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『モンスター その瞳の奥に』感想(ネタバレ)…Netflix;君にはどう映る?

モンスター その瞳の奥に

映画製作が夢の黒人少年が突然の強盗殺人容疑で逮捕され…Netflix映画『モンスター その瞳の奥に』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Monster
製作国:アメリカ(2018年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:アンソニー・マンドラー
人種差別描写

モンスター その瞳の奥に

もんすたー そのひとみのおくに
モンスター その瞳の奥に

『モンスター その瞳の奥に』あらすじ

ニューヨーク・ハーレム出身のスティーブ・ハーモンは名門校に通う17歳の成績優秀な高校生。映画クラブに所属し、聡明で人当たりもいい。そんな普通の彼が強盗殺人の共犯者として起訴され、人生のすべては一変する。運命の裁判が始まるが、陪審員の表情は一様に無感情で読み取れない。すでに有罪のようなものだった。なぜこんなことになったのか、終身刑もありうる厳しい法廷の末に行きついた結末とは…。

『モンスター その瞳の奥に』感想(ネタバレなし)

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やっと公開の監督デビュー作

主に2020年の映画を対象とする第93回アカデミー賞の受賞結果発表も終わりましたが、かつて「白すぎるオスカー(#OscarsSoWhite)」と散々揶揄されたあの汚名を返上するかのように、今回は多様性をたっぷりと感じさせるラインナップとなっていました。もちろんそれは下駄を履かされたわけではなく、どの作品も優れたものばかりであり、当然の評価です。

とくにアフリカ系アメリカ人を描いた作品の存在感はアメリカの賞ですから重要です。

作品賞にノミネートされて助演男優賞に輝いた『ユダ&ブラック・メシア』、俳優陣が評価されただけでなく衣装デザイン賞やメイクアップ&ヘアスタイリング賞の栄光に輝いた『マ・レイニーのブラックボトム』、長編アニメ映画賞と作曲賞を制覇した『ソウルフル・ワールド』、長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた『タイム』、そして私もお気に入りの短編映画賞受賞作の『隔たる世界の2人』

多種多様なブラック・ムービーが賞レースを彩るようになる時代が来たのは嬉しいこと。

もちろんここまで到達するには長い道のりでした。忘れてはいけないのは、その道のりにはもっと無数のアフリカ系アメリカ人を題材にした作品の積み重ねがあったということです。その努力の賜物によって今回の輝かしい舞台に立てた映画がある。だから賞のステージにたどり着けていない映画でもその意義はじゅうぶんありました。そしてその積み重ねはこれからも続いていくでしょう。

ということで今回紹介する映画の話。今作もアフリカ系アメリカ人の境遇を主軸にした一作です。それが『モンスター その瞳の奥に』

まずこの映画は原作となった小説の原作者が何よりも有名です。「ウォルター・ディーン・マイヤーズ」という小説家で、ヤングアダルト文学の功労者であり、とくに文学における黒人表象の分野で大きな足跡を残しました。発表した作品の数は非常に多く、名誉あるコレッタ・スコット・キング賞を何度も受賞しています。2014年に亡くなってしまったのですが、その直前までずっと文学作品における黒人のレプリゼンテーションについて熱く訴えていました。

そのウォルター・ディーン・マイヤーズが2000年に上梓した小説を映画化したのがこの『モンスター その瞳の奥に』です。

内容はひとりのニューヨークのハーレムに暮らす黒人少年がある日いきなり強盗殺人の容疑で逮捕されてしまい、納得いかないままに裁判に臨むことになっていくという法廷劇がメインです。

監督がまた新しい人物で、“アンソニー・マンドラー”というクリエイターで、もともとミュージックビデオやCMの業界で多方面に活躍しまくっていた方のようです。以前は「Tokyo Vice」の映画化で映画監督デビューをするつもりでしたが、企画が頓挫(ちなみに「Tokyo Vice」はHBOで今度ドラマシリーズ化されます)。この『モンスター その瞳の奥に』でやっと監督デビューとなりました。

本作は2018年のサンダンス映画祭で初お披露目だったのですが、Netflix配信として一般公開となったのは2021年。ちょっと間が空きすぎてしまいましたね。そのせいか製作時点ではそれほど有名ではなかったであろう出演陣がすでに2021年は話題性ありの存在に転身している状態に…。

俳優陣は、主人公を演じるのは今や『ルース・エドガー』『WAVES ウェイブス』など多数の映画で出番を増やしていき若手俳優の筆頭として注目されている“ケルヴィン・ハリソン・Jr”。ほんと、隙のないオールマイティーな俳優です。

他には『ドリームガールズ』の“ジェニファー・ハドソン”、『ホールド・ザ・ダーク そこにある闇』の“ジェフリー・ライト”、『フィフティ・シェイズ・ダーカー』の“ジェニファー・イーリー”、『エンド・オブ・ステイツ』の“ティム・ブレイク・ネルソン”、『TENET テネット』の“ジョン・デヴィッド・ワシントン”など。

