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『パワー・オブ・ザ・ドッグ』感想(ネタバレ)…Netflix;男らしさは解剖される

パワー・オブ・ザ・ドッグ

男らしさは解剖される…Netflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Power of the Dog
製作国:ニュージーランド・オーストラリア(2021年)
日本:2021年にNetflixで配信、11月19日に劇場公開
監督:ジェーン・カンピオン

パワー・オブ・ザ・ドッグ

ぱわーおぶざどっぐ
パワー・オブ・ザ・ドッグ

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』あらすじ

1920年代のモンタナ州。フィルとジョージの兄弟は受け継いだ大牧場を共に経営して長く暮らしていた。フィルは仲間の男たちに尊敬され、ときに高圧的な振る舞いをする。一方でジョージは大人しく地味で、フィルに言われ放題でも怒ることもない。そんなある日、ジョージは未亡人のローズと結婚することになり、フィルはそれが許せずにますます態度を悪化させる。そして、それはある事件を引き起こす。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』感想(ネタバレなし)

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ジェーン・カンピオン監督が帰ってきた

「トキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)」の話題はこのサイトでもいろいろな作品の感想内で取り上げているのですが、その有害性は周囲はもちろん自分にも害を与えるものなので、待ち受けるのは自暴自棄な破滅です。

それでもなかなか男らしさを手放そうとしない男はそこらじゅうにうじゃうじゃいます。そんな男性の中には「男らしさから外れたらモテないじゃないか」と言う人も。当然、それは大きな間違いで、「モテるためには男らしくなければいけない」という思考自体がまさに有害な男らしさの典型的要素なのですが、一度そういう思考を身体に刷り込まれると簡単には抜けない…。男らしさを脱してモテてもいる男性なんてたくさんいるのですけどね。

別に男らしさを脱するのはモテるためというわけではないですが、男らしさへの固執の口実として「モテたい(だからしょうがない)」が利用され続けている現状、やはり「男らしさなんてなくてもモテている男性はいるよ」ということをアピールしていかないと今はダメな段階なのでしょうか。

そんな中、今回紹介する映画はまさしくモテることに執着するトキシック・マスキュリニティの生々しい姿を痛烈に映し出した一作です。それが本作『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

本作は監督がまず特筆されます。その人とは、1993年の監督作『ピアノ・レッスン』で女性監督として初めてカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞したニュージーランドの“ジェーン・カンピオン”です。

1989年の初の長編監督作『スウィーティー』の頃から批評家に注目され、1990年の『エンジェル・アット・マイ・テーブル』ではヴェネツィア国際映画祭で審査員特別賞を受賞するなど、キャリア開始時からその才能は際立っていました。最近はあまり映画を観ないと思ったら、ドラマ『トップ・オブ・ザ・レイク』を2013年に手がけるなど、少し映画から離れた活動をしていたんですね。

そして、“ジェーン・カンピオン”監督の12年ぶりとなる長編映画監督作品『パワー・オブ・ザ・ドッグ』がここにきて登場です。待ってましたというシネフィルも多いはず。それにしてもあの“ジェーン・カンピオン”監督の新作がNetflix独占配信という時代になるとは…。

ともあれ『パワー・オブ・ザ・ドッグ』はヴェネツィア国際映画祭で監督賞にあたる銀獅子賞を受賞するなど、勢い衰えない“ジェーン・カンピオン”監督のクリエイティブなパワーを見せてくれました。

ただ、今作は『ピアノ・レッスン』と真逆で、以前は「女性」を描いた一作でしたけど、今回は「男性」であり、まさしく男らしさを批評する物語になっています。

原作があって“トーマス・サヴェージ”というアメリカの作家が1967年に執筆した小説です。物語は1920年代のモンタナの荒野を舞台に、2人の兄弟のカウボーイと彼らを取りまく人間模様を描いています。ちなみにクィアな作品なのですが、それについて深く語りだすと長くなるので感想はまた後半で…。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』で主人公を演じるのは、『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』(2014年)でアカデミー主演男優賞にノミネートされ、『エジソンズ・ゲーム』や『クーリエ:最高機密の運び屋』などの中規模作から『ドクター・ストレンジ』などのエンタメ大作まで幅広くこなしている“ベネディクト・カンバーバッチ”。今回はかなり嫌な奴の役なので、このままだと『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』での出番までに印象も最悪になってそうだ…。

共演は、『もう終わりにしよう。』『ジャングル・クルーズ』の“ジェシー・プレモンス”、サム・ライミ版の『スパイダーマン』シリーズでもおなじみの“キルスティン・ダンスト”。ちなみにこの2人は『パワー・オブ・ザ・ドッグ』内では夫婦の役なのですが、俳優本人たちもパートナー関係です。

