ファイティング・ファミリー
映画『ファイティング・ファミリー』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Fighting with My Family
製作国:イギリス・アメリカ(2019年)
日本公開日:2019年11月29日
監督:スティーヴン・マーチャント

ファイティング・ファミリー

あらすじ

イギリス北部でレスリングジムを営むナイト一家。中学1年生の時からリングに立っている18歳のサラヤは、いつかWWEの試合に出て、自分の力を証明し、家族を盛り上げたいと願っていた。兄ザックもプロレスに人生を捧げていたが、その一方で愛する彼女と結婚して普通の家庭を持ちたいとも考えている。そんなある日、チャンスが舞い込んでくる。

『ファイティング・ファミリー』感想(ネタバレなし)

プロレスを知らない人にこそ!

誰かと誰かが争い合っている状態に対して「なんだプロレスかよ」と言葉を投げつけることがあります。この場合、それは「その争いが用意されたものである」という若干の卑下する感情がこもっていることが往々です。「プロレス」とGoogleで検索すると「やらせ」と続いてサジェストされることからもわかるように、プロレスが台本上で展開されているものであるということはすでに有名な話。なにせ今はネット時代。Wikipediaにも書いてありますからね。暗黙の了解で隠し通せるものでもありません。

でもだからといってプロレスを馬鹿にしていい理由にはならないはず。プロレスがスポーツなのか、アートなのか、ショーなのか、そんな区分はどうでもよく、大事なのはプロレスラーたちは真剣にプロレスというものに全身全霊で挑んでいるという事実。

そんなプロレスラーの人生にまつわる光と影を鮮烈に描いたダーレン・アロノフスキー監督の『レスラー』(2008年)は、プロレスを知らない人、もっと言えばプロレスを少し小馬鹿にしていた人にも、その本気の生き様を刻み込む、超ヘビー技をぶちこんでいました。私もすっかり心が脳震盪を起こしそうな衝撃を受けたものです(なんか変な言い回し)。

でもちょっと『レスラー』は重すぎる感じもあり、あんまり気軽にオススメできないのが難点でした。傑作なのは間違いないと思うのですが、汎用的な推奨には適さないというか。なんかこう一種の頂点というか、極みというか、そういう立ち位置の映画なのであって、これをプロレスの通常のように思われても困るし…。

最適なプロレス映画はないものかとモヤモヤしていたら、なんとジャストフィットな作品が舞い込んできました。それが本作『ファイティング・ファミリー』です。

『ファイティング・ファミリー』はちょっと宣伝が誤解を招く感じになっており、損している作品で、だからこの映画の魅力が全然伝わっていない危惧を感じます。というのもポスターとか見ればわかりますが「最強家族」とアホみたいにデカい文字で書かれていて、家族らしき人物がズラッと並んでいる絵になっているわけです。これだと『ワイルドスピード』シリーズの新作かな?という雰囲気があります。でも全然そういう映画ではないですからね。これっぽっちも。

じゃあどんな映画なのかと言うと「サラヤ・ジェイド・ベヴィス」という実在のプロレスラーを題材にした伝記映画です。イギリス人女性なのですが、今はWWE(アメリカの著名な最大規模のプロレス団体)にてペイジのリングネームで活動中。

もともと2012年に『The Wrestlers: Fighting with My Family』というサラヤを題材にしたドキュメンタリーが放送されていました。それに注目したのが、映画好きならご存知「ザ・ロック」こと“ドウェイン・ジョンソン”。自身もプロレスラーであった“ドウェイン・ジョンソン”が彼女の人生に惚れ込み、映画化を企画。出来上がったのが本作『ファイティング・ファミリー』です。

伝記映画といっても脚色されているのでサラヤの人生そのとおりではないのですが、大まかな道筋は同じ。そして何よりもこれがまた万人にオススメしやすい丁寧なストーリーなんですね。いわゆる業界知識必須の作品では全くなく、プロレスという言葉しか知らない初心者でも全然OK。それでいて非常に語り口の上手い脚本であり、私も想像以上に良質で驚きました。批評家絶賛なのも頷けます。

