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『ザ・プロム』感想(ネタバレ)…Netflix;みんなのプロムにしよう

ザ・プロム

プロムはみんなのもの…Netflix映画『ザ・プロム』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Prom
製作国:アメリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:ライアン・マーフィー
恋愛描写

ザ・プロム

ざぷろむ
ザ・プロム

『ザ・プロム』あらすじ

ブロードウェイ俳優のディーディーとバリーは批評家からその自惚れな性格を酷評され、落ち込んでいた。そこで起死回生の秘策を思いつくのに必死になっていると、ある1人の高校生、エマに関する話が耳に入ってきた。エマは同性のパートナーとプロムに参加しようとしたが、PTA会長の猛反対のために参加を禁じられたのだという。これを解決できればイメージアップできると意気込むが…。

『ザ・プロム』感想(ネタバレなし)

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レズビアンは消させない

「Lesbian erasure」という言葉があります。これは歴史、メディア、さらにはLGBTQコミュニティの中でさえも、レズビアンの存在が無視されたり、軽視されたりする状態を指します。

セクシュアル・マイノリティといえども、男性優位な世界になってしまうことが多いです。それゆえに女性差別の流れからレズビアンの立場が弱くなって、そのような格差が生じます。例えば、LGBTQの作品が紹介されるという企画のはずなのにレズビアンが含まれていなかったり、コミュニティ内で発言するのは男性ばかりで女性のレズビアンは蚊帳の外になってしまったり…。

それは映画の世界でも同様の問題があります。エンターテインメントの世界ではレズビアンは男性目線で語られがちで、すなわちポルノ的に扱われることも目立っていました(それこそ「レズ」という言葉がポルノ業界のいちジャンルになってしまっている現状からもわかるように)。

そんな当事者にとって最悪な状況を黙って見過ごす時代ではありません。今はレズビアンをレズビアンの手に取り戻す動きが活発化しており、それは映画やドラマに多大な影響を与え始めています。

ドラマ『オレンジ・イズ・ニューブラック』なんてまさにそのビッグな成功をおさめた先駆者ですし、世界で大絶賛された『燃ゆる女の肖像』は映画史に残るほどの輝きを放っていました。

そしてさらにレズビアン作品の間口は広がっていきます。今回紹介する映画もレズビアンにパワーを与える身近な一作になるのは間違いないです。それが本作『ザ・プロム』です。

本作の物語はシンプルで、レズビアンなティーン女子がプロムに行くために頑張る…というものです。まあ、実際はもう少し複雑なのですが、主軸はそれです。それを助けるためにブロードウェイ俳優たちが駆け付けてきて、なにやら騒がしくなってきます。

『ザ・プロム』はミュージカル映画であり、とてもエネルギッシュで、とてもカラフルで、とてもゴージャスで、とにかく元気を注入します!とそれだけを一辺倒で売りにするような一作。でもこの直球がいいんですよね。ただでさえ先ほど説明したようにレズビアンは排除されていたわけですから。この王道に主役で参加できるだけで嬉しいのも当然。

本作はもともと2016年初演のブロードウェイ劇であり、トニー賞にノミネートされるほど評価の高い作品でした。それを今回は映画化した…というかたちに。

監督は、このサイトでも関連作品を何度も取り上げている“ライアン・マーフィー”。人気ドラマ『glee/グリー』を始め、『アメリカン・ホラー・ストーリー』『POSE ポーズ』『ラチェッド』など多数の作品をプロデュースするベテラン。自身が同性愛者ということもあり、今はLGBTQを題材にした作品を積極的に送り出しており、界隈ではその名を聞かない日はない功労者です。最近はこれまたブロードウェイ劇を映画化した『ボーイズ・イン・ザ・バンド』というゲイを主役にした作品を作っていましたから、今回の『ザ・プロム』はレズビアンでいく…ってことですかね。

