そんなプロポーズを有言実行…映画『トゥギャザー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:オーストラリア・アメリカ(2025年)
日本公開日:2026年2月6日
監督:マイケル・シャンクス
性描写 恋愛描写
とぅぎゃざー

『トゥギャザー』物語 簡単紹介
『トゥギャザー』感想(ネタバレなし)
「一緒に」観る?
私は恋愛はしないのですけども(アセクシュアル/アロマンティックなので)、恋愛映画は観ます。どういう気持ちで観るかと言えば、「え~、このカップル、最高にキュンとする!」みたいな共感で眺めることは当然のごとく全くなく、完全に他者視点で見つめているだけです。
でもわりとこの「恋愛を他者化する」という点において映画というのはうってつけだったりすると思います。映画というのは何も共感ありきではない、こういう俯瞰的な視点を提供したり、自己批判的だったり、そういう多角的な奥深さがあるのが私には面白いです。
私はこれまで観た恋愛映画において、とくにアンチ恋愛的な作品が好きですが、歴代の中でも“ヨルゴス・ランティモス”監督の『ロブスター』(2015年)はエグさという意味で突出していて他に類をみない印象を残し続けていました。
しかし、2025年に本国で劇場公開され、日本では2026年に公開となった今回紹介する映画は久々にそれに匹敵する存在になったかもしれません。
それが本作『トゥギャザー』。
本作は“マイケル・シャンクス”というオーストラリア出身のクリエイターの長編映画監督デビュー作で、“マイケル・シャンクス”はそれまでは短編やYouTubeドラマで監督として才能を発揮していました。例えば、2016年のドラマ『The Wizards of Aus』は、メルボルンの人間の町に引っ越してきた魔法使いの生活をコミカルに映し出しています。
今作『トゥギャザー』は、ひと組の男女カップルがその身で体験する超常現象的な出来事を描いており、ジャンルとしてはボディ・ホラーです。具体的にどんなことが起きるのかは観てのお楽しみですが(タイトルが全てですけども)、その異様な現象をとおして、恋愛という概念をときに皮肉なユーモアたっぷりに、またときにゾっとする恐怖とともに、観客にみせつけてきます。
正直、好き嫌いは激しく分かれる映画ですし、ぶっちゃけ、カップルでデート気分でこの映画を鑑賞すれば、もしかすると「別れる」可能性も無くはないですが、それもそういう運命だったんですよ。そう、そういうことなんです。
『トゥギャザー』で主人公のカップルを演じるのは、『愛はステロイド』の“デイヴ・フランコ”と、『彼女の面影』の“アリソン・ブリー”。この2人は実生活でも夫婦ですが、今作は「本当に夫婦だからこそここまで気兼ねなくできるのだろうな」という信頼関係を効果的に駆使している一作だと思います。まあ、結構あられもない事態になっていきますからね…。
今回では、“デイヴ・フランコ”と“アリソン・ブリー”もプロデューサーとして関わっています。
ということでキワモノな恋愛映画『トゥギャザー』が気になる人はぜひ。誰かと“一緒に”観るのは各自の自己責任でお願いします。
『トゥギャザー』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | — |
| キッズ | 露骨なヌードや性行為の描写があります。 |
『トゥギャザー』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
とある森。「サイモン!」「ケリ!」と大声で呼ぶ声。この場所で行方不明になったカップルの捜索が行われていました。足元をライトで照らしながら日の光があまり届かない森の中を探し回る捜索者たち。
誰も気づいていませんが、樹木の陰に隠れるように地面にぽっかりと開いた洞窟の空間が近くにありました。そこに犬が2匹。捜索者が連れてきた犬です。洞窟にはポツンと水が溜まっている場所があり、犬たちはその水を何気なく飲みます。
しばらくして捜索に参加していた男はぴくりとも動かずに見つめ合う2匹の犬を森で発見。不審に思いながらも家に連れ帰ります。
その夜、犬がいるビニールハウスで何か声がするので、確認しに行きます。ライトで照らすと、そこには常軌を逸した光景が…。犬が犬を…。
