幸せな男、ペア
Netflix映画『幸せな男、ペア』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Lykke-Per(A Fortunate Man)
製作国:デンマーク(2018年)
日本では劇場未公開:2019年にNetflixで配信
監督:ビレ・アウグスト

幸せな男、ペア

あらすじ

貧しく敬虔なキリスト教徒の家族を捨て、上流階級での成功と富を手に入れようとコペンハーゲンへ渡った天才技師ペア・スィディーニュス。愛する女性の支えや、金銭的な援助もあり、最初は上手くいきそうな手ごたえもあった。だが、その高きプライドゆえに挫折と苦悩を味わうことになる。

ネタバレなし感想

デンマーク文学と映画の巨匠のコラボ

文学には疎い私ですが、“デンマークで最も有名な文学者の名は?”と言われたら「ハンス・クリスチャン・アンデルセン」ぐらいは名前をだせます。1800年代に活躍した童話作家で、「マッチ売りの少女」、「みにくいアヒルの子」、「裸の王様」、「人魚姫」、「親指姫」、「雪の女王」と知らない人はいないであろう超有名な童話の生みの親です。

そして今回、私はもうひとりデンマークの著名な文学者の名前を覚えました。

その名は「ヘンリク・ポントピダン」

ヘンリク・ポントピダンは1857年にデンマーク・フレゼリシアで生まれ、1881年に「教会の舟」で小説家としてデビューした後、作家として着々と評価を高め、1917年にノーベル文学賞を受賞します。

これだけ聞くとさぞかし順風満帆な人生だったんだろうなと思ってしまいますが、そうでもなかったみたいで。

彼は牧師の家に生まれたのですが、家系の流れとして聖職になることに強く抵抗し、大学で土木工学を修学するも、その才能はあまり活かせることなく、今度は学校の教師になり、最終的に作家として有名になるという、なかなかに曲がりくねった人生を送ってきました。

ヘンリク・ポントピダンの作品の特徴は「自然主義」。自然主義文学というのは要するに“社会も宗教も国家も美化せず、ありのままの現実を描く”スタイルのことです。

彼が生きた1800年代後半のデンマークというのは国家の在り方が揺れ動いていた時期でした。1864年の第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争で土地を失い、余裕ではいれなくなったデンマークは、自国の産業をどう育てるか、そして隣国とどう付き合うか、熟考せざるを得ません。今でもデンマークはヨーロッパの先進国の中でも最も民族・宗教ともに単一の国家だと言われていますが、盤石だったわけではなく、葛藤の歴史だったことがわかります。自然主義的な作品が生まれるのもこうした背景があってこそなのかもしれません。

そんなヘンリク・ポントピダンの作家になる前の人生をベースに半自伝的に執筆した小説が「幸福なペール」(1898年~1904年)であり、全8巻にもなる超大作。それがこのたび映画化されることになり、本作『幸せな男、ペア』ができました。

さすが全8巻の原作の映画化ということもあって、どれくらいを網羅しているのかはわかりませんが、映画時間は162分もあります。かなりの壮大な人生史を描いた作品です。

監督はデンマークの巨匠と呼んでもいい映画監督“ビレ・アウグスト”。1988年の『ペレ』、1992年の『愛の風景』でカンヌ国際映画祭のパルムドールを2度も受賞している名実ともに一流の映画人。最近は『マンデラの名もなき看守』(2007年)や『リスボンに誘われて』(2013年)が監督作としてありました。直近だと2017年に『デスティニー・イン・ザ・ウォー』という、太平洋戦争中に日本空襲作戦に参加した米軍パイロットが中国の山間部に墜落し、そこで出会った現地の中国人女性と愛が芽生え…という内容の戦争ロマンスな中国映画を撮っているんですね(でも私は観ていないのでこれ以上はなんともいえない)。

そんな彼がデンマークを代表する文学者の著作の映画化を手がけるのはこれ以上ない適役でしょう。デンマークの最高クラスの巨匠の時代を超えたコラボレーションみたいで、クールです。

『幸せな男、ペア』は2018年のアカデミー賞の外国語作品賞のデンマーク代表作品にエントリーする作品のひとつでした。

日本ではNetflixオリジナルで配信。とにかく長い映画で重厚な人間ドラマがどっぷりと展開されるのでいくらNetflixといえど気軽に観るのは難しいかもしれませんが、そこはネット配信という特性を活かして、半分ずつ見るという、“勝手に前後編にする”作戦でのぞむのも良いでしょう。

オススメ度のチェック
ひとり◯(文学好きなら良いかも)
友人◯(文学好きなら良いかも)
恋人◯(恋愛要素もたっぷりと)
キッズ△(大人向けのシリアスなドラマ)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

故郷を出た男の野望

冒頭。どこまでも続くかのように広大な草原に立つ若い男。くすんだ曇り空のなか、太陽光がスッと差し込み、まるで希望がやってきたような光景。男はひとり呟くように手紙を読みます。「高等工科カレッジへの入学を認めます」…それはコペンハーゲンにある大学への進路が切り開かれたことを告げる文章。手紙に口づけし、沸き上がる喜びをかみしめる男。

しかし、その喜びに満ちた男とは裏腹に彼の家族は冷たい反応。「家を出る息子をお守りください。アーメン」…そう祈りを捧げる厳格なキリスト教の家庭。その中心にいる父は息子に「贈り物をやろう」と時計を差し出し、「私が父からもらったものだ」と説明。「これでお前の無情な心が和み頑なな心が開くよう願う」「いつかお前が破滅への道から戻った時、誤った心を私たちに開いてくれ」と、宗教に背をむき、学問に釘付けの息子を諭します。それに対し「冷酷で厳しい老牧師のくせに感傷的にならないでくれ」と息子である男も厳しく言い返し、その生意気な態度に思わず手をあげる父。「この家では疎外感で孤独でしかなかった」と吐き捨てながら、この田舎の故郷を出ていく若い男なのでした。

この男…ペア・スィディーニュスは、コペンハーゲンに着くと、屋根裏のようなみすぼらしい安住まいを借り、さっそく講義へ。そうは言っても親の支援もろくにないですから、お金がない。「何か仕事ありませんか?」と飲食店に転がり込み、皿洗いしながら、残り物を食う…そんな日々。そこで偶然出会ったリスベトという女性と体を重ねるほど親しくなります。

どうやらこのペアには野望があるらしく、運河システムを考案し、自分の能力を証明したいという欲求が全面に溢れ出ていました。しかし、大学の教員は相手にしてくれません。

ある日、深鍋亭で食事をしていると、イーヴァン・セーロモンという男が目に留まります。セーロモン家はこの国有数の資産家であり、自分の発明計画を実現する助けになると狙ったペア。イーヴァンの姉のナニという女性も紹介され、夕食に誘われたペア。それだけでなく、国の技術政策を決める重要な決定権を持つビュアアグラウ技師大佐に製図を渡すチャンスまでゲット。

イーヴァン家のディナーに招かれた際も食事の席で計画を話し、いずれなくなる石炭ではなく自然界のエネルギーを使うべきですと力説。莫大な費用がかかることを懸念する周囲でしたが、ペアの熱量は一定の評価をしてくれたようです。

その後、ビュアアグラウ技師大佐にも直接会える機会を得て、そのペアの若さに驚かれるものの、いくつかは実用的だと好印象。しかし、ペアは姿勢を注意してくる技師大佐に対して嫌いな父の面影を感じたのか、不満げ。

ペアの野望はそうやすやすと実現しそうにありません。

幸せな男、ペア

2つの家族を彷徨いながら

また一方で、『幸せな男、ペア』の物語はペアの故郷の家族と、ペアが新天地で作ろうとする新しい自分の家庭の問題にもフォーカスしていきます。

リスベトという女性と残り物クリスマスディナーを一緒に食べるほど仲良く交際していたペアでしたが、裕福なセーロモン家と付き合っていくなかで、貧しいウェイトレスのリスベトは邪魔に思ったのかだんだんと邪見に扱うようになります。

そんななかペアの興味をひいたのはヤコーベというセーロモン家の女性。ただ彼女はすでにアイバートという婚約前提で一緒にいる男性がいたのでした。それでもなぜか自分の計画を庇うように評価してくれるヤコーベに想いは募るばかり。

さらにビュアアグラウ技師大佐には、自分の計画を未熟と判断され「子どもじみている」と厳しく却下されてしまいます。これにペアも「あなたが頑固で狭量な老人だと知っていれば」となりふり構わず反発。

資金に困窮したため、イーヴァンの叔父のデルフトにお金を借りるなど、セーロモン家とはすでに切っても切り離せない関係になりつつありましたが、ヤコーベとの関係はどうも一歩を踏み出せません。

それでも根拠のない感情を突っ走らせながら、ヤコーベにアタック。なんと周囲も驚くかたちで、二人は結婚に至るのでした。

デンマークでは自分を認めてくれる人がいないため、オーストリアで教授の元で働くようになったペア。ヤコーベとは文通を続けますが、気持ちはどこか定まりません。ヤコーベの方も賑やかなナニの結婚式を見ながら、どこか寂しそうな表情を見せます。ペアへのこの気持ちを整理するためか、彼の兄を尋ねに行くと「あなたと婚約したのは家族に反発するためです」と言われ、ここで初めてペアが故郷の家族と確執を抱えていることを痛感。

ヤコーベはペアの元を訪ね、「私はあなたがどんな人か理解していなかった」と手紙をその場で読み始め、二人は真に心を通わせ、結ばれたのでした。

ところがここからペアには最大の壁が立ちはだかります。

まず憎き父の訃報の知らせ。母から父の思いを聞き、父の言葉を忘れないでと言われたのは「神に逆らう者は追放されることになる」という言葉。亡くなってもなおも自分を縛る父と、一方で怒りをぶつける存在の消失に、感情を震わすしかないペア。

さらには「歴史を変える」と意気込んで運河計画を売り込むものの、ビュアアグラウ技師大佐に全面的に謝罪してもらいたいと言われ、やはりここでも「そっちが謝るべき」と激昂。会合は終了し、頼みの綱だった合弁企業は解散してしまいます。

そしてついに母までもが亡くなり、しかも死亡記事を新聞で見つけるほどに自分の知らぬうちの死亡。これで完全にペアの中の闘争心は消えたのか。葬儀に参加し、久しぶりに戻ってきたこの故郷の大地で、これは罰なのか、父の呪いなのかと混乱することしかできません。

ついには一緒にいても幸せになれないとヤコーベに告げ、婚約解消。当然、セーロモン家とのつながりもなくなり、融資してもらえない状況に。追い詰められ、あんなに反発していたビュアアグラウ技師大佐にいまさら謝罪するも、状況は改善するわけもなく、当たり散らすことしかできません。

そしてペアは故郷に戻るのでした。

ペアは幸福になれたのか

こんな風に話の流れをざっくりおさらいするだけでも相当な文量になってしまうくらい、濃厚な人生ドラマが描きだされる本作。

それでも話のテーマは振り返って見ればとてもシンプルです。

それはペアの生き方。彼はとにかく承認欲求の強い男です。最初は厳格なキリスト教家庭を飛び出し、学問の世界に自分の肯定を求めますが、そこも厳しい現実が。続いて、キリスト教ではないユダヤ教の家庭であるセーロモン家に自分の肯定を探します。結果、ヤコーベという女性を手に入れ、ぺアにとって初めて達成した“成果物”になるわけですが、当然、それで満たされるわけでもなく、しまいにはせっかくの愛を向けてくれるヤコーベを自ら手放す始末。

結局、振り出しに戻るように故郷のあの家で、髭面になるほど変わり果てたペア。

ではこの物語において、ペアはただ人生を失敗させた“落伍者”なのか。私はそうは描いていないと思います。

そのカギとなるのがヤコーベの存在。彼女は本当に可哀想な境遇ですが、今まで散々男に振り回されて従っていただけなのに、でも最後にある行動を自ら選択します。それはYWCA(キリスト教女子青年会)が行う貧しい子どもたちへの支援活動の場をその目で見て、自分も何かを与えることをしたいと、コペンハーゲンに慈善学校を作るