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『幸福路のチー』感想(ネタバレ)…台湾からの幸せの届け物

幸福路のチー

台湾からの幸せの届け物…映画『幸福路のチー』(こうふくろのチー)の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:幸福路上(On Happiness Road)
製作国:台湾(2017年)
日本公開日:2019年11月29日
監督:ソン・シンイン

幸福路のチー

こうふくろのちー
幸福路のチー

『幸福路のチー』あらすじ

台湾の田舎町で必死に勉強し、渡米して新しい地で自分の人生を進めたチー。ある日、祖母の訃報を受け、故郷である幸福路へ久々に帰ってくる。まだあどけなかった少女だった頃、この街は大きな世界だった。子ども時代の懐かしい思い出を振り返りながら、自分自身の人生や家族の意味について思いをめぐらせるチーだったが…。

『幸福路のチー』感想(ネタバレなし)

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日本の心にも響く台湾アニメ

「国民的アニメ」という言葉があります。長年に渡って広い世代に愛されているご長寿アニメを指す概念ですが、昨今は趣味や価値観の多様化にともない、世代を超えて同一の作品が支持される現象が起きづらくなりました。なので昔ほど「国民的アニメ」の影響力も発揮されなくなりつつあります。

かつては『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』など家族を題材にしたアニメが覇権を持っていましたが、すでに現代の日本人にとってあの家庭は一般的な日本の家族を象徴するものではなくなっています。最近の「国民的アニメ」と呼ばれるものが、事件を解決したり、大海原を冒険したりと、形式的な家族要素が希薄なのも、その家族概念の風化を表しているかのようです。

この時代の進展にともなうフィクションにおける家族の描かれ方の変化は、世界各国共通なのかもしれませんが。

そんなことを考えていると、今回の紹介する『幸福路のチー』はそういう時代が変わって家族の在り方も変わっていく姿さえも映しだした、歴史記録的な国民的アニメと言えるのかもしれません。

『幸福路のチー』は台湾で生まれたアニメーション映画であり、非常に高い評価を受けて一部の界隈では大きな話題となりました。中華圏の映画を対象とした金馬奨では最優秀アニメーション映画賞を受賞し、脚色賞にもノミネート。台北映画祭では「Best Animation」に輝くだけでなく、観客賞に加えて、「Grand Prize」まで贈られました。アニメの枠を超えた高評価と言えるでしょう。日本でも東京アニメアワードフェスティバル2018でグランプリを受賞しています。

東アジア圏での評判がとくに目立つのは、『幸福路のチー』で描かれる家族の在り方が、私たちアジア人との親和性が極めて高いからなのだと思います。舞台は台湾ですけど、なんか上手く言葉にできませんが、日本とも違和感なく重なります。やっぱり私たちは同じアジア人なんだなぁ。

『幸福路のチー』は監督・脚本を手がけた“ソン・シンイン”の半自伝的な作品だそうです。そのため非常にノスタルジーの色が濃いのですが、ただのプライベートな人生史だけでなく、その物語の隣には台湾の激動の歴史や社会の変質が横たわっています。日本で言えば『この世界の片隅に』や『おもひでぽろぽろ』に近い雰囲気がありますね。

おそらく大半の日本人は台湾の歴史なんて知識がないと思います。でも別に無知でも作品を楽しめないわけではないので安心してください。一応、感想の後半ではその台湾史にも言及しながら整理していますので、気になる方はぜひ。

“ソン・シンイン”監督はこれといってアニメ畑の人ではなく、新聞記者、TVドラマの脚本家、写真家と転々としながら、実写映画の短編を手がけたりしていたそうなのですが、2013年に創作した短編『幸福路上』が第15回台北電影節の台北電影奨で最優秀アニメーション賞を受賞してそれが足掛かりに。この短編を4年の歳月をかけて長編アニメーション化して完成させたのが『幸福路のチー』です。今は実写長編映画も製作中とのことで、今後も目が離せないですね。

主人公の声を演じているのは、『薄氷の殺人』でも注目を浴びた“グイ・ルンメイ”。彼女も台北の出身です。他にも日本でもコアな熱狂的支持者を獲得した歴史大作『セデック・バレ』の監督である“ウェイ・ダーション”も声優として参加。

観ればきっと心が揺さぶられるはずです。それは私たちが忘れかけていた「国民的アニメ」の原点を想起させてくれるからなのか。今、騒然とした現代社会の中で自分が迷子になっている人は、本作を鑑賞することで、何かの安寧の欠片を拾えるかもしれません。

