感想は2300作品以上! 詳細な検索方法はコチラ。

『バード ここから羽ばたく』感想(ネタバレ)…縦長の世界の空を飛びたい

バード ここから羽ばたく

その初々しい羽根で…映画『バード ここから羽ばたく』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Bird
製作国:イギリス(2024年)
日本公開日:2025年9月5日
監督:アンドレア・アーノルド
DV-家庭内暴力-描写 児童虐待描写
バード ここから羽ばたく

ばーど ここからはばたく
『バード ここから羽ばたく』のポスター

『バード ここから羽ばたく』物語 簡単紹介

郊外の下町で若い父のバグと暮らす12歳のベイリーは、調子者の父がまだ出会って間もない女性と結婚すると言い出し、やり場のない孤独を募らせていた。そんなとき、ごく平凡な近所の草原で服装も言動も奇妙なバードと知り合う。バードにだけは心を許して不安や葛藤を打ち明けることができたベイリーは、このあたりに住んでいた両親を捜しているというバードを手伝うことにするが…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『バード ここから羽ばたく』の感想です。

『バード ここから羽ばたく』感想(ネタバレなし)

スポンサーリンク

アンドレア・アーノルド監督は飛翔中

数年前から私の住む家のすぐ脇でスズメが巣を作っているのですが、どうやら居心地が良いらしく、わりと巣を作る絶好の場所として毎年利用するつもりのようです。

そのせいなのかは知りませんが、最近はやけにスズメが人馴れしており、私が近づいても全く逃げません。「ほんとに野鳥なのか?」ってくらいに間近でのんびりしています。スズメが文字どおり羽を伸ばしている状況です。

私はそこまで本格的な野鳥観察はしていませんが、家周辺からでも観られる鳥たちはたまに癒しになっています。SNSを眺めるよりもはるかに心の安寧ですよ、鳥は…。やっぱり空を自由に飛んでいるのがいいですよね。

今回紹介する映画は、そんな野鳥を眺めるのがわずかな息抜きになっているひとりの子どもの物語

それが本作『バード ここから羽ばたく』です。原題は「Bird」

主人公は12歳の子どもで、ティーンエイジャーになる直前の多感な時期。しかし、家庭環境はあまり充実しているとはいえず、自由気まますぎて育児も安定しない若い父との生活は、貧困だけでない、さまざまなストレスをこの主人公に与えています。

そんな鬱屈を抱えているプレティーンの子が、ある不思議な人物に出会い、人生の景色を広げていく…エネルギッシュな青春ストーリーです。

『バード ここから羽ばたく』で特筆されるのはやはり監督。本作を手がけるのは“アンドレア・アーノルド”というイギリス人です。

2003年の『Wasp』という短編映画でアカデミー賞の短編映画賞を受賞し、2006年の『Red Road』で長編映画監督デビューを果たしました。以降は、2009年の『フィッシュ・タンク』、2011年の『ワザリング・ハイツ 嵐が丘』、2016年の『アメリカン・ハニー』と、インディペンデント映画の界隈で注目され続けてきました。2021年には『COW 牛』という、酪農場の1頭の乳牛に密着したナレーション&テキストがゼロのドキュメンタリー映画も作っています。

“アンドレア・アーノルド”監督の作家性はわかりやすく、まず貧困層の労働者階級を主題にしています。ただ、その描き方は、“ケン・ローチ”や“ダルデンヌ兄弟”といった批評家から高く評価されている他のヨーロッパ系ベテラン監督たちのアプローチとは大きく異なっています。

対外的な目線を一切排除し、非常に当事者主体型の勢いのある語り口と、現実を飛び越えるような演出が印象的です。

おそらくそのテーマとの向き合い方の背景には、“アンドレア・アーノルド”監督自身が親が10代のときに生まれ、離婚家庭で片親とともに育ち、公営住宅の貧しい環境で暮らしてきたという自己体験が影響しているのだと思われます。

ともあれ“アンドレア・アーノルド”監督の生まれも育ちも自由に振り切っていく映画の魔法は、多くの観客を魅了してきました。

2024年の今作『バード ここから羽ばたく』は久々の長編劇映画ですが、“アンドレア・アーノルド”監督らしさは変わらずです。

“アンドレア・アーノルド”監督と言えば、前作『アメリカン・ハニー』では“サッシャ・レイン”を見いだすなど、若手俳優の発掘力に定評があります。

今回の『バード ここから羽ばたく』でも、“ニキヤ・アダムズ”という新人が抜擢され、見事に作品の中心で輝いています。本格的な演技経験はほぼ無しということだそうですが、本作では自然体に佇んでおり、“アンドレア・アーノルド”監督の職人技もあってかな。

脇を固めるのは、『イニシュエリン島の精霊』『Saltburn』など、いつも独特な存在感で異彩を放っている若手の“バリー・コーガン”。今作では父親の役ですけど、雰囲気は相変わらずです。

