映画館鑑賞におけるトイレ問題
映画館で映画を観る。良い体験ですよね。良い体験にしたいですよね。
そんな映画館での映画鑑賞において、とあるプライベートな問題が浮上しやすいです。それが「トイレ」。具体的には「スクリーンで映画鑑賞中にトイレに行きたくなったらどうするか」という問題。
この映画館でのトイレ問題は万国共通のようです。まあ、当たり前ですよね。みんなたいていトイレに行きますから。尿と便の排泄は生き物の通常の行動です。
この排泄が映画館の鑑賞中にことさら「問題」になってしまうのは、上映鑑賞中にトイレに行けば映画を一時停止は当然できませんので自分だけ観るのを中断しないといけなくなり、せっかくおカネを払ったのに映画の内容を100%楽しめない(もしかしたら物語を理解できなくなるかもしれない)から…、もしくは途中で席を立つのは他の鑑賞客に迷惑になるだろうから…。そういう“もったいなさ”と“申し訳なさ”が入り混じるのが主な理由でしょう。
そのため、観客の中には、この「問題」に対処する術を探し求める人が少なくありません。とくに長時間の上映映画を観る際はなおさらです。
ネットで「映画館・トイレ」と検索すれば、「途中でトイレに行かない方法」や「映画中のトイレ対策」など、「映画の上映中にトイレに行かない」ことを当然の目標として掲げた記事がズラっと表示されます。
中には「上映前に餅や大福などを食べておけば尿意が抑えられ最後まで観れる」なんていう真偽不明のライフハック的な情報まで見受けられます。しかし、こうした情報はとくに因果関係を明確に証明する科学的根拠はなく、せいぜい連想による疑似相関的なこじつけか、プラセボ効果程度のものだったりします(当人がそれで満足しているなら別にいいのですが)。
今回のこの記事では私は「映画の上映中にトイレに行かない」ことを目標にはしません。むしろ「トイレに行きましょうよ?」という主張をしたいです。
映画館鑑賞時でも遠慮なくトイレに行こう
別に逆張りをしたいわけではありません。
「映画館での映画鑑賞中でも席をたってトイレに行きましょう」と私が声をあげる理由は、そもそもトイレを我慢するという行為自体が、いろいろな点で有害であるからです。
まず先ほども書いたように人は排泄するのは普通の行為です。健康な人のほとんどは1日に6~8回排尿するそうで、これは3~4時間おきにトイレに行く計算になります(CNN)。一般的に1本の映画の上映時間は短いものだと1時間半、長いものだと3時間を超えます。そのうえ、映画館だと上映前にCMなどが入るせいもあって、この映画本編時間よりも長く席に座っていることになる場合が多いです。つまり、映画を観ている間に尿意を感じてトイレに行きたくなるのは科学的にも正常です。「トイレを我慢できないダメな奴」なんかではありません。
また、排泄というのは健康を示すサインでもあります。通常よりも高頻度で排尿するようになったり、また全然排尿しなくなったりした場合、それはあなたの身体に何かしらの異常が起きている健康の警告かもしれません。なので普段の自分の排泄頻度を知っておくのは案外と大事なことです。人によって排泄の頻度や傾向は全然異なるので、個人差があるものなのも頭に入れておかないといけません。
そして排泄を我慢することは、基本的に健康に悪影響があります。排尿を過度に我慢してしまう場合、その習慣は腎臓感染症や膀胱の筋肉の衰弱など、さまざまな問題のリスクを高め、健康を害する可能性があることを専門家は指摘しています。普通、医者は「トイレを我慢しましょう」なんて推奨しません。なるべくなら「(トイレに)行きたいときに行くのがベストです」と助言するでしょう。
水分の摂取も健康に必須です。尿意を抑えるために水を飲むのさえも我慢すれば、別の深刻な問題に陥りかねません。
話を戻して、「映画の上映中にトイレに行かない」ことを当然の目標として掲げること自体、やはり健康面で明らかに良くないです。健康悪化を助長していることに他なりません。