日本では公開劇場の数が少ないですが、こういう海外インディーズ・アニメーション映画を観る機会はどんどん増えていってほしいものです。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(温かい気持ちになれる)
友人 ◎(人生の友と一緒に)
恋人 ◎(パートナーとも良い関係に)
キッズ ◯(少し大人向けではあるが)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『幸福路のチー』感想(ネタバレあり)

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台湾の歴史を知る

アメリカでの暮らしがすっかり定着していたチー。台湾出身でしたが、今はアメリカが生活の基盤。そんな彼女のもとに、自分が幼い頃から大好きだった台湾の祖母が亡くなったという連絡が入ります。訃報に悲しむ暇もなく、忙しく帰ってきた久しぶりの故郷。そこは台北郊外の「幸福路」と呼ばれる場所。

チーは自分が初めてこの地にやってきて、無邪気な幼い瞳には全てが新鮮に映っていた子ども時代を思い出します

チーが生まれたのは1975年「蒋介石」の死に社会が嘆き悲しんでいるその瞬間でした。「蒋介石(しょうかいせき)って誰?」となる日本人向けの補足として、まずはそもそも台湾の成り立ちから説明しないといけません。

第2次世界大戦中、台湾を含むアジアの多くの地域は日本の植民地支配となっていました。しかし、戦争に敗れた日本は台湾の領有権を放棄。戦勝国である中華民国がその領有権を得て、日本統治時代から中華民国の統治の時代へと変わります。この当時の中華民国は国民党が代表政権であり、この中華民国の初代総統が蒋介石です

じゃあ、これで平和が訪れたのかというとそうはならず…。今度は毛沢東率いる共産党との内戦が勃発。劣勢に立たされた国民党は、蒋介石を含む主要人が一挙に台湾に逃れ、台北を臨時首都とし、中華民国の政権を作ります。台湾という小さな島に追い込まれた国民党政権は焦ったのか、次第に恐怖独裁的な政権へと変貌。戒厳令が布告され、弾圧や暴力による圧政が続きます。一方、中国大陸では中国共産党の支配によって盤石な体裁が整い、中華人民共和国が国際的にも認められます。この中華人民共和国が普段私たちが「中国」と呼んだときに指す国ですね。中華人民共和国は台湾を自国の一部と認識していますが、当の台湾は当然ながらそう思っていません。それは現在も続いています。

で、話をチーが誕生した1975年に戻しますが、蒋介石は台湾人にとって評価が分かれる人物なわけです。偉大な指導者として教えられてきたので大半は蒋介石は崇めます。その死は台湾全体の悲劇です。でも別の見方をすれば凶悪な圧政を実行してきた張本人の死でもあります(少なくともチーが生まれた1975年はまだそれほど蒋介石による非道な行為が表沙汰になっていませんが)。既存の路線継続か、新時代か。つまり、この『幸福路のチー』の起点はまさに新しい台湾がどっちに進むのかという分岐点でもあるんですね。

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暗い社会を吹き飛ばす無邪気さ

まだ幼い子ども時代のチーの暮らしはとにかく活発で無邪気。でもそこにも社会の暗い影はあります。

学校では非常に厳しい先生のもと、教育という名の国民統制が行われています。蒋介石時代からは、日本統治時代にあった台湾からの脱却を図り、日本要素の排除を徹底しています。学校では北京語による指導(台湾語禁止)。もちろん愛国心の植え付けは必須。

また、差別も蔓延していることが作中からもわかります。

例えば、台湾の人は大部分が「漢人」ですが、もともと暮らしていた先住民がいました。チーの祖母はその先住民族らしく、ゆえに学校のチーの同級生ら男子は「野蛮人だ」と露骨にバカにしてきます。

さらに漢人でも、国民党進駐前から台湾にいた漢人を「本省人」、これ以後大陸から渡来した漢人を「外省人」と呼び分けるらしく、その経済状況もかなり変わってきます。チーの家族は明らかに貧乏な部類ですが、同じ学校のクラスではあからさまに富裕層の子どもも隣に。貧富の差は激しく、チーも思わず純粋に憧れてしまいます。

加えてチャン・ベティという金髪青目の女の子も同じクラスにいます。これは当時の台湾がアメリカ経済との関係を親密化させており、アメリカにとっても共産勢力に対抗する前線基地として台湾の軍事戦略的価値があったため。とはいっても、庶民生活の中ではやっぱり西欧人はアジア人の中では浮いてしまいます。