さらに、『名もなき生涯』『フリークスアウト』などで活躍するドイツ人の“フランツ・ロゴフスキ”も、重要な役柄で参加。本作の人間模様に別の味わいをもたらしてくれています。

他の共演は、ドラマ『モブランド』“ジャスミン・ジョブソン”、これが本格的な長編映画初出演作となる“ジェイソン・ブダ”『Perfect 10』“フランキー・ボックス”など。

また、本作『バード ここから羽ばたく』で撮影監督を務めるのは、『わたしは、ダニエル・ブレイク』の“ケン・ローチ”監督や、『女王陛下のお気に入り』『哀れなるものたち』の“ヨルゴス・ランティモス”監督との仕事の実績があり、アカデミー撮影賞にノミネートされた“ロビー・ライアン”です。

“アンドレア・アーノルド”監督作を初めて観るという人も『バード ここから羽ばたく』から飛び入りで大丈夫でしょう。気に入ったら過去作も観てみてください。

スポンサーリンク

『バード ここから羽ばたく』を観る前のQ&A

✔『バード ここから羽ばたく』の見どころ
★境遇に縛られないエネルギッシュな映画的な演出と語り口。
✔『バード ここから羽ばたく』の欠点
☆—

鑑賞の案内チェック

基本 幼い子やガールフレンドへの虐待や家庭内暴力の生々しい描写があります。
キッズ 2.5
大人向けの作品です。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『バード ここから羽ばたく』感想/考察(ネタバレあり)

スポンサーリンク

あらすじ(前半)

12歳のベイリーは小さな鉄橋の上で空を飛ぶカモメをスマホで漠然と写真に撮っていました。傍を2人の別の少女が通り過ぎ、少し気にします。その直後、1羽のカモメが橋の上を歩いてきて、ベイリーはかがんで気を緩めた表情をみせます。

しかし、自分の名を呼ぶ声。それは電動キックボードをタトゥーだらけの半裸で乗りこなすシングルファーザーのバグでした。いつものように調子のいい口調で、袋の中の1匹のカエルをみせてきます。これで儲かるらしいですが、よくわかりません。

ベイリーはバグの後ろに立ち乗りし、郊外の下町を駆け抜けます。バグは熱唱しながら上機嫌で、慣れたように進んできます。そして落書きだらけの建物の階段を上がり、家に到着。ボロボロの集合住宅地です。

そこにはバグが3ヶ月前から知り合っているケイリーがいました。ケイリーの幼い子どもも一緒です。バグとは仲睦まじそうです。

バグはビッグニュースがあると言い、婚約をすると唐突に発表し、翌週の土曜日に結婚式を挙げるとまでなんてことないように告げます。

ムスっとしていたベイリーは用意した服を投げ捨てて拒絶し、バグに反発します。

「なぜ隠してたの? 私を後回しにして?」

ベイリーはおカネのことや今後の生活を問いただしますが、バグは強引に押さえつけ、服を着せようとしてきます。抵抗するベイリーは嫌になり、部屋の隅の自分のペースに隠れるしかできません。

一緒に暮らしている異母兄弟のハンターに不満をぶつけていると、彼は友人たちと自警団に入っているらしく、興味をそそられます。ベイリーも何か変わりたく、自分の髪を短く剃ってもらうことにします

ハンターの様子を窓から眺めつつ、ベイリーも家を抜け出して、自警団の後を追いかけることにします。結婚式には出席しないと父に宣言して…。

若い男たちのもとに行き、半ば無理やりついていこうとすると、帰るように諭されます。それでも諦めきれないので尾行。彼らがある家に押し入り、カッターナイフで男を脅すのを目撃し、怖くなってその場を逃げます。

ベイリーは空き地に逃げ込み、草原で一晩眠りにつくことにします。

翌朝、その草原で小便をしていると妙な風が吹き、ふと気が付くと、ある人物がふらふらと近づいてくるのが見えます。その人物はバードと名乗り…。

この『バード ここから羽ばたく』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2025/09/12に更新されています。
スポンサーリンク

当事者の主体性の目線で

ここから『バード ここから羽ばたく』のネタバレありの感想本文です。

『バード ここから羽ばたく』は青春映画ではあるのですが、主人公のベイリーを中心にその映し出される家庭環境はどれも安寧な雰囲気はありません。

ベイリーはバグという名の実父(この「Bug」という名前もいかにも示唆的ですが)がいて、正直言って、この父親はあまりにも模範的な親の役割からはかけ離れています

確かに愛情がゼロというわけではありません。常に子を気にかけています。

しかし、衝動的な言動が多く、快楽的にコントロールしたがり、ベイリーが反抗すれば力ずくで対処しようとするなど、ときおり一線を越えます。

年齢が若いということもあり、バグ本人は近しい間柄のようなカジュアルなノリで接しているつもりなのかもですが、自身の「親」としての権力に無自覚です。すでに年頃となっているベイリーはハッキリと拒絶の意思を示すのですが、バグはいまだにベイリーをひとりの人間として尊重はしてくれません。

