結末は決して誰にも言わないで…映画『ウエスト・エンド殺人事件』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス・アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にDisney+で配信
監督:トム・ジョージ
ウエスト・エンド殺人事件
うえすとえんどさつじんじけん
『ウエスト・エンド殺人事件』あらすじ
『ウエスト・エンド殺人事件』感想(ネタバレなし)
アガサ・クリスティ映画の新顔です
最近のハリウッド界隈は“アガサ・クリスティ”が勢いよく咲き誇っています。
何のことかというと、「ミステリーの女王」としてレジェンドとなっているイギリスの推理作家“アガサ・クリスティ”に関連する映画が結構目立っているという話。
例えば、“ケネス・ブラナー”監督は“アガサ・クリスティ”の名作を続々と大作映画化しており、2018年の『オリエント急行殺人事件』、2022年の『ナイル殺人事件』と続き、すでに第3弾の製作も順調に進行中のようです。
純粋な著作の映画化だけではありません。“アガサ・クリスティ”への愛が溢れるオマージュを土台にした新たなミステリーの良作も生まれています。“ライアン・ジョンソン”監督が2018年に手がけた『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』は豪華キャストで現代の観客の期待に答えるストーリーを提供し、高評価を獲得。2022年には続編『ナイブズ・アウト グラス・オニオン』も控え、ノリノリです。
これほどバラエティーに富んだ“アガサ・クリスティ”関連映画の話題作が一挙に見れる今の時代はなかなかに贅沢だと思います。これらの映画から“アガサ・クリスティ”に初めて触れて、原作も読んでみようかなと手を伸ばす人もいるかもしれないですしね。
そんな中、上記の映画と比べるとスケールも小さく、あらゆる面で小粒ではあるのですけど、“アガサ・クリスティ”への目配せなら負けず劣らずの映画がひっそり2022年に新登場しました。
それが本作『ウエスト・エンド殺人事件』です。
原題は「See How They Run」なのですが、日本では劇場公開されず、2022年11月に「Disney+(ディズニープラス)」で配信されました(12月に他でもデジタル配信)。邦題は「ウエスト・エンド殺人事件」と、原題の要素が全くゼロになってしまったので、「See How They Run」のことだと気づかない人もいると思います。ディズニーはDisney+配信ラインナップを事前に発表するとき、原題も併記するべきだと思うんですけどね…。
おそらくこんな邦題になった理由はいかにもミステリー作品っぽいタイトルにしたかったからなのでしょうけど…。
『ウエスト・エンド殺人事件』はミステリーサスペンスです。1950年代のロンドンのウエスト・エンドで起きた殺人事件と、その捜査に臨む2人の警部と巡査を主人公にしています。
そしてミステリーでありながら、コメディにもなっています。というのも、この『ウエスト・エンド殺人事件』は“アガサ・クリスティ”の戯曲である「ねずみとり(The Mousetrap)」のパロディになっているのです。
そもそも本作の舞台はこの“アガサ・クリスティ”の戯曲である「ねずみとり」が上演されているウエスト・エンドのシアターであり、そこで起きた関係者の殺人事件が謎解きのメインとなっています。実際、“アガサ・クリスティ”の戯曲「ねずみとり」はウエスト・エンドのアンバサダーズ・シアターで1952年に初演され、それ以来ずっと上演されてきたという歴史があります(コロナ禍で連続記録は止まってしまったけど)。つまり、この『ウエスト・エンド殺人事件』はそういう史実の背景をベースにしているんですね。
“アガサ・クリスティ”の戯曲「ねずみとり」の舞台関係者がその創作に似ているような事件に巻き込まれていく姿はなんだかシュールであり、登場人物もみんなどこかコミカルに描かれています。人は死んでいるんですが、どこかクスクスと笑えてしまう、そんなタッチの映画です。
他にも“アガサ・クリスティ”作品の要素があちこちに散りばめられており、それらを探すのも楽しいでしょう。「ねずみとり」を知らなくても楽しめるので安心してください。
『ウエスト・エンド殺人事件』の監督はこれが長編映画監督デビュー作の“トム・ジョージ”。『This Country』や『Defending the Guilty』のようなBBCのドラマを手がけてきた人のようです。