他には『X-MEN: アポカリプス』のナイトクローラー役でも活躍した“コディ・スミット=マクフィー”、さらには『ラストナイト・イン・ソーホー』の“トーマサイン・マッケンジー”もちょこっと登場しています。

コロナ禍真っ只中、ニュージーランドでの撮影だったようで、だからオーストラリア・ニュージーランド系の俳優が多いのかな。

“ジェーン・カンピオン”監督作らしく『パワー・オブ・ザ・ドッグ』も静観で雄大な大自然のロケーションを駆使した撮影をしていますし、できれば大画面で鑑賞するのがオススメ。劇場公開で観れたらいいのですが、それができない人は家で鑑賞する際はなるべく大画面で観るといいです。

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『パワー・オブ・ザ・ドッグ』を観る前のQ&A

Q:『パワー・オブ・ザ・ドッグ』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2021年12月1日から配信中です。
日本語吹き替え あり
三上哲(フィル)/ 前田一世(ジョージ)/ 園崎未恵(ローズ)/ 内山昂輝(ピーター)/ 桜井ひとみ / 金子睦 / 及川いぞう / 岡本栞利 ほか
参照:本編クレジット

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:シネフィル必見の良作
友人 3.5:俳優ファン同士で
恋人 3.5:ロマンスもあるにはある
キッズ 3.0:大人なドラマです
↓ここからネタバレが含まれます↓

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):吠えまくる犬

1925年、モンタナ。この広大な荒野が眼下にどこまでも行きわたる世界で、2人の兄弟が大牧場を経営していました。兄のフィル・バーバンクは弟のジョージに話しかけます。

「先代からこの牧場を引き継いで何年になる?」…覚えていないのかジョージは答えませんが、「今日で25年だ」とフィル。ジョージは複雑そうな顔を浮かべます。

フィルは自信に満ちており、仲間の男たちからも慕われていました。一方のジョージはどこか気弱そうで、フィルからも罵倒されても文句も言わずにただそこにいます。

別の場所。食堂を切り盛りしているローズは息子のピーターの部屋へ。団体客が来るので忙しいです。ピーターは父の墓へ花を供えに行きました。そこには「ドクター・ジョン・ゴードン 1880-1921」と書かれた墓がありました。

ローズの食堂がある地へ辿りついたのはフィル率いる男たち、12人。ジョージはまだ来ていないですが先に飲もうと言い出したフィル。するとジョージが遅れてきます。「25年前、お前はどこにいた?」とここでも煽るフィル。「誰が俺らに牧場の経営を教えてくれた?」「ブロンコ・ヘンリー」…その名はフィルが散々語り尽くしており、仲間うちでは伝説の人。そんなブロンコ・ヘンリーという人物に追悼を捧げます。

フィルたちはローズの食堂で食事。テーブルには紙で作られた花があり、その花を指でいじるフィルは「どんなご婦人が作ったのかな」と嘲笑気味で口にしますが、「いえ、僕です」とウェイターをしていたピーターは歩み寄ります。するとピーターの所作を小馬鹿にしつつ、威圧的な態度を崩さないフィル。ピーターはすっかり不快な気分になり、外で憂さ晴らし。

食事の場でもブロンコの逸話を仲間に語るフィル。老いぼれた馬で危険なこともしたとその偉業を何度も語ります。その間も反対の席のジョージは険しい顔。

しかし、フィルはちょっとしたことで気分を害し、ピアノではしゃぐ他の客の集団に「静かにしろ!」と怒鳴り散らしたりもしました。

食事が終わると、ジョージは支払いをするからと残ります。背後ですすり泣く声を気にし、ジョージはローズを慰め…。

夜。フィルはジョージを探すもいません。夜中に戻ってきたジョージに対して「どこにいた?」と問いただしますが、「兄さんはあの少年をからかったよな。母親は泣いていた」「あのガキが女々しかったからだ。男らしくしないと」…そう言ってフィルは態度を変えません。

ジョージはローズを訊ね、たまに忙しそうなときはウェイターの仕事をするなど尽くします。フィルは夜まで帰ってこないジョージに小言。両親に手紙を書くフィルは、「あのローズと付き合っていると知られたら怒るだろうな」と嫌味を忘れません。

ところがジョージは「日曜に結婚したよ」とあっけなくローズとの婚約を報告。

これがフィルの心をさらに荒れさせていき…。

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拗ねる男らしさが痛々しい

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は冒頭からとにかくフィル・バーバンクの言動が痛々しいです。

