芳華 Youth
映画『芳華 Youth』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:芳華
製作国:中国(2017年)
日本公開日:2019年4月12日
監督:フォン・シャオガン

芳華 Youth

あらすじ

中国。1976年、夢と希望に溢れる17歳のシャオピンは、歌や踊りで兵士たちを慰労し鼓舞する歌劇団「文工団」に入団する。農村出身で周囲となじめない彼女にとって唯一の支えは、常に周囲から尊敬される模範兵のリウ・フォンだった。しかし、時代が大きく変化する中で起きたある事件をきっかけに、2人の運命は非情な岐路を迎える。

『芳華 Youth』感想(ネタバレなし)

日本人にも染み入る中国の青春

どんな大人でも「青春」を経験してきて今があります。もちろんその青春は善し悪しがあるでしょう。人によっては嫌な思い出かもしれません。でも青春は青春です。

それは国が違えど変わらないこと。青春の芳しさはどこの国も同じです。しかし、国によって歴史や文化が違いますから、その青春の香りは差違があります。そのちょっとした変化を趣として楽しむのもまた青春ソムリエ的で面白いものです。

いろいろな国の青春映画を観ることでその青春テイスティングができたりします。今回紹介する映画『芳華 Youth』(「ほうか」と読む)は中国の作品であり、中国のある時代を生きた若者たちの青春がぎっしり詰まっています。

監督は、世界も認める中国の巨匠“フォン・シャオガン”。中国映画市場といえば、戦争アクションだったり、ファミリー・アニメーションだったり、国産エンタメ作品が大ヒットする傾向が強いのですが(日本も同じですけど)、この“フォン・シャオガン”監督は異なります。彼が得意とするのは中国史の中で生きる人たちのリアルなドラマ。これまでも人民解放軍と国民党軍の熾烈な戦争を描いた『戦場のレクイエム』(2007年)、中国社会に衝撃を与えた1976年に大地震災害を描いた『唐山大地震』(2010年)…いずれもその作家性は一貫しています。

そんな“フォン・シャオガン”監督が1970年代の激動の時代に青春を過ごした中国の若者たちに焦点をあてた『芳華 Youth』は中国人の心を見事に捉えました。興収の成果が良いだけでなく、批評家評価も当然高く、国内の映画賞を席巻し、アジア・フィルム・アワードでは最優秀作品賞に輝きました。文句なしの評判ですね。

あくまで中国人だけの心に響くわけではありません。その証拠に2019年の映画ベスト10にこの『芳華 Youth』を選んでいる日本の映画ファンもたくさん見かけます。つまり、国は関係ない、誰の心にも染み入る青春が描かれているのです。

誰でもオススメできるのですが、ただし中国の歴史を土台に成り立っている『芳華 Youth』を観る上で最低限「文化大革命」という単語は知っておくべきだと思います。

簡単に概説すると、中国(正確には中華人民共和国)は1930年代からの中華民国・南京国民政府(現在の台湾)と内戦の結果、一定の地盤を獲得しました。しかし、国内には反政府的集団もまだいます。そこで建国者である「毛沢東」は弾圧を強めていきました。ところが国内ナンバー2の「劉少奇」が力を増していったことに危機感を覚えた毛沢東は、1966年に「文化大革命」という手段をとります。これは表向きは「資本主義はクソ!今の社会を修正しようとするのもクソ!」という大規模プロパガンダ・キャンペーンです。

問題なのはその手段で、文化大革命の実行主体となったのは国策教育でしっかり思想を植え付けられた若者たちでした。毛沢東を支持する学生運動グループ(紅衛兵)は若さ溢れるエネルギーを全て反革命勢力の批判や打倒に注ぎ、その勢いは爆発的に成長。しまいには毛沢東ですらも手が付けられないほどになってしまいます。1970年代になるとその勢力は鎮圧によって急速に弱まっていましたが、若者たちの生活の中には当たり前のように毛沢東思想が根付いていました。そしてそれは1976年の毛沢東の死去によってひとつの終焉を迎えることになります。

『芳華 Youth』はそのターニングポイントとなる1976年前後から物語は始まるのです。

時代と青春のリンクが印象的なアジア作品といえば、今年は台湾のアニメーション映画『幸福路のチー』がありましたが、それとセットで観たくなるような一作ではないでしょうか。


とにかく絵と音が美しい映画ですから、なるべく美麗な映像を楽しめる環境で鑑賞してください。

オススメ度のチェック
ひとり◎(青春映画好きは必見)
友人◎(青春を共に過ごした人と)
恋人◎(感動のラブストーリーです)
キッズ◯(凄惨な戦争描写あり)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『芳華 Youth』感想(ネタバレあり)

