Love、サイモン 17歳の告白
映画『Love、サイモン 17歳の告白』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。 

原題:Love, Simon 
製作国:アメリカ(2018年) 
日本では劇場未公開:2018年にDVDスルー 
監督:グレッグ・バーランティ

あらすじ

サイモンは両親と妹の明るい家族に囲まれて暮らす普通の高校生の男の子。しかし、実はゲイであるという秘密を抱えていた。 ある日、学校に匿名のブルーというゲイの同級生がいることを知ったサイモンは、思い切って連絡を取る。メールを通じてブルーに惹かれていくサイモンは、一体誰がブルーなのか気になり始める。

ネタバレなし感想

他者を知りたいなら映画を観よう

近頃、某社の月刊誌が掲載したLGBTに関する特集が大きな話題になり、その内容に強烈な批判の声が上がるという出来事がありました。中身の詳細についてはここでは語りませんが、多様性を真っ向から否定するだけでなく、人権さえも傷つける主張に心を痛めた人はたくさんいるでしょう。暴力が表現の自由で正当化できないのと同じように、差別は言論の自由で正当化できません。ましてや有識者という社会的に上にいる立場のものが弱者を蔑視するなど、ただの一方的な誹謗中傷です。この一件は、あらためて「ホモフォビア(同性愛嫌悪者)」という存在がこの世にいることを強調させたものでした。

一方でここまで極端なホモフォビアは例外として、最近になって急に「LGBT」という言葉が広まり始めた日本社会において「別に偏見はないけど、どうしたらいいんだろう…」と内心では困惑している人もいるのではないでしょうか。何か具体的にすべきなのか、何をやってはいけないのか…知識が不足しすぎて頭がオロオロしつつも、下手をしたら差別主義者みたいに思われても嫌だし…と立ち尽くしているかもしれません。

そんなときこそ、ふさわしい教材があると声を大にして言いたい。それが映画です。もちろん、私が映画好きというのもありますが、実際に映画はLGBTをよく知らない人にとって心強いアイテムになります。なにせLGBT当事者が監督になってLGBTに関する作品を作ったりしているわけですから。つまり、LGBTの人たちが「私たちの世界はこんな感じだよ。こんな風に考えて生きているよ」と映画という表現をとおしてメッセージを送っているのです。それは生の声であり、リアルな社会問題提議でもありますが、行政なんかが作るお堅い広報資料とは違って、映画なので親しみがあって入りやすいのが何よりもメリットです。それが数百円から千円ちょっとで見られるのです。自分の価値観を広げるための料金としては格安じゃないでしょうか。

ということで、今回紹介する『Love、サイモン 17歳の告白』という映画も、LGBT入門映画としてオススメできる一本です。

原作は「サイモンvs人類平等化計画(Simon vs. the Homo Sapiens Agenda)」という変わったタイトルの小説。いわゆるティーン向けの軽めの作品です。この原作小説自体も評価が高いのですが、それを映画化した本作も批評家や観客から絶賛されています。が、日本ではビデオスルー。なんとももったいないです。

本作の監督は、あのデッドプールによって存在を抹消されたアメコミ映画『グリーン・ランタン』の脚本を担当した“グレッグ・バーランティ”。この人はデッドプールに殺されていなかったんですね、良かった(何を言っているのか意味不明な人は『デッドプール2』を観ましょう)。監督自身、オープンリー・ゲイ(ゲイであることを公表している人)であり、初監督作品の『ブロークン・ハーツ・クラブ』でもゲイを主題に描いたこともあり、今作で最も得意とする原点に帰ってきた感じです。

ちなみに主演の“ニック・ロビンソン”は、『ジュラシック・ワールド』にメインキャラで登場した兄弟の兄の方を演じた人です。他にもドラマ『13の理由』で一躍注目を集めた“キャサリン・ラングフォード”や、『X-MEN アポカリプス』でストームを演じた“アレクサンドラ・シップ”など、これからさらなる活躍が期待できそうな若手が多数出演しているのも意外な魅力だったり。

どうしても「LGBTを題材にした映画ってシリアスで暗そう…」とか「共感しづらい」といった意見もなくはないですし、アカデミー賞作品賞に輝いたLGBT映画『ムーンライト』のように上品な感じもある作品も目立ちます。