また、「(本来生存に欠かせない)何かを我慢させること」を美徳とするような、そういう考えをあたかも業界のマナーにしてしまう空気自体も、私は極めて問題視すべきだと思います。
「映画鑑賞中に1回も尿意を感じなかった!」とそれを誇らしげに語るのは、言うなれば膀胱のマッチョイズムみたいなもので、ちょっと変な光景です。ましてや「尿意を感じる人」「トイレに行く人」をまるで「我慢できないダメな奴」と扱うのは、優劣をつけて優越感に浸るようなものです。
こうした「個人の我慢」至上主義な考え方は、大袈裟でも何でもなく無意識の排外主義にも結果的に繋がりやすいでしょう。排泄は、年齢、病気、妊娠、ストレスなどいろいろな個人の差が作用します。尿意を頻繁に感じる人は健康面で何らかの弱い立場にいることもしばしばです。そういう人たちを排除することが映画館の良き姿でしょうか。
私は映画館で映画を観るのが好きです。でもだからといってトイレのために上映途中で席を立つ人を責めたり、嫌悪感を持ったりするような、心の狭い人間にはなりたくありません。映画館のエリート主義(選ばれし者が映画館を楽しむ権利がある)を支持はしません。
何度も言うようにトイレのために席を立つのは悪いことではありません。それを悪いこととみなすなら、もはや何から何まで衆人環視の空間に映画館がなってしまいかねません。そんな映画館は私は嫌です。
途中でトイレに立ったからと言って、その人を「映画をちゃんと観ていない!」と責めたりもしません。逆に尿意を必死に我慢しながら映画を意地で見続けても集中できないので頭に入ってこないこともあるでしょう。全編を観ていても映画の内容を理解していない人もざらにいるのですから、いちいち気にすることもないです。
映画館で映画を観るのが好きなら、より多様な人が映画館で映画を観られるような在り方を応援していくのが健全だと思っています。
映画館のトイレ問題で業界ができること
「映画の上映中にトイレに行く場合のノウハウ」として、「端の席に座る」などの方法を提示していることもありますが、これらは結局のところ、弱い立場の人の「個人の責任」として「弁えろ」と言っているのと同じで、やはり映画館のエリート主義が見え隠れします。
個人に何もかもなすりつけるのではなく、もっと業界全体ができることはあるでしょう。
何よりもなるべく誰もがアクセスしやすいトイレを用意してください。性別、ジェンダー・アイデンティティ、年齢、体型、障害、その他…それらに関係なくあらゆる人々がトイレに行きやすいようにです。これから新しく映画館を作るなら、トイレ・ルームはできる限り目立つ場所に設置し、平等になるようにそれぞれの性別に適したじゅうぶんな数のトイレ便器を配置してほしいです。
「映画館での映画鑑賞中でも席をたってトイレに行く」ことを前提すると、今までにない新しい視点が現れたりもします。例えば、英語圏にはこの「映画館での鑑賞中のトイレ問題」に対処するユニークなアプリがあります。それは「RunPee」というスマホアプリにもなっているサービスで、“ダン・ガードナー”という人が立ち上げました(The Guardian)。
「RunPee」は、映画館の観客に各映画作品ごとにトイレ休憩の最適な時間(「Peetimes」=おしっこタイミング)を教えてくれる代物で、ちゃんとその自分が席をたっている間に映画の物語で何が起きていたかを簡単に要約してわざわざ教えてくれたりもします。例を挙げると、映画時間162分の『ワン・バトル・アフター・アナザー』には5回の「Peetime」があり、そのうち2回目と4回目がとくにオススメ…みたいなことが書かれています。
日本でもデータベース系の映画レビューサイトを運営している大手は、ぜひ「最適なトイレ・タイミング」に関する情報を掲載する機能を追加すれば、新しい需要に応えられるのではないでしょうか。
個人の責任で押し付けるよりも、業界全体で前向きに改善する方向へ視点を据えるほうが、サービス向上のアイディアに繋がったり、面白いことがいっぱいできるチャンスが生まれるはずです。
