キャサリン・ウォーターストン&ヴァネッサ・カービー共演のレズビアン・ロマンス…映画『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2021年に配信スルー
監督:モナ・ファストヴォールド
恋愛描写
ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け
わーるどとぅかむ かのじょたちのよあけ
『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』あらすじ
19世紀半ばのアメリカ北東部。農家の妻として慎ましく過ごすアビゲイルは、娘を病で失った深い悲しみに暮れながら寡黙な夫ダイアーの要求に応えようと気を配っていた。そこに隣人がやってくる。新しい隣人としてアビゲイルの前に現れたタリーもまた、嫉妬深い夫フィニーの支配に何もできずに苛立っていた。アビゲイルとタリーは強烈に惹かれ合い、強い絆で結ばれることで解放され、満たされていくのだったが…。
『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』感想(ネタバレなし)
埋もれさせたくないレズビアン・ロマンス
世界には映画配給会社がたくさんあります。ハリウッドでは大手の企業ばかりが有名ですが、小さな会社もあって素晴らしい良作を世の中に送りこんでくれています。
例えば「ブリーカー・ストリート(Bleecker Street)」。
知名度はそんなにないかもしれません。でも手がけた映画は観たことあるはず。2014年に設立されたこの配給会社はニューヨークに拠点を置いており、その社名のとおり、「ブリーカー・ストリート」というのは実際にある通りの名前。「フォーカス・フィーチャーズ」の元共同CEOである“アンドリュー・カーペン”が立ち上げ、以降ユニークな作品をいっぱい提供してきました。
一部を挙げると『完全なるチェックメイト』(2015年)、『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(2015年)、『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』(2016年)、『否定と肯定』(2016年)、『ローガンラッキー』(2017年)、『足跡はかき消して』(2018年)、『恐怖のセンセイ』(2019年)などなど…。なかなかに秀作のラインナップ。
そんな「ブリーカー・ストリート」が良い会社だなと思うのはLGBTQ表象を主題にした映画もかなり手がけてくれているということ。具体的には『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』『コレット』『スーパーノヴァ』などですね。
そして2021年はまた新しい「ブリーカー・ストリート」提供のLGBTQ映画が加わります。それが本作『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』です。
本作の物語は、19世紀半ばのアメリカ北東部の地方が舞台。刺激の全くない同じ毎日がずっと続く環境で、退屈な夫と暮らしているひとりの女性が主人公。その女性がある日、隣人の夫婦の奥さんである女性と親しくなり、それがしだいに愛に変わっていくという、レズビアン・ロマンスです。
『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』は、2020年のヴェネツィア国際映画祭でプレミア上映されて、見事にクィア獅子賞を受賞しました。
それにしてもレズビアンと関係あるかはわかりませんが、邦題に「彼女たちの」ってつけがちですね。
監督はノルウェー出身の“モナ・ファストヴォールド”。2014年には『The Sleepwalker』という映画を手がけています。パートナーである“ブラディ・コーベット”が監督した『ポップスター』の脚本も担当していました。
原作があって“ジム・シェパード”が2017年に上梓した短編小説なのですけど、原作者も脚本にクレジットされています。
『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』は登場人物がとても少ないのですが、肝心の主役カップルを熱演するのはこの2人。ひとりは“キャサリン・ウォーターストン”。大人気ファンタジー映画『ファンタスティック・ビースト』シリーズで有名ですね。
その“キャサリン・ウォーターストン”と愛を交わすお相手は“ヴァネッサ・カービー”。妊婦の葛藤を描く『私というパズル』でも名演を披露していました。若手ながら今後も期待大の俳優です。
