COLD WAR あの歌、2つの心
映画『COLD WAR あの歌、2つの心』(コールド・ウォーあの歌2つの心)の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Zimna wojna(Cold War)
製作国:ポーランド・イギリス・フランス(2018年)
日本公開日:2019年6月28日
監督:パヴェウ・パヴリコフスキ

COLD WAR あの歌、2つの心

あらすじ

冷戦下の1950年代。ポーランドの音楽舞踏学校で出会ったピアニストのヴィクトルと歌手志望のズーラは愛し合うようになるが、ヴィクトルは政府に監視されるようになり、パリへと亡命する。夢をかなえて歌手になったズーラは、公演活動で訪れたパリやユーゴスラビアでヴィクトルと再会するが…。

ネタバレなし感想

ポーランドの全てが詰まった名作

2019年は日本とポーランドの国交樹立100周年という記念すべき節目だそうです。そのため新しく即位されたばかりの天皇陛下の初の外国訪問先もポーランドとなりました。

しかし、ポーランドという国の文化について「何か思いつくものがありますか?」と聞かれると、たいていの日本人は言葉に詰まるでしょう。国交が100年あっても案外何も知らないものです。

映画ファンとしては真っ先に「ロマン・ポランスキー!」と答えたいところ。まあ、あの人は必ずしもポーランドを舞台にした映画ばかりを撮るポーランド人監督ではないので(『戦場のピアニスト』とか有名作はあるけど)、あまりポーランド色が薄いかもしれませんが…。

一般的によく名前を出されるポーランド文化の代表的存在は作曲家の「フレデリック・ショパン」ですね。パリに住み移って暮らし始めたので、生活はポーランド感がないですが、その音楽性は故郷であるポーランドの影響を非常に強く受けており、とくにポーランド民族舞踊が大きなルーツとなっています。

ポーランド民族舞踊は、有名どころだと「ポロネーズ」「マズルカ」というものがあります。どちらも4分の3拍子が基本で、ショパンのような著名な音楽家の活躍もあり、さまざまな音楽に派生もしています。

今回、紹介する映画『COLD WAR あの歌、2つの心』も、このポーランド民族舞踊がとても重要な物語のキーワードになるので注目(いや、傾聴?)してください。

『COLD WAR あの歌、2つの心』はポーランド映画であり、アカデミー賞外国語映画部門ではあの『ROMA ローマ』とオスカーを争った作品であり、『ROMA ローマ』がなければ『COLD WAR あの歌、2つの心』が受賞していたのではとも評されていました。
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それくらい傑作として大絶賛されており、アカデミー賞では外国語映画賞のほか、監督賞と撮影賞にノミネートされるなど、各方面での称賛の声があったことが窺えます。それ以外でも受賞歴は数知れず、カンヌ国際映画祭では監督賞、ヨーロッパ映画賞では作品賞・監督賞・脚本賞・女優賞…数えきれないほどの受賞&ノミネートでした。見事に各地で拍手喝采ですね。

監督は“パヴェウ・パヴリコフスキ”という有名なポーランド人監督で、すでに2013年に『イーダ』という作品でアカデミー賞外国語映画賞を受賞した経験があります。なので今回の『COLD WAR あの歌、2つの心』は完全に『イーダ』の再来といった感じ。ちなみに私は浅学寡聞ではありますが、“パヴェウ・パヴリコフスキ”監督作をひとつも観たことがなくて、『COLD WAR あの歌、2つの心』が初でした。そして鑑賞して痛感…これは名監督だ、と(知ったように)。

話は“どストレート”なラブストーリーで、時代の波に翻弄される男女のロマンスという、これ以上ないベタな内容です。正直、良い映画になるかもしれないけど、絶賛されるほどの作品になりうるのかと思わず考えてしまうのも無理はないじゃないですか。ところがこれがまたいい…すごくいい…。ネタバレにならない範囲で褒めるなら、シナリオ、演技、撮影、音楽…あらゆる映画を構成するパーツが必要最小限の無駄のなさで噛み合っているストイックさが最高です。上映時間80分ちょっとですよ。それでこの完成度。映画って、長かろうが短ろうが、良いものは良いんだなぁ…。

先ほども書いた民族舞踊の要素もあり、歴史的な背景も関わってきて、これはもはやポーランドの全てが詰まった新たな名作と言ってもいいのではないでしょうか。

極力音響の良い劇場で観に行くことを強くオススメしますが、マイナー作品なのでなかなか贅沢なサウンド環境の整っているシアターで上映されることは少ないかもしれないのが残念。少なくとも家で小さい画面&チープな音で鑑賞するのは、台無しにしかならないので、お気をつけて。