『ザ・プロム』の魅力はテーマやパフォーマンスだけではありません。本作はとにかく俳優陣が豪華です。

今や大女優として君臨している“メリル・ストリープ”、『ストレイ・ドッグ』で凄まじい気迫を見せて底なしの役者魂を放つ“ニコール・キッドマン”、司会者としても引っ張りだこな活躍をしている“ジェームズ・コーデン”、ブロードウェイ・ミュージカルにて各所で高評価を得ている“アンドリュー・ラネルズ”。この4人が作中では落ち目の俳優たちの役として登場するのですが、どこが落ち目なんだ…という贅沢さですよ。なんか本当に落ち目の俳優からしたら嫌みにしか見えないでしょうね…。

他にも『ジングル・ジャングル 魔法のクリスマスギフト』でキレのいい歌&パフォーマンスを披露した“キーガン=マイケル・キー”も登場(今作ではそれほど賑やかに踊りませんけど)。

忘れそうになりますが主役は上記の大物俳優ではありません。今作の主人公のティーン女子を演じるのは“ジョー・エレン・ペルマン”で、本作で大抜擢。カリスマ性がない野暮ったい素の感じがいいです。そのお相手を演じるのは『ハミルトン』にも出演していた“アリアナ・デボーズ”

ともあれ最高にテンションを上げさせようとしてくる映画です。待ちに待った人もいるはずですし、このプロムを眺めるだけでもどうですか?

『ザ・プロム』はNetflixオリジナル映画として2020年12月11日から配信中です。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(単純明快な娯楽を味わうなら)
友人 ◯(盛り上がるエンタメ痛快作)
恋人 ◎(ロマンスを全肯定する)
キッズ ◎(一歩を踏み出せない子に)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ザ・プロム』感想(ネタバレあり)

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「あなたと踊りたいだけ」

ブロードウェイはいつも華やか。それは今夜も同じこと。大作「エレノア!」の初お披露目の夜、主演のディーディー・アレンと共演のバリー・グリックマンは浮かれていました。メディアの前で自信満々に答えます。世界を変える力がある、観客の人生を変える…と。

打ち上げパーティーも盛大です。批評も好評らしく、お祝いムードは最高潮。ディーディーとバリーは自分のキャリアが輝くことができて有頂天。「続編もできるんじゃないか」とお気楽さ全開。俳優は称賛を求めて頑張るのだから、これ以上、嬉しいことはありません。

しかし、そのハッピーな時間は終焉します。ニューヨーク・タイムズの批評がよろしくないことが判明。おそるおそるその批評内容を聞いてみる2人。

「バリー・グリックマンのルーズベルトは見当違いも甚だしい。こんなに滑稽なパフォーマンスはこれまで見たことがない。胸糞が悪く、耐えがたい苦痛だった」

「ディーディー・アレンのエレノアは高圧的でメッセージをがなりたてるさまが年老いたドラァグクイーンから甘ったるい星条旗を無理やり押し付けられているように感じる」

「このショーのチケットを買うくらいならロープで首を吊るべきだ」

その辛辣な批評に完全に打ちのめされる2人。これでは批評じゃなくて個人攻撃…。2人のガラスのハートは粉砕されました。さらに周囲の者はハッキリ追い打ちをかけます。

「作品じゃなくて君たち2人が好感を持たれていないせいだ。ナルシストはみんな嫌いだ」

いつのまにかこの会場はディーディーとバリーだけになっていました。

いや、もうひとりいます。トレント・オリバーというバーテンダーです。彼も役者ですが、仕事がないのでこうして副業しています。そこにアンジー・ディッキンソンというこれまた失墜している女優もフラっとやってきて、飲んだくれになる4人。

なにか私たちが返り咲くための大儀がいる。みんなを納得させる何かが…。

しかし、アンジーはふとスマホで気になる情報を発見します。「この子はどう?」

それはインディアナ州の町にあるジェームズ・マディソン高校に通うひとりのレズビアンの女子高生のニュース。その子は同性のパートナーとプロムに行きたがっていましたが、「同伴するのは異性であるべき」というルールを持ち出してPTAが反対。プロムを中止にしてしまったというのです。

