ファースト・マッチ
Netflix映画『ファースト・マッチ』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:First Match
製作国:アメリカ(2018年)
日本では劇場未公開:2018年にNetflixで配信
監督:オリビア・ニューマン

あらすじ

スラム街で里親の家を転々として不満をため込んでいる女子高生のモニーク。ある日、疎遠だった父親が出所したことを知り、自分の価値を認めてもらおうと男子ばかりのレスリング部に入部する。トレーニングに四苦八苦しながらも実力を発揮するモニークだったが…。

ネタバレなし感想

夢に進む背中を押してくれる映画

新年になるとその年の目標や抱負を聞かれることも多々あります。私なんかはチキンなのでテキトーに叶ったのかどうかもわからない“うやむやなこと”を言って、その場をしのぐことが多いです。でも、中にはハッキリと自分の目指すべき高いゴールを設定する人もいて、本当に尊敬します。達成できるかは別にして、「これをやるぞ!」と宣言できるだけでも凄いことですよね。

若い学生は、学校生活における新しい挑戦を目標にすることが多いかもしれません。勉強、部活、人間関係…学生時代は1年ごとにガラッと変化することも多いぶん、自分の進む方向性もしょっちゅう揺れ動いたりします。目標を自分で決めても、もしかしたら周りの人が応援してくれないかも…そんな不安もあるでしょう。

そんなときは…(もはや恒例)…映画を観ましょう。

目標や夢に向かって果てしなく続く長い道を進むうえで、背中をぽんっと押してくれる映画がたくさんあります。

本作『ファースト・マッチ』もそんな映画のひとつです。

この映画は、2018年の「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」というアメリカのテキサス州オースティンで開催される複合型エンターテインメントの祭典にて、観客賞を受賞した経歴を持つ、評価の高めな一作。Netflixオリジナルとして配信されたこともあって、あまり認知度は低いのが悲しいですが、良作だと思います。

内容は、黒人の女子高生がレスリングに打ち込みつつ人生の希望を見出していく…そんな話。そう聞くと「黒人ってことは差別問題が描かれて暗いのかなぁ…」とか「女性がレスリングするからジェンダーの差別問題を描く社会派な作品なのかなぁ…」とちょっと身構える人もいるかもしれませんが、大丈夫です。そんなにヘビーではありません。少なくとも最終的な後味は爽やかに感じるでしょう。

どちらかといえば「青春映画」に分類される作品です。女性がレスリングすると言えば、インド映画の『ダンガル きっと、つよくなる』という作品がありましたが、あれほどストレートなスポ魂ものではなく、やっぱり青春と表現すべきパーソナルな物語です。
『ダンガル きっと、つよくなる』感想(ネタバレ)…パワハラは指導ではない
あまりレスリングをメインに期待せず、「女子青春ムービー」だと思ってください。

監督の“オリビア・ニューマン”は本作が長編初監督らしく、本作は過去に制作した短編を長編化したもののようです。こういう新しい才能の出現はしっかりチェックしておきたいと思っているので、それだけでも観る価値ありですね。いずれ大作に抜擢されたりとかも、じゅうぶんありえますから。

主演の“エルヴィル・エマニュエル”はおそらく長編映画の主演は初。フレッシュですね。その眩しい新人の脇に揃うのは、『アクアマン』で悪役を演じることでも話題の“ヤヒヤ・アブドゥル=マティーン2世”や、多くのブラック・ムービーに出演している“コールマン・ドミンゴ”といった実力俳優たち。個人的には“エルヴィル・エマニュエル”はとても良い演技を本作で披露しているので、今後も活躍が増えていってほしいなと願うばかり。

上映時間100分程度のお手軽に視聴できる映画ですので、時間のあるときにどうぞ

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

先行的なジェンダーの描き方

すでに前述しましたが、本作はあらすじだけで伝わってくる、なんとなくな表面上のルックに反して「ジェンダー」のテーマは薄めです。いわゆる、女子であるモニークがいかにして男社会であるレスリングの世界に踏み出していくか…という部分に力点を置いていません。

序盤、モニークは意を決して男ばかりのレスリング部に飛び込んでいきますが、当初は確かに女性であるゆえの“ナメられた”対応をされていました。試合でも対戦相手に「女?」と怪訝な顔をされたりと、反発は見受けられます。でも、それは本当に最初だけで、以降は全然気にならなくなります。

これは題材になっているのがレスリングだということも大きいかもしれません。性別がどうであろうと、最終的にはねじ伏せて力を示せれば勝ちな分野。女であっても強ければ認められるし、男であっても強くなければ認められない。厳しい勝負の世界ではジェンダーなんて二の次です。

まあ、もちろんモニークがセクハラに対してセクハラで返すような、負けん気の強い性格だったのも功を奏しているのでしょうけど。

それにあのレスリング部の子どもたちはコーチの教育のもと、立派な精神が身についているというのもあります。「負けなんてない、勝つか学ぶかだ」という言葉どおり、失敗を批判することなく、全員が一丸となって応援するというコミュニティの連帯感。モニークが非合法な格闘試合で手を汚した際も、多数決で彼女の行動を許すかどうかを決めるあたりに、このコミュニティの確かな教養の高さを感じます。おそらく主人公が暮らす学校の教育レベルは上で、そこまで極端に治安が悪い地域じゃないからこそのあの対応力なんでしょうね。