なんでこんなにも高評価なのか、その具体的な理由は感想の後半で。

監督は“スティーヴン・マーチャント”で、この人はもともと俳優や声優もやっており、最近だと『LOGAN ローガン』『蜘蛛の巣を払う女』とか、ゲームの「ポータル2」でおしゃべりなロボット役をしていたりもしました。『ファイティング・ファミリー』は監督長編デビュー作なのですが、脚本や製作総指揮もどっぷり関わっており、それでいてこの良作っぷり。意外な才能、現るという感じですね。

出演陣は、まず主演となるサラヤを熱演するのは“フローレンス・ピュー”。『トレイン・ミッション』『ミッドサマー』、そして今後公開が控える『ブラック・ウィドウ』と近年急速に勢いを増している若手女優の先鋒です。他には『ベルファスト'71』『ダンケルク』での印象も深い“ジャック・ロウデン”。また、イギリスのコメディ映画ではおなじみの“ニック・フロスト”が、モヒカンひげもじゃというなかなかな格好の父親役で登場。さらに『ゲーム・オブ・スローンズ』で強烈なインパクトを残す名演を披露した“レナ・ヘディ”が、真っ赤な髪の母親役。凄いファミリー…。

そして“ドウェイン・ジョンソン”も本人役で登場します。ちなみに実際のサラヤの人生では作中のようなかたちで出会ったりはしなかったみたいです。まあ、ゲスト出演ですね。

とにかく見やすいのでプロレス・ビギナーにピッタリ。プロレスに興味なくとも、人生への希望を見いだせる温かい家族ドラマが待っています。

オススメ度のチェック
ひとり◎(ぜひ観るリストに加えて)
友人◎(良質な物語を語り合える)
恋人◎(家族愛で前向きになれる)
キッズ◯(女の子にこそ観てほしい)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『ファイティング・ファミリー』感想(ネタバレあり)

家族は、プロレスラー

血沸き肉躍るプロレスの熱狂的本場、アメリカのWWE(ワールド・レスリング・エンターテイメント)の王者ロックの雄姿が映し出されるテレビ。それに釘付けで大興奮しているのは、アメリカから離れた地のイギリスで暮らすザック少年でした。

しかし、ザックよりも少し幼い妹のサラヤは、そんなプロレスなんかよりも他の番組が見たくてしょうがなく、勝手にチャンネルを変えてしまい、二人は喧嘩に。揉み合いになり、なんかサラヤの方が優勢な感じもする状態で、部屋に入ってきた父。親としてその兄妹喧嘩を止めるのかと思ったら、むしろノリノリで父はプロレス技を教えだします

実はザックとサラヤの両親、父リッキーと母ジュリアはプロレスラーで、イギリス北部ノーウィッチでレスリング・ジムを営んでおり、WAW(ワールド・アソシエーション・オブ・レスリング)という小さなインディーズ団体を旗揚げしているほどの熱の入りようでした。

けれどもサラヤ少女はレスラーに興味なさげ。しかし、こんな家庭にいればその無関心はいつのまにかプロレス一色に染まっていくのも当然。成長したサラヤは立派なレスラーとして、ブリタ二ーというリングネームで、兄ザックと両親と共にリングで暴れまくっていました。観客は少ないですし、ほぼ家族ショーじゃないかというくらいの規模なのですが、常連客もいる町の知る人ぞ知る一家に。

そんな家族経営ですから資金繰りは厳しいです。サラヤが自分でチラシを配るなど、地道な毎日。でもプロレスに関心を持つ人は決して多くはありません。

一方でザックは町で暇そうにしている、このままでは悪行に手を染めそうな子どもたちをかき集めては自主的にレスリング・スクールを開催していました。

ザックには婚約者がいて、彼女の両親に自分の家族を紹介するべく、家に連れていくことに。しかし、見た目からしてかなり攻めている一家なため、すぐに警戒モードに入る彼女の家族。しかも、婚約者の両親はいかにも生真面目で、プロレスに関しても無知同然でした。

