最悪の選択
Netflix映画『最悪の選択』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Calibre
製作国:イギリス(2018年) 
日本では劇場未公開:2018年にNetflixで配信 
監督:マット・パーマー 

あらすじ

男同士で狩猟を楽しもうとスコットランド北部へ出かけた幼なじみの2人。行きの車中ではヴォーンとマーカスは会話を弾ませつつ、村にたどり着く。そして、翌日、いざ森へ狩猟に出かけるが、たった一発の銃弾によってたちまち悪夢に転じ、人としての本質を揺るがす耐え難い試練が襲いかかる。

ネタバレなし感想

英国で狩りに出かけよう

突然ですが「ストーキング」というと何を連想するでしょうか。

大半の人はあれですよね。勝手に想いをこじらせた奴や、行動を調査しようと狙っている奴が、特定の人の後ろをついてまわって尾行したりする行為。その分野のプロの人が秘密裏に画策している場合もありますが、たいていは一線を越えてただのハラスメントや犯罪になります。

しかし、今回、言及したい「ストーキング」はそっちの“一般的な方”の意味ではありません。

実は「ストーキング」にはもうひとつ意味があって、それが「狩猟」です。狩猟は「ハンティング(hunting)」では?と思うかもしれませんが、イギリス圏の英語では「stalking」と呼ぶのが一般的なのです。獲物となる動物(主にシカ)の後を銃を持った狩猟者が追跡して仕留めるという動作から、そういう言葉を当てはめたのでしょうが、ゆえに狩猟者も「ストーカー(stalker)」と呼ばれます。そういえば、シャーロックホームズが被っているあのお決まりの帽子も鹿撃ちで身につけるもので「deerstalker」という名称です。イギリスで「stalking」という単語を耳にしても「えっ、なにこの人、危ない奴?」とか思わないようにしましょう。

この雑学が何の意味があるんだと思っているでしょうけど、本作『最悪の選択』を読み解くうえでは重要な基礎知識となります。

本作はイギリス製作のスリラーです。エディンバラ国際映画祭に出品されたあとは、Netflixオリジナルとして配信されました。舞台もエディンバラ周辺で、物語の鍵になるのは「狩猟」。イメージできる人はわかると思いますが、いかにもあのスコットランドの田舎らしい森に囲まれた自然の広がる環境です。とくに目立ったランドマークもないけれど、落ち着いた時間がゆったり流れて、他者から見れば平和な場所に思える。しかし…。

ジャンルはスリラーですと言ってしまっているし、狩猟というキーワードを聞けば、ちょっと凄惨なことが起こりそうなフラグがプンプンしていると思いますが、確かにそのとおり。でも本作の面白さは物語にさらに深みがあるという部分こそなので、もう少し掘り下げるつもりで鑑賞してみるのもいいでしょう。

主演は“ジャック・ロウデン”。クリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』で、戦闘機スピットファイアのパイロットを演じていた人ですね。今作の場合は、なかなか悲痛な目に遭います。

監督の“マット・パーマー”は、短編は撮っているようですが、本作で長編はデビューになるのかな。小規模作ですが、さっそく素晴らしい才能を発揮しています。批評家からの評価も高いので、今後さらなる活躍も期待できるかもしれません。

当事者になったつもりになってしまう嫌な緊迫感を体感できるクライム・サスペンスをぜひ。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

あなたなら、どうするか

仲睦まじい妻を家に置いて、友人のマーカスの誘いで郊外の森へ狩りに出かけたヴォーン。妻は妊娠しており、もうすぐ子どもが生まれて忙しくなる。そんな多忙に追われる前のちょっとした休暇のつもりだったのでしょうか。車中での会話も弾みながらたどり着いたのはクルカランという村。宿にチェックインし、スタッグスというバーで飲んでいると、ローガンという地元の親切な男と知り合いに。さらにバーにやってきたカーラとアイオナという女とも楽し気な時間を過ごします。軽そうなマーカスはカーラと二人で夜の村に消えていきますが、真面目なヴォーンは「僕は妻がいるから…」と遠慮。そんなこんなでいよいよ翌日の早朝、森へ出かけて、いざ狩猟へ。さっそくシカを発見。初狩猟だというヴォーンはライフルのスコープを覗いてシカの急所である頭に狙いを定め、ヘッドショットしようと引き金を引くも…同時にシカが頭を動かして、弾は通過。それだけなら「外しちゃった、てへっ」で済むのですが、その弾道の先にいたのは「少年」。見事に少年の頭にヘッドショットしてしまったのでした。

ここまでの“平穏”から“地獄”への転換が実に一瞬でなされる本作。実はこの運命が変わる射撃よりも前に、不穏なことが起きそうなフラグはビンビンにあちこちに立っていたのですが、さらっと流れるというのと、この起こってしまった悲劇があまりにもショッキングすぎてヴォーンも観客も忘れてしまいます。

さらに撃たれて死亡した少年に駆け寄ってきた父親らしき男が、怒りでヴォーンに銃を向けていると、マーカスが彼も撃ってしまって殺してしまい、悲劇のダブルショット。

もちろんこのシーン、冷静に考えるとあり得ないですよ。いくらなんでもあそこまで綺麗に少年を誤射してしまう確率は天文学的レベル。でもリアリティはあまり重要ではありません。

