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映画『エディントンへようこそ』感想(ネタバレ)…あらすじにマスクをつけてください

エディントンへようこそ

外すと大変なことに…映画『エディントンへようこそ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Eddington
製作国:アメリカ(2025年)
日本公開日:2025年12月12日
監督:アリ・アスター
人種差別描写 ゴア描写
エディントンへようこそ

えでぃんとんへようこそ
『エディントンへようこそ』のポスター

『エディントンへようこそ』物語 簡単紹介

2020年、アメリカのニューメキシコ州の田舎に位置する小さな町のエディントン。コロナ禍のロックダウンにより、マスク着用やソーシャルディスタンスなどの規制のもと、息苦しい隔離生活を強いられ、どの住民たちも不満と不安は爆発寸前に高まっていた。そんな中、町の保安官ジョーは、再選を狙う市長テッドと小競り合いから対立し、その場の勢いで市長選に立候補する。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『エディントンへようこそ』の感想です。

『エディントンへようこそ』感想(ネタバレなし)

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アリ・アスターはコロナ禍も遠慮なし

皆さんはまだ外に出かけるときはマスクを着けていますか? コロナ禍のマスク推奨はなくなり、個人の自由になったので、マスクを着けるかどうかは人それぞれです。外を見渡せば、着けている人もいれば、着けていない人もいますね。

私は健康上の脆弱な立場なのでマスクを着け続けているのですけど、もう慣れてしまって何も不自由を感じません。帽子を被るのと同じ感覚です。

もうマスクを着けていない人も多いし、着ける効果は低いのかな…と思うかもですが、着用率に関係なく、個人がマスクを着けていれば感染予防効果があることは研究でも証明されているのでNature、感染症にかかりたくないなら着けておくにこしたことはないでしょう。

振り返ってみると、「マスクを着けるなんて軟弱だ! 俺は着けないぞ!」と叫ぶ男たちが現れて、マスク拒絶が有害な男らしさの証になるとは思わなかった…。

そんなたかがマスクをめぐる男の意地がひとつの地域を混沌に陥れる様子を描いた映画が今回紹介する作品です。

それが本作『エディントンへようこそ』

この映画の説明は、監督が“アリ・アスター”だという、それに尽きます。長編映画デビュー作『ヘレディタリー 継承』(2018年)、続く『ミッドサマー』(2019年)と、カルト作のホラー・クリエイターとして鮮烈に出現した人です。

ところが長編映画監督3作目の2023年の『ボーはおそれている』で、スケールがデカくなり、作風が観客をドン引きどころか、ガン無視の大暴走をしていくようになって…。“アリ・アスター”監督の望んだ結果なのかもですけど、一体どこに向かいたいのだろうか…私にもさっぱりです…。

その“アリ・アスター”監督の長編映画4作目の『エディントンへようこそ』も、『ボーはおそれている』の方向性を受け継いでいます。ええ、やりたい放題です。

今作では“アリ・アスター”監督としては初となるあからさまに政治風刺に手をだしており、それでも作家性は全く緩めていません。問題はそれが作家性と合致するかということなんですが…。

舞台はニューメキシコ州の架空の田舎町で、コロナ禍のロックダウン中に市長選が行われ、人間の見苦しさが次々と露呈することに…。一応はブラック・コメディのジャンルの範疇ですけど、何度も言いますが“アリ・アスター”監督作ですからね。笑ってられるのは“アリ・アスター”監督本人くらいですよ。

『エディントンへようこそ』で主演するのは『ボーはおそれている』に続いて“ホアキン・フェニックス”。2連続で“アリ・アスター”監督作で主演するの、疲れるだろうに…。

共演は、『ファンタスティック4:ファースト・ステップ』“ペドロ・パスカル”『憐れみの3章』“エマ・ストーン”『ザ・バイクライダーズ』“オースティン・バトラー”、ドラマ『THE PENGUIN ザ・ペンギン』“ディアドラ・オコンネル”『エンパイア・オブ・ライト』“マイケル・ウォード”、ドラマ『イエローストーン』“ルーク・グライムス”など。

キャスティングの顔ぶれとしては今までで一番豪華です。

コロナ禍なんて思い出したくもないでしょうけど、“アリ・アスター”監督の禍々しい手によって操作的に改変されて、もっと見たくない世界へと症状が悪化した『エディントンへようこそ』。鑑賞は自己責任で…。