革命は終わる、時代は変わる、青春は…

冒頭、文化大革命の看板が塗られているシーンで始まるとおり、物語はその文化大革命の色がなおも残る時代。舞台は西南部にある省軍区所属「文芸工作団」、通称「文工団」。ここでは各地の兵士の慰問として音楽や舞踊を披露するために芸術に秀でた若者たちが集められ、集団生活をしていました。

文工団でダンサーをしている「シャオ・スイツ」のナレーションが二人の主役を紹介します。

ひとりは「リウ・フォン」。模範的な若者であり、周囲から同年代の若者からも年上の大人からも絶大な支持を得ている好青年です。

そしてもうひとりは「ホー・シャオピン」。彼女は田舎出身で父は労働改造所にいます(労働改造所というのは反革命犯及び刑事犯の矯正処遇政策のこと)。つまり、シャオピンは身分的に堂々と歩けないのですが、ダンスが上手いことから認められ、わざわざ姓を変えてまでこの文工団に来たのでした。

リウ・フォンはシャオピンを優しく出迎え、言葉を交わし、敬礼し合います。そのシャオピンの敬礼が変なので教えてあげるリウ・フォン。この敬礼は物語最後まで響く伏線になっていきます。

文工団では練習の真っ最中。銃を背負った女性が華やかに舞っています。入団おめでとうと紹介されたシャオピンは「少し踊ってみせて」と言われて勢いよく回って転倒するなど空回り気味。変な敬礼は相変わらずで「おサルさんなの?」と呆れられる始末。

でも憧れの場所に来た高揚感は冷めることなく、まだ軍服が用意できないのですが、いち早くその軍服を着ている自分を父に見せたいとシャオピンは思い、ついディンディンの軍服をこっそり借りて写真を撮りにいってしまいます。しかし、あっさりバレて仲間から白い目で見られるシャオピン。

それからも銃の訓練はヘタクソだし、スポンジお手製豊胸パッド下着の騒動があったり、なにかと周囲から孤立しがちなシャオピンでした。

そんな文工団のある日、今日も毛沢東思想を高らかに賛歌していると、いきなり政治委員の男が深刻そうな顔でやってきて今後2週間中止だと突然言われます。その理由はひとつ。毛沢東が亡くなったのでした。

毛沢東の死に悲しむなか、社会は変わり始めます。シャオ・スイツは父が解放されたことを喜び泣き、シャオピンは自分の父もと期待を膨らまします。しかし、シャオピンの実父は病死していました。「お前が良ければまた父娘の縁を結ぼう」そんな手紙を残して。

さらに文工団では小さな事件が勃発。リウ・フォンが思いを寄せていたディンディンに愛の告白をします。ところが思わず彼女を抱きしめたところを他の男たちに目撃され、風紀の乱れとして騒がれ、あげくにまるで強引にディンディンに迫ったかのように報告されてしまいます。

1978年の夏。模範だったリウ・フォンの看板は傷つき、戦地へ出ていくことに。シャオピンだけが彼を見送り、敬礼をするのでした。

このリウ・フォンへの扱いをきっかけにシャオピンの中で憧れだった文工団への思いは急速に冷めます。慰問中、チュオマーが膝を痛めたので主役代理としてシャオピンに白羽の矢がたちますが、「衣装班で忙しいです」と分隊長の命令も断る姿勢をとるシャオピン。結局、躍ることになりますが、それ以降、彼女は野戦病院への派遣を命じられてしまいます。

1979年、中国西南部の国境。べトナムとの戦争(中越戦争)が始まり、大勢の兵隊が集結しましたが、その戦いはすぐに悲惨なものとなります。大量の兵器が投入され、双方でおびただしい犠牲者が出ました。

シャオピンはそこで血まみれになりながら、手足が欠損したり、全身火傷を負った兵士を必死に治療します。その戦場にはリウ・フォンもおり、敵の急襲を受けて絶体絶命でした。

二人の善良な若者は時代にしがみつくのに一生懸命でしたが…。

私たちの青春は政治と一心同体

『芳華 Youth』で描かれる青春は本当に「ザ・青春!」という眩しさです。

規律を重視したコミュニティではありますが、若者は若者。人生を楽しみ、友と語らい合い、遊ぶときは遊ぶ。当然、誰が好きだなんだの色恋沙汰もある。

しかし、その青春と政治的な時代性は切っても切れない関係にありました。それは文工団が披露するパフォーマンスも同じ。序盤から演舞されるそれは練習シーンでありながら、本当に息を飲むような美しさであり、素晴らしい芸術です。でもその歌詞の中身はいずれも毛沢東思想を賛美するもの。若者たちのエネルギーは権力者の糧になるだけ。それが普通の時代。それをオカシイと思うことすらもない若者。

きっと普通に恋を歌う音楽も昔はあったはず。でも今はこの政治と密接に絡まった音楽しか残っていない。それが文化大革命の残した結果です。

こういう芸術が政治利用されることでしか存在できないという切なさは『COLD WAR あの歌、2つの心』でも描かれていましたが、『芳華 Youth』はそこに青春という消費期限のある概念が重ねることで余計に切なさが増しています。