ところかわって、恋人同士のミリー・ウィルソンとティム・ブラッシントンは都会の家を離れ、田舎に引っ越すことになっていました。ミリーは小学校で英語を教える教師で、ティムはミュージシャン志望ですがあまり成功はしていません。今回の引っ越しはミリーの仕事に合わせてのこと。ミリーは教師の仕事にやる気に満ち溢れています。
今は友人たちを集めて送別会として賑やかなパーティを開いていました。そこでティムがみんなの前でスピーチをしていると、ミリーはサプライズでプロポーズ。ティムは驚き、「冗談だろ?」とロマンチックさも欠片もない反応をしてしまいます。それでもすぐに気を取り直し、それっぽい態度で無難に受け入れてみせますが、その場にいた一同はかなり気まずく冷め切ってしまいました。
その後、2人は一緒にベッドに入り、改めて愛を確認し合うも、距離が開いているのは明白。落ち着かないティムは嫌な悪夢までみる始末です。
こうして移り住んできた田舎での新生活でもティムはなおもそわそわしていました。ここは森に囲まれた穏やかな家。それなのにティムだけがリラックスできていません。天井のライトの配線裏に溜まっていた複数のネズミの死骸が繋がった塊を処理したり、不快な日々に気が滅入ります。
一方のミリーは元気です。新しい職場でジェイミーという男性の同僚に話しかけられます。彼に「きみは夫、いやもしかしたら妻と移ってきたのかな?」と聞かれ、ティムのことを「ボーイフレンド。パートナー。う~ん、ボーイパートナー?」と自分で言葉を探りながらお茶目に表現してみせます。
その憂鬱そうなティムを連れ出し、ミリーは2人で周囲の森へハイキングに出かけます。しかし、だんだんと道が鬱蒼としてきて、この道でいいのかと迷いながら、奇妙な模様のある鐘が吊るされた木々の合間にかろうじてある道を進みます。
けれども、土砂降りに見舞われ、自分たちが迷ったと自覚。そのとき、ティムが地面の穴に落ちてしまい、助けようとしたミリーも引きずり込まれて落下。かなり深めの地下洞窟です。
とりあえず休みますが、喉が渇きました。ふと傍をみると、水が溜まっています。飲めるかもしれないと、ティムは飲んでみますが、ミリーは拒否。
そして焚火で体を温めつつ、2人は寄り添いあって眠ることにします。
ところが2人が起きると異様な出来事が体に起きていて…。

ここから『トゥギャザー』のネタバレありの感想本文です。
ユーモアと恐怖が一体化する
この『トゥギャザー』を鑑賞してしまったあなたは、もし恋人に「一緒に生きよう」なんてプロポーズされても、狂気じみて聞こえるかもしれませんね…。
『トゥギャザー』は確かにボディ・ホラーなのですが、シュールなユーモアもあり、そのバランスが良かったです。不気味で恐ろしいんだか荒唐無稽で馬鹿馬鹿しいんだか、よくわからない現象が連発していくのがいいですね。
冒頭のプロローグは得体の知れない出来事がじわじわと起きていく、非常にホラーらしい始まりです。しかし、ミリーとティムの主人公カップルが登場すると、倦怠期カップルものの物語が開幕します。
このミリーとティムのぎこちない亀裂が生じている関係性の描写もまたリアルです。「babe」と呼び合っていて表面上は良好そうな2人。しかし、内心はすれ違っています。当初は女性であるミリーのほうがキャリアが好調で、それに対してティムが自分のほうは全く上手くいっていないことでフラストレーションが溜まり、そこが関係性のこじれの主因なのかなと思わせます。ティムもミュージシャン志望というわりには、どういう音楽性で活動したい人なのか全然見えてきませんし…。
でも、ティムの両親の壮絶な過去が暗示されると、彼の抱えている闇深さが露呈し、結婚というものに夢を抱けないティムの潜在的恐怖が察せるようになります。ティムの人間不信の根源です。
この「え? そんな戦慄のトラウマを抱えているの?!」という設定が飛び出してずっと物語の根っこに突き刺さっている感じ、『ミッドサマー』を思い出すな…。
そのティムが例の洞窟で水を飲んだことで、ミリーとの一体化衝動が始動します。
で、ここからがギャグと紙一重なんですよ。例えば、シャワー中に意識を失ったティムが、車を運転するミリーの方向と連動してガンガンぶつかりながら操り人形のように動くシーンとか。本人には失礼だけど無様で笑ってしまう…。さらにはキスで唇どころか、2人の性器がくっついてしまうシーンとか。性器接着ってなんかダーウィン賞とかであった気がする…。しかも、場が学校のトイレというのがまた…。