そしてそんな女性陣と全然愛を交わせていない男たちを演じるのは、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』の“ケイシー・アフレック”、それに『アメリカン・レポーター』の“クリストファー・アボット”。うん、なんか愛を交わせない男を演じるのが上手そうだ…(失礼な話)。
映画自体はとても内省的でモノローグを多用する地味な作品なのですが、まだまだ貴重なレズビアン表象。大切にしたい一作ではないでしょうか。ただそんなにハッピーなことには…。
『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』は日本では劇場公開されず、配信スルーとなってしまいました。なんかレズビアン映画をビデオスルーにすること、多くない? せっかく「ブリーカー・ストリート」が拾ってくれているのに、日本にはそういう姿勢を示す会社はないのか…。
とりあえず気になる人はぜひ鑑賞してみてください。
オススメ度のチェック
ひとり | :興味ある人はぜひ |
友人 | :俳優ファン同士でも |
恋人 | :同性愛の物語を |
キッズ | :かなり地味なドラマ |
『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):籠の中の女性たち
1856年、ニューヨーク州のスカハリー郡。独立戦争の際は戦場となったこの地ですが、今はそんな騒乱も嘘のように静けさに包まれています。
その地に農民として暮らすのはアビゲイルとダイアーの夫妻。生活は決して裕福とは言えません。活気も何もない環境で孤立した状態にあり、家畜を育ててひっそりと佇んでいるだけ。
今は1月。辺り一面は雪に包まれ、とにかく寒いです。木造の部屋に氷が張るほどで、イモを洗うも凍っていくばかり。そんな冷たさがますます身も心も感情を失わせるのか、夫婦には賑やかな会話はありませんでした。
農場であるので記録として台帳をつけています。アビゲイルにとってはそれは自分で何かを表現できる数少ないものでした。
夫妻には娘がいました。しっかりした子でした。でもジフテリアで亡くなったので今は2人だけ。娘を失った後は教会にも行かなくなりました。
2月。ある夫婦を見かけます。お隣(といっても近くではない)のタリーとフィニーの夫婦です。ある日、奥さんの方であるタリーがこちらまで挨拶してきます。夫が家畜を殺しているので今日は家にいたくないのだとか。家に迎えるアビゲイル。髪をたばねてリラックスするタリーに、娘がジフテリアで亡くなった話を打ち明けるアビゲイル。なんだか久しぶりの人間らしい会話でした。
双方の夫婦が集まって食事をします。アビゲイルにしてみれば、タリーとフィニーはどういう夫婦関係なのか、そのことが気になりました。
2月25日。「誕生日おめでとう」とタリーが訪問してきます。プレゼントに地図帳をくれました。足を温めてあげると暖炉の前で触るアビゲイル。タリーは愚痴をこぼします。「フィニーは私といても幸せじゃない、子どもができないから。妊娠ってどんな感じ?」と聞いてきますが、「妊娠を経験しないことが怖い。でも出産も怖い」と弱音を吐くタリーに、アビゲイルは「そのときは支えてあげる」と優しく語ります。
それからダイアーが帰ってくる前にアビゲイルは帰りました。しかし、猛吹雪です。あやうくタリーは危険な状況になりましたが、なんとか帰宅し、凍傷だけですみました。
3月も鶏は凍り付くほどの寒さでしたが、4月になると雪は解けて、タリーがやってきます。久しぶりの再会に笑顔になる2人。タリーは「西に引っ越すつもり」と夫は言っていると口にします。ずっとは一緒にいられないのか…。
しかし、2人の会う機会は増えます。用事もないですが一緒にいて時間を共にする。そんな日々。
タリーは「あなたと離れたくない」と言い、2人の仲はお隣同士の交流を超えてグッと近づきます。おもむろにタリーがアビゲイルの口元に自分の口を近づけ、でもやめてしまい、「なぜやめたの」とアビゲイルからキス。2人は心満たされる感触を互いに求め合いました。
5月。2人の密かな愛は止まりません。ダイアーが出ていった瞬間にキスしあう2人。外でのんびりしながら、2人の大切な瞬間を満喫します。
しかし、フィニーはタリーの行動を怪しみ、他の男の家に行っているのではと疑い始め…。
2人の性格を探る
『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』はフロンティア(開拓地)を舞台にしたロマンスであり、それが女性同士の愛を題材にしていることもあって、感情を表に出すことも許されない女性たちの境遇と相まって、とても映画自体が抑圧的に描かれています。
