女子高校生ロボットで日本は幸せになるのですか?…映画『アイの歌声を聴かせて』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2021年)
日本公開日:2021年10月29日
監督:吉浦康裕
恋愛描写
アイの歌声を聴かせて
あいのうたごえをきかせて
『アイの歌声を聴かせて』あらすじ
『アイの歌声を聴かせて』感想(ネタバレなし)
2021年、最もアイされていたアニメ映画
完全な人間型の2足歩行ロボットが身近に現れるのはいつ頃になるのでしょうか。
最近は日本でも宅配ロボットが街中で試験的に運用されているというニュースを目にしました(私はまだ見たことなのですけど)。ロボットが身近な未来に向けて超スローペースで近づいている…そんな気配も感じさせます。
しかし、やはり人間型の2足歩行ロボットは夢のまた夢なのかな…。
そう思っていたらあの宇宙開発で人類をリードする(『リターン・トゥ・スペース』も参照)“イーロン・マスク”も関わる「テスラ・モーターズ社」が「Tesla Bot」というヒューマノイドロボットを開発しているという報道が2021年にありました。なんでも身長は約173cm、体重は約57kg、約20kgの荷物を運搬し、8km/hの移動性能で歩いたり走ったりできるとか…。目や鼻とかはなく頭部全体が丸みのあるディスプレイになっているそうです。実物のお披露目は2022年だそうなので、もうすぐです。肉体労働で人の代替になることを目的にしているそうなので、もしこういうロボットが日常化したら、本当に生活は一変するのかも…。
まあ、でも実際にそういう未来が訪れてみないとわからないですけどね。未知すぎてイメージが湧きづらい…。私たちはそんなロボットの世界をフィクションでしか知らないので当然です。けれども今や「with ロボット」な日常が目の前かもしれない現在、そんなフィクションも架空だとバカにもできない。現在のロボット・フィクションはすごく微妙な立ち位置にあるんだと思います。リアルとフィクションの狭間のように…。
今回紹介する映画はロボットが日常化した日本の日常をわりとリアルに映像化しているので、なんとなく今後の未来への想像が刺激されるかもしれません。
それが本作『アイの歌声を聴かせて』です。
本作は2021年10月29日に劇場公開されたアニメーション映画ですが、一部の映画ファンの間で熱烈な支持を集め、オリジナル映画ながら根強いヒットとなりました。アニメ映画界隈ではよくある出来事ですが、2021年に最も愛されたオリジナル・アニメ映画はこの『アイの歌声を聴かせて』だったのではないでしょうか。
舞台は日本の田舎町ですが、近未来となっており、実験的な技術が実地運用されているという設定で、たくさんのロボットやAIが日常で溶け込んで活動しています。主人公はその町の高校生で、ある日、転入生がやってくるのですが、実はそれはAIロボットだった…という導入です。
監督は“吉浦康裕”。フリーで創作をしていたアニメ・クリエイターで、2005年に『ペイル・コクーン』という個人制作の短編アニメを発表。ここから商業制作へと舵を切り始めます。このあたりの経歴の流れは“新海誠”監督と似ていますね。2008年にはWebアニメ『イヴの時間』を公開し、劇場編集版も制作。これが話題となり、“吉浦康裕”監督の名が知られていきます。そして、2013年にオリジナル劇場アニメ『サカサマのパテマ』を監督し、全国公開となったことで、いよいよキャリアも劇場に本格ステップアップ。この『アイの歌声を聴かせて』のヒットによって“吉浦康裕”監督の注目はさらに高まったでしょう。00年代に躍進したアニメ・クリエイターの顔触れに加わりましたね。
その“吉浦康裕”監督の作家性は明白で、たいていはSF…テクノロジーを基軸に生じる人間ドラマを描いています。人間社会とテクノロジーの触れ合いを映像化し続けている感じです。
本作『アイの歌声を聴かせて』は青春学園ものなので日本で最も親しみやすいジャンルになっていることもあり、そういうハードルの低さも今回のヒットの後押しなのかなとも思います。『サカサマのパテマ』時代と比べてSNSなどでアニメ映画が話題になりやすい土壌ができているのも要因でしょうけど…。
“吉浦康裕”監督の記念すべき話題作となった『アイの歌声を聴かせて』で物語の鍵を握る重要キャラクターは歌をよく歌うのですが、そのキャラの声を担当するのは“土屋太鳳”。ほんと、今作では歌いまくっています。“土屋太鳳”のカラオケ・ショーみたい…。
主人公の声を担うのは、2022年のNHK「連続テレビ小説」である『舞いあがれ!』で主役に抜擢された“福原遥”。
『アイの歌声を聴かせて』は、基本は爽やかでちょっぴりSFチックなストーリーなので見やすいはず。まだ見ていなくて気になる人はぜひどうぞ。
オススメ度のチェック
ひとり | :アニメ好きは注目 |
友人 | :青春SFが好きなら |
恋人 | :気楽に観やすい |
キッズ | :子どもでも見れる |
『アイの歌声を聴かせて』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):サトミは幸せ?