「これが私たちの大儀だ」と失意のどん底にいた4人の俳優は意気込みます。そしてすぐさま汚名返上すべくインディアナ州へと向かい…。

その頃、当の渦中の学校では集会が開かれていました。校長のトム・ホーキンスが怒れる保護者をなだめますが、「ゲイのプロムにしたくない」と反発は強いです。生徒会のアリッサは意見を求められ、「プロムはやってほしいですけど…」と居心地悪そうに発言しますが、すぐに「政府が私たちの選択の自由を邪魔している」とまたも激昂する保護者の声にかき消されてしまいました。

騒動の中心にいるレズビアンの女子高生エマ・ノーラン「みんなと同じようにプロムにいきたいだけ」と訴えます。校長も「あなたちは同性愛者の何を恐れているのですか」と諭します。それでも平和な決着はできそうにない空気です。

その紛糾する集会へ颯爽と乗り込んでくる4人のブロードウェイ俳優たち。「エマ、あなたはひとりじゃない」と高らかに歌い上げ、場を掌握してしまう一同。

これでひとくみのカップルの願いは叶うのか…。

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ヘイトを集めるジェームズ・コーデン

『ザ・プロム』のストーリーの土台である、女子高生レズビアン・カップルの「プロムに行きたい」という素朴な願い。それを叶えるための青春ドラマ。

まずこれをピックアップしてくれただけでも多幸感があります。これまで『アレックス・ストレンジラブ』など、男性のゲイを題材にした同様のプロム・ストーリーはありましたけど、レズビアンはほぼありませんでしたから。

舞台となっているのはインディアナ州。この地で同性愛と言えば、『イン&アウト』(1997年)という映画もありましたけど、その映画とそんなに変わっていない同性愛嫌悪の漂う閉塞的な地域の雰囲気。

その重苦しい雰囲気を余裕で吹き飛ばすほどに、過剰すぎるくらいのエンターテインメント。わざとらしすぎるほどにナラティブなのも狙いあってのことでしょう。

確かにエンパワーメントとしてはこれ以上ないほどに直球です。「先駆者にもシンボルにもなりたくない、あなたと踊りたいだけ」…この明快な声は同調の嵐。同性愛を隠し、自信喪失しながらビクビク過ごして青春時代を生きる女子高校生が本作を観たら、絶対に元気が貰える。それはわかる。わかるけど…。

この『ザ・プロム』、全体としては「“ライアン・マーフィー”、またやっちゃったな…」とやや伏し目がちになる、彼の特有と言える良くも悪くも“雑さ”が出てしまった一作だと私は思います。とにかくとっ散らかっているというか、『ラチェッド』の感想でも同様なことを書きましたけど、ひとつのメッセージを打ち出したいあまりに他のことが疎かになりすぎるパターン。“ライアン・マーフィー”の仕事、いっつもこんな感じですよね。エイズに苦しむゲイを描く“ライアン・マーフィー”監督作『ノーマルハート』(2014年)はレズビアンやトランスジェンダーの扱いが雑だったし…。『POSE ポーズ』は比較的うまく言っているけど、あれは他にプロデュースして補ってくれる人がいたからなんだろうな…。

例えば、本作のメインであるティーン女子のレズビアン・ロマンス。当然、たいていの視聴者はそこが観たいものです。それだけに集中して物語を連ねていくこともできるはず。実際に似たような男性ゲイ映画ではそれができているのですから。でもなぜか本作ではそうはさせてくれません。

本作に対してとくに一部の批評家が激烈に批判しているのは“ジェームズ・コーデン”のくだりです。作中では彼が演じるバリーは同性愛者で、若かりし頃にプロムに行けずに無念を抱えているという設定になっています。そして、作中においてアリッサと仲違いをしてしまったエマは、このバリーをプロムに誘うという“気の利いた気遣い”を見せてくれます。

でもこの気遣いは本当にいるのか。レズビアン女子高生が中年ゲイ男性を支える必要はあるのか、と。そこはイマイチ納得できません。

もっと問題なのは、“ジェームズ・コーデン”自身は異性愛者であり、ゲイでもなんでもないということ。それなのに作中では「僕も正真正銘のゲイなんだ!100%ね!」と同性愛者の代表者面して臆面もなく登場してしまうという展開まであります。

