

一方でリッチーはHIV/AIDSを一蹴します。「ゲイだけを殺す病気なんてあるわけない。製薬会社の陰謀だろう」とあっけらかん。

でもグロリアが密かに感染し、それを唯一知ったジルは世話をしながら情報不足のまま過剰なまでに衛生面に気を遣うしかなく…。ピンクパレスの象徴的なコップをわざわざ叩き潰して廃棄するところにその逼迫が現れていてなんとも…。

そうこうしているうちにまさかのコリンの感染が発覚。コリンは性に奔放ではなく、どちらかと言えば性嫌悪的かアセクシュアル感が漂っていたのですが(実はロスにやや強引に迫られて性行為していたことが判明)、そんな彼でもHIV/AIDSに感染する。この事実がピンクパレスの一同に深刻さを突きつけます。

それでもひたすらエイズ発症を防ぐデマの方法(バッテリー液が効果があるとか)を試しまくるリッチーの必死さも痛々しくて…。

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さらに差別の追い打ちが…

未知のパンデミックの恐怖だけでもじゅうぶん嫌なのですが、ここで『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』の主人公たちに追い打ちをかけるのが、言うまでもなく差別です。

タイトルのとおり、エイズにかかる=ゲイだとバレる=罪として扱われる…。この構図が残酷に当事者を襲ってきます。エイズで亡くなったグロリアの家で、彼の子どもの時の写真も含むあらゆる物が燃やされている場面の怖さといったら…。存在しなかったことにされる…そのおぞましさ。

コリンのように職場もクビになるし、社会全体が病気への恐怖を口実に同性愛者を排除するムードが出来上がってしまう。隔離は感染対策というよりは特定の性的指向の黙殺でしかない…。

また、アッシュが訴えていたように、地方自治法28条(セクション28)に基づき、同性愛に関する本を図書館から除去するという滅茶苦茶なルールも登場したり、当時のパニック状態がひしひしと伝わってきます。

終盤、リッチーの感染で直視させられるのは決定的な家族によるホモフォビア。リッチーの母は「男に走るのは男性で性欲が強いからだ、同性愛者ではない、お遊びからはいずれ卒業する」と断言し、最後までその溝は埋まらない。頑張れば理解できるものでもない、現実を見せられてこっちもげっそりしますね…。

でもアライの頼もしさも光ります。とくにコリンの母のあの甲斐甲斐しさ。コリンが亡くなった後も助けてくれて、本当にああいう人ばっかりだったらいいのにと…。当事者もデモで闘います。

本作で最大のアライはジルですが、一見すると男性をケアする女性という定番型になってしまっていますが、このジルは実はモデルになった人物がいます。それが“ラッセル・T・デイヴィス”の長年の友人でもある俳優の“ジル・ナルダー”。実際に病院の患者を訪れ、ピンクパレスを切り盛りし、あの「ら!」という合言葉も使っていたそうです。その“ジル・ナルダー”は作中ではジルの母親役で登場しています。こういう活動家がエイズ危機の最中にもいたことも忘れるわけにはいきませんね。

ホモフォビアがなければ、適切なアライがいてくれれば、こんなに苦しまずに済んだのに…。当事者の怒りの主張が全面に出るドラマでした。

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ただ幸せになりたいだけ

『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』の主人公たちはただ幸せになりたかっただけです。やっていることは異性愛者と同じです。

検査でエイズを自覚し、リッチーが実家に帰ったとき、地元のマーティンにゲイと告白をします。「本当は君が好きだったよ」と切ない初恋のロマンスを打ち明けながら、「僕は何者にもなれないんだ」と泣く姿。もしこの島に差別がなければ、リッチーには別の人生の道がいっぱいあったのではないか。そう思わずにはいられません。

HIV/AIDSの理解は2021年は以前より格段に進みました。でもまだ日本でも誤解が根強く残っています。

同性愛者だけではなく、どんな人でも感染する可能性はあること。でもHIVは肌の接触、涙、汗、唾液、尿などでは感染しないこと。食器やトイレの併用も何も問題ないこと。「U=U」と呼ばれている、効果的なHIV治療を続けることで「検出限界値未満=Undetectable」の状態にあるHIV陽性者は、性行為を通じて「HIVに感染させることはない=Undetectable」ことを多くの研究が証明していること。伝えなければいけない正確な知識は他にもたくさんです。

日本では保健所など多くの場所で「無料・匿名」でHIV検査を受けることができます。検査を受けるのに理由は必要ありません。人生で1回以上は検査を受けることが推奨されています。近くの検査・相談窓口は以下の「HIV検査相談マップ」から検索してみてください。

『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 98% Audience 92%
IMDb
8.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)RED Production Company & all3media international イッツ・ア・シン

以上、『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』の感想でした。

It’s a Sin (2021) [Japanese Review] 『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』考察・評価レビュー