以下、後半のネタバレあり感想では、時代背景なども踏まえてポーランド史を解説しつつ、私の思ったことをつらつらと書いています。

オススメ度のチェック
ひとり◎(じっくり作品に浸れる)
友人◯(ワイワイと盛り上がりはしない)
恋人◯(大人なロマンスを観るなら)
キッズ△(子ども向けではない)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

出会って、別れて、出会って…

『COLD WAR あの歌、2つの心』は前述したように上映時間が80分ちょっとしかありません。それでいて描かれる時間的なスケールは約10年、しかも複数の国をまたぐという、なかなかに規模が大きいです。その一方で、主軸になるのはヴィクトルとズーラという二人の男女の愛。この一点のみ。

作品を支える広大なバックグラウンドに対して、点のようにミニマムな主題。ゆえにあらすじだけを説明していくと、すごく簡単に語り終えてしまいます。

まずは始まりは1949年のポーランド。音楽舞踊団の養成所でヴィクトルとズーラが出会うところから。民族歌謡舞踊団に所属しているヴィクトルは、開催されたオーディションのために集まった大勢の人の中からズーラという若い女性に目をとめます。その歌声を耳にしてすぐに気に入ったヴィクトルの高評価の後押しもあって、ズーラは民族歌謡舞踊団への入団が実現。そこでズーラはダンストレーニングを積み重ねながら、ヴィクトルはピアノを弾き、仲間たちと共に自分を磨いてきます。

1951年のポーランドのワルシャワ。ここでの公演を成功させた民族歌謡舞踊団。ヴィクトルとズーラは愛を深める関係になっていました。

1952年のベルリン。ここでの公演を最後にヴィクトルは民族歌謡舞踊団から去ってしまいます。

1954年のパリ。公演に来ていたズーラはヴィクトルと再会。二人はいまだに互いへの愛を忘れられていないようです。

そして、1955年のユーゴスラビア1957年のパリと、時代と場所は変わりながらも、離れたりくっついたりを繰り返すヴィクトルとズーラ。この時点で、ヴィクトルとは映画音楽の作曲活動をしており、ズーラは歌手として一定の成功をおさめていました。しかし、関係性は明らかに亀裂が生じています。ついにズーラは突然ポーランドに帰ってしまいます。それに意気消沈して荒れるヴィクトルはズーラを追って自身もポーランドに戻ります。

1959年のポーランド。ヴィクトルは捕まってしまい、強制労働に従事することになり、もうピアノを弾けるような手ではなくなりました。そんな彼の元に現れたズーラは、ヴィクトルを釈放させます。出会った国に戻ってきてまた寄り添い合うことができた二人ですが、何もかも状況は違っていました。二人は廃墟となった教会に赴き、そこで誓いの言葉を交わします。そして、どこかへと消えていくのでした。

音楽がポーランドの歴史を語る

こんな風に、重要シーンだけを集めた“切ないラブストーリー”という様相の映画であり、もちろんそれだけを味わうのでもじゅうぶんなのですが、やっぱりその余白もしくは裏に横たわる社会的な背景を知ることでその深みは何倍にも増します。作中の時代は、“普通に恋愛するにも、政治的な影響を気にせざるを得ない”…それが常識でした。恋愛と政治は別…なんて考えはできません。

まずそもそもポーランドという国についてですが、歴史上で言えば第二次世界大戦の時にナチスに全土が支配され、アウシュヴィッツを始めとするホロコーストによって惨劇が起こったことがあまりにも有名。さすがにそれは多くの人は知っているはず。

しかし、それ以前からポーランドという地域は大国に蹂躙され続けてきた歴史があり、18世紀にはロシア帝国、プロイセン王国、オーストリアという当時の強大な国によって領土が分割されていました。そして、その流れの中でポーランド語などの文化の抑圧も進んでおり、対抗する動きがありました。しかし、第一次世界大戦時に周辺国の権力体制が激変する事態が起き、その一時の空白をチャンスにポーランドは独立することができました。

ところがそんな喜びも束の間の第二次世界大戦です。大戦初期からソ連とナチスに分割されるように占領されてしまい、結局は逆戻り。

では第二次世界大戦後は平和になったのかといえば、そうではなく。ナチスが敗北した戦争終結後は、実質ソ連の影響力を甚大に受ける状況下となり、しだいに共産主義の一党独裁国家として形作られていきます。

『COLD WAR あの歌、2つの心』の時代は、まさにこのソ連の傀儡として共産化されている真っ最中。

でも作中はこの政治的な変移をドキュメンタリー風にテキストや映像では示していません。じゃあ一切の説明のない不親切な映画なのかというとそうでもなく、この政治的な状況を「音楽」で語っているのが本作の最大の特徴。

