感想は2400作品以上! 詳細な検索方法はコチラ。

映画『戦争と女の顔』感想(ネタバレ)…戦争は国を強くも豊かにもしない

それを一部の女は知っている…映画『戦争と女の顔』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Dylda(Beanpole)
製作国:ロシア(2019年)
日本公開日:2022年7月15日
監督:カンテミール・バラーゴフ
性描写 恋愛描写
戦争と女の顔

せんそうとおんなのかお
『戦争と女の顔』のポスター

『戦争と女の顔』物語 簡単紹介

第2次世界大戦に兵士として従軍したイーヤという女性は、終戦直後には荒廃したソ連のレニングラードの街の病院で看護師として働き、そのうえ友人のマーシャの子どもを代わりに独りで育てていた。しかし、戦場で経験したトラウマは根深く刻まれており、PTSDによる発作が唐突に襲いかかることもしばしばだった。そんなある日、ささやかな日常の中で悲劇が起きる。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『戦争と女の顔』の感想です。

『戦争と女の顔』感想(ネタバレなし)

スポンサーリンク

強くも豊かでもなくなった国で

今の日本の政治のトップに立つ女性は「日本列島を、強く豊かに…」と高らかに言い放ちつつ(莫大な広告費で動画をネットに流しまくって…)、日本をどんどん戦争をできる国に変えています。

単純化するわけではないですが、国における女性間の格差がここまで明白な時代は日本では初めてなのかもしれません。ある女性は国威発揚に興奮し、ある女性は搾取と犠牲に沈む…。

今回紹介する映画も、そんなひとつの同じ国に住みながらもあまりに極端に異なる女性たちの格差をまざまざとみせつけられる作品です。

それが本作『戦争と女の顔』

2019年のロシア映画である本作は、第二次世界大戦における独ソ戦(1941年から1945年にかけてナチス・ドイツの枢軸国とソビエト連邦との間で戦われた戦争)が終わった後、そのソ連のレニングラードの街で生きる女性を主人公にしています。いわゆる「戦後直後」を描いた物語です。

一応、原作というか、原案になったものがあって、それが2015年にノーベル文学賞を受賞するなど非常に有名なベラルーシのジャーナリスト兼作家の“スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ”が、1985年に出版した『戦争は女の顔をしていない』というノンフィクション小説です。

この『戦争は女の顔をしていない』は小説と説明しましたけど、実際の中身は“スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ”が長年にわたって調査した第二次世界大戦の独ソ戦で従軍した女性たちの証言をまとめたもので、戦争経験者の体験談集みたいな感じです。

これを普通に映画化しようとしたら、戦時中の女性兵士などを主役にした戦争映画になると思うのですが(例えば、“アレクセイ・ゲルマン・Jr”監督の『エア』のように)、この『戦争と女の顔』は趣向を凝らしており、あえて戦後の女性たちを映し、オリジナルの物語を描き出しています

そのオリジナル性のためか、原題も英題も原案作品と同じではなく、主人公のあだ名となっている言葉にされています。日本では邦題が『戦争は女の顔をしていない』を意識しつつ、なぜか省略したような感じになっているので、なんか変なのですけど…。

この『戦争と女の顔』を監督したのが、“カンテミール・バラーゴフ”という人で、2017年に『Closeness』という監督地元のカバルダ・バルカル共和国の首都ナリチクで巻き起こる人間模様を描いた作品で長編映画監督デビューを果たしました。

製作を手がけるのは、これまで『裁かれるは善人のみ』(2014年)や『ラブレス』(2017年)など数多くの良作を送り出してきた“アレクサンドル・ロドニャンスキー”。ウクライナ人であり、近年はロシアによるウクライナ侵攻に毅然と反対したことで、ロシア政府は法律によって“アレクサンドル・ロドニャンスキー”を「外国人工作員」とみなし、排除したばかり。この『戦争と女の顔』もかなりロシアの保守層から反発を受けたそうです。まあ、日本も「スパイ防止法」とか作るのに権力者が一生懸命なので、人の心配している場合ではないのですが…。

主役の2名を演じるうち、“ヴィクトリア・ミロシニチェンコ”はこれが女優デビューで、“ヴァシリサ・ペレリギナ”は長編デビュー作だそうで、新人とは思えない素晴らしい名演をみせてくれます。

本当に国を強く豊かにしたいなら、最底辺で苦しんでいる庶民に目を向ける。『戦争と女の顔』はそんな当たり前を教えてくれるはずです。

スポンサーリンク

『戦争と女の顔』を観る前のQ&A

✔『戦争と女の顔』の見どころ
★国内の女性たちの格差、とくに犠牲を評価されない女性の描写。
★苦悩や悲痛さを押し込めたような陰鬱な物語。
✔『戦争と女の顔』の欠点
☆—