重いトーンの作品ではありますが、ひとりで家でじっくり鑑賞するにはいいのではないでしょうか。

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『モンスター その瞳の奥に』を観る前のQ&A

Q:『モンスター その瞳の奥に』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2021年5月7日から配信中です。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:じっくり腰を据えて
友人 3.5:関心ある者同士で
恋人 3.0:ロマンスはほぼない
キッズ 3.0:犯罪描写は当然あり
↓ここからネタバレが含まれます↓

『モンスター その瞳の奥に』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):彼はモンスターだ

「名前は?」「スティーブ・ハーモン」「年齢は?」「17歳」「ギャングか?」「ギャングじゃない、違います」「逮捕歴は?」「ないです」

大人しく指示されたとおり所持品を出す少年。

「親は?」と聞きますが、目の前にいる受付の男は「君の親は来ていない」と無慈悲に回答し、弁護士を求める少年の声を完全に無視します。

ここは刑務所。無機質な牢獄。荒れくれ者の罵声。生を実感するのは恐怖のみ。悪いことをした人間が来る場所です。しかし、スティーブには身に覚えがありませんでした

スーツに着替えるスティーブ。面会室で弁護士のモーリーン・オブライアンと会話します。スティーブには強盗殺人容疑がかかっており、普通に考えれば懲役20年の罪です。

法廷へ。傍聴席には心配そうな顔の両親が寄り添っています。

裁判長が入廷。起立。裁判長席の後ろの壁には「IN GOD WE TRUST」とあります。続いて陪審員たちが入廷してきます。人種も年齢もバラバラ。一様に全員の表情は無です。

冒頭陳述が始まります。検事補は語りだします。

「昨年の9月12日午後のことです。ボボことエバンスキング氏はハーレムの115丁目に行きました。目的は強盗です。2人は金品を奪うために店のオーナーを殺害しました。揉み合いになり銃を発砲したのです。事件前、新たに2人が計画に加わりました。願い出たのです。1人は罪を認めました。もう1人は当日に事件の前に店内に警察がいないか下見した人物です。それがスティーブ・ハーモンです」

監視カメラの映像も公開され、2人組に被害者が乱暴に暴行される痛ましい映像が生々しく流され、陪審員たちの目に刻まれます。

キング被告の弁護人は「検察側は物事を誇張することでしょう」と語ります。そしてスティーブの弁護人であるオブライアンも言葉を重ねます。

「我が州では法律は市民を守ると定められています。また我が国の法律には2つの役割があります。それは被害者を守ることと被告人を守ることです。無実にもかかわらず裁かれる人は大勢います。罪のない人を刑務所に送ることほど凶悪なことはありません。ハーモン被告の事件の関与について合理的な疑いが残るだけではありません。事件に加担したという根拠がないのです」

しかし、検事補が強い口調で、まるで責め立てるようにこう突きつけます。

「彼はモンスターだ、彼もモンスターだ」

そうして指を刺されるスティーブ。

一方のオブライアンは「彼はモンスターではありません」ときっぱり明言。

スティーブは昔を振り返ります。ニューヨーク・ハーレムでの家族とのごく普通の生活。映画製作への夢を抱きながらの毎日。創作への情熱を語り合った学校での映画クラブ。

あのとき、買い物に出かけなければ…。

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自分主役の青春は打ち切りに

『モンスター その瞳の奥に』は言うまでもないのですが、アフリカ系アメリカ人が置かれている人種差別が主題になっています。つまり、「黒人=犯罪者」という偏見です。

2020年もジョージ・フロイド事件を発端に「ブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter)」の運動がかつてないほどに世界的に再燃。2012年のトレイボン・マーティン事件からの火種はついに無視できないほどの怒りの炎にまで延焼しています。

当然、これらは2010年代に突然と始まったわけでなく、このアメリカの地に黒人が奴隷として連れてこられたその日からずっと続いていること。

アフリカ系アメリカ人が不当な捜査や裁判で有罪となってしまう出来事を描いた作品もたくさん作られており、『ボクらを見る目』『黒い司法 0%からの奇跡』『オールデイ・アンド・ア・ナイト 終身刑となった僕』などこのサイトでも感想記事を挙げてきました。「BLM」としてタグで整理もしているので、気になる方はそちらを参照してください。

『モンスター その瞳の奥に』はそれに連なる一作であり、こういう言い方もあれですが、その流れからすればそこまで大きな新規性のある題材ではありません。ただ、本作の原作は2000年になったばかりに刊行されていますし、その当時はこういう題材を当事者である黒人が世に打ち出すというのはなかなかにインパクトがあったのかもしれません