どっちかと言えば、ベイリーのほうがもう大人に見えてくるくらいに、あのバグは子どもじみて見えてしまいます。

バグ側にどういう事情があれ、ベイリーからしてみればそんなのは知ったことではなく、最低限の敬意と自由を欲するのは当然です。

そんな父のバグがケイリーという明らかに「より大きな愛を捧げるであろう相手」を連れ込み(しかもベイリーよりも幼い娘つき)、ベイリーの居場所はますます消失していく真っ最中…というのが本作の出だし。

嫌気がさしてベイリーは家を飛び出しますが、母親ペイトンのほうもなかなかに厳しい家庭環境です。近所に住んでいますが、妹の幼いピーナとキーシャ、そしてルー(ルイス)という子どもたちがいるも、ほとんど放り出しており、育児している感じはないです。

そのうえ、スケートという新しいボーイフレンドが居座っており、そのスケートが幼い子をかなり冷たく虐待的に扱う場面がベイリーの目の前で繰り広げられます。

おそらくベイリーにとっては、あの光景はかつての自分が幼い頃に受けた仕打ちのフラッシュバックになったのかもしれません

だからこそベイリーはまだ幼い子どもたちに誰よりも親身に接し、親のように振舞います。

本作におけるこれら一連の「育児責任放棄の家庭のもとで孤立する子」の描写は非常に生々しく、結構観ていてツラいものがあります。

そんな中、“アンドレア・アーノルド”監督はこれらの家庭環境を「社会問題」として提示する気はないようです。もちろん苦しんでいる当事者を不可視化するつもりはないでしょうし、その苦しさは大袈裟だと過小評価する姿勢もないでしょう。ただ「社会問題」の箱に漠然と入れてしまうのを避けているだけで…。

“アンドレア・アーノルド”監督の得意とするところは、そのテーマに映画自体が縛られず、当事者の主体性を精一杯伸び伸びと描いてくれる…そこにあるなとあらためて感じる一作でした。

スポンサーリンク

「可哀想」という飼育ケージに閉じ込めない

鳥という生き物は一般的に親は子が巣立つまで甲斐甲斐しく世話することが知られていますが(実は生態学的にそう単純ではないことも明らかになっていますけど)、『バード ここから羽ばたく』の主人公にとってのベイリーの憧れは冒頭で明確に示されるとおり、です。

それは考察するまでもなく、自由への憧れですが、先ほどの鳥の育児行動を鑑みれば、愛情への憧れでもあるのかもしれません。

そのベイリーがひょんなことから出会うのが「バード」という人物です。そして、この人物は終盤で明らかになるとおり、「鳥人間」の姿に変貌します。つまり、超自然的な存在なのか、イマジナリーな存在なのか、そこは曖昧ですが(少なくとも幼い妹たちには見えている)、ベイリーの中の心境を投影していることは示唆されます。ラストにベイリーの目が鳥のような輝きを放つことからもわかるように…。

本作ではこのバードとの触れ合いを、ジェンダーの境界を超えることと重ね合わせるような演出で表現しているのも印象的です。

ベイリーは少女ですが、序盤で髪をばっさり切ってしまい、男子のグループに交じろうとします。これは男性として生きたいとかではなく、あの境遇からの離脱のための反抗の証なのだろうということは察せられます。ベイリーはそもそもマッチョな世界で生きるしかない出自であり、冒頭の橋の上で典型的な女の子2人へ複雑で距離感のある目線を投げかけることからも、ベイリー自身はどうも女の子っぽさに馴染むことに躊躇があるようです。序盤のドレスの拒否もそうした心理を推察することもできます。

その直後に出会うのがバードですが、バードは男性の容姿でありつつ、スカート姿です。かといって女性的な仕草をしていることもなく、あのスカートのひらひらはまるで羽のような「正体」の暗示なのかもです。高いところをまるで怖がらないなど、バードが鳥であることは幾度となく伏線が張られています。

社会から疎外された者が想像力をとおして脱出を試みる姿を描いている、題材自体はよくある本作ですが、“アンドレア・アーノルド”監督はマジック・リアリズムと社会的リアリズムを上手い具合に混ぜ合わせてみせていました

不安定さ・不完全さをそのまま受け入れ、「可哀想」という飼育ケージに閉じ込めない…そんな映画だったかな、と。

スマホの縦長の世界の延長にみえる空に想いを馳せる、これまで以上に今っぽい等身大の青春映画を“アンドレア・アーノルド”監督は生み出してみせました。

『バード ここから羽ばたく』
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)

作品ポスター・画像 (C)2024 House Bird Limited

以上、『バード ここから羽ばたく』の感想でした。

Bird (2024) [Japanese Review] 『バード ここから羽ばたく』考察・評価レビュー
#イギリス映画 #アンドレアアーノルド #ニキヤアダムズ #バリーコーガン #フランツロゴフスキ #父親 #鳥 #異性装