Fleabag フリーバッグ
ドラマシリーズ『Fleabag フリーバッグ』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Fleabag
製作国:イギリス(2016年・2019年)
シーズン1:2016年にAmazon Primeで配信
シーズン2:2019年にAmazon Primeで配信
製作総指揮:フィービー・ウォーラー=ブリッジ ほか

Fleabag フリーバッグ

あらすじ

ロンドン。そこにとある女性がいた。その名は「フリーバッグ」。皮肉屋で性欲は強め、怒りに駆られ悲嘆に暮れる感情の起伏はひたすらに激しい。そんな彼女の周囲にいる人間は、フリーバッグが何をしでかすかといつもソワソワしている。そして今日もまたこのフリーバッグは、どんどん変化する時代の荒波の中で、自問自答を繰り返す。

『Fleabag フリーバッグ』感想(ネタバレなし)

フィービー・ウォーラー=ブリッジの名を記憶せよ

先日、2019年のエミー賞の受賞作が発表されました。エミー賞というのは、テレビドラマを始めとする番組シリーズを対象としたアメリカの賞で、いわばドラマのアカデミー賞です。ドラマ部門では業界に革命を起こし長く牽引してきてついに終わりを迎えた『ゲーム・オブ・スローンズ』が有終の美を飾るように作品賞を含む多数の栄冠に輝きました。ドラマはどうしてもシリーズが長く続くものなので、同じ作品が毎年賞の舞台に上がることも珍しくありません。

一方で、コメディ部門ではここ最近ちょっとした世代交代的な変化が起きました。

というのも、これまでエミー賞のコメディ部門をずっと制してきたのは『Veep ヴィープ』という作品で、主演女優賞も連続受賞してきました。しかし、2019年は全く新しい顔が登場したのです。

それが本作『Fleabag フリーバッグ』

その実績は華々しく、作品賞・主演女優賞・監督賞・脚本賞とほぼ完全制覇。一気に時代を代表するドラマへとジャンプしていきました。

でも、日本ではあまりその知名度は高くないです。いや、知らない人の方が圧倒的に多いかも。もともと海外コメディドラマの関心が低いというのもありますが、このムーブメントに全然ついていけていない感じです。え、そんなに人気なの?…と思うかもしれませんが、本国イギリスでは社会現象化するほどの熱狂を生んでいます。

その立役者であり、この作品の生みの親である“フィービー・ウォーラー=ブリッジ”の名を語らずして、この作品は語れません。現時点(2019年9月)では日本語版Wikipediaにすらその名の記事ができていないのですが、“フィービー・ウォーラー=ブリッジ”は今や時の人です。

彼女は『Fleabag フリーバッグ』の主人公の女性を主演しているのですが、それ以外に製作・脚本も手がけており、ほぼ“フィービー・ウォーラー=ブリッジ”の作品といっても過言ではないです。彼女はまだ33歳と非常に若く、それでいてこの圧倒的才能を発揮するパワー。その実力はすでにこの『Fleabag フリーバッグ』の一発屋では終わっておらず、BBC製作の『キリング・イヴ Killing Eve』という全くジャンルの違うドラマシリーズをプロデュースしてこれまた傑作と高評価を獲得。さらには『ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー』に登場した女性型ドロイド「L3-37」の声とモーションキャプチャーを担当して、世界的大作でもデビュー。そしてついにはあの「007」シリーズの最新作『No Time to Die』には脚本家として参加するまでになり、その活躍はとどまる気配がありません。


今の、そしてこれからのドラマ界・映画界を語るうえでも絶対に外せないのが“フィービー・ウォーラー=ブリッジ”なのです。

『Fleabag フリーバッグ』がどんな作品なのかというと、タイトルのとおり。でもこのタイトルの意味が日本人にはわかりませんよね。「Freebag」でも「Fleabug(フリーバグ)」でも「Fleaback(フリーバック)」でもないです。「flea(蚤)」と「bag(かばん)」の合わせ言葉で、アメリカ英語だと「安宿」を意味するスラングらしいですが、イギリス英語だと「だらしない女性」を意味するスラングなのだとか。

そう、本作は非常にだらしない女性が主人公であり、そんな現代に生きる女性の生き様を痛烈に辛口で描いたコメディ。主に“性”の方面でのだらしなさが露呈しているのですが、1話を見たくらいだとただのエッジの効いたブラックコメディなのかなと思ったら、物語が進むにつれて思わぬドラマが展開していきます。あまりネタバレしたくないタイプ。

ボリュームは1シーズン6話構成で各話23~28分程度とコンパクトなので、すぐに観れます。

女性向けの作品なのかなと遠慮しなくても大丈夫。男性でも楽しいですし、これはいわゆる“時代に乗り遅れてしまってあがく人間”の痛々しい奮闘記。だからこそ社会現象化するほどの共感を呼んだわけで。『勝手にふるえてろ』をさらに研ぎ澄ましたモノだと思ってもらえれば。