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『エディントンへようこそ』を観る前のQ&A

登場キャラクターの整理

  • ジョー・クロス(Joe Cross)
    …保安官。
  • テッド・ガルシア(Ted Garcia)
    …市長。
  • ルイーズ・クロス(Louise Cross)
    …ジョーの妻。
  • ドーン(Dawn)
    …ルイーズの母。
  • エリック・ガルシア(Eric Garcia)
    …テッドの息子。
  • マイケル・クック(Michael Cooke)
    …若い保安官の見習い。
✔『エディントンへようこそ』の見どころ
★ここでも悲惨なホアキン・フェニックス。
✔『エディントンへようこそ』の欠点
☆映画時間が約150分と長い。
☆政治風刺は散らかり気味で、プロットは不安定。

鑑賞の案内チェック

基本 人種差別的なセリフが一部にあります。
キッズ 2.0
残酷な暴力描写があります。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『エディントンへようこそ』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤)

2020年5月下旬、荒涼とした大地に囲まれているニューメキシコ州エディントンの町。その地域の一画には巨大な最新のデータセンターが建設される予定でした。その建設を案内する看板の前をぶつぶつと口汚く罵りながら歩いていくボロボロな身なりの人物がひとり。

一方、ところかわって、カウボーイハットを被る地元のジョー・クロス保安官は車内で夜に佇んでいましたが、警察がやってきてマスクをつけてないことを注意します。

現在、COVID-19による世界的なパンデミックが発生中で、各地でロックダウンが行われており、人の往来も外出も制限されています。このエディントンも例外ではありません。

しかし、ジョーはマスクをつけておらず、注意されて渋々一瞬だけつけます。そこに無線でバーでトラブルが起きていると知らされ、現場に駆けつけます。

そこにいたのはテッド・ガルシア市長で、騒ぎを起こされているので対処してほしいとのこと。確かに入り口のドアから入ろうとしている半狂乱の男がひとりいます。

テッドは議員とデータセンターに関する話をしているらしく、集中したいようです。テッドはデータセンターが地域の財政を救うと考えており、市長選挙を控え、再選するべく熱心です。

ジョーは店のガラス越しにテッドと睨み合いになり、テッドからは「マスクをつけろ」とやはり言われてしまいます。

そんな仕事を終え、ジョーは家に帰りますが、妻のルイーズとはなんてこともないように表向きは振る舞いますが関係は冷めており、ジョーは子どもを持ちたいと思っていましたが、妻はその気はないようです。同居している彼女の母ドーンとも話はあいません。

実はルイーズはもともと陰謀論を信じる傾向にある母に影響されてか、このコロナ禍になって自分も陰謀論系の動画をこっそり視聴していました。夢中になっているのは、ヴァーノン・ジェファーソン・ピークと名乗る男と動画です。

翌日もジョーはイラついています。スーパーマーケットでマスクをつけていないので追い出される客を眺めつつ、自分もマスクをつけずに店内を歩き、たまたまそこで買い物していたテッドに怒られます。

ジョーはマスクをつけないのは自分の自由だと持論を述べつつ、先ほどのマスクをつけずに追い出された人のぶんまで買い物をしてあげます。相手は喜び、一緒に写真を撮ってくれます。

この達成感が火をつけたのか、ジョーは自分が大衆に必要とされていると自覚し、市長選にでると衝動的に宣言する動画をネットにあげます。

こうして仁義なき男と男の意地の選挙対立が激化していくことに…。

この『エディントンへようこそ』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2025/12/13に更新されています。

ここから『エディントンへようこそ』のネタバレありの感想本文です。

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政治風刺さえも途中から放置

結論から言ってしまうと、“アリ・アスター”監督、あまり政治風刺は上手くないな…。人には向き不向きがあるものですけど、これは作家性と噛み合わなすぎるような…。

『エディントンへようこそ』がやろうとしていることは、『サウスパーク』と似たり寄ったりだと思いますが、取り扱いの手慣れ具合とノウハウに露骨な差がでてしまった感じで…。

物語の前半は、ジョー・クロスとテッド・ガルシアの泥沼の選挙戦です。基本的な主人公は、ジョーであり、この男のこじらせまくった暴走がメインでずっと描かれます

ジョーは典型的なアメリカの保守的な男性で、作中ではマスク断固拒否が彼の行動の象徴になっていますが、たぶん以前からあれこれと面倒な火花を散らせていたのだと思われます。しかし、コロナ禍がトドメを刺しました。