まさにホモ・ソーシャルのお手本みたいな男であり、ハリボテの威厳で男らしさを取り繕い、それで男仲間の中心に立って支持を集めています。口汚く言いたい放題に言えてしまうことこそカッコいいと思っているような…。そして男らしくない奴は徹底して軽蔑してきます。

そんな中、自分の弟であり、対極的な性格のジョージが随分とスルっと婚約者の女性を手に入れてしまい、話がトントンと進み、あろうことか両親にまで気に入られて…。これはもうフィルには許せないことで、かといって有効性のある阻止などはできるはずもなく、結局はいつもの嫌味が増すだけという…。

ピアノの練習をするローズへの、フィルの音楽妨害嫌がらせとか、ほんとみっともないですけどね。風呂に入らないという抵抗手段とか、なんか子どもみたい…。

男らしくない男がモテている現実がどうも直視できないフィル。そんなフィルがローズの食堂で作り物の花に指をなぞらせるという、ある種の女性器を連想させる卑猥な動作をするのですが、そこには届かない女性への欲望に対する恨みつらみを感じさせます。家畜の去勢作業をする姿にも類似の感情を感じさせました。

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クィア・カウボーイの歴史

そしてそのフィルの内に抱える姿が後半は明らかに。彼の秘密の場所に保管されているのは、散々口にしてきたブロンコ・ヘンリーの正体。そこにあるのは男のヌード写真で…。

つまり、フィルは同性愛的な指向を持っており、それによって本作はホモ・ソーシャルにおけるホモフォビアの関係性を浮き彫りにさせます。

ブロンコ・ヘンリーは実在の人物ではありません。ただ、歴史の背景はちゃんとあります。モンタナのような地域は保守的ですし、それは間違いないのですが、当然そこにも同性愛者はいるわけです。

アメリカ西部のカウボーイ・コミュニティにおける同性愛の歴史については、“アルフレッド・キンゼイ”の「Sexual Behavior in the Human Male」でも言及がありますし、最近だと「Queer Cowboys: And Other Erotic Male Friendships in Nineteenth-Century American Literature」という文学歴史書も参考になります。

もちろん同性愛者だけでなく、トランスジェンダーもいましたし、最近でも『ザ・ハーダー・ゼイ・フォール 報復の荒野』では黒人のトランスジェンダーと思われるカウボーイを描いていましたね。“リル・ナズ・X”は「Old Town Road」にてクィアなカウボーイの歴史を最新エンターテインメントに落とし込んでいるクリエーターの先頭でもあります。

団体としては「International Gay Rodeo Association(IGRA)」なんかもあります。

なのでフィルのようなクィアを隠してホモ・ソーシャルな世界で生きてきた当事者は珍しくなく、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は『ブロークバック・マウンテン』に続くクィア・カウボーイ映画の最新作として連なるのでした。

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男らしさをまんまと解剖される

そのフィルに待ち受ける顛末。ここはかなりの急転直下です。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』はホモ・ソーシャル間の緊張感をとても巧みに描いてきましたが、あのローズの息子であるピーターの登場によってそのスリルは一気にかき乱されます。初登場時はやられっぱなしなのかと思ったら、あのピーター、想像以上に策士なのでした。

ピーターにブロンコ・ヘンリーの真実がバレてしまったフィル。そこからは少しずつピーターにだけ自分を曝け出すようになり、それがまた次の緊張を生んでいきます。

そこからの唐突なフィルの死。周囲も驚く死でしたが、その死因は炭疽病のようで…。でも誰よりも気を付けていたフィルがなぜそんな死に方を…。本作は明示しませんが、独自に獣を剥いで作った生皮をフィルに提供し、それで編み込まれたロープを手袋をして保管しているピーターの姿が最後に映り、どうやらこのピーターの術中にハマったらしいことが推測できます。

ピーターもクィアっぽい存在感ですが、その外科医を目指すピーターに見事な手際で解剖されてしまったようなものです。ウサギと同じく…。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は原作があれなだけに現行のクィア映画のトップに躍り出るほどの先進的とは言えませんし、古びた感じはまだ脱臭できていないのですが、“ジェーン・カンピオン”監督の確かな手腕にかかればこれほどの良作に化ける。その凄さを体感するにはじゅうぶんでした。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 95% Audience 77%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)Netflix パワーオブザドッグ パワー・オブ・ザ・ドック

以上、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の感想でした。

The Power of the Dog (2021) [Japanese Review] 『パワー・オブ・ザ・ドッグ』考察・評価レビュー