天野悟美(サトミ)がいつものように自室で起床します。真っ先にAIアシスタントに話しかけ、居間に降りて食事の準備を開始。お湯もAIが自動で沸かしてくれます。サトミの母はここ景部市を実験都市として活用する中心を担う大企業「星間エレクトロニクス」で働いており、仕事で常に忙殺状態。サトミはそんな母に代わって家事全般を積極的にこなし、サポートしているのでした。
母のスケジュールを確認すると、何やらAIロボットの試験を開始する日らしく、そのAIロボットの画像が表示されます。なんだか自分と同世代くらいの若い女の子の姿です。
母も起きてきて、さっそく出勤しようとします。母は出かけるときに何か言いかけますが、何も言わずに、2人のお約束になっている「きょうも、げんきで、がんばるぞ! おう!」とお決まりの掛け声で出ていきました。
サトミも登校。しかし、朝の教室でいきなり驚きます。転入生として入ってきたのはあの母のスケジュールで見かけたAIロボットだったのです。芦森詩音(シオン)の名乗るその女子高校生。
ところがなぜかシオンはサトミを見て駆け寄り、「サトミ、今幸せ?」「私が幸せにしてあげる」といきなり歌い出したのでした。あっけにとられるクラス。なんとか拍手をして場を和ますサトミ。
それが終わり「あなた、AI?」と2人きりで確認すると確かにAIのようです。でもシオンはなぜか自由奔放で気にしません。AIだとバレたら母のプロジェクトも困るはずなのに…。「サトミは幸せってこと?」「意味わかって言ってる?」「わかんない」…会話も噛み合いません。
シオンは好き勝手に特別なスキルを見せまくります。問題を簡単に解き、プールで長時間息を止め、抜群の運動神経と美術の才能を見せ、クラスメイトの名前を一瞬で覚え…。瞬く間に人気者です。そしてサトミに妙に引っ付いてくるのです。
電子工作部に所属し、密かにサトミに恋心を抱く素崎十真(トウマ)はセキュリティカメラでサトミを見ていたのですが、シオンが映っていないことに気づき、慌てて確かめに行きます。
音楽室にいたサトミとシオン。そこにトウマが駆け付け、なぜかゴッちゃんという人気の男子も現れ、さらに後ろにゴっちゃんと仲のいいアヤも出現し、さらにさらにサンダーというあだ名の柔道部員も乱入し、やや混乱。
しかも、シオンはそんな場を気にもせず、音楽室でいきなりまた歌い出し、「友達が欲しいって言わなくちゃ」と部屋を出ていって歌い続けます。
結局、校庭でサトミがスマホでシオンを停止させてしまい、いきなり動作停止し、内部のコンソールデバイスが飛び出すシオンに一同は驚愕。
サトミは事情を説明し、「見なかったことにして」と頭を下げて頼み込みます。とりあえずその場にいた生徒は納得。シオンを再起動させると「おはよう、サトミ!」と相変わらずの陽気さ。
帰宅し、疲れを感じていたサトミでしたが、帰ってきた母はプロジェクト初日が上手くいったそうでハイテンションでした。なぜシオンのあの異常行動がバレてないのだろう…。
翌日、トウマは映像が差し替えられているので知られていないのではと分析。シオンは「サトミ?幸せ?」とそればかり繰り返します。話していると、カメラを差し替えたのはシオンだと判明し、「皆に頼んだ」と言ってのけます。セキュリティAIと協同しているのか…。謎は深まるばかり。
そんなシオンのせいで日常は引っ掻き回されていきますが…。
吉浦康裕監督のホープパンク
『アイの歌声を聴かせて』は大きく分けて前半と後半で作品の雰囲気がガラっと変わります。前半はコメディタッチの学園青春日常モノ。後半はシオン奪還のための潜入サスペンス&種明かしです。
まず冒頭の世界観の見せ方が個人的には一番楽しかったかもしれません。日常にAIロボットが馴染んでいる空間を丁寧に映像化しており、“吉浦康裕”監督の得意分野なので上手いのも当然。バス運転手もしているし、田植えもしている。日本の田舎の労働不足領域を見事に解消しているのがわかり、まさしくこういう役割が今後のロボットに求められるのは間違いないですね。
本作はシオンがミュージカルさながらに歌いまくり、一種のミュージカル・ネタになっています。といってもミュージカル的な技巧が細かいというわけではありません。ドラマ『シュミガドーン!』みたいな凝ったパロディがあることもない。それはシオンがサトミの好きな子ども向けアニメ『ムーンプリンセス』を参照にしているだけだからであり、このチープさも作り手としてあえてそうしているのだとは思います(AIによる健気な猿まねという感じ)。
ただ、“吉浦康裕”監督は自身の短編作『ペイル・コクーン』でも「歌を歌う女性」を物語の鍵として描いているのでそういうエッセンスが好みなのかもしれませんけど。まあ、日本は『竜とそばかすの姫』といい、若い女の子に歌わせる作品が多いし…。