市長になればかつての栄光の(保守的な)男らしさを取り戻せる目論むも、むしろ自分の無力さが露呈するばかりだし、なおかつ妻のルイーズにいたっては陰謀論インフルエンサーの怪しげな男に無我夢中で自分を捨てる始末。踏んだり蹴ったりです(半分は自業自得ですけども)。何も持っていない男が唯一できるのは「デマを流すこと」程度です。なんかこんな光景、『ボーイズ・ステイト』で観たな…。

そんなジョーと対峙するテッドは保守的ではない…というわけでもなく、彼も彼なりに男としては頑固であり、社会正義と恋心が倒錯する息子と向き合えず、迷走しています。あの白々しいPR動画がこの映画の最大の笑いどころかもしれない…。

そういう背景を組み込んだうえで、“ホアキン・フェニックス”と“ペドロ・パスカル”…2人のベテラン俳優によるアルファ男性の1対1の政治対決がみられるなんて、これだけで絶対に面白そうじゃないですか。

ところがこの『エディントンへようこそ』、その潜在的な面白さを引き出しきれないまま150分が過ぎていくんですね…。

なんでこうも面白くないのかと考えてみると、政治風刺のわりには核心的な政治的部分からは逃げてしまっており、薄っぺらくなぞって弄ぶことに終始しているからなのかもしれないし…。そもそも社会的な不正義を描くわけでもなくありがちな冷笑の量産品にとどまり、中身が空っぽだからなのかもしれません。

しかも、後半になるとその政治風刺さえも作り手は飽きたのか放置し、「どうでもいいや」の精神に陥ったジョーが暴力に染まり、ここからはこのエデイントンの町は『Grand Theft Auto』みたいな無法地帯の世界観に変貌します。

重武装したテロリストも参戦し、徹底的に追い詰められるジョー演じる“ホアキン・フェニックス”の姿はもはや『ボーはおそれている』の続編です。“アリ・アスター”、まだあの前作の嗜虐をやり足りなかったのか…! 懲りてない!

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カルトか、自己満足か

このジョー・クロスとテッド・ガルシアの泥沼の選挙戦にだけ焦点を絞っていればまだマシだったかもしれませんが、『エディントンへようこそ』はここからさらに手を広げてしまっているんですね。

政治的不安の火薬庫と化そうとしていたエディントンの小さな町に、アメリカ全土の政治風刺を手当たり次第に凝縮させようとしているのはわかるけども、明らかに入りきらずに現実度外視で溢れ散らかっています。

次々とサブプロットが入り込み、観客の私たちが「これを描きたいのかな」とやっと関心を固定させた瞬間に、あっけなく焦点が引き離されていくことの繰り返し。

例えば、サラという若者が中心になって人種差別に反対する抗議運動を展開しているのですが、あの小さな町であえて抗議する現実感の無さとかはさておき、このパートでは社会正義の内部における白人特権を風刺したいのだろうとは推察できます。でも、それにしたって下手糞ですし、この映画自体が白人特権を無自覚のままなんじゃないかと指摘されたらもう何も言い返せない気もします。

“アリ・アスター”監督の場合、映画風にやろうという意気込みが空振りに終わると大惨事になります。今作でも“ダリウス・コンジ”の撮影は風格がでていて良いのですが、その絵作り以外がスカスカになっていましたし…。

『ワン・バトル・アフター・アナザー』のほうが映画時間は長いのに、あちらのほうが明らかに政治風刺がコンパクトに要点を押さえてまとまっていて、対極的な2作になっていたな…。

“アリ・アスター”監督は、人に好かれる映画を作ろうと思っていないし、みんなから積極的に嫌われたいと思っている節さえあるのはもうそれなりにフィルモグラフィーと付き合ってきてよくわかります。しかし、作品も肥大化し、気取っているものの誰にも理解されない滑稽さに空転し、自己満足に浸りきっている状態になると、これはカルト作ですらなく、痛々しいだけになってしまうのかな、と。

また“アリ・アスター”監督は小粒なホラーに戻る気はあるのだろうか…。今後予定している作品企画の情報を見るかぎり、ちょっと期待はできないかもしれません…。

『エディントンへようこそ』
シネマンドレイクの個人的評価
4.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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関連作品紹介

ホアキン・フェニックス主演の映画の感想記事です。

・『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』

・『ナポレオン』

以上、『エディントンへようこそ』の感想でした。

作品ポスター・画像 (C)2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved. エデイントン

Eddington (2025) [Japanese Review] 『エディントンへようこそ』考察・評価レビュー
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