それはこの人が知っている…Netflix映画『ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本では劇場未公開:2023年にNetflixで配信
監督:ジョージ・C・ウルフ
LGBTQ差別描写 人種差別描写 恋愛描写
ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男
らすてぃん わしんとんのあのひをつくったおとこ
『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』あらすじ
『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』感想(ネタバレなし)
公民権運動の裏方にはこの人がいた
現在、世界各地でさまざまな「権利」を求める運動が展開されています。人種、民族、職種、性別/ジェンダー、性的指向、障がい…とにかく多様です。
「権利」というのは何も特別扱いしろという意味ではありません。特権が欲しいわけでもなく、ましてや利益を牛耳りたいわけでもない。ただ、「平等」を求めています。その平等であるための権利を侵害している社会構造を見直せと要求しているのです。
今や世界各地で権利運動が盛んに行われていますが、権利運動をどうやって行うのかというある種の方法論というべきノウハウの蓄積が広く共有されてもいます。
ではこの権利運動の基本の「How to」は誰が考えたのでしょうか。どうやって定着したのでしょうか。
その権利運動の原点を考えるうえで欠かせないのが「公民権運動」です。1950年代から1960年代に活発となったアメリカの黒人の基本的人権を要求する運動。代表的活動家と言えばやはり「マーティン・ルーサー・キング・ジュニア」ですが、アフリカ系の人たちが声を上げ、人種差別撤廃を訴え、現在の「Black Lives Matter」に繋がる潮流を作りました。
公民権運動では、市民レベルの組織化など権利運動が汎用的かつ体系的に確立し、この方法は後のLGBT運動にも応用されるなど(ドキュメンタリー『プライド』を参照)、あらゆる権利運動の参考にされています。
しかし、その権利運動のやりかたを築き上げた人物の名はあまり知られていません。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアですら最初は非暴力の姿勢もなく、そんな彼に非暴力的に権利を求める運動を行う方法を教えた人がいたのです。
その名は「バイヤード・ラスティン」。
この人物の知名度は低く、当事者である黒人の間ですらもあまり知られていません。死後の2000年代になってようやくその実績が認められてきたほどです。それはなぜなのか。
今回紹介する映画はそんな彼の功績を知らしめる貴重な伝記映画です。
それが本作『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』。
本作は具体的には、バイヤード・ラスティンが陰で立ち上げに尽力した1963年8月28日のワシントン大行進に至るまでの奮闘を描いています。あのマーティン・ルーサー・キング・ジュニアが「私には夢がある(I have a dream)」と演説したあれです。バイヤード・ラスティンもそこにいたんですよ、後ろに。
『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』を監督したのは、『マ・レイニーのブラックボトム』で高い評価を獲得した“ジョージ・C・ウルフ”。
脚本は、ドラマ『ボクらを見る目』の“ジュリアン・ブルース”が手がけています。
そして制作には、“バラク・オバマ”と“ミシェル・オバマ”が設立した製作会社「Higher Ground」が関わっています。“バラク・オバマ”は大統領時代にバイヤード・ラスティンの栄誉に対して大統領自由勲章を授けているので、その縁がまた繋がりましたね。
バイヤード・ラスティンを演じているのは、『マ・レイニーのブラックボトム』でも名演をみせた“コールマン・ドミンゴ”。共演は、ドラマ『I MAY DESTROY YOU / アイ・メイ・デストロイ・ユー』の“アムル・アミーン”、『ザ・ウェイバック』の“グリン・ターマン”、『ルディ・レイ・ムーア』の“クリス・ロック”、ドラマ『ウエストワールド』の“ジェフリー・ライト”など。
公民権運動を題材にした映画だと2014年の『グローリー 明日への行進』が有名ですが、『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』はそれを補完し、なおかつ現代的に見つめ直す、非常に重要な一作だと思います。
今まさに権利運動に関わっている、もしくは関わろうと思っている、あらゆる人に見てほしい映画です。