そんなやや気まずい空気が流れる両家の顔合わせの食事中、WWEのコーチであるハッチから電話が来ます。なんとサラヤとザックにトライアウト(スポーツにおける適性検査をして契約するかどうかを決める場のこと。要するにオーディション)のチャンスが。一気に大喜びな一同(婚約者の両親がビクッ)。WWEは最高なんだと映像解説つきで熱弁をふるうも、呆然とする門外漢な彼女の親たち。こうところどころでプロレスを客観視する目線が入るのが良いですね。

運命が決まるその日。ロンドンのトライアウト会場についたザックとサラヤ。会場内で偶然に、昔から憧れていたあのロックに遭遇。行こうとするロックを何度か呼び止め(シュール)、アドバイスを求めるザック。ロックの豪快な励ましに今度はザックとサラヤが呆然とする番。

コーチ兼、今回は合否判定者でもあるハッチによるトライアウトがいざ開始。一人一人に質問。「なぜレスラーに?」などを聞かれ、続いて実際のレスリングを見せることに。兄妹で息の合った動きを見せる二人。

そしてトライアウトが終わり、全力を出し切った面々が並ぶ中、名前を呼ばれた合格者は…サラヤのみ。喜びは一瞬で醒め、ザックの不合格に失望し、思わずハッチに抗議しますが、聞いてくれるわけもなく。結局、ザックの後押しの言葉もあって決心するサラヤ。

結果を祝う家族の中には、複雑な表情を浮かべるザックがいました。望んでいたWWEの本拠地アメリカへ旅立つ日、空港でサラヤと両親は抱き合い、仲間も見送り、別れ。

小さな町で戦ってきたサラヤの人生は、いきなり巨大な世界へと広がります。今度は独りだけで…。

ファイティング・ファミリー

ジェンダーの場外でも戦える

『ファイティング・ファミリー』の大事な主軸のひと柱は「男社会へ挑む女性アスリート」を描くということです。同じ系譜の作品で言えば、『ダンガル きっと、つよくなる』や『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』がありました。今はこういう作品が目立つ気もしますが、それは女性アスリートを描くとなれば「対“男社会”(女性への偏見)」は避けられないから…というのは言うまでもないでしょう。リアルでも女性アスリートのほとんどはきっとその壁にぶちあたり、汗と涙を男性以上に流しているのですから。

この主軸は作中冒頭から明確に暗示されています。サラヤ少女が初めてプロレスの高揚感に目覚めるかのようなレスリングのシーン。真っ黒な衣装のサラヤに対して、相手は真っピンクなんですね。これはもちろん女性のステレオタイプを象徴する存在を打ち倒す姿そのもの。

そしてサラヤは「女たるもの“おしとやかに”」なんていう世間のクソな“女らしさ”の押しつけを豪快に場外に吹き飛ばし、ずっと家族と一緒に活躍してきました。

ところがリング名を「ペイジ」に改め、憧れだったはずのWWEに向かった矢先、最初に目に飛び込んできたのはプールで水着でくつろぐグラマラスな美女たち。そう、このWWEではサラヤの家族経営の身内ショーみたいなものとはわけが違い、完全なエンターテインメント・ショーとして魅力が求められる業界。ここで活躍する女性たちはロックのような筋肉の体技を見せるのではなく、まず何よりもセクシーな美女同士の取っ組み合いが求められているのでした。

その自分が思い描いていた理想と現実のギャップに打ちのめされながら、必死に動揺していないふりをして平常心を装うサラヤ。それでもいつ脱落するかもわからない厳しいトレーニングの中、プロレス経験のないモデル出身者と対等に比べられることはかなりのストレスで…。

『ファイティング・ファミリー』はプロレス映画であり、プロレス愛に溢れた作品ですが、ちゃんとプロレス業界への批判的目線(もちろんそれはプロレスに限った話ではないのですが)を忘れてはないのが良い部分です。ルッキズムを見世物にする行為の、無自覚な怖さをさりげなく伝えています。サラヤが金髪に染めてみて、なんとか無理やり世間に迎合しようとする痛々しさも悲しいシーンです。

