雨の日は会えない、晴れた日は君を想う
映画『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Demolition 
製作国:アメリカ(2015年)
日本公開日:2017年2月18日 
監督:ジャン=マルク・バレ 

雨の日は会えない、晴れた日は君を想う

あらすじ

ウォール街のエリート銀行員として富も地位も手にしたディヴィス。しかし、ある日、車に乗っていると突然の交通事故に遭い、同乗していた妻が亡くなってしまう。ディヴィス自身は大きな怪我もなかったが、妻の死に一滴の涙も流すことができず、悲しみにすら無感覚な自分に気付く…。

ネタバレなし感想

壊れて、壊す、物語

邦題は大事です。原題そのままでもいいですし、カタカナ化してもいいのですけど、言語の違い上、どうしても日本語環境に合わないことがたびたびあります。そこで日本の映画宣伝側は、毎度のことながら邦題を考えるという問題に向き合わないといけないわけです。下手をしたらそれだけで作品のイメージを覆しかねないものなので、慎重に決めることになると思うのですが、どうしたって全員が納得する邦題を考えるのは至難の技。結果、「これどうなの」と苦言がぶつけられることもあります。センスの問題とは言え、それは映画界隈では日常的なよくある光景です。

『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』に邦題への若干の不満を書いた私ですが、本作『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』に対しては、もはやなぜこんな邦題をつけたのか謎すぎて何も言えない…。全く無関係じゃないのはわかるけれど…。たぶんポエム的なネーミングの方が関心を持ってもらえると思ったのかな…。

原題は「Demolition」。「破壊」や「解体」という意味です。映画を観ればそのまんまなタイトルであることがすぐにわかるでしょう。でも「デモリッション」という邦題にして、破壊という意味であることを伝えても、「え、アクションなの?」とか思われてもあれですしね。う~ん、邦題って難しい…。

思えば監督の“ジャン=マルク・ヴァレ”は、“Demolition”なストーリーの映画ばかりを撮り続けてきた人でした。

エイズで余命わずかと診断されたカウボーイが、トランスジェンダーとの出会いをきっかけに人生の意味を見い出す『ダラス・バイヤーズクラブ』(2013年)。母の死、薬と男への依存、離婚と数々の苦悩により自暴自棄に陥った女性が、数千マイルを一人で歩き通す『わたしに会うまでの1600キロ』(2014年)。


いずれもある出来事がきっかけで人生がバラバラに破壊された人が主人公でした。そして、本作も実にジャン=マルク・ヴァレ監督らしい作品です。ジャン=マルク・ヴァレ監督過去作が好きな人は期待してもいい…と言いたいところですが、本作はアメリカでは評判はよろしくないんですよね…。アカデミー賞常連になるかと思ったジャン=マルク・ヴァレ監督も、こういうときもあるということで。

まあ、ともあれ映画の中身が合うかどうかはあなたしだいです。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

破壊するしかない人生

普通そうな男であるデイビスが務めていたのは投資銀行企業。本人は優秀で、そつなく仕事をこなし、皆からも一目置かれている存在。そして会社も盤石の経営にあり、そのため給与もいいのか、そこまで生活に困窮することなく暮らしています。いわば“勝つ組”に近い立場です。

ところがそんな順調な人生は一変。その人生を激変させるショックの原因は、交通事故でした。自分は一命をとりとめたものの、愛する妻を失い、妻を失った悲しみを吐露することくらいしかできない彼の人生はどん底。周りからは心配されるも、彼にとっては認識外のこと。

そして、どうすることもできない感情を爆発させるように破壊衝動にかられていくデイビスは、行動に出ます。奇行を止めることなく、ますます周囲から心配されるような状況に陥るも、すでにコントロール不能になってしまったデイビス。

そんな彼のそばにいた他の人間の人生が重なることで、この物語は錯綜を幾重にも繰り返して思わぬ方向に転がっていきます。

全員が経験するとは言えない、でも起こりうる「大切な人が突然奪われる」という出来事。しかも今作の場合は若干の自分の過失も入っている。そのため余計に現状を許せない主人公が、感情のはけ口を求めていく。このストーリーエッセンスは、従来の“ジャン=マルク・ヴァレ”監督作品と比べても、そこまで特殊な状況下というほどではないため、映画自体に親しみやすさがあります。

同様の体験を持っている人にしてみれば、ちょっと他人事ではないほどに感情が揺さぶられてしまうのではないでしょうか。

マイマイガの意味

“ジャン=マルク・ヴァレ”監督作は地味なドラマであるがゆえに、役者の演技力がいつもモノ言うのですが、その点では主演に“ジェイク・ギレンホール”を起用したのは大正解。おそらくこれは皆が口を揃えて言うことだと思いますが、ジェイク・ギレンホールの無感情に陥った動く人形状態のような演技は素晴らしく、最後にメモを見つけて感情が蘇るシーンなんかはさすがです。

目立たない演出も効いていました。例えば、劇中で何気なく登場する「マイマイガ」ですが、なんでマイマイガなのか?と思いましたが、よく考えるとマイマイガも“Demolition”な昆虫です。害虫として有名で、森を食い尽くし山を丸ごと枯らすほど。マイマイガに食われてボロボロになり、そして自身もマイマイガのように周囲を壊していく…そんな主人公を象徴する存在でした。

雨の日は会えない、晴れた日は君を想う

『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』の伝えたいドラマはすごくよく理解できます。

ただ、どうでしょう。感情移入しづらいんじゃないでしょうか、とくにアメリカ人にとっては。

というのも、主人公・デイビスの職業が銀行員であるということがひっかかります。ウォール街の大手企業の高層タワー上層階で働く、いわば社会の上流の人生をおくるデイビス。しかし、ウォール街の金融業界というのは、今の大多数の底辺に生きるアメリカ人にとって、格差を作り出した悪人として憎しみの対象です。そんなデイビスが妻の死という悲劇により破壊衝動に憑りつかれる様子は、もちろんどんな立場の人間であっても辛いことであることには変わりないのですが、冷めた目で見る人がでてもおかしくない気も…。

『ダラス・バイヤーズクラブ』や『わたしに会うまでの1600キロ』に比べて、ちょっと一般受けしづらい設定というか、そのあたりのサポート不足があったのが、低評価の理由かもしれないなとは思いました。

海外の批評家は感傷的なストーリーを嫌う傾向が強くて、『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』は感傷的な側面が目立ってしまったのかな。

デイビスは妻に無関心でしたが、社会全般に無関心な人でした。それこそ、妻の交通事故死に関して、加害者である衝突した車側の運転手がいたことも忘れるほど。デイビスが社会に生きる多くの人々とのつながりを認識していくのはきっと映画の先の話なんでしょう。それでも、自分が破壊した社会のつながりを自覚する要素が映画内でもっと描かれていれば、最後のオチも違った印象でより多くの人の心に届いたかもしれません。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 53% Audience 53%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 5/10 ★★★★★

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