しかし、毛沢東の死後、その暗黙の“政治と青春の付き合い”は瓦解し始めるんですね。台湾のテレサ・テンの曲のカセットテープを聞いて「こんな歌い方があるのか」と感激したりと、新しい芸術の刺激も感じる良い面も描かれます。一方で、それまではからずも毛沢東思想で統率されていたコミュニティは少しずつ乱れ始め、ついにリウ・フォンすらも離れないといけない事態に…。政治に依存したツケが回ってきます。

政治と青春は離れている方がいいとかそういう単純な映画ではないですが、複雑な思いは錯綜するものです。今の日本では青春と政治が結びつくことは極めて薄いですが、それは単なる政治的無関心さの蔓延ですからね。ほどよい付き合い方というのはあるのかな…。

芳華 Youth

良い人だから弾は当たらない

『芳華 Youth』はシャオ・スイツの冒頭のナレーションでリウ・フォンとシャオピンが主人公だと紹介しているとおり、この二人が軸になっています。でもなぜこの二人なのか。シャオ・スイツだってトランペット吹きのチェン・ツァンに片想いし、終盤でラブレターを書くも、一歩早くシー・ウェンに彼をとられてしまうという、なんとも苦いロマンスのドラマがあります。

リウ・フォンとシャオピンがピックアップされるのはこの二人がただの登場人物以上に特別な存在、つまり一種の象徴的な概念そのものだからなのでしょう。

要するに中国(すべての社会に共通しますが)における、欠かすことはできない「善良性」を示すアイコンです。

まずリウ・フォンは「雷峰(レイ・フォン)2世」と称される模範的存在です。雷峰というのは1960年始めに中国人民解放軍にいた模範兵士とされる人物で、1962年に21歳で亡くなるのですが、その後も思想的モデルとして政治キャンペーンに利用されました(「向雷鋒同志学習(雷鋒同志に学ぼう)」)。

リウ・フォンはその後を継ぐ“政治的な”模範生なんですね。でも毛沢東死後、政治という主軸が消えたことで、彼の模範も揺らぎます。そしてかねてより好きだったディンディンに想いを告げるのですが、それは彼を模範と信じる若者たちにはショックな出来事でした。ある種の禁欲こそ正しさな世界。ディンディンや他の若者たちには悪気はないにせよ、みんな“政治的な”模範生を当然といまだに思ってしまうんですね。でもシャオピンだけは「“政治的な”」の部分を取り除いたリウ・フォンの模範的な善良性を見抜いていました。

対するシャオピンはどこか抜けている田舎少女ですが、彼女もまた自分では気づいていないかもしれないですが模範的です。ただ、身分のこともあり、劣等感を持っています。それが実は好意を寄せているリウ・フォンに「自分は釣り合わない」と素直になれない引っかかりにもなり…。

胸に秘めたまま何十年も

『芳華 Youth』は一見するとビジュアルどおりとても綺麗で美化された世界に思えます。確かにそうです。青春もプラトニックそのものですし、あの時代のそれこそ文化大革命の残虐な歴史も直接描写していません。

でも表面上の絵が美しいからこそ、ときおりゾッとする怖さも浮かび上がるわけで。

とくにそれがわかりやすいのは戦争シーンです。あの長回し風の撮影も迫力ありますが、暴力描写の容赦なさも徹底しています。

ただそれ以上にさっきも言ったリウ・フォンとシャオピンが象徴する「善良性」がひとたび政治的価値を無くしたと見なされるや使い捨ての駒にされる姿がとにかく痛々しいです。

リウ・フォンはもうすでに述べたとおり。また、文工団への忠実さを失ったシャオピンは最後は、重い高山病と高熱でも踊りますと持ち上げられる駒にされ、「ホーシャオピン同士に学ぼう!」と都合のいい英雄扱いされ、戦地に捨てられます。

けれども、こんなにも利用されようともこの二人はあの文工団での舞いという芸術を信じている。リウ・フォンは英雄になって歌になればディンディンに届くと信じて…。残虐な戦場で精神を病んだシャオピンは久々に文工団の舞いを見て体が勝手に踊りだし…。

そんな文工団は消えます。そして青春も終わります。

残った時代が進んだ先に待っていた世界は、治安協力隊のような権力者が権力に味をしめ、裕福なものが良い暮らしをする、そういう社会でした。リウ・フォンやシャオピンの善良さなんて何も通用しません。そんな二人が寄り添って生きたというオチは仲睦まじいラストに見えますが、見方を変えれば痛烈な社会批判(善良さは蚊帳の外な社会)とも解釈できるものじゃないでしょうか。

青春の芳しさを懐かしむだけではない。大事なのはその青春がどんな今を作っているのか。それを考えることなのかもしれませんね。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 81% Audience 91%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

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