マイケル・ジョーダンに全部賭ける!…映画『AIR/エア』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2023年4月7日
監督:ベン・アフレック
AIR エア
えあ
『AIR エア』あらすじ
『AIR エア』感想(ネタバレなし)
THE FIRST Michael Jordan
アメリカでは、音楽界の「MJ」と言えば「マイケル・ジャクソン」ですが、バスケ界の「MJ」と言えば「マイケル・ジョーダン」です。
1984年のNBA(全米バスケットボール協会)ドラフトでシカゴ・ブルズに全体3位で指名され、そこから伝説が始まります。圧倒的なプレースタイルによって「バスケットボールの神様」と評されるようになり、80年代から90年代の一大バスケブームを牽引。アメリカのみならず世界にその名を轟かせました。
日本では2022年は映画『THE FIRST SLAM DUNK』が大ヒットしましたが、原作漫画の「SLAM DUNK」もマイケル・ジョーダンの存在がなければ、そんなに人気にならなかったかもしれません。
ともあれマイケル・ジョーダンはバスケをよく知らない一般人にも「バスケ選手って凄いんだ」という感覚を植え付けた第一人者になりました。
そのマイケル・ジョーダンですが、映画との関連と言うと、『スペース・ジャム』(1996年)で本人役で主演したことはありましたが、案外とストレートな伝記映画はまだありません(ドキュメンタリーなら多少ある)。“ウィル・スミス”が伝記映画をプロデュースするという報道が2017年にありましたけど、それ以降はとくに音沙汰ないし…。
権利面で難航しやすいのかなと思っていたら、マイケル・ジョーダンの歴史の1ページを描く映画が登場しました。でも主役はマイケル・ジョーダンではなく、彼の履くシューズです。
それが本作『AIR エア』。
マイケル・ジョーダンはプロデビュー時に「エア ジョーダン」というナイキ社のバスケットシューズをコラボレーションとして同時に発売しており、これがマイケル・ジョーダン人気の爆発と連動してとてつもない売り上げを記録。
それだけでなくスニーカー文化を作り上げ、とくにストリートの黒人コミュニティの間ではスニーカーがアイデンティティとなるほどに浸透しました。このあたりの文化は『スニーカーシンデレラ』でも描かれていましたね。
『AIR エア』はこの歴史を変えた選手が履いた歴史を変えたシューズ「エア ジョーダン」の誕生秘話を描いた、史実ものの“業界裏”を映す伝記映画です。
主人公は当時のナイキでマイケル・ジョーダンとの契約に最前線で尽力し、「エア ジョーダン」誕生の立役者となったひとりの男。そしてその男の周囲に取り巻くナイキの関係者たち。王道のビジネス成功ストーリーですね。
じゃあ、マイケル・ジョーダンは?…という疑問が浮かびますが、この『AIR エア』は面白いアプローチでそのあたりを組み込んでいて、マイケル・ジョーダン本人ではなくその母親との対峙を軸に、物語に深みを与えています。母親を前面にだすというのが最大の個性です。
この『AIR エア』を監督したのは“ベン・アフレック”で、『夜に生きる』(2016年)以来の久しぶりの監督作。そして『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』から『最後の決闘裁判』に至るまで脚本で手を組むことが定番の盟友である“マット・デイモン”が今作の主演。黄金コンビが帰ってきました。やはり“ベン・アフレック”は“マット・デイモン”と一緒の時が一番自然体で才能を発揮できている気がします。
どうしても“ベン・アフレック”&“マット・デイモン”のネームバリューが目立つので埋もれがちですが、今作『AIR エア』の脚本は意外にこの2人ではありません。“アレックス・コンヴェリー”という、これが初実績となるくらいの若い脚本家です。『AIR エア』は非常に批評家評価が高いですが、この“アレックス・コンヴェリー”に称賛を送るのも忘れないようにしないとですね。
“マット・デイモン”と共演するのは、物語の鍵を握るマイケル・ジョーダンの母親役にベテランの“ヴィオラ・デイヴィス”が抜擢。なんでもマイケル・ジョーダン側から「起用してくれ」と条件をだされたらしいですけど、“ヴィオラ・デイヴィス”なら間違いなしです。
他にはドラマ『オザークへようこそ』の“ジェイソン・ベイトマン”、『ラッシュアワー』の“クリス・タッカー”、『マヤの秘密』の“クリス・メッシーナ”など。あと、監督しつつも“ベン・アフレック”もでています。“ベン・アフレック”、『ザ・ウェイバック』でもバスケ絡みでしたね。