かろうじて存在するストーリー・テラーはアビゲイルの内省的なモノローグのみ。それもまた抑揚のない地味な語り口であり、この世界がとくに女性にとっていかに閉鎖的なのか、それが伝わってきます。
けれどもこの2人の女性の内面がそう浮き上がってくるのか、そこは本作の面白さだったりします。
アビゲイルは一見すると幼そうな顔立ちですが(まあ、演じている“キャサリン・ウォーターストン”がそうなのですけど、“キャサリン・ウォーターストン”は40代で、“ヴァネッサ・カービー”は30代前半なのでひとまわり年上)、見た目以上に自分を押し殺しています。
一方のタリーは初対面からアビゲイルの前ではややリードしてくるような女性で、なんだか先輩風にも思えます。しかし、徐々にタリーの心に抱える人生経験の乏しさからくる漠然とした不安が明らかになり、それをアビゲイルがフォローする関係に回ります。
そしてあのキス・シーン。タリーからいくのかと思いきや、アビゲイルの押し。あの双方の探り合いがこの作品の関係性を物語っていました。
タリーが消えてからはアビゲイルは人が変わったかのように感情を全開にして心配し、家まで足を運びますからね。
それにしても男たちが邪魔だ…。とくに“ケイシー・アフレック”演じるあのダイアー。常に部屋に入ってくるだけで迷惑にしか思えない。あのわざとやっているわけではないのに、そこにいるという存在感がもはや不要の産物。“ケイシー・アフレック”らしい立ち位置ですけど。『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』で幽霊になりきっているみたいに存在を消せればよかったね…。
情景が物語を彩る
『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』は退屈な絵が確かに多いかもしれません。しかし、風景がまさに物語を印象的に味付けしています。
序盤は冬。寒々しい景色はまさにアビゲイルの心の投影です。『燃ゆる女の肖像』では海がその効果を発揮していましたけど、『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』では雪ですね。
けれども4月になると風景が穏やかになり、その雪解けとともにアビゲイルとタリーの関係性がいよいよ始まっていきます。籠の中に閉じ込められていた小鳥が春の陽気につられてじゃれ合っているかのように…。日記の日付が小刻みに増えて語られるのが、ワクワクした高揚感を醸し出していて良かったですね。
ところがその春が終わる5月末には不穏な状況に。フィニーがタリーを疑って行動を制限するようになり、6月には別の家で火事が発生し、子を失ったアビゲイルのトラウマを刺激する…。
そしてついに消えてしまうタリー。こうやって振り返るとアビゲイルとタリーの幸せな世界は春の一時期にしかやってこなかったことになります。
最後は7月にベッドで白くなっている変わり果てたタリーを前にして、その世界の完全な終了を痛感するアビゲイル。
『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』はレズビアン・ロマンスとしては悲劇譚になるわけで、そういう意味ではステレオタイプ的ではあるのですが、しかし、タリーが残してくれたものもあります。それはアビゲイルの心であり、タリーに会う前は心を閉ざしていたアビゲイルは、タリーの死以降も心の扉を開けて感情を出すことにやや抵抗がなくなったかのように見えます。
ラストで語り合っている相手は夫なのか、それともタリーなのか。このあやふやなエンディングの中には、抑圧された女性たちの心の拠り所の大切さが込められているようでした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 75% Audience 62%
IMDb
6.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
レズビアン・ロマンスを描いた映画の感想記事です。
・『アンモナイトの目覚め』
・『ハピエスト・ホリデー 私たちのカミングアウト』
・『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』
作品ポスター・画像 (C)2021 Tallie Productions LLC. All Rights Reserved. ワールドトゥカム
以上、『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』の感想でした。
The World to Come (2020) [Japanese Review] 『ワールド・トゥ・カム 彼女たちの夜明け』考察・評価レビュー