そして俳優陣は結構有名どころが主演で立っています。ひとりは“サム・ロックウェル”。今作ではだらしのない警部を演じています。『バッドガイズ』では泥棒の声をあてていたのに、真逆だな…。
もうひとりはアカデミー賞常連の“シアーシャ・ローナン”。『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』や『アンモナイトの目覚め』などの最近の役柄とはガラっと変わって、今回はコミカルな愛嬌たっぷりなので注目です。
共演は、“エイドリアン・ブロディ”、“デヴィッド・オイェロウォ”、“ルース・ウィルソン”、“リース・シェアスミス”、“ハリス・ディキンソン”、“チャーリー・クーパー”など。
批評家からは『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』でおなじみの”ウェス・アンダーソン”監督の雰囲気を感じるとの声もあり、確かに現実を投影したコミカルな茶番劇っぽさは似ています(絵作りはかなり違うけど)。”ウェス・アンダーソン”好きはハマるんじゃないでしょうか。
『ウエスト・エンド殺人事件』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :ミステリー好きは注目 |
友人 | :コミカルで見やすい |
恋人 | :気軽な暇つぶしに |
キッズ | :子どもでも見れる |
『ウエスト・エンド殺人事件』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):結論は急ぐな
1953年、ロンドンのウエスト・エンド。ここで賑わうシアターでは、アガサ・クリスティの「ねずみとり」が上演されており、すっかり定番の作品として愛されていました。
しかし、そんな芸術文化が根付くイギリスの地で、ふて腐れている男がひとり。「あんなものは二流殺人ミステリーだ」と毒づいているのは、ハリウッドから赤狩りを逃れてこの地にやってきた監督のレオ・コペルニクでした。
レオは舞台関係者のパーティに参加。劇場主のペトゥラ・スペンサーも鼻が高く、この「ねずみとり」の100回目の上演記念パーティは和やかなムードです。主演のシーラとディッキーが登場し、参加者はひときわ大きな拍手をします。「舞台の大成功は皆さんのおかげです」と俳優陣も上機嫌。
一方のレオは不機嫌です。自信のキャリアに不満だらけでボヤくばかり。そうこうしているうちにパーティでややハメを外したレオは、ディッキーと揉み合いになり、ケーキに突っ込んで汚れたのでバックステージで服を探します。
すると何か気配を感じた気がします。誰かいるのだろうか…。でも舞台裏はひと気もなく暗いです。そのとき、背後から何者かに襲われます。帽子とコートと手袋を身に着け、正体はわかりません。首を絞められますがなんとか逃げようとし、追い詰められます。そして…。
いつも嫌な奴が殺される。フーダニットはいつも同じだ…。
しばらく経過。劇場で見張りをしていたストーカー巡査のもとにストッパード警部が訪れます。被害者はレオで、すでに劇場の席にパーティ参加者が集められていました。警部が立ち入ると静まり返ります。
ステージの中央のソファにはレオの死体。凶器は小道具のスキー板とみられ、レオはパーティで揉み合いになり、そこから誰も見ていないそうです。
ペトゥラが来て「いつまで私たちはここに?」と文句を言います。劇作家のマーヴィン・ノリスも「容疑者になっているのですか?」と驚き、プロデューサーのジョン・ウルフも焦っています。
「これが最後の犯行とは限りません」とストッパード警部は言いますが、とりあえず解散させます。
スコットランドヤードではストッパード警部は総監に呼ばれ、「マスコミに報道されている。劇場を閉めるな」と怒られます。別の事件で忙しいようで、「ストーカー巡査を連れて行け」と命令してきます。
こうして2人で捜査を開始するのですが、結論は急ぐことはできません。犯人は誰なのか…。
私にはメモがある
『ウエスト・エンド殺人事件』は典型的なフーダニット(whodunit)の形式で展開するミステリーサスペンスですが、そのプロットをイチイチ弄ぶような演出が連発します。
まず恒例の殺人事件の勃発。しかも、アガサ・クリスティの「ねずみとり」が上演されたステージのど真ん中に死体があり、どうですか!と言わんばかりに定番のスタイルが用意されています。ちゃんと犯人候補になるパーティ参加者も席に揃っています。ここで推理が始まり、ズバっと犯人が言い当てられるのか…と思いきや、ストッパード警部はあっさり関係者を返してしまいます。
このストッパード警部、やる気ゼロです。
