河瀬直美監督による親子映画に見せかけた拷問…映画『朝が来る』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2020年)
日本公開日:2020年10月23日
監督:河瀨直美
性描写
朝が来る
あさがくる
『朝が来る』あらすじ
栗原佐都子と清和の夫婦は一度は子どもを持つことを諦めるが、特別養子縁組という選択があることを知り、ひとりの男の子を迎え入れる。こうして朝斗と名付けられた男の子との幸せな生活が始まる。朝斗はスクスクと成長し、幼稚園では友達もでき、もうすぐ小学生になろうとしていた。しかし、その平穏な家族の団欒を乱すような予想外のことが起きるのだった。それは全く会った記憶にもない姿をした若い女性で…。
『朝が来る』感想(ネタバレなし)
河瀨直美が贈る家族映画は…
日本映画は「家族」を題材にしたものが多く、それは国内外でもよく指摘されます。もちろん海外の作品でも家族をテーマにしたものは無数にあります。でも日本はことさら家族に重きを置く文化的傾向が強いせいか、それともそれ以外の題材に手を伸ばす創作の自由度が乏しいからなのか、とにかく家族映画ばかりです。賞を狙うような映画もたいていは家族が主題だったりします。
しかし、家族映画ばかりと言ってもそれぞれの監督の個性が光ります。人情を得意とする人もいれば、ユーモアで味付けをする人もいるし、犯罪などダーティな色で染め上げる人もいたり、貧困に浸かる姿を生々しく描く人もいる。その違いを堪能するのも日本の家族映画の楽しみ方でしょう。
今回紹介する家族映画も監督の作家性が最大級に表出した一作です。それが本作『朝が来る』。
まず本作の監督を語らないといけません。その人物は“河瀨直美”です。1997年の商業デビュー作『萌の朱雀』でいきなりカンヌ国際映画祭にて史上最年少(27歳)でカメラ・ドール(新人監督賞)を受賞してからというもの、すっかり国内よりもカンヌで先行評価される人というポジションを確立した“河瀨直美”監督。2007年にはカンヌ国際映画祭にて『殯の森』がグランプリを受賞し、以降もずっと日本映画界の馴れ合いに毒されることなく、自分の作家性を育んできました。
2015年の『あん』や2017年の『光』など、国内での評価もゆっくりですが追いついてきています(全然関係ないですけどこういう短いタイトル、ネット検索で全く表示されないから困る…)。2018年の『Vision』は海外著名俳優を参加させ、完全に日本の枠に収まらない創作を実践。
そんな“河瀨直美”監督なので次がどんな作品で来るのか想像もつかなかったのですけど、この『朝が来る』は“河瀨直美”監督としての直球な家族映画になっています。“河瀨直美”監督はもともと家族とか育児をテーマにした作品をいくつも生み出していましたけど、これはその中でもひときわドロっとしたものを排出してきたな、と。
原作は辻村深月による2015年の長編ミステリ小説で、2016年にはテレビドラマ化もされました。今回は映画版として独立しています。
お話は、ある特別養子縁組となった夫妻が主人公であり、平穏な日常にひとつのざわめきが起こる…という展開。たぶんこの物語はやろうと思えばいくらでもアットホームな着地もできたと思うのです。しかし、この作品自体はそれを許さず、家族という概念に常に一定の不穏さを投げかけます。そして“河瀨直美”監督の手にかかることでさらにその揺さぶりが強くなっているように感じました。
私なりの表現ですけど、この『朝が来る』は大袈裟でも何でもなくちょっと“拷問”みたいな一作でした。本編中ずっと息苦しい空気が持続するので大変ですし、なかなかに救いのない映画です。でもある種の今の日本社会における「家族」という概念の限界をリアルに映し出しているんじゃないかなと思います。公式サイトでは「感動のヒューマンドラマ」という味気ない看板を掲げていますが、さすがにそんな短絡的な映画ではないでしょう。
出演陣は、主役の夫婦を『夫婦フーフー日記』の“永作博美”と大森立嗣監督の方の『光』の“井浦新”が演じています。そしてもうひとりの主人公と言える重要な役を『万引き家族』『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』の“蒔田彩珠”が熱演。とくにこの“蒔田彩珠”の演技は素晴らしく、本作に直面した観客の心をもみくちゃにしてきます。
他にも“浅田美代子”、“中島ひろ子”、“田中偉登”など。
新型コロナウイルスのパンデミックのせいで公開日も延期になり、映画自体を話題にしづらい世間の雰囲気でしたが、『朝が来る』は見逃すには惜しい2020年の一作です。
ただ、精神的にキツイ作品ですので心の防御力が高いときに観てくださいね。間違っても夫婦や恋人同士で鑑賞するのはあまり積極的にはオススメしません。「子どもを持つ」ということに対して、ただただ複雑な感情で放置されますからね…。
オススメ度のチェック
ひとり | :見逃せない邦画 |