“ライアン・マーフィー”は『ボーイズ・イン・ザ・バンド』でゲイのキャラクターにはゲイ当事者の俳優を起用することの重要性を説いており、私もうんうんと頷いて同意していたのに、この『ザ・プロム』のこれはなんなんだ、と。ダブルスタンダードもいいところじゃないか…。

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構造的差別と風刺は消えた

『ザ・プロム』の残念ポイントをまだ列挙していくと、あの舞台となる町のリアリティのなさも気になります。

描かれる差別は確かに陰湿なものだけど、あくまでエンタメ的にアレンジされた偏見社会でしかないんですね。だからなのかやたらとあっさり解決してしまいます。

「隣人を愛せ」「ヘイトをやめよう」なんて子ども向けの教養みたいな歌を歌って、コミュニティに根付いた差別が解消するのか。まあ、するわけがありません。

社会に蔓延る構造的差別を一切描いていないというのはかなり致命的で、結果、すごく差別の問題に対して呑気に見える映画になってしまいました。

現実ではヘイトクライムで傷害事件も起きているような状況ですよ。それで歌えばOK!というのはちょっと…。子ども向けアニメじゃないんだから…(いや、子ども向けアニメでももっと誠実に向き合うのでは…)。

そもそもあの俳優たちの存在意義もなんだったのか、と。本作は「LGBTQ問題を取り上げて売名するというリベラル気取りの俳優たち」を風刺しており、これ自体はとても攻めた内容です。しかし、その風刺のトーンは後半に失速。

結局はあの俳優たちはカネのちからでプロムを開催し、雰囲気とノリだけで差別はなかったことになってしまいます。

これじゃあ、映画の中で風刺されていることがこの映画自体にも当てはまるじゃないですか。

せめてあの俳優たちは「自分たちは愚かだった」と一歩引き、あのエマたち当事者で問題を解決する術を模索していくべきでした。親を説得し、他の親を説得し、さらに別の人を説得し…そうやって地道に積み重ねていくことでしか差別社会を解きほぐせないはずですし…。

大人の関わり方として一番ダメなケースなのではと思います。同じレズビアンのティーン女子を描き、大人の過保護問題と向き合うテーマなら、『ブロッカーズ』の方が上手くこなしていたかな。

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これはみんなのプロムになってる?

個人的に最も残念だったことをまだ書いていません。

それは「みんなのプロムにしよう」という本作の最重要なメッセージが空虚にしか見えなかったことです。なぜなら本作の描く“みんな”は全然“みんな”ではないから。

本作では保守的な地域を舞台にしているはずなのに人種差別は表立って描かれません。なかったことになっています。さすがにそれはありえないでしょう。『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』なんかはちゃんと人種差別とレズビアンを双方絡めて描けているのに。

また、『ザ・プロム』にはトランスジェンダーやアセクシュアルといった他のセクシュアル・マイノリティはひとつも考慮されていません。それならば「みんなのプロム」ではなく「異性愛者と同性愛者のプロム」でしかないですよね。

要するに本作は「Lesbian erasure」は防げたけど、他の存在は満面の笑顔で消去しているわけで、どうしても素直には喜べないかな…。

もちろん本作のエンパワーメントを否定はできないです。元気を貰える人がひとりでもいれば、それはそれで最高です。

でも今の時代なら導き手となる4人俳優を全員レズビアン当事者俳優にするくらいのバージョンアップを見せてほしかったですし、シスジェンダー・レズビアンだけでなく、トランスジェンダー・レズビアンや、アセクシュアル・レズビアンなども加えていれば、本当の意味でみんなで心置きなく踊れるプロムになったのではないでしょうか。

『ザ・プロム』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 59% Audience 71%
IMDb
5.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 5/10 ★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Ryan Murphy Productions

以上、『ザ・プロム』の感想でした。

The Prom (2020) [Japanese Review] 『ザ・プロム』考察・評価レビュー