そもそもこのストッパード警部の名前の由来はおそらくパロディ作家として有名な“トム・ストッパード”からきていると思われ、“トム・ストッパード”と言えば、『恋に落ちたシェイクスピア』の脚本もしていますが、1968年に『The Real Inspector Hound』というまさしく「ねずみとり」をパロディにした作品を手がけています。
要するにこのストッパード警部は名前からしてパロティやってやるぜ!という作り手の所信表明になっており、物語を素直には進ませてくれません。
そんなぐうたらな“サム・ロックウェル”演じるストッパード警部とバディになるのが、“シアーシャ・ローナン”演じるストーカー巡査。このストーカーがこれまた正反対でやる気溢れており、でも経験は浅く、どこかミーハーな感じが漂っています。映画などの芸術好きらしく、捜査過程で関係者に出会えて浮足立っているのもシュールです。ひとりで張り込みすることになり、瞬き無しでガン見しているとか、“シアーシャ・ローナン”の芸人スタイルがいっぱい拝めて楽しかった…。
しかし、ストーカーも意外にやるときはやる。なんでもメモをするという唯一の癖が役に立ち、真相に辿り着きます。2人が最後に噛み合っていくあたりは気持ちがいいです。一度は間違えてストッパード警部を犯人だと疑ってしまいますけど、ストーカーも捜査官としての才能はあるんだろうな…。
他のキャラクターも愉快な奴らばかり。地味なところだとスコットランドヤードの総監が面白かったですね。「私は進歩的なんだ」と言いつつ、単に女性であるストーカーを男の部下にしているだけだったり、飲み物を結局用意させていたり、口だけなところが何とも…。
アガサ・クリスティの大失敗
その総監が「今はリリントン・プレースの事件で忙しい」と口にするのですが、これは実在の事件です。
これは1949年にイギリスのロンドンで起こった事件で、ティモシー・ジョン・エヴァンスという男が、ロンドンのノッティング・ヒル、リリントン・プレースの自宅で妻と幼い娘を殺害したとして起訴されたというもの。最終的に有罪となり、絞首刑となったのですが、その死刑執行から3年後、別の人間が真の犯人ではないかという疑惑が持ち上がり、長い調査の末、エヴァンスは冤罪だったことが判明したのでした。
つまり、スコットランドヤードは無能ですとこの一件を作中で持ち出すことで観客にこれ見よがしに示しているわけで、もう警察なんて役に立ちません。独自の推理をしてねというお膳立てです。
最終的に犯人は案内役のデニス・コリガンだと判明。しっかり犯人が真相を打ち明けていくというスタイルを踏襲しています。ここでデニスから語られる弟の死を創作に利用して消費したという動機。このデニスの過去も実在の事件が元ネタです。
それはデニス・オニール事件というもので、イギリスの里親制度の問題点を明るみにさせた出来事でもありました。1947年、アガサ・クリスティはこの事件に大まかに基づいて「Three Blind Mice」というラジオ劇を書き、これが「ねずみとり」へと発展したわけです。
もちろん実際にアガサ・クリスティを逆恨みして起きた殺人事件は存在せず、それはこの映画のフィクションなのですが、本作はそんな史実を上手く混ぜ合わせています。
そんな中、終盤は「バークシャー州」とデンと表示されつつ、アガサ・クリスティの自宅がついに登場し、いよいよ彼女がでるのか!と観客の期待を煽ります。
でもデニスにぐるぐる巻きに拘束されていたのは別人で…。なお、アガサ・クリスティは過去に失踪するという有名な事件を起こしており、「あれ、また消えたの?」と一瞬思わせるのですが、しっかり邸宅にいました。けれども毒入りティーカップをうっかりミスで別人に手渡すというアガサ・クリスティまさかの大失態をかまし(このへんも彼女の創作に由来している)、もはや茶番劇が極まります。
最後はレオの絵コンテどおりの展開へと突入し、一応は綺麗に風呂敷を畳んでいきます。
振り返ればものすごくくだらない回り道ではあったのですが、俳優たちのボケまくりな姿がたくさん観られたので、そんなに嫌な気分にならずに席をたてる感じでしょうかね。
たまにはこれくらい緩いアガサ・クリスティ映画もいいでしょう。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 75% Audience 69%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Searchlight Pictures ウエストエンド殺人事件
以上、『ウエスト・エンド殺人事件』の感想でした。
See How They Run (2022) [Japanese Review] 『ウエスト・エンド殺人事件』考察・評価レビュー