友人 | :映画ファン同士で |
恋人 | :気まずい空気 |
キッズ | :大人のドラマです |
『朝が来る』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):子どもが欲しい
歯磨きを上手にする少年を優しく見守る母親。栗原佐都子は息子の朝斗を大切に想っています。今日は夫で父の清和と親子3人で外へ行きます。もうすぐ小学生なので練習として歩いて行くのです。
家事をしていると一本の電話。「もしも~し」…無言です。いったん切る…と、また電話。「はい、栗原です」…相手は朝斗の幼稚園の担任の先生でした。なんでも朝斗がジャングルジムから同級生の子を落としたというのです。慌てて幼稚園へ。朝斗が押したと被害者の子は言っているようですが、朝斗は押した覚えがないと口にしているとか。先生も気まずそうです。先生は「確かなことは言えません。ただそのつもりがなくても体がぶつかったりしたかもしれません」と言いますが…。
相手の親と連絡するも、治療費を要求し、冷たい態度。「大空(そら)くんとまた遊べる?」とボソリと聞いてくる朝斗。「大丈夫」と語る佐都子。
佐都子は夫の清和に相談するも「う~ん、いや、まあ、子ども同士の遊びだろ? わかんないけどたいしたことないんじゃない?」と慎重な意見。「あの子のことを疑っている自分が情けない」と佐都子は呟き、過去を思い出します。
佐都子と清和は同じ職場の同僚。清和は当初から子どもを欲しそうにしており、佐都子もその期待に応えるつもりでした。しかし、妊娠には至りません。ある日、精液検査の結果を聞きに診療所へ夫婦で行くと「無精子症の可能性が極めて高いです」と告げられます。
「精子がないってことですか?」「精液の中にはということです。中で精子が作られていても精管で詰まっているという場合があるんですね。睾丸とか陰嚢とか切開して精子を取り出すことができれば子どもを授かる可能性はあります」
「切るってことですか」と夫はショックを隠せない様子。しばらく後、夫は切り出します。「佐都子が妊娠して出産してという可能性はないかもしれない。だから佐都子の中でも離婚という選択肢は持っていてほしい」…しかし佐都子は「ごめん、私の中ではそれは考えられないかな」と口にします。
次に夫婦は顕微授精を毎月札幌まで行って実施。しかし、それも結果は出ません。「もうやめよう」と佐都子。「うちに帰ろう」…それを聞いて「ごめん」と繰り返す夫。「もっと早くやめたいって言えなくてごめん」と辛そうに語る夫に、佐都子は「2人で一緒に生きていこう」と言います。
そうして心機一転の温泉旅行。たまたまテレビをつけると無精子症の夫婦の取材番組がやっていました。そこでは養子も紹介され、望まないかたちで妊娠してしまった女性が映し出されます。養子縁組の夫婦の説明会「ベビーバトン」も取り上げられ、その主催者は「子どもが親を探すためのものだと思ってやっています」と語っていました。その番組をじっと見つめる佐都子と清和。
その影響を受け、養子を考えるようになります。清和は「子どもが絶対にいなきゃいけないとは考えていない。佐都子のためっていうのも少し違う」「この家には親になれる人がちゃんといるだろ。それが役にたてないかなと思ってさ」と語り…。
そして説明会に参加。「特別養子縁組は家庭裁判所の審判を終えたら親権は養親さんのものになります。実親さんとの親子の関係は削除されます。その後、離縁はできません」と、当会が大事にしているポリシーを語る主催者。また「真実告知は必ずする。生みの親が別にいることを子どもが小学校に上がる前までに必ず伝えてもらいます。子どもにも真実を知る権利があるんですね」とも語り、加えて「育児に専念できるように共働きの方の場合はお仕事に区切りをつけてもらいます」とも。
続いて養子縁組を実際にした家族が登場し、もう佐都子と清和の心は決まりました。
そして電話。「お宅に育てていただきたいお子さん、産まれましたよ」
こうして新しい家族が加わったのですが…。
子どもを持つという規範
『朝が来る』は「成人の夫婦は原則的に子どもを持つべし」という規範と、「その規範から外れた妊娠はアウトである」という圧力の、2方向の作用がこれ以上ないほどに映画全体に充満しており、ゆえに拷問的に感じるのでした。
例えば、まず序盤の佐都子と清和の夫婦関係。仲睦まじい様子に見えますが、基本的に佐都子は徹底して夫に従順です。だから夫が子を望めば自分がそれに答えるだけ。ディナー場面での「卵やってくる日」という表現がそれを物語っていますね。
しかし、無精子症もあって妊娠ならず。そこで佐都子が作中で初めて自分の意志を主張します。子どもはいなくてもいい、と。ここで規範から脱した夫婦像として新たなスタートを切れば、良いエンディングルートに行けた気もする。
ところがそこに例の養子縁組を熱かった番組です。この番組がまたいかにも「規範から外れた人を規範に立ち返らせること」を讃えるような内容で…。ある意味で悪魔の囁きみたいだった…(耳を傾けたらダメなやつ)。