最初、民族歌謡舞踊団はいかにもポーランドらしい「マズルカ」などトラディショナルな音楽を奏でています。でもやはり政治的な圧力によって、スターリン賛歌を歌わされていくことに。「カチューシャ」といったソ連時代の代表的民謡も流れ、すっかりポーランド色は上塗りされて消えます。

とくに「Dwa Serduszka」という曲(あの「およよ~」と空耳できる歌です)が印象的に何度も使われますが、ズーラの歌うこの曲が話が進むたびに、社会的な背景を背負ってアレンジされていくのが傾聴ポイント。

ちなみに作中で登場する民族歌謡舞踊団は、実在のポーランドのフォーク・グループ「Mazowsze」が元ネタらしいですね。

政治的な状況を「音楽」で語る映画といえば、マイケル・カーティス監督の名作『カサブランカ』(1942年)を思いだしたりもしますが(同じく男女の物語ですし)、『COLD WAR あの歌、2つの心』はさらに音楽要素に特化した感じです。

COLD WAR あの歌、2つの心

二人の冷戦の結末

これらポーランド史を暗示させる音楽とともに、ヴィクトルとズーラという二人の立場の違いが、ポーランドという国の苦悩をそのまま体現しています。

そもそもこの二人は身分が異なります。ヴィクトルは中産階級で、冒頭でポーランド伝統音楽を録音していることからもわかるように、非常にポーランドという国のナショナリズムを重視している思考が窺えます。だから伝統性を失って大国に媚びた音楽に染まっていく状況に耐えられず、出ていくことに。

一方のズーラは貧しい出自であり、根本的なことを言えば、ポーランドがどこの国に支配されようが、自分は貧困な生活であることには変わりない。ある種、政治に対して場外な立場にいます。なので、最初は歌手になってこの生活を抜け出せたらと、ただそれだけを考えています。

そんな二人の出会いは、最初からすれ違っているとも言えて、悪い言い方をすれば利用し合っている関係。ヴィクトルはズーラをポーランドの音楽的アイコンとして見ているし、一方でズーラはヴィクトルをこの底辺から引っ張り上げてくれる救世主として見ている。

ここで興味深いのは、二人がパリという共産主義でもない民主的な国に移り住んでからも不満をためこんでいくということ。むしろ一番不幸な時期です。本作は自由を求める男女が“民主的な国”へと旅立つ愛の逃避行ではないんですね。ジャズなど帝国的な音楽にかぶれていくほど、自分たちの繋がりを失っていく二人。

この二人の置かれている状況は音楽以外でも示されます。二人が序盤で最初に体を重ねるシーンではアップで映され、とてもエモーショナルなのに対し、後半になるにつれ、セックスシーンが引きの絵になっていくことで感情が欠けているように見える…そんな演出も際立っていました。

またやはり何と言ってもモノクロで、しかも正方形に近い画面サイズで、動きのないカメラワークが印象的。時代の窮屈さを表すようです。このあたりはダイナミックにカメラを動かす『ROMA ローマ』とは大きな違いですね。そんな中でも、水に飛び込んで顔だけ出しながら浮かんで歌うズーラなど、ときおりギョッとする映像の動きを入れる強調演出がまた上手く。

ラストは窮屈な画面の外へと消える二人。「あちら側に座りましょう、もっと景色が綺麗なはず」…二人にとっての本当の理想の世界はどこにあるのでしょうか。

話は極めてシンプルに見えますが、裏側にある背景は全くもってシンプルではない。むしろその複雑さが大事。そんな映画ですね。

本作は“パヴェウ・パヴリコフスキ”監督の両親の人生からインスピレーションを得ているそうで、実際にそのままではないですが、時代に重苦しく抑圧されて生きてきたそうです。そういう現実を知ってしまうと、“愛さえあれば”なんて気軽に言うこともできない気分。“その愛すら成り立たせない社会”になってしまったら、どうするのか。心に深く刻み付ける映画でした。

ところで現在のポーランドはどんな状況なのか。今は政府は対ロシアの姿勢を強めており、アメリカとの同盟関係を誇示。最近もポーランドに駐留する米兵の増員を決めたというニュースが。ナチス、ソ連、次はアメリカ。結局、大国の掌の上なのか。なんか複雑な気持ちになります…。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 81%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C))OPUS FILM Sp. z o.o. / Apocalypso Pictures Cold War Limited / MK Productions / ARTE France Cinema / The British Film Institute / Channel Four Televison Corporation / Canal+ Poland / EC1 Lodz / Mazowiecki Instytut Kultury / Instytucja Filmowa Silesia Film / Kino Świat / Wojewodzki Dom Kultury w Rzeszowie