これが治安も悪く保守的な地域での話であれば、全く別のストーリー展開になっていたでしょう。銃のドンパチだって頻繁に起こるでしょうし、もっと露骨な暴力だってありうるでしょうし。

ともかく、鑑賞前は『リトル・ダンサー』(ボクシングをやらされていた少年がバレエに目覚めていくイギリス映画)の逆バージョンなのかななんて安易に考えていましたが、全然違いました。

そういう意味ではジェンダーに関してはとても先行的な描き方でした。

ファースト・マッチ

父の背中を押してあげる

一方で、本作の主軸になるのは父親との関係です。

こういうジャンルの作品では、最初は子どもの目指そうとする方向性に反発していた父が、しだいにその努力する子の姿に感化され、やがて応援するようになっていく…というのがベタな王道パターンです。しかし、本作はそこを大きく外しています。

本作の父親の立場は、いわゆる「無自覚のうちに自分の子どもをダメな方向に引っ張ってしまうダメ親」という、アフリカ系アメリカ人家族モノでは定番。最近だと『フェンス』で描かれた父親像のような、家族を不幸にしちゃう系です。
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父親本人には全く悪意はなく、むしろ善意のつもりで、でも家族が迷惑を受けている…一番困ってしまうタイプです。

モニークの父ダレルは出所したばかりで、ひそかに街に帰ってきていましたが、娘であるモニークでは会いたくない様子だったのが最初です。それがしだいにモニークの打ち込むレスリングによって関係性が修復…幸せが待つかと思いきや。父ダレルはモニークを非合法なアンダーの格闘試合に引っ張り込みます。女性たちがガチで殴る、蹴る、血を吐く…ルールに則った健全なレスリングとは全く異なる下の世界。「お前も出たら稼げるぞ」と誘い、起業でもしようと無計画に持ちかける父ダリル。

そんな父はかつてはレスリングの選手であり、その輝いていた姿をノートに記録するほど、憧れていたモニークにとって、本音は父と仲良くしたい気持ちの方が上。父の誘いに乗ってしまい、自分を傷つける暴力に身を染めていきますが、最後には警察の突入で混乱するなか、父に見捨てられるようなかたちになって涙するモニーク。それでも「父は更生するから刑務所に入れないで」と懇願する彼女の姿から、父への強い想いと同時に、親子の立場が対等になっている変化を感じます。

終盤の非合法な格闘試合に参戦したとき、思わずレスリングのタックルでマウントをとって反撃し、ピンチを有利に変えるシーンがありましたが、モニークの心には「父」「レスリング」というアイデンティティがしっかり刻み込まれていることを示す印象的な場面でした。

ラストは、父にあのノートを託すモニーク。夢を忘れないでという娘から父へのメッセージであり、背中を逆に押してあげて、自分は自分で一歩を踏み出す。とても味わい深いエンディングでした。車内での微かな笑みがいいですね。

背中を押すのに、血縁も人種も関係ない

また、本作はこの父娘の血縁家族以外にも、里親の母との疑似的な家族要素もクロスしてきて、ここが独自の関係性の駆け引きをプラスさせる密かな面白さでもありました。

アメリカには「アダプション・サービス」という養子制度が整理されており、何らかの事情(犯罪など)で親元を離れる必要が認められる子どもを、養子として別の大人が育てる仕組みが普及しています。これに加えて、「フォスターケア」という里親制度も並行して存在し、これは親権者は実親としたまま家庭で養育できなくなった子どもを里親が一時的に養育するという仕組みです。このフォスターケアを利用するアメリカの子どもは、2011年のデータでは約40万人とも言われ、日本とは比べ物にならないほど大量におり、制度が普及していることが窺い知れます。日本では養子も里親もほとんどなじみがないため、アメリカのこの感覚がわかりにくいですよね。海外映画ではよく出てくる要素なので知っておいて損はないですが。

本作のモニークはこのフォスターケアに基づいて里親を転々としている状況ですね。もちろん作中最初の段階ではモニークは父親との家族関係の復活を期待していますから、養子になるのは考えていません。冒頭の里親との派手な喧嘩やりとりがありましたが、あの反発は「父親への愛情」の裏返しなのでしょう。まだ父を愛しているモニークの心。

しかし、アンダーな世界へ自分を誘う父を見て「これでいいのか」と悩み始めたモニークは、父か里親か、気持ちが揺れ動くわけです。父と一緒がいいと思っていたけど、それだと自分も父もまたダメになる気がする…でも父を見捨てられない…。この迷い。

最終的にモニークは里親の女性とも関係をもう一度改め直し、答えを出します。それに里親の女性も当初は「なんでレスリング?」と訝しげでしたがやがてモニークに素直に理解を示すようになります。この血縁も人種も立場も超えた相互理解の心の触れ合いも良かったシーンでした。

ラストのモニークは、父からも里親からも少し卒業した姿ともいえるのではないでしょうか。

思えば、タイトルにもあるように本作はモニークがいろんな人と“ファースト・マッチ”していく映画です。そのたびに何かしら自分の背中を押され、逆に相手の背中を押すこともしています。殴り合いではない、支え合いが、本作の“マッチ”によって生み出されるもの。

巨大なひとつ屋根の下、社会で生きる人たちはいつも互いの背中を優しく押し合うことで共存できるものです。そんなことを教えてくれる映画。やっぱり多様な交流がないと、夢も希望もないですよね。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 84% Audience 82%
IMDb
6.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

(C)Netflix