一方で安易な「女vs女」の戦いは描きません。本作は安直なバトルは見せないのです。ホームシック状態から立ち直ってイギリスから帰ってきたサラヤが、あの嫌悪感を持っていた女性たちと信頼し合ってトレーニングできるようになるシーン。女性の連帯とスポコン的情熱を同時並行で描く、BGMまでついてベタだけどグッとくる場面でした。

また本作にてジェンダーの圧力に抵抗しているのは、なにも女性だけではありません。男性であるザックの苦悩も描かれます。

ザックは憧れのステージへの階段を登れませんでした。そこには“男らしさ”という観点からの不甲斐なさを必要以上に感じてしまい、自己嫌悪を溜めこみます。でも彼は「子育て」という仕事に懸命に取り組んでいるんですよね。作中で何度も赤ん坊を抱いているシーンが映りますし、そもそも彼は近所の子どもたちにレスリングを教える面倒見のいい人間でした。

子育てというレスリングをする男だって、立派なプロフェショナルなのです。

差別という強敵を倒すには

『ファイティング・ファミリー』が平凡なドラマに終わらないのは、脱ジェンダーバイアスという主軸があるだけでなく、他にも社会問題へのさまざまな目配せが散りばめられているからというのも大きいでしょう。

例えば、イギリス特有の階級社会。私は本作がイギリス映画だということに鑑賞直前に気づいたのですけど、どうしてもっと早く気付かなかったんだというくらい、普通にイギリス色の濃い映画でした。

まずサラヤの家族は明らかに労働者階級の一家です。活発で明るさはありますが、貧しさは消えてはおらず、そこまで極貧ではなくとも、ジム経営の傾き加減によってはどう家族が転ぶかもわからない状態。そんなサラヤ家族のレスリングを同じく労働者階級の近隣住民は楽しみにしてくれています。ザックも労働者階級の子どもたちが非行に堕ちるのを未然に食い止めており、まさに貧しいからこそのコミュニティの助け合いの精神が息づいています。

しかし、そんな労働者階級コミュニティをそれより上の階級層は見下しています。チラシ配りに奔走するサラヤへの軽視を露骨に表す金髪同年代女子たちとか。

だからこそアメリカのWWEに勝機を見いだす…見方を変えればイギリス国内での絶望感の裏表ともとれ、悲しくもあります。

ところがアメリカではアメリカでの試練が…。今度はサラヤは「イギリス人」という枠で見られることに。英語が変だ…などの悪意はなくともその当事者には感じる空気がサラヤをチクチクと追い詰め、プロレスではお約束の煽り合いで本当に傷ついてしまうことに。ずっとあの小さな町の家族経営ジムにいたので、この手の差別になれていないというのもありますが、でも差別は差別。辛いのは当然。

サラヤがファイティングして倒すべき真の相手はチャンピオンであるAJ・リーではありません。ここに関してはプロレスという性質上、一定の台本構造が透視できてしまうので、あまり真剣勝負風に見せても説得力が低いところ。だからこそ本作はサラヤがジェンダーや差別という強敵をぶっ倒すという部分にカタルシスを用意してくれています。そこにはやらせなんてない、本物の戦いがありました。

「ここが私の故郷」と疎外感を感じなくなった瞬間、それこそが勝利の証。もしかしたらそれはレスラーに限らず、この世界で生きている全ての人間が目指している栄光の姿なのかもしれないですね。

巧みなストーリーテリングで、人生を鼓舞され、プロレスまで好きになってしまう、見事な技を決めた映画でした。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 83%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

関連作品紹介

女性アスリートの活躍を描く映画の感想記事の一覧です。

・『ダンガル きっと、つよくなる』


・『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』


作品ポスター・画像 (C)2019 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC., WWE STUDIOS FINANCE CORP. AND FILM4, A DIVISION OF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED. ファイティングファミリー、ファイティング・ウィズ・マイ・ファミリー