そして説明会。ここもまた人によっては地獄です。とくに育児に専念するために共働きは許されないという方針。つまり、現状の日本では女性に仕事をやめろという宣告であり、ジェンダーロールに依存しまくった家庭の構築を推進しているわけです。でもここに参加している人たちは子どもが欲しい気持ちが人一倍あるのでその弱った心は簡単に揺さぶられます。トドメで目の前に理想的な家庭を手にしたお手本が登場されたらもうね…。
能力を持った家庭に子どもを与えることをとてもポジティブに関係者は語りますが、それは見方を変えればものすごく優生思想に近いものでもあり、なんかアットホームを装ったディストピア映画を観ている気分でした。
子どもを持ってしまった罪悪
そんな子どもを持つという規範以上に『朝が来る』が残酷に突きつけるのは「その規範から外れた妊娠はアウトである」という社会の圧力。
その渦中に陥る片倉ひかりの境遇は目を逸らしたくなるほどにキツイです。
中学生で妊娠すればその瞬間に“普通”から除外され、紛れもなく迫害と言っていい扱いを受ける。本人の意思はまるで無いかのように…。そして犯罪者であるかのように…。
そのひかりが変わり果てた姿で佐都子と清和の前に再度現れて対面するシーン。あそこが本作で一番残酷かもしれません。つまり、圧倒的な格差を如実に示すのですから。あのタワーマンションの部屋にはひかりがどんなに望んでも手に入らなかったものが全て揃っています。しかも、その多くは皮肉なことにカネで手に入る。子どもでさえ…。
本作はかなり養子縁組のそういう構造的搾取の側面も隠さずに浮き彫りにします。これは海外でもあって、例えばグローバルな視点だと『一人っ子の国』でも取り上げられていました。
佐都子と清和という裕福な家庭が持つ、無自覚な特権。「なかったことにしないで」という手紙の隠されたメッセージに気づき、最後の最後で「わかってあげられなくてごめんなさい」と謝罪し、朝斗を“広島のお母ちゃん”に会わせるラスト。
さすがにこの一言でオールOKには到底ならないですし、個人的にはもう少しその後の展開を踏み込んでほしかったのですが、ここまで社会規範や養子縁組という一見すると“良きこと”に言及できるクリエイティブは凄いなとは思います。
映画が謝っていない不満点
ただ、『朝が来る』を鑑賞してややモヤっとするのはどこまで“河瀨直美”監督の狙いどおりなのかが曖昧ということですかね。もしかしたら規範を全否定はせずに「多少の留意点」だけ提示するのみにとどまっているのかもしれませんし。
そもそも今作は寄り添いすぎるという欠点はあったと思います。とくに子どもはかなり都合よく作中で利用されていますし、あざとい存在感でもありました。ちょうど自意識を持っていない幼さにしているので、大人の物語に介入しないんですよね。あくまで「佐都子と清和」vs「ひかり」の単純な構図にしています。
例えば、同じような題材の『インスタント・ファミリー 本当の家族見つけました』は子どもの意志をストーリーでしっかり位置づけ、3者の対立にすることで複雑性を描いています。
また、ひかりのキャラクターも不幸を背負うためにやや可哀想なエピソードを集中特化しすぎな面もあるかな、と。トモカの話もやや強引でしたし…。
全体的に女性を軸にしたストーリーラインでありながら、夫も妊娠させたあの男子も完全に終盤はフェードアウトしてしまい、男性側への批評が薄いのも残念です。たぶんあのラストの謝罪以降に、男性側反省パートをもう1個上乗せしないとまとまらないテーマだと思うんですけどね。
そう言えば、新聞配達のおっちゃんが昔の彼女が自殺したと泣きながら心配してくるシーンがありましたけど、あそこも見ようによっては女性の被害にどこまでも無自覚な男性性を象徴しているようでゾッとしますね。
おそらく“河瀨直美”監督のフィルモグラフィや本人の言動的に、規範を叩き潰すまではしたくないんだろうなとは思います。あくまで命を産むという尊さを不可侵の土台にしつつ、現状の日本の綻びを手直しするようなバランスでしょうか。
そのスタンスが今後の世界でどこまで通用するのか。クィアな視点など様変わりしている今の時代では厳しいかもしれません。これが20年前の映画だったら傑作だったかもだけど…。
不妊がテーマで穏やかな作品を観たいなら『プライベート・ライフ』を、『朝が来る』とよく似ているけどアプローチが正反対な映画を観たいなら、『ビバリウム』がオススメですよ。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 100%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2020「朝が来る」Film Partners
以上、『朝が来る』の感想でした。
True Mothers (2020) [Japanese Review] 『朝が来る』考察・評価レビュー