問題なのは人はこういうとき、どうするかです。

ヴォーンは放心状態になるも警察に連絡しようとしますが、マーカスは「銃の貸与も違法だし、酒を飲んだばかり、それで子どもを撃ったら、もう言い逃れできない」と刑務所行きを恐れて事故を隠蔽しようとします。そして、遺体を埋め、さらには証拠の銃弾を回収するために少年の頭部を切り開く所業にまで…。

実際、ひき逃げ事故もあるし、日本でも狩猟事故で誤射による死亡者が出たのに撃った人が名乗りでない事件も稀にありますから、残念ながらマーカスたちと同じ行動をしてしまう人は世の中にいるんですよね。

しかし、天罰なのか。結局、二人の犯行は村の人にばれてしまいます。しかも、撃ってしまった相手は、あの親切にしてくれたローガンの弟と甥。怒りと悲しみに震えるローガンは、最初は「目には目を」だと始末しようとする気性の荒いブライアンをなだめるも、最終的にはヴォーンにマーカスを撃たせるという選択を強います。

友人を射殺したヴォーンは、村まで迎えに来た何も知らない妻の車に乗り、家へ帰宅。やがて赤ん坊が生まれ、新しい命を抱きかかえるヴォーンの顔で映画は終わりでした。

とにかく罪に罪を重ねてどうしようもなくなっていく主人公たちの姿に、こちらまで居心地が悪くなるような作品でしたね。

最悪の選択

本作に隠されたイギリスの社会風刺

表面的なことを振り返るだけだと「後味の悪い映画でした」で感想が終わってしまうのですが、もうちょっと物語を掘り起こすこともできるのではないでしょうか。

私としては本作は、表向きは陰湿な自業自得スリラーに見えつつ、実はイギリスの社会風刺にも薄っすらとなっていると思っています。

重要なのはヴォーンとマーカスの関係性。

この二人はどういう付き合いなのでしょうか。そこまで明解には説明されませんが、わかるのは「寄宿舎以来の友人で腐れ縁」だということ。ではこの二人は対等な友人なのかというと、どうやらそうでもないようだ…ということは観客は察することができます。

まず、二人が揃った行きの車中から、ヴォーンは「マーカスよりも先に子どもを持つとは思わなかった」と言い、それに対してマーカスは「生まれてきた子どもは俺に似ているかもしれないぞ」なんてトークをするわけです。結構キワドイ冗談ですが、笑ってます。そして、それ以降のシーンから例の事故発生、そして隠蔽に至るまで、この二人には明確な上下関係があることを匂わせます。ヴォーンは常に受け身なんですね。もしかしたら二人は会社のそれほど年の離れていない先輩・後輩なのかもしれませんし、同期かもしれない。でも、役割というか、立場に優劣があってそれを込みで親しくしている。そんな感じです。

さらにこの二人はどうやら出自が違うようだぞということもわかります。行きの車中で「シカは狩れるか」と聞かれたヴォーンは無理だと初心者であることを口にします。そして村のバーではローガンとの会話の中でわかるように「stalking」という単語の意味さえもわかっていないようでした。ここから推察されることは、ヴォーンはイギリス人ではないか、狩猟を嗜むような上流階級コミュニティに属していないという点です。対するマーカスは子どもの頃から親に連れられ狩猟をしていたようですし、明らかに社交慣れしています。

さらにポイントになる要素が、マーカスは金融の仕事をしているということ。つまりイギリスの格差社会における「搾取する側」にいます。だからこそ村の存続に腐心するローガンは、彼の職業を知るやすぐに名刺を渡します。

ここで二人の関係性と職業を合わせて考えると、ヴォーンはマーカスほどまだ「搾取する側」には至っていないと想像ができます。

しかし、例の誤射で状況は変わるのです。注目すべきはヴォーンはマーカスの銃で撃ったということ。その理由は弾を忘れたから、マーカスの弾では口径が違うので自分の銃に合わないからでした。自分のものではない「搾取する側」のマーカスの銃を手にしてしまった瞬間、起こった悲劇。あれはつまりヴォーンの初めての「搾取」を象徴しています。だから本作の原題の「calibre」(銃砲身のサイズを示す口径:caliberのイギリス英語)なんじゃないでしょうか。

この誤射シーンでは、マーカスは横にいて双眼鏡を見ているのですけど、少年が見えなかったのか。普通は見えます。でも見ていないのです。自分の利益しか見えないのです。

以降は「搾取する側」のマーカスからあくどい所業を教わるヴォーン。染まっていった彼は、やがて最後に残った良心の呵責さえも捨てて、マーカスを撃ってしまいます。ちょっとここでローガンが悲しそうな顔をしているのが印象的。お前もそっち側にいくのか…そんな風でした。

身も心も「搾取する側」になってしまったヴォーン。ラストの赤ん坊を抱えて、画面のこちらをじっと見つめる彼は、無論、最後に残った“目撃者”である観客を見ているわけであり、一方で彼自身がマーカスになった瞬間でもあります。行きの車中の「生まれてきた子どもは俺に似ているかもしれないぞ」というマーカスのセリフがここで重なるんですね。

それだけでなくあの村も村で闇を抱えている感じがまた嫌でしたね。たぶん血なまぐさいことは過去にもあったらしいと漂わす会話の数々。「搾取される側」にも明かせない秘密があるのでしょうか。

イギリスの格差社会の暗部をスマートに射抜いたスリラーでした。

ROTTEN TOMATOES 
Tomatometer 93% Audience 75%
IMDb 
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

(C)Netflix