『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2023年11月17日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :2023年の必見作 |
友人 | :語り合える人と |
恋人 | :同性ロマンスあり |
キッズ | :歴史を学べる |
『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):ラスティンとキング
1954年、アメリカの最高裁は人種隔離を違憲とする判決を下しましたが、だが現実ではアフリカ系アメリカ人への酷い差別は消えていませんでした。
1960年、5000人の黒人を従えてロサンゼルスの民主党大会に抗議しにいく指揮をとってほしいと頼まれているのは、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアです。50年代にはアラバマ州モンゴメリーの公共交通機関のボイコットで中心を担い、その実績を買われてのこと。バプテスト派の牧師で公民権運動活動家でもあるC・L・フランクリンも称賛しており、評価もじゅうぶん。
キングは消極的な姿勢を最初は崩さなかったですが、説得されて意欲をみせます。その彼を上手く引き込んだのはバイヤード・ラスティンです。
ラスティンは40年代には人種隔離に反対して自身でバスでボイコットを行い、暴力的な逮捕にも屈しなかった人物で、50年代にはキングにアドバイスをしていました。
しかし、この抗議計画に怒り心頭だったのがアダム・クレイトン・パウエル議員。全米有色人種地位向上協議会(NAACP)のロイ・ウィルキンスに文句をぶつけます。パウエルからラスティンの性的指向を暴露してやれと言われ、さらにキングと”関係”があるとまで世間に流せと主張。
A・フィリップ・ランドルフはパウエルにあまりに侮辱的だと激怒しますが、それでもラスティンは自信満々。キングは味方だと信じていました。
しかし、マーティンは黒人コミュニティの同調圧力に勝てず、抗議行進をキャンセルし、NAACPからラスティンは追い出されてしまいます。
1963年、ラスティンは戦争反対者同盟でくすぶっていました。ラシェルのパーティーに誘われ、そこで黒人の若者と白人の若者がやや険悪なムードになっているのを目撃。黒人の仲間が犠牲になったことで、同じ志とは言え白人の仲間に心穏やかではいられないのです。しかし、ラスティンは非暴力を説きます。けれどもキングにお払い箱にされた役立たずだと言われるだけでした。
人種差別の廃絶で活動する者たちの間でも方針や手段をめぐって一致団結できないでいる状況。ラスティンは今こそガンジーに倣おうと再起し、若者たちを鼓舞します。
NAACPにまた足を踏み入れ、自身の情熱をぶつけますが、メドガー・エヴァースは支持してくれましたが、他は消極的。イライアス・テイラーは「キングがいればできます」と言ってくれます。
そんな中、メドガーが殺害されたというニュースを目にし、ラスティンは決意します。
ずっと避けていたマーティンに会い、NAACP抜きで歴史的大規模デモを8~10週間で用意するという無謀な計画への参加を打診。マーティンはのってくれました。
こうしてラスティンの再挑戦が始まります。今度こそは…。
簡単に一枚岩になれない権利運動のリアル
ここから『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』のネタバレありの感想本文です。
『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』は冒頭からとても皮肉な開幕です。
あの今では伝説の偉人として認知されているマーティン・ルーサー・キング・ジュニアのヒーロー的な仮面を剥ぎ取るような出だし。キングの意外なほどに運動に慎重派な姿勢と、そしてラスティンを裏切ってしまうほどに、黒人コミュニティで大人しく従っている態度。とても社会を変えられる人間には見えません。すごく弱々しい。
それにあのラスティンとの共闘を切ったのも、おそらくキングの中にはあるホモフォビアが顔をだしたからなのでしょうし…。
本作は公民権運動に対して非常に自己批判的なのが印象に残ります。ありがちな「黒人vs白人」という構図だけに収めず(無論、白人社会による差別が根源ですが)、黒人コミュニティ内での立場の違いも丁寧に描写し、その複雑さをもとに権利運動の難しさを素直に描いています。
ジョン・F・ケネディ大統領の下で政治の世界で事を進めようとするアダム・クレイトン・パウエル、裁判で社会を穏便に変えていこうとするNAACPのロイ・ウィルキンス…。いずれも人種差別撤廃というゴールは同じでも、ラスティンとは手段が違います。
黒人コミュニティにおける保守性が色濃く表れていました。
でもこういうのはどんな権利運動でもあることなんですけどね。コミュニティ内でのパワーゲームというか、一枚岩になれない感じ。
そんな中、ラスティンは当初は孤立しています。彼には黒人差別に加えて、同性愛差別という二重差別が降りかかるのがその状況を作り出しています。