かと思えば、寝ているとティムがミリーの髪の毛をズボボボっと飲んでいて苦しがっていたり、床を滑るように引き寄せられたり、融合した片腕の表面の切断、そしてグロテスクな融合モンスターのお目見えと、どんどん豪快にホラーにギアチェンジ。このやりたい放題さも好きでした。
その一方で、単に滅茶苦茶なだけでなく、ひとつひとつの視覚的演出の見せ方も何気なく上手いです。
例を挙げるなら、ティムのシャワー室での操り人形状態はどこか滑稽なのに、その後に同じ現象でミリーが操り人形状態になる際は、それをすりガラス越しにみるティムの視点になることで完全にホラーになる。あの視点切り替えの妙は見事ですね。
じゃあ、このまま終盤はホラーに舞い戻るのかなと思ったら、ちょっと何とも言えない心境で2人が納得していく展開への話の運び方も良くて…。
終盤に全てを理解したミリーとティムが融合する過程で使われるのが、“スパイス・ガールズ”の「2 Become 1」という、この選曲も憎たらしいほどにキマってます。この映画のために作ったような曲に思える…。
結末は最悪か、それとも進歩か
『トゥギャザー』の細かい演出の巧みさを指摘するなら、あのミリーの勤める学校の同僚のジェイミーの扱いもユニークでした。
そもそもこういう「田舎に引っ越してくる」タイプのホラーは、その田舎の保守性が背景にある恐怖が形を変えて襲いかかってくるという定番の型があります。本作も前情報無しで観れば、そういう方向に転がるのかなと思わせます。
しかし、序盤でミリー相手にジェイミーがさりげなくとてもジェンダー・インクルーシブな会話をするわけです(ちなみにミリーを演じる“アリソン・ブリー”はバイセクシュアルを公表しています)。少なくともこの時点ではジェイミーは偏見のない進歩的な人に見えます。
でも実際はそう単純ではありません。ジェイミーがミリーのパートナーの性別が男か女かどちらも想定して会話するのは、ジェイミーがゲイで理解があるから…ではなく(ゲイなのは事実ですが)、ジェイミー自身が一体化を妄信しており、もはや性別の違いに意味を見いだしていないから…とも、全容を知ってしまうと推察できます。
本作の舞台は田舎ではありますけど、わりと住んでいる人の人種構成も多様です(冒頭で捜索している人は南アジア系だったし…)。
保守的な田舎というベタなやつではなく、一見すると(本当は何かはわからないが)進歩的な田舎で巻き起こるホラーというのが新鮮です。
本作のあの一体化(フュージョン)を信仰するコミュニティは、背景に「ニューエイジ」(実在する独自の宗教的運動)があるようですが、このコミュニティをどう捉えるかは観客に委ねられます。
しかし、恋愛の本質はカルトのようなもので、歪んだ共依存で成り立っていると突きつける批評性は誰が見ても明らかでしょう。もちろんそれは異性愛も同性愛も変わりませんし、恋愛じゃなくても親密な関係性は総じてそういうものなのかもしれません。
私は本作のトーンは決して恋愛にアンチ全開というわけではない、その歪みもひっくるめて受け入れてしまうことで見えてくる世界もあるよね?という投げかけもあるかなとも感じましたけど。
ラストではミリーとティムは合体してひとりの人間になっているのですが(製作陣からは「ティリー」と呼ばれているらしい)、中性的な存在感になっています。意図せずともジェンダー規範を超越して、なんだかいつの間にかやたら進歩的な世界に身を落ち着けたとも言えなくもないような、そんなほんわかしていると解釈もできるエンディング。
しかも、両親を招いて挨拶し、このコミュニティの仲間に引き入れようとするような構図なので、余計にですよね。案外と良い世界かもよ?っていう…。ついさっき前にミュータントみたいなモンスターの事例をみせておいて、実に白々しいエンディングですけどね…。
これをドラマ『プルリブス』と同質のパーソナリティやアイデンティティの喪失と受け取るか、規範を振り切った人間の次なる在り方と受け取るか、それはあなたしだいです。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
△(平凡)
以上、『トゥギャザー』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)2025 Project Foxtrot, LLC
Together (2025) [Japanese Review] 『トゥギャザー』考察・評価レビュー
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