ぜひ“フィービー・ウォーラー=ブリッジ”の才能を目撃してください。

オススメ度のチェック
ひとり◎(孤独を無情に斬る)
友人◎(友情を斬新に斬る)
恋人◎(恋愛を痛快に斬る)
キッズ✖(子どもはちょっと…)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『Fleabag フリーバッグ』感想(ネタバレあり)

性は人の心も丸裸にする

まずは『Fleabag フリーバッグ』の登場人物をざっくりおさらい。

主人公は30代前半のフリーバッグ。自分と友人のブー(Boo)と一緒に始めた小さなカフェ(with モルモット)を経営しており、ブーが亡くなってしまったために、今はひとりで切り盛り中。店が上手くいっているのかどうかは具体的には不明ですが、銀行マネージャーに融資を相談にいき、それが紆余曲折ありつつ、良い結果を生んだような描写がシーズン1の終わりからシーズン2の変化として描かれていました。

このフリーバッグは何かとタブーを気にしない性格ですが、一番の問題点は“性”。独身ではありますが、セックスには奔放で、自分に恋人がいようがいまいが、相手が所帯持ちであろうがなかろうか、体の関係を持たずにはいられません。1話目からアナル男(名前不明)との激しい攻めの行為に夢中で、続いてバスで出会った知りもしない男ともヤり、ハリーという恋人とは中途半端な関係をシーズン1で終了。オバマ大統領の演説動画を見ながら恋人の隣でマスタベーションをし始めるんですから、相当です。シーズン2になってもその部分は改善しておらず、弁護士とヤるわ、司祭に欲情するわ(「カトリック 司祭 セックス」でネット検索)、やりたい放題。本人いわくセックス依存症ではないとのこと。この性の問題がフリーバッグの人生のある事件を引き起こす遠因となるのですが…。

ちなみにフリーバッグは性に一途ですけど、セクシーな魅力がある体を持っているわけではないようで、作中でも貧乳なことをネタにされていたり(アナル男の「やっぱりクソ小さいぜ!」がストレートすぎる)、ちょっとでも普段と違う感じだと綺麗だと褒められたり(母の葬儀の回想シーン)、そんな女性です。

そしてフリーバッグの姉がクレア。彼女はフリーバッグとは対極的な存在。バリバリのキャリアウーマンで、会社の中でもかなりのトップランナー。スタイルもフリーバッグから見れば“良い”という判断。ルックスも経済力も完璧な姉として、何かとフリーバッグとは対立。犬猿の仲です。

しかし、クレアもまたプライベートでは問題を抱えており、若干の変態傾向のある夫マーティンとの関係は上手くいっておらず、性の営みも全く持ってなし。このこじらせた家庭の鎖から逃げられず、仕事のチャンスも犠牲にしている状態。おそらくクレアはクレアで、自由に生きているように見えるフリーバッグを妬んでいます。

そんな姉妹の母は亡くなってしまい、残ったはフリーバッグの名付け親である女性と婚約に向けて動き出し、姉妹は非常にそれに納得がいきません。この名づけ親にしてセックスアーティストでもある女性を演じた“オリヴィア・コールマン”がまた存在感強すぎで。性に振り回されるフリーバッグと、性を手中にできないクレアの天敵として、性を我が物にするこの代母。確かにラスボスだ。

他にもシーズン2で、みんな大好きになるんじゃないかという、フリーバッグが恋に落ちる司祭の男など、脇に至るまで魅力的でキャラの立った奴らのオンパレード。

まあ、リアルで付き合いたいかと言われると、アレな人たちばっかりなのですけど…。

第4、そして第5の壁へ

『Fleabag フリーバッグ』の演出の最大の特徴は、誰が見ても一目瞭然ですけど、いわゆる「第4の壁」の突破です。

要するに、登場人物がその作中の世界観以外の存在、つまり視聴者に気づいているかのように、コチラに向かって行動してくるという演出。

昨今では『デッドプール』を皮ぎりに、『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』や『バイス』など風刺を利かせた伝記作品でも普通に見られるテクニックになった「第4の壁」。

『Fleabag フリーバッグ』でも冒頭からいきなりセックス中でもお構いなしにコチラに言葉や目線を投げかけるフリーバッグの自由奔放さが炸裂し、それからというもの作中の随所に、チラチラと視線を向けたり、語りかけたり、もはや壁なんてない状況。単なる独り言にとどまらず、「うるさい…うるさい!」と、まるで作中の状態への視聴者のツッコミを想定したうえでの反論までさせるという巧妙さもあって、かなり洗練されていました。“フィービー・ウォーラー=ブリッジ”の仕草の上手さあってこそでもあるのですが。