黒人差別なら仲間と体験を気軽に共有できる。しかし、同性愛差別は当時は同性同士の性行為がタブー視されており、簡単に共有できるものではありません。
ラスティンは当時としては珍しい自身が同性愛者であることを公然と示していた人間だったのですが、オープンリー・ゲイだからといって気楽なわけじゃない。パサデナで逮捕された件をフラッシュバックとしてトラウマに抱え、公民権運動仲間からも汚点のように扱われ、ひとり苦しんでいます。
本作ではラスティンは、白人の若者のトムと、公民権運動関係者の黒人のイライアスという男性2人と関係を持っている姿が描かれますが、この2人は架空の人物です。たぶん実在の人物だとスキャンダラスになりすぎるし、でもクィアなライフスタイルも描きたかったので、このバランスに落ち着かせたのでしょう。ちなみに最後のクレジットで説明されるとおり、ラスティンは1977年からウォルター・ネーグルという白人男性と交際し、ラスティンが亡くなるまで10年間のパートナー関係となっています。
『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』は監督・脚本・主演がゲイ黒人男性の座組で成り立っており(The Advocate)、この当事者主導の語り口を実現できているのは本当に素晴らしいです。
また、黒人差別と同性愛差別の複合的な側面以外にも、作中ではアナ・ヘッジマン博士の視点を通して、当時の公民権運動が男性リーダーばかりで主導されてきたという、黒人女性の排除の問題点も指摘されているのも忘れてはいけません。
それでも権利運動は楽しい
『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』はそんな挫折から始まるラスティンの苦悩の物語ですが、同時に、権利運動の楽しさや存在意義をあらためて伝えるパワフルさも持ち合わせていました。
もはや古株であるラスティンが、最初はまとまれていなかった若者たちを再集結させ、知識と情熱を注いでいく。こういうリーダーがどれだけ大切なのかを如実に示しています。
「活動家(アクティビスト)」というと今ではどうしても目立ってなんぼというか、インフルエンサーみたいに支持者数で評価されるみたいなイメージが先行しがちです。でもそうじゃないんですよね。
本部を用意する人、ビラを作る人、バスを手配する人、おカネを集める人、アイディアをだせる人、電話にでる人、記録をとる人…。地味であろうがみんな立派な活動家です。自分ができることに精一杯取り組む人、それが活動家なのです。
作中の終盤、あの世紀の大イベントを成功させたラスティンたち。「ビッグ10」の公民権運動主要メンバーが大統領との会談にぞろぞろと向かう中、ラスティンは会場に残り、若者たちと一緒にゴミ拾いをします。
その背中を若者たちは見つめ、心に刻み込んで学びます。
権利運動っていうのはこういうことなんだ、と。
そして世代はバトンタッチされながら、次の権利運動に発展していきます。
今では「Black Lives Matter」において、50年以上前では考えられないくらいに白人も参加し、多様な人種が一緒に声をあげています。男性、女性、ノンバイナリーも。シスジェンダーもトランスジェンダーも。国籍も越えて…。
現在の権利運動だってまだまだ不十分なところがいっぱいあります。その穴を埋めて、これからもっと力強さを増していくでしょう。連帯をするときは常に心に留めておきたいものです。この権利運動は過去から受け継がれるバトンであり、想いが詰まっているということ。そしてこのバトンを自分も誇りをもって誰かに渡していこうという姿勢を…。
バイヤード・ラスティンは「あの日」だけを作ったわけじゃない。あの日が無数に連なって生まれる歴史…それを私たちが今まさに作っています。
何でもいいから権利のために“活動”してみたくなる映画でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 86% Audience 75%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
アフリカ系の人たちの権利運動を描く作品の感想記事です。
・『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』
・『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』
・『ヘイト・ユー・ギブ』
作品ポスター・画像 (C)Netflix ラスティン:ワシントンのあの日を作った男
以上、『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』の感想でした。
Rustin (2023) [Japanese Review] 『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』考察・評価レビュー