で、そんなドタバタ劇の前半に対して後半のシオン回収からは企業支配に子どもたちが挑むようなサスペンスに突入し、このあたりの「実はこんな裏があって…」という真相の見せ方も“吉浦康裕”監督らしいところ。シオンの正体は、幼い頃にトウマがいじって、サトミを幸せにすることを命令し、話せるようになったオモチャのAI。それが再フォーマットされるときにネット上に逃げ、ずっとサトミの成長を見守り、今に至ったのでした。
途中の不穏な空気に反して、最終的な着地はハッピーエンドで、とてもAIの未来を全肯定する前向きさがあり、このへんは『地球外少年少女』にも通じる「ホープパンク」(警鐘よりも希望を提示するSF)ですね。
女子高校生ロボットという日本の体質
全体的に明るさ全開で暗さを照らすような力技の光る『アイの歌声を聴かせて』でしたが、個人的な苦言を言えば、全部が「元気でいいね!」では済まない部分もあるなと思って…。
やはり一番に挙げられる問題点は、女子高校生ロボットという本作の根幹の部分です。別にAIの実証実験をするのに女子高校生である必要性は皆無であり、SF上の理屈もたいしてないです。それどころかリアリティを考えるなら、このAIロボットを女子高校生の容姿にするのはどう考えたって支障をきたすでしょう。
ただでさえ、今はAIやロボットのジェンダーバイアスが問題視されており(以下の記事も参照)、この女性差別がことさら酷い日本でも頻繁に批判が起きています。
だからこそ、前述した「Tesla Bot」だって性別や人種を想起させないデザインになっています。フィクションでもその問題意識は無視できないはずで、未成年である女子高校生の容姿のロボットなんて企業が開発したら、セクシャル・オブジェクティフィケーションど真ん中で一発で業界の非難のまとになり、会社の存続に関わるでしょう。
ましてや本作『アイの歌声を聴かせて』はその女子高校生の容姿のロボットであるシオンに「ケア」の従事をさせてしまっていますからね。余計に問題がある。ケアさせるなら『ベイマックス』みたいに性別要素を排除するのは避けられないはずで…。
結局、女子高校生にしないと売れない(少なくともそう思っている人がいる)という日本のエンタメの体質が染み出た結果のコンセプトであり、そういう日本のアニメ界隈の女子高校生依存は早急に大いに反省すべき点だとは思います。私は主役にするならあのイジメられていたゴミ箱ロボットとかにするべきなんじゃないかと思うけど…。
『シュミガドーン!』みたいにミュージカルならではの視点でジェンダー規範を風刺することもできたはずだし…。
それが幸せでいいのか?
また、もうひとつ気になる『アイの歌声を聴かせて』の欠点として、物語全体が恋愛伴侶規範(アマトノーマティビティ)どおりに展開し、ハッピーエンドを迎えるところもちょっと…。
本作のシオンの行動動機の素材はアニメ『ムーンプリンセス』であり、たぶんディズニープリンセス作品を想定しているのかなと思います。だから恋をすれば幸せになると考え、王子様探しに奔走し、想いを伝える告白のシーンを作ろうとする…。
そんな前半に対して後半に行動の反省があるのかなと思ったらそうでもなく、そのまま恋愛伴侶規範を良しとしたまま終わっちゃうのはなんとかならなかったのか…。ご丁寧に全主要キャラに恋愛イベントを用意しているし…。
こういうクラシカルなディズニープリンセスの“幸せ”論は今の時代は猛批判を浴びています。とくに若い世代から。だからこそ恋愛伴侶規範を吹き飛ばした『アナと雪の女王』は大ヒットしたし、その後のディズニープリンセス作品、『モアナと伝説の海』『ラーヤと龍の王国』『ミラベルと魔法だらけの家』などは、女の子の幸せが恋愛に依存しない展開を描いているわけで…。
世界観は近未来なテクノロジー感満載なのに、この『アイの歌声を聴かせて』で描かれる“幸せ”論はさすがに古臭すぎるし、ストーリーをもう少し根底から変えてほしかったなと思います。別に恋愛で幸せになる女子高校生がいてはいけないと言っているのではなく(もちろんクラシカルなプリンセス・ストーリーが好きな子がいても何も問題ないです)、恋愛伴侶規範を無邪気に前提にするというのはそれが今の日本の社会構造として何をもたらしているのか(そういう恋愛伴侶規範のサービスやアイテムで埋め尽くされているこの社会で、そしてそれを助長して稼いできた映画業界の責任として)、もっと実情を踏まえて考えてほしいなと思うところ。
女子高校生ロボットのケアで異性愛が達成される物語で日本が幸せになっているようでは、私にとっては未来はお先真っ暗ですし、ロボット的にはバージョンアップは必須ですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
?.? / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)吉浦康裕・BNArts/アイ歌製作委員会 アイの歌声を聞かせて
以上、『アイの歌声を聴かせて』の感想でした。
Sing a Bit of Harmony (2021) [Japanese Review] 『アイの歌声を聴かせて』考察・評価レビュー