しかし、『Fleabag フリーバッグ』は単に面白おかしく第4の壁を突破して遊んでいるだけでは終わらないのが凄いところ。

その真価はシーズン2で開花し、その引き金となるのが神父の男(名前は出てこないですけど「Hot Priest」の愛称でファンにも親しまれている)。彼だけは第4の壁を突破するフリーバッグの行為に気づくんですね。「心がどこかへいってた」と。つまり、作中のフリーバッグの第4の壁を突破する行動は、彼女の現実逃避的な感情に起因するもので、それを演出で片づけず、ちゃんと心の問題として向き合わせようとするわけです。

しかも、これだけで驚きは終了せず。やがて関係性を深め、ついに神父としての禁欲の誓いを破り、あろうことか教会内で一線を越えて体を求めあうフリーバッグと神父。するとバーン!と絵が落ちて、我に返る二人。これに至っては、神の視点という「第5の壁」ともいうべき存在をチラつかせる演出で、そう来たかと。ここから物語は視聴者と神に見守られながら、予測不可能に進んでいく。なんかもうカオスです。

『Fleabag フリーバッグ』はメタ演出のひとつの完成形として非常に優れているし、それを考えついて自ら実行してみせた“フィービー・ウォーラー=ブリッジ”には脱帽しかありません。

Fleabag フリーバッグ

あなたの人生を肯定します

『Fleabag フリーバッグ』はふざけているだけのドタバタギャグ・ドラマではなく、物語の進行とともに、フリーバッグを始め、登場人物たちが抱えているかなり深刻な悩みが明らかになっていきます。

フリーバッグの場合は2人の女性の死が心に重く圧し掛かっています。

ひとりは母親の存在。彼女の母については直接的に描かれませんが、フリーバッグにとっての大きな支えであった、そしてあのバラバラな家族をまとめる重要な大黒柱だったことが窺えます。フリーバッグが母を求めているという心理は、あの金の裸像というアイテムを通して視覚的に描かれます。母の愛を独占したい、誰かに渡したくない、見せびらかしたい、大切にしたい…そんなぐちゃぐちゃな想いが像の扱われ方にこもっていくようで、最後まで見ると非常に切ないです。

そしてもうひとりがブーという親友の女性。カフェ立ち上げにも関わったフリーバッグにとってのベストフレンド(もしかしたら親友以上かも)であり、割となんでも話せる相手。しかし、そのブーを裏切るような、ボーイフレンドと寝るという行為によって、彼女を傷つけ、直接ではないにしろ、ブーの死を後押ししてしまった自分。ある種の一番大事な相手を失って、フリーバッグは心が独身です。

そんな大事な二人の女性を失ったフリーバッグにとって、唯一残った女性はクレアしかいません。だからこそセンシティブになってしまい、余計に傷つけあう姉妹の歪さ。でも最終的には流産暴露したクレア自身は自己肯定してみせ(クレアという同名のフィンランド男性を追うというストーリーに重ねるのも上手い)、フリーバッグからも離れていく。これによりフリーバッグの自立と、ほんのちょっぴりの罪の懺悔も完成するかのように。

こんな主人公特有のバックグラウンドがありつつも、作品全体としては“時代に乗り遅れてしまってあがく人間”という普遍的な題材として一貫しています。保守的な価値観は嫌だけど、かといって新時代の価値観にも乗り切れていない。フェミニストというほどの優れた女性だと胸は張れない。自分の愚かさを時折実感して無性に沈み込んでしまう。現代を生きる女性なら誰でも感じるであろう不安。

それは女性だけでもなく、男性も同じで、作中では紳士になれるワークショップという、女性に対する厄介な感情を抱えた男たちがケアされる場所(「クソ女ーーー!」)でのあの男たちのように、みんなどこかでもがいている。

シーズン1のラストで銀行マネージャーとの会話で出てくる言葉が胸に響きます。

「人間は間違いを犯す。だから鉛筆に消しゴムがついている」

シーズン2の始めに「これはラブストーリー」と宣言するように、この作品は“人生を肯定してくれる”愛を与える物語。告解して許してくれるのは神ではない、フリーバッグという女なのです。いや、フリーバッグこそが神なのか。

ラスト、全ての騒動を経験し、フリーバッグは画面奥へと歩きながら、手を小さくコチラに振って去ります。彼女と別れるのは少し寂しいですが、何かひとつ自分の“だらしなさ”が重みにならなくなったような、そんな気分になったのは気のせいでしょうか。

ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 100% Audience 92%
S2: Tomatometer 100% Audience 95% 
IMDb
8.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Two Brothers Pictures Limited, BBC, Amazon