俳優のアンサンブルを楽しみたいのも良し、ストーリーの気持ちよさに酔いしれるのも良し、伝説の選手の出発の歴史を拝むのも良し、いろいろな方向から見てもカッコよさを維持するのがこの『AIR エア』の軽快な持ち味です。
『AIR エア』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :気楽に見やすい |
友人 | :関心がある者同士で |
恋人 | :恋愛要素無し |
キッズ | :試合シーンはほぼないけど |
『AIR エア』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):Just do it
1984年。ナイキのバスケットボール部門のソニー・ヴァッカロはスカウトのために将来有望そうな選手探しに奔走していました。高校生向けのバスケットボールトーナメントを主催するなどできる限りのことをしています。
そしてひと仕事終わるとラスベガスに行ってホテルのカジノで賭けをして全然ダメで帰ってくるのがいつもの流れでした。
当時のバスケシューズのシェアはコンバース54%、アディダス29%、ナイキ17%。1980年の上場後、ナイキの株価はすでに安値で、経営は窮地でした。
バスケ部門の選手担当責任者であるハワード・ホワイトはライバル社にとられてばかりで、黒人の間ではナイキなんて知られていないと嘆きます。最優秀選手賞に輝いたモーゼス・マローンのときは母親に取り入ったのだと言い、黒人家族はたいてい母親が取り仕切っていると自身の人種のお約束を語ります。それを聞きつつも、すっかり自信喪失のソニー。
バスケ部門マーケティング責任者のロブ・ストラッサーは会議にて低迷して落ち込む社員に映画『ロッキー』の不屈の精神で打ち負かせと叱咤しますが、ソニーは優れた選手が欲しく、平凡な選手3人に少額をつぎ込む今の企業戦略にうんざりしていました。
ソニーの本音は新人として有能と期待されるマイケル・ジョーダンなのです。
ナイキCEOのフィル・ナイトのもとへ行くと、役員会はバスケ部門の廃止を求めているそうで改善は急務だと言われます。ランニングシューズでは成功したけど、これはこれで別問題。
コンビニでバスケ好きそうな店員にマイケル・ジョーダンについて聞くと、評価はイマイチのようです。
しかし、帰宅し、試合のビデオを見ていると、あらためてジョーダンの桁外れの才能に気づかされます。彼はやっぱりすごい…。
そこで翌日に会社で「この1人だけと契約するだけでいい。全額を賭けよう。彼のためのシューズを作るんだ」と力説。ジョーダンはナイキを選ばないと言われても諦める気はありません。
代理人のデビッド・フォークに電話すると、やはりジョーダン側はアディダスとコンバースと話しを進めているようで、少なくとも25万ドルの提示額です。「アディダスの創始者であるアドルフ・ダスラーなんてナチ党員だったろ」と愚痴がこぼれるソニー。
とりあえずフィルを説得。「自分のキャリアをマイケル・ジョーダンに賭ける」と豪語します。
ロサンゼルスに行って、五輪でバスケチームのコーチ補佐だったジョージ・ラベリングに会いに行くと、マイケル・ジョーダンはナイキのシューズが嫌いだと否定的な発言を聞かされます。
こうなったらもう禁じ手を使うしかないか…。ソニーはジョーダンの地元のノースカロライナへ向かいます。代理人を通さずに本人と親に会いに行くのです。
この勝負は吉とでるか凶とでるか…。
ラクな仕事は無い…でも退屈よりはマシ
ここから『AIR エア』のネタバレありの感想本文です。
映画『AIR エア』は基本のプレースタイルは、企業の新規事業モノであり、「何か新しいことをしたい」と起業家精神(アントレプレナーシップ)を燃やす人物の情熱が、周囲の他の者たちにもしだいに火をつけ、それが積み重なって大きなことが成し遂げられ、成功する…という定番のセオリーです。
“マット・デイモン”がいかにも平凡そうに演じるソニー・ヴァッカロの「賭けてみたい」という意欲。それが序盤のカジノでの欲求不満でさりげなく描写されつつ、マイケル・ジョーダンの神様としての才能に誰よりもいち早く気づいて、居ても立っても居られなくなる。
企業内で退屈そうにしていたサラリーマンが一念発起する描写としては、とてもシンプルかつエモーショナルに表現されていました。
周りの奴らもなんだかんだでいいですよね。それぞれの口八丁手八丁な会話シーンが味をだします。
ロブ・ストラッサーも序盤の会議とかでは本当にダメそうなつまらない上司なのに、後半では「靴はただの靴だ。それを誰かが履いた時に意味が生まれる」という、ソニーの起死回生のセリフをもたらしてくれたり…。「お前、そんな良い言葉を言える奴だったのかよ…」という嬉しい驚きです。
