黒人の自由を妨げる壁は、父でした…映画『フェンス』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2016年)
日本では劇場未公開:2017年にDVDスルー
監督:デンゼル・ワシントン
人種差別描写
ふぇんす
『フェンス』物語 簡単紹介
『フェンス』感想(ネタバレなし)
苦労は思い出話だけにして
「私もあの時はすごく苦労した。だからあなたも苦労すべきだ」
こういうセリフを聞いたことはないでしょうか。いや、言ってしまったことはないですか? 年配の人とか、ある程度キャリアのある人なら「私の若い頃はね…」の後に続いて発しそうな言葉ですが、年齢関係なく若い人も言うでしょう。かくいう私も心当たりは…うん…。
これがただの“苦労自慢”なら「はいはい」と聞き流してればいいのですけど、“苦労の押しつけ”となってくると話は別。「自分の苦労は他人も味わうのがフェアだ!」なんて思想は自分勝手な迷惑行為。発展や成長といった未来の可能性を潰すことになりかねません。
本作『フェンス』は、まさにそんな捻くれた感情を他人にばらまき、周囲を不幸にさせていく救いがたい男の物語です。
米アカデミー賞で作品賞・主演男優賞・脚色賞にノミネートされ、助演女優賞を受賞した評価が非常に高い映画であり、日本の映画ファンでも注目していた人も少なくないと思います…が、劇場未公開でDVDスルー。アカデミー賞をとってもこんな扱いなのかと残念無念ですが、これが今の日本の黒人映画に対する現状なのですよ…。
『フェンス』は随分と短いタイトルですが、1983年に“オーガスト・ウィルソン”が発表した戯曲「Fences」が原作になっています。“オーガスト・ウィルソン”はアフリカ系アメリカ人の詩人としてとても有名な人物であり、そのレガシーは脈々と語り継がれています。
本作の最大の魅力はなんといっても役者陣です。なぜなら本編中ずっ~と会話劇となっているのですから。
監督兼主演の“デンゼル・ワシントン”はもうしゃべりまくりです。ひっきりなしにべらべらべらべらと止まらない。本作では主演作『フライト』でみせた重度のアルコール依存症の男と同じような、ダメさたっぷりの演技を披露しています。
そして、“デンゼル・ワシントン”演じる主人公の妻役の“ヴィオラ・デイヴィス”。アカデミー賞では助演女優賞を見事獲得しましたが、もはや主演女優賞でもいいくらいの存在感です。というか、なぜ主演女優賞ではなかったのだろうか…。このへんの判断基準がさっぱりわからない。
共演は、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』の“スティーヴン・ヘンダーソン”、『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』の“ラッセル・ホーンズビー”など。若手の“ジョヴァン・アデポ”は『フェンス』で素晴らしいキャリアの躍進を遂げました。
黒人の負の歴史を描くキツさは表向きでは薄いかわりに、家族の嫌な部分を描くキツさはある、そんなドラマです。さすがに『葛城事件』や『淵に立つ』ほどではないですけど。なので、結構自分の人生と重ねて観ることができると思います。自分の苦労を他人に押し付けたことのある人はとくに。黒人映画だとか、あまり気にしなくてよいと思います。
本作は6月にDVD&Blu-rayがリリースされますが、すでに4月26日からデジタルセル&レンタルが開始中です。
『ムーンライト』を観て感動した人、こちらも忘れずにチェックを!
『フェンス』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):死神だって怖くない
1950年代のピッツバーグ。トロイ・マクソンはゴミ収集車の仕事を今日もこなしてます。その間はお喋りが止まりません。
その仕事も終わり、またも友人のボノとお喋りを続けながら家に帰宅。妻のローズが現れて、調子のいいことを言いながら妻を抱きしめるトロイ。
店の商品の値段がぼったくり並みに高いという話から、スーパーでバイトしている息子のコーリーの話題に移ります。「コーリーが大学のフットボールチームにスカウトされている」とローズは口にしますが、トロイは「フットボールじゃ白人の中では活躍できない」と否定的で、もっと手に職をつけるべきだと苦言を言います。
トロイも以前は野球をしていて相当なテクニックがあったのですが、選手になるチャンスはありませんでした。「時代が早すぎたんだ」とボノは言いますが、トロイにしてみればいまだに不満があります。自分より能力の低い白人はなぜ選手になる道が開けて、自分はダメだったのか。
「ジャッキー・ロビンソン以来、黒人も活躍している」とローズは言いますが、トロイにしてみればそんなジャッキーさえも気に入りません。
その場で外角の速球の打ち方を自信満々に語りだします。ローズはそんな夫にうんざりな様子。
トロイの話はいつも大袈裟で誇張ばかり。でも本人は全くに気にも留めず、自分に酔っていました。