でも安心してください。本作『Love、サイモン 17歳の告白』は、学園青春映画であり、ハードルはとっても低め。なんてことはない、恋をしている若者の青春の一幕が描かれているだけです。思春期特有のモヤモヤを抱えている姿は、あなたがどういう性であれ、自分と重ねることは難しくないでしょう。観ていれば、LGBTという言葉すら忘れているかもしれません。それでいいのです。結局は「みんな、“普通に”悩んでいるんだ」ということがわかるのですから。壁を壊して、その“普通”を共有することが、多様性の最初の一歩になります。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

イマドキの悩み

本作の主人公である17歳のサイモン・スピアーは、いたって平凡な人生を送っている若者です。父と母、妹を持ち、家族は自分を愛してくれるし、自分も家族を愛せる…不満はない、理想のファミリー。外の世界である学校に出れば、一緒にいると楽しい友人にもたくさん囲まれており、充実した学校ライフを満喫しています。これだけ聞けば、超“幸せ者”に思えます。しかし、サイモンは13歳の頃から“自分はゲイだ”ということを自覚しつつ、周囲に言えずに今も過ごしているのでした。

ここで重要なのは、なぜサイモンはゲイであることを隠しているのかという点。彼自身も言っているように、家族や友人は優しいし、差別的な思想はないので、自分がゲイだと言っても受け入れてくれると推察しています。本作の舞台になっているジョージア州アトランタは人種的多様性に富んだ地域で、それを反映してか、サイモンの通う高校も比較的リベラルっぽさを感じさせる雰囲気でした。この高校にはすでにイーサンというゲイを公表した生徒がいます。面白いのは、ゲイであるイーサンは別に学校の隅に追いやられた立場にいるわけでもなく、一部でからかってくる連中がいますが、そんな相手にも動じずきっぱり対抗しているという、ずいぶん勇ましい姿を見せます。つまり、LGBTに不利な環境とは決して言えません

じゃあ、なんで堂々と言えないのか。それはサイモン自身、よくわからないんですね。目に見える危機感を感じているわけではない。また、ゲイの自分を恥じているわけでもない。でも、一歩は踏み出せない。そんな自分に余計にモヤモヤする。

同じような学校を舞台にしたゲイのティーンを描く最近の作品に『アレックス・ストレンジラブ』という映画がありました。
『アレックス・ストレンジラブ』感想(ネタバレ)…爽やかなLGBT映画はどうですか?
この作品でも思いましたが、本作『Love、サイモン 17歳の告白』も、イマドキなティーンのLGBT当事者のリアルな悩みを素直に描いた一作であり、とても現在進行形な感じがします。一昔前は「ゲイがバレる=社会的な死」を意味しましたが、そんな時代は過ぎて、今のLGBTティーンは解放的になったのか。いや、今は今なりに悩んでいるのでしょうね。

Love、サイモン 17歳の告白

カミングアウトをめぐるアレコレ

もちろん、カミングアウトしないといけないわけではありません。でも、“普通に”恋愛したいなら、ゲイであることを公表することにおのずとなります。さすがにずっと隠して誰かと付き合うなんてできませんし、それこそ変です。

ストレートの人(ゲイじゃない人)は、恋人を作って恋愛をするとき、「プロポーズをする」というステップだけで済みます。でも、LGBTは、「プロポーズをする」というステップの前に「カミングアウトする」というステップが追加されます。これは不公平だとサイモンが劇中で不満を述べますが、確かに「私、実はストレートなんだ…!」なんて親や友人に告白する人はいません。世の中の理不尽に怒りがたまるのも無理もない話です。

しかし、そんな躊躇をしているうちに、サイモンにはブルーという気になる相手ができてしまったから、さあ、大変。匿名でゲイを公表したブルーとメールで会話していくうちに、どんどん自分たちのモヤモヤをぶちまけ、やがて夢中になっていくサイモン。人は恋をすると多弁になるといいますが、サイモンのメールがついつい長文になっていく姿は可愛いです。

そして、ブルーの正体が気になりだすサイモン。もしかしてブラムかな…でもハロウィン・パーティの夜に女子と部屋でいちゃつくブラムを目撃して妄想は轟沈。続いて、ワッフル・ハウスで出会ったライルなのでは?と期待するも、サイモンの友人の女性アビーに気があることが判明し、また違ったか…と幻想は打ち砕かれ…。