鑑賞の案内チェック

基本 PTSDの描写があるほか、子どもの死が描かれます。
キッズ 1.0
ヌードや性行為の描写があります。低年齢の子どもには不向きです。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『戦争と女の顔』感想/考察(ネタバレあり)

スポンサーリンク

あらすじ(序盤)

第2次世界大戦が終わった直後の秋、ソ連のレニングラードは独ソ戦の傷跡も生々しく、荒廃していました。

元兵士の女性のイーヤは、軍病院でニコライ・イワノヴィッチ院長の下、他の多くの女性とともに看護師として働いています。長身で「のっぽさん」というあだ名で呼ばれていました。

そんな物静かなイーヤは、戦争によるストレスでPTSDを患い、時々発作を起こし、無反応で立ち尽くしてしまいます。仕事中でもそれは起き、同僚はいつものことだと相手にもしません。

この病院には戦争で怪我をした多くの男たちが入院しています。比較的元気にリハビリしている人もいれば、体が麻痺してしまった人もいます。

ある日、院長に呼び出されます。死人がでたのでそのぶんの食料を密かに渡してくれるというのです。実はイーヤは戦友のマーシャという女性が戦場で産んだ子ども…パーシュカを預かり、自分の息子として育てていました。マーシャはまだ戦場のどこかにいるのか、よくわかりません。

貧しい生活ではありますが、なんとか身を寄せ合って暮らしていました。まだ幼いパーシュカはイーヤのことを「ママ」と呼んでくれます。

面倒をみてくれる人がいないので、パーシュカを働いている病院に連れてきます。入院している男たちは楽しそうに相手してくれます。

その夜、家にていつものようにパーシュカとじゃれて遊んであげていると、イーヤは発作を起こします。しかも、ちょうど身体の小さいパーシュカに覆いかぶさる態勢になってしまい、パーシュカは息ができずに苦しみますが、イーヤは体を起こせません。そしてパーシュカは窒息して死んでしまいました。

ずっと大切にしていた命を自らの過失で奪ってしまったことにイーヤは茫然自失。

そのとき、マーシャが夫の敵を討った戦地から帰ってきます。イーヤは全く合わせる顔もなく、マーシャは久しぶりの再会に喜んでいるものの、イーヤは虚ろです。

「パーシュカはどこ?」と聞かれ、何も答えられません。

しかし、真実を話すしかなく…。

この『戦争と女の顔』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2026/02/10に更新されています。

ここから『戦争と女の顔』のネタバレありの感想本文です。

スポンサーリンク

知っている女と、知らない女

『戦争と女の顔』、本当に言語化できない苦悩や悲痛というものが物語に押し込められたような映画で、観ている間、こちらまで窒息しそうになりました。

あえて言語化するならば、やはり戦争という災禍における「女性」という属性でみたときの、まず「戦争に貢献して犠牲を払った女性への扱い」の格差です。

主人公のイーヤは高射砲の部隊に従事していたようですが、戦後に日常に戻ってその実績が称えられることはありません。ただ、看護師として黙々と働き続けるのみです。

それと対比するように、病院内の元兵士の男性たちは和気あいあいとしています。撮りかたも含めて、非常に意図的な対照が際立つ演出になっていましたね。

当時のソ連は女性も兵として参加できましたが、そうは言っても男性コミュニティの中に佇む少数の集団にすぎません。女性兵の孤立が浮き彫りになります。

おそらくとりわけイーヤは女性兵の中においても孤立していたのではないかと思わせる要素もいくつか窺えます。長身という女性らしくない容姿もそうですし、後にマーシャに垣間見せるセクシュアリティの片鱗であったり…。

イーヤがマーシャにキスするシーンで、まるで窒息させるような口づけになっているあたり、序盤のパーシュカにした行為とどこか重ねっており、イーヤという人間がどれほどの感情を自分で封じ込めながらかろうじて生きていたのかを滲ませる場面でもありました。

そんなイーヤは、心に傷を抱えつつも誰にもケアされることなく、あげくには身体麻痺の人を安楽死させるという、結果的に「人を殺める」行為に戦後になってもなお手を染めなくてはいけなくなります。

そして、子どもを育て、さらには妊娠するという、典型的な女性に与えられた役割を果たさなくてはいけない…。

一方のマーシャですが、彼女の境遇がことさらくっきり示されるのは、終盤のサーシャの両親の豪邸を訪ねるシーンです。そこでは当時のソ連の上流階級の女性は戦争の影響を直接受けた女性と同じ体験を共有していないことが突き付けられます。