しかも、本作はヤングアダルト小説なんですね。本来であればこのジャンルでは青春が描かれるものです。夢に向かって頑張ったり、家族と揉めたり、恋をしたり、友情のドラマがあったり…そういうやつ。しかし、このスティーブはそれがまるまる奪われる事態に叩き落されます。自分が主人公の青春劇が打ち切りになったようなものです。

その恐怖こそが本作の最も震撼する部分であり、そして作中で忘れられている面でもあって…。スティーブは「モンスター」呼ばわりされるわけですが、本当は「ただの青春を過ごす少年」にすぎなかった。それが何よりも残酷です。

ちなみに私は原作を読んでいないのですけど、原作では未成年であるスティーブが刑務所で過ごす恐怖がもっと描かれているらしく、映画の方ではそこは割と抽象的になっていましたね。

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断片的情報で創作される犯人像

『モンスター その瞳の奥に』の半分以上は法廷劇です。肝心の事件に関することはこの法廷内でしか語られておらず、観客にも情報が制限されています。終盤に例のスティーブが見張りに関与したと思われる行動のシーンが映るのですが…。

この裁判シーンは無機質で、そこに情のようなものはまるでありません。たぶん実際の裁判もこんな感じで冷たいのだろうと思わせます。

「陪審員の半数はあなたを見た時から有罪だと決めつけている」とオブライアンが言うようにそこには推定無罪の原則などは建前でしかなく、検事補ですらも勢い任せでスティーブたちを犯罪者として断定して責めていく。まるで公開処刑のパフォーマンスです。

一方でスティーブの回想として日常のパートも挟まれます。

彼は中流階級の家柄で、成績も優秀で勉学に熱心。家庭環境も悪くなく、両親に愛され、弟のジェリーとも楽しく会話する思いやりのある少年でした。そして何よりも映画という夢がありました。

この映画というのが本作の演出も左右するキーワードになっており、彼が街中を歩いてはさまざまな風景をカメラで切り取っていきます。そこには後に彼の人生を破滅へと誘い込むことになる不良グループもいるのですが、このときはスティーブはそこまでの警戒心を持っていません。

サンプリングした素材をもとにフィクションとしての映画を創作していくことと、サンプリングした断片的情報をもとに犯罪者としての人物像を創作していく警察。この2者が歪なほどに重なってしまうという皮肉。作中で検事補が彼は映画製作で脚本作りを学んでいるからいくらでも嘘のストーリーを作って騙せると陪審員たちの前でのたまうシーンがありますが、非常に嫌悪感を煽ります。

「君にはどう映る?」という最後のセリフにあるように、私たちはみんなが全てを知っているわけではないなか、そのイメージを作るのは情報のパーツだけ。それをどう組み合わせるかはまさに先入観や差別意識に思いっきり影響を受けてしまうのでしょうね。

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演出は上手くいっているか

『モンスター その瞳の奥に』は構成としての狙いはよくわかるのですが、私としてはやや嚙み合っていないかなと思う部分もありました。

例えば、最後に「君にはどう映る?」というセリフで締めるならもっと観客に問いかける構図にすべきだったのかなとか。本作は基本的にスティーブの日常が最初から映し出されるので、彼が悪い人間ではないことが観客には公然と示されます。

なのでどうしたってスティーブに常に同情しますし、検事補にはイラつきます。あの検事補も露骨に悪い奴すぎるのも面白みがなく、もっとまともなことを言ってそうな雰囲気にする方が感情を揺さぶられやすいのかもとか。

とにかくスティーブが本当に見張りとして加担したのかしていないのかを曖昧にし、彼の人柄もわからない状態にしておきつつ、終盤に一気に情報を解禁して、観客のそれまでのイメージを揺さぶった方が効果的だった気もします

“ケルヴィン・ハリソン・Jr”自身も相当に上手い俳優ですから、そういう内側がわからないキャラクターも巧みに演じられるでしょう。まさにそれを体現してみせたのが『ルース・エドガー』でしたが…。

ナレーションと時折に組み合わされる視覚的な演出のコラボレーションも、“アンソニー・マンドラー”監督のクセなのかもしれませんが、1時間半の映画でそれをずっとやられると少し退屈だったり。これが短いMVなどであるならば全然OKですし、そこは音楽がメインで映像がサポートになるので問題ないんですけどね。

ちょっと原作が読みたくなってきました。邦訳はないのかな…。

『モンスター その瞳の奥に』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 67% Audience 60%
IMDb
5.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0
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関連作品紹介

ケルヴィン・ハリソン・Jr出演の映画の感想記事です。

・『イット・カムズ・アット・ナイト』

・『ルース・エドガー』

・『WAVES ウェイブス』

作品ポスター・画像 (C)Bron Studios

以上、『モンスター その瞳の奥に』の感想でした。

Monster (2018) [Japanese Review] 『モンスター その瞳の奥に』考察・評価レビュー