そこへ長らく疎遠だったもうひとりの34歳の息子ライオンズがふらっと戻ってきます。ミュージシャンになる夢を追いかけていたはずですが、顔を身に寄ったというわりには不自然なので、トロイはカネ目当てだろうと見抜きます。
室内に場所を移動してもトロイの口は閉じません。
ライオンズは10ドルを貸してほしいとしつこいですが、トロイは「お前に渡す金はない」と宣言。トロイ自身は決して倹約家というわけではなく、自分が気を許したことに関してはあっさりとカネを使い続けてしまいますが、自分が認めないことは頑なです。
ローズは10ドルを貸してあげてと言い、トロイは仕方なく今日もらったばかりの給料袋からカネをとるように言います。
翌朝、ローズがこつこつと楽しみにしているクジの話題に。トロイは無駄だと文句を垂れ、またもや自慢げにトークがこぼれでます。
そんな日常の中、ある問題が起き…。
家族をフェンスで囲もうとした男
本作『フェンス』は“デンゼル・ワシントン”が監督する作品としては3作目。“デンゼル・ワシントン”の集大成ともいえる映画となったのではないでしょうか。しかも、その集大成的作品が、家と裏庭と家の前の道路くらいの狭い舞台で展開される低予算な人間ドラマというのも“デンゼル・ワシントン”らしいクレバーさです。
一方の本作の“デンゼル・ワシントン”演じる主人公・トロイは、“デンゼル・ワシントン”とは真逆の人間です。“デンゼル・ワシントン”はかつての黒人イメージから脱却していくような挑戦的俳優人生を送ったのに対し、このトロイは黒人イメージの呪いから抜け出せずに堕ちていく人間なのですから。
確かにトロイ本人が言うように、彼はアメリカ史における根深い黒人差別の“壁”に苦しみ、人生を翻弄されたのは間違いないでしょう。しかし、映画の舞台である1950年代は黒人がスポーツやジャズで普通に活躍できるようになった時代。トロイの体験した時代とは違います。ボノの「時代は変わった。お前は早すぎたんだ」の言葉のとおりです。ところが、トロイは自身の人生の苦悩を他人にまで押し付けます。肌の色という理由だけで。
典型的な父権主義、人種的劣等感、世代ギャップ…あらゆる要素が醜くねじ曲がってトロイの歪んだ価値観が形成されています。トロイこそ家族にとってフェンスのような束縛する存在…なんですが。
しかも、家族をフェンスの内側に閉じ込めておきながら、自分はフェンスの外の世界で別の自分になってちゃっかり他の女と子どもまで作っているという救いのないダメっぷり。ちなみに本作の宣伝キャッチコピーは「彼らがフェンスで守りたかったのは、ゆるぎない愛」なんですけど、そういう映画だったのだろうか…。愛は求めてたけど。彼のフェンス作りは、守るという保護のためではない、家父長的な独占欲になってしまっていました。
ツー・ストライク
トロイの言動はとにかく見ていて(カッコ悪いという意味で)痛々しい。とくにアレなのが、トロイの根源である野球に人生を例えた話。「俺は生まれたときからツー・ストライクだった。でも、最後のストライクは避けた。そして、1塁で息子たちのヒットを待ってたんだ」…なんでしょう、一見するとすごく良い父親のセリフに見えるけど、実際は違うという…。この語りはトロイの歪んだ価値観をこれ以上ないくらい簡潔に説明しています。なんでこういう大人は人生をスポーツに例えたがるんでしょうかね。
コーリーがトロイをバットで脅そうとし、逆にトロイがコーリーをバッドで殴ろうとするあのシーンは、完全に白人による黒人への暴力の歴史を思わせます。世界中で起こっている同族同士での争いのメカニズムを、物語でフッとみせてくる…本作は決して地味な会話劇ではない、メタファーに満ちた映画でした。
本作で描かれる、黒人が黒人の自由を奪うという、なんとも皮肉な状態。最近は「黒人=被害者」という安易な物語構成の作品ではなく、こういった複雑な構造に焦点をあてながら自己批判を多分に含む作品が増えて良いことだなと思います。
アメリカだけでなく、日本にだってじゅうぶん当てはめられる映画でしょう。
原作はピューリッツァー賞などを受賞した名作戯曲とのことですが、演劇と違って映画は俳優の表情を間近で見れて、これだけでも映画化したことによる魅力アップだと思います。
それにしても『ムーンライト』といい、こんなインディーズ映画が次々と賞をとるなんて凄いなぁ…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 75%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
関連作品紹介
デンゼル・ワシントン出演の作品の感想記事です。
・『マクベス』
・『イコライザー2』
・『マグニフィセント・セブン』
デンゼル・ワシントンがプロデュースした作品の感想記事です。
・『マ・レイニーのブラックボトム』
作品ポスター・画像 (C)2016, 2017 Paramount Pictures.
以上、『フェンス』の感想でした。
Fences (2016) [Japanese Review] 『フェンス』考察・評価レビュー