サーシャの母リュボーフィはマーシャを最初から見下しており、「慰安婦だったのだろう」と決めつけます。しかし、実際のところ、マーシャの戦場での経験はそんな単純なものではなく、男性社会で男性による虐待や暴力に怯え、そこで生き永らえるために、やむなく性的関係を持たざるを得ないことがあった…という現実(原作の“スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ”の『戦争は女の顔をしていない』に詳細な証言がある)。その当事者しか知りえない現実をあのサーシャの母は知るわけもありません。

あのサーシャの両親も何の悪気もなく「だってそういうものでしょ?」と勝手に戦争従事者の経験を決めつけてしまう残酷さ。

マーシャにおいても徹底して、その戦時中の代償は評価されません。

妊娠できない体となり、夫も失ったマーシャは、なおも規範的な女性の生き方に則ろうと焦るかのようにがむしゃらに戦後をもがきます。イーヤとはかなり真逆です。それでもマーシャも明らかに精神的に疲弊し、メンタルヘルスに深刻な問題を生じさせていますが…。

本作は、イーヤとマーシャの戦時中の苦難を戦後の姿をとおして映し出すという、直接的な描写を避けるという難しいアプローチで向き合っているのですが、この方法は「戦時中を知らない人」…つまり、それは戦争を知らない私たち世代を鑑賞者に想定しているからこその効果的なやりかただと思います。

戦争を戦時中を描いた映画の映像でお手軽に疑似体験させるのではなく、「あなたたちが決して体験することはない経験をした者たちの心情を想像できますか?」と問いかけるようなトーンです。それこそ戦争体験者を最大限に尊重した映画の在り方なのかもしれません。

スポンサーリンク

未来は決して明るくないかもだけど…

『戦争と女の顔』の主人公となるイーヤとマーシャ。先ほども書いたように、この2人はそれぞれの苦悩があり、同じ戦争体験をしながらも、かなり対極的な反応をみせています。

序盤ではマーシャの実の子どもであり、イーヤが育てていたパーシュカの悲しい死が2人に降りかかり、普通なら、これだけのショッキングな事態、その起きてしまったことの事実を踏まえれば、この2人は決定的に関係性に亀裂が入ってもおかしくありません。

しかし、そのパーシュカの死が明らかになっても、意外なほどに2人の関係は続きます。拍子抜けするほどに何事もないかのように…。

これは2人の親密さの証と捉えたくもなりますが、あらためて考えるとこれは戦時中の影響による「死」に対する感覚の麻痺なんじゃないかなと思ってしまいますね…。死に対して通常の悲しみかたや怒りかたができない体になってしまっている…その虚しさ。

途中においては行動力のあるマーシャが、その過失を背負うことになったイーヤの立場上の弱みを利用するようなかたちで、この2人に歪な上下関係が生じてしまいます

その緊張感があの院長も交えた3人の関係性をとおして視覚化される展開。ここまでいってしまうと、この2人には幸せはないのかと希望が限りなく萎んでいきます。

けれども、本作のラストは屈辱の中をかきわけて辿り着く微かな希望がみえる…ような気がする味わいもありました。そう思ってしまうのは私の願望かもしれませんけど。

マーシャの緑、イーヤの赤…2つのコントラストのある色が対峙する中で、最後の最後に2人は寄り添いあいます。真の意味で苦しみを分かち合えるのはこの2人だけ。

最終的なその将来性の提示は、思いのほかある特定のレズビアン・ライフスタイルを肯定するものになっていましたが、ただ、この映画は常に陰鬱さを忘れない嫌な作品でもあり、そこにも一抹の不安がないわけではありません。

なぜなら同性愛というのもしばらくの間は女性の精神疾患とみなす風潮が続くわけですから(ことさらロシアは反LGBTQの政治姿勢が今なお根強い)。

そもそもこのイーヤもマーシャもこのままだと精神病院送りになってしまいかねない状態にあります。規範から外れた女性はそうやって排除されます。これからの行きつく先の未来は決して明るくはありません。

それでも…そうであってももう自分を見捨てる社会に適応なんてするのはやめようかと言い放つような2人だけのあのエンディングは、心を打つものでした。

忘れたくないのは、この映画は戦勝国の物語なのです。ソ連が敗戦したわけではない。戦争に勝ってもここまでツラい世界になる。強さも豊かさもかけ離れた世界に…。戦争に突き進めばこうなるという事実を生々しい説得力で伝える戦争体験者の言葉が、今ほど大切な時期はありません。

ぜひこの映画が気に入ったら、原作の『戦争は女の顔をしていない』も読んでみることをオススメします。

『戦争と女の顔』
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
○(良い)

以上、『戦争と女の顔』の感想でした。

作品ポスター・画像 (C)Non-Stop Production, LLC, 2019 ビーンポール

Beanpole (2019) [Japanese Review] 『戦争と女の顔』考察・評価レビュー
#ロシア映画 #カンテミールバラーゴフ #精神疾患 #PTSD #レズビアン