そうやってモタモタしているうちに、自分がゲイであることをパソコンを覗き見した同級生のマーティンに知られ、なんだかんだあって学校中に暴露されてしまう始末。本来であればこのマーティンによるサイモンに無断での暴露は「アウティング」と呼ばれ、絶対にやってはいけない行為なわけですが、ここでも本作の世界観のイマドキ感が出ていました。ちょっと昔の映画なら自殺ものの深刻な事態になりかねないのですが、周囲の受容性が高いゆえに、「へぇ…そうなんだ」くらいで済んでいます。お約束のからかい連中も一喝されて退場。家族もしっかり受け止めてくれる。こうなってくると、心の準備ができていなかったのは自分だけだったのかとますます思うわけで…。

本作のユニークだなと思うところは、サイモンはカミングアウトする側じゃないんですね。逆に“させる”側になるのです。誰よりもゲイという存在を受け止め切れていない自分が、ブルーという他者のカミングアウトを受け止めるまでに成長する…そういう物語なのでした。

LGBTの問題というのは、「ゲイ vs ストレート」のように二者の対立構造で考えがちですけど、本作のようにもっと深みのある関係性を見せられると、自分の理解は浅かったなと考えさせられます。

ゲイに対する自己批判的視点

本作は、社会的抑圧の中で必死に耐えて生きるマイノリティの権利を主張するような、言ってしまえばポリコレ全開な“優等生”的なテーマではありません

作中で、サイモンたちが学校で演劇しているのは有名なミュージカル『キャバレー』なのですが、これはナチス支配下のベルリンで社会的抑圧の中でも恋をする者たちの物語であり、本作そのものとのギャップとして効果的に対比されてもいます。

『キャバレー』とは正反対にある、社会的抑圧のない(少なくとも極端なものはない)中で恋をする者たちの物語が本作ではないでしょうか。

そういう意味では、作品内ではサイモンは救われるべき存在のような扱いでもありません。悲劇の主人公にしないのは、監督がゲイだからこその素直な視点なのだと思います。そして、作品がゲイに対する自己批判的視点も含んでいるのがまた特徴です。

サイモンはゲイであるゆえの不満をため込んでいるわけですが、実はゲイである自分だけが苦しんでいるわけじゃないというお話でもあると解釈もできるでしょう。例えば、アビーは親のことで悩んでおり、その苦悩を他者には話しませんでした。とある一緒に出かけた帰りの車で「私のイメージが壊れるから話したくなかった」とその親のことをカミングアウトするアビー。そんなアビーの勇気に刺激を受けたのかサイモンも「僕はゲイだ」と思わず告白してしまいます。ゲイ同士でなくても背中を押されることはあるのですね。

また、マーティンからの暴露を受けて酷い目に遭うサイモンは一見すると被害者ですが、よく考えれば、サイモンも悪意はないにせよ友人たちの恋愛感情を弄んでしまったわけで、案外、マーティンと変わりないと言えなくもないです。幼馴染のリアの自分に向けられた想いに気づかなかったり、サイモンも身近な人の愛を傷つけてしまいました。目立たないですが重要だなと思うのは、アビーに求愛することに夢中で暴走しがちなマーティンに対して、当初はサイモンは自分を変えるように働きかけているんですね。これはまさにサイモンにとっても必要なことです。

そのマーティンは、事実上、本作の裏の主人公とも言えます。サイモンとマーティンはゲイとストレートという明確な違いはありますが、実は似た者同士なのでしょう。

結局、思春期に悩む若者たちはみんな似たり寄ったりな悩みを抱えていて、SNS世代だなんだと言いつつ、肝心の葛藤は案外共有できていないで、ひとりで悩んでいることが多い。そんなことが本作から伝わってきます。それぞまさに青春なのですけど。

「そんなにおかしいか」と誰よりも言いたいのは、青春を葛藤ともに過ごす若者たちのはず。だから大人である人たちは言ってあげるべきです。「おかしくない」と。

ROTTEN TOMATOES 
Tomatometer 92% Audience 89%
IMDb 
7.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

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