ハワード・ホワイトは黒人同士で馴染みやすく、彼がいてくれるだけであのプレゼン会議の場がスタートダッシュをきれました。人種の多様性はこういうときにも大事ですよね。
デビッド・フォークは代理人を無視されて最初は大激怒だったのですが(その怒ってるシーンの口調がまた笑える)、しっかり協力してくれるという、ツンデレみたいな男だった…。
ピーター・ムーアは靴製作のオタク感が染み出ていますが、「エア ジョーダン」命名エピソードの皮肉たっぷりな描き方がナイスです(実は諸説あるので本作では上手く誤魔化している)。
そしてフィル・ナイト。あのプレゼン会議での「あえて遅れてくる作戦」の意図を全部喋っちゃうアドリブのできなさといい、こいつ大丈夫か…という雰囲気を一番漂わせておいて、最後の最後で「靴の収益配分」という業界をひっくり返す判断を即決する。この活躍のさせかたもお見事。実際のフィル・ナイトはナイキ創業時は日本のランニングシューズを販売して儲けたのがきっかけだったので、わりと柔軟なビジネス姿勢はありそうですけどね。
こんな感じの奴らが結集すれば、株価最安値の企業もなんとかなる。頑張りたくなる話じゃないですか。
常に攻めの姿勢で…でも信念を守る
映画『AIR エア』の他にはない一歩踏み込んだ良さは、この王道のビジネス・サクセスストーリーで単に終わらせないところです。
ここでマイケル・ジョーダンの母親を前面にだすのが、予想外の物語のジャンプ力になっています。マイケル・ジョーダンの顔はわざとらしいほどに終始映りません(権利的な問題もあるのだろうか)。でも全然気にならないほどにこの母親デロリスが鍵になってくれます。
まず、母親を重視する…その視点がいいですよね。『ドリームプラン』なんかそうでしたけど、父親がですぎると家父長的になってやや印象が悪くなることがあります。『AIR エア』のマイケル・ジョーダンの父親ジェームズはものすごく控えめな存在感で、悪目立ちしません。
一方で、あのデロリスが毒親みたいに嫌な存在として描かれるわけでもないです。むしろあのデロリスはソニーよりもマイケル・ジョーダンの神様としての才能に誰よりもいち早く気づいていたわけで、それについてハッキリ尊厳を持っています。加えてアフリカ系の人種の未来を背負うことも重々承知しています。
そしてナイキ含めた企業側にこの我が子を適切かつ対等に評価してもらえるように、前線にでてきます。重役の前だろうと動じない姿は只者じゃないですが、“ヴィオラ・デイヴィス”が演じているのでなおさら貫禄が増してみえますね。
この母親の要素を上手く活かすのと活かさないのとでは物語の感触は大違いで、下手すれば白人主体の大企業がマイケル・ジョーダンという若い有色人種を金儲けに利用しているという、ものすごく醜悪な構図に見えてしまいかねません。
しかし、そうではいけないのだということが、後半の「靴の売り上げの一部を受け取りたい」と追加の条件を提示する電話をかけてくるシーンに集約されています。あそこのデロリスは非常に言葉を慎重に選んでいて、「自分(デロリス)は金儲けがしたいわけじゃない」「あなた(ナイキ)もこの瞬間は金儲けを忘れて欲しい」という共通認識をあの場の短い時間だけで構築してくれ…と迫っている、かなりハイレベルなやりとりです。バスケの試合以上に緊張するワンプレイだったかもしれません。
また、ソニーもあのプレゼン会議で「きみはきっと攻撃されるし、裏切られたりもする」とありのままの事実を述べ、それが映画内では未来予知的に実際にマイケル・ジョーダンの身に今後起きた映像が次々重なる…この演出も良かったですね。あの父の死の報道映像もあるのが辛いけど…(父親は1993年に車内で強盗に殺害されてしまう)。
『AIR エア』は「賭けるときは賭けろ」というような安直なメッセージ性ではなく(それだと後のマイケル・ジョーダンのギャンブル問題と重なって良くない印象にしかならない)、「世の中には確かに賭けることも大事だけど、それ以上に大切な信念というものがあるよね」ということを教えてくれる、そんな映画だったのではないかなと思います。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 98%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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作品ポスター・画像 (C)AMAZON CONTENT SERVICES LLC
以上、『AIR エア』の感想でした。
Air (2023) [Japanese Review] 『AIR エア』考察・評価レビュー