こんな諸々の暗い影を感じつつも、この当時のチーは全然気にしていません。子どもらしいイマジネーションが現実社会の闇を上塗りしてしまうのです。日本のキャラクターである「ガッチャマン」になりきり、ベティから貰ったチョコレートで遠いアメリカの雰囲気を夢想し、反権力として果敢に身を削る従兄のウェンを王子様として脳内変換し…。

こういう子ども時代は周囲の社会に存在していた闇に全然気づかなかったなぁと後になって追想する感覚、最近も『一人っ子の国』で見ましたね。まあ、誰にでもあるものかもしれません。自覚しているかは別にしても。

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世界は揺れる、私も揺れる

そんな無垢だったチーも成長し、学生になると社会と真っ向から向き合うことになります。

最初は社会が用意したレールに従って受験競争に身を投じていたチーでしたが、しだいに学生運動へと傾倒。そうなるのも当然です。そういう時代でしたから。1987年に戒厳令が解除され、台湾の自由化が始まり、1990年代に民主化が加速。1996年に初めての総統直接選挙が行われます。

これで今度こそ平穏が…そう思った矢先。1999年9月21日。「921大地震」と呼ばれる地震が発生し、2415人もの死者を出す惨劇に。戦争を回避してきた台湾の歴史を重ねてきた街が、人間同士の争いではない、大地の震動で壊されるという理不尽。

さらに記者として働き始めたチーは、世界を揺るがす「911テロ」を報道の現場で扱いながら、相変わらず激動が収まる気配のない世界に佇んでいました。

2004年の総統選では親中国か反中国かで国民が二分したりしたなか、チーはアメリカへ移り住むことに。そのアメリカの地で出会った男性と愛を深め、自分の家庭を持ったチー。

しかし、妊娠を契機に再びアイデンティティを見失い、一歩を踏み出せず…。自分は台湾人なのか、アメリカ人なのか。いや、台湾人とは何なのか。その悩むチーの前に現れたのは故郷で子ども二人を健気に育てるたくましいベティの姿でした。ベティも学生時代以降は相当に自己を喪失しているような描写でした。でも今は自立する心構えを持っています。そして、もうひとり、チーを導くのはかつての信頼を最もおいていた祖母の姿であり…。

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あなたの幸せの路を見つけよう

『幸福路のチー』はアニメーション表現としてとても気持ちがいいです。

描かれる時代的にはかなりキツイ出来事が実は多く、本来は暗くなりがちです。『この世界の片隅に』ではそれをキャラの徹底したブレない明るさで踏み倒していったのですが、『幸福路のチー』は絵の動きでグイグイと跳ね飛ばしてしまいます。

とくにチーの夢想モードに突入した際の変幻自在な絵の動きは予測不能であり、観ていて非常に楽しいかぎり。

私は台湾のアニメーション技術のレベルとか、全然知らないのですけど、独力で資金集めに奔走してアニメーションスタジオを設立してここまでのクオリティなら相当なものじゃないですか。日本みたいに商業的な土台がないぶん、逆に自由でやりやすいのかもしれませんね。

ジョリン・ツァイの歌うテーマソング「幸福路上/On Happiness Road」も物語をほんわりと彩ってくれていました。

こういう作風で舞台だと、アジアは置いておいて、海外の人には伝わりずらいんじゃないかとも思うのですが、批評を見ると全くそんなことはないです。あらためて気づくのですが、『幸福路のチー』は確かに台湾という地域が抱える歴史の比重が大きい作品であり、歴史記録的な意味もある一作です。でもそれと同時に「女性の物語」としては極めて普遍的でどんな世界にも当てはまるものを持っているんですね。本作はほとんど一貫して女性が主軸であり、社会や男性に頼れない現代の女性がどう生きるべきかを問いかけています。“ソン・シンイン”監督の半生がモデルなだけあって、そのリアリティは非常に細部まで説得力もあります。その作品から伝わるメッセージは決して説教臭くもなく、ただただ強く生きることの希望を描く。静かなエンパワーメントの作品なのでした。

過去と未来。故郷と異国。揺れ動く狭間でもう一度「幸せって何?」という幼き自分の疑問の答えを見つける物語。

こんなにも優しいタッチで描かれつつ、でもただのノスタルジーによる過去への逃避で終わらず、現代、そして将来へと目を向けさせる。“ソン・シンイン”監督のアニメーションは幸せを探している全ての現代人にとっての「路」になってくれるかもしれません

台湾のことも少し身近になったような気分にもなる、そんなお得なアニメーションでした。

『幸福路のチー』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 77%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

以上、『幸福路のチー』の感想でした。

On Happiness Road (2017) [Japanese Review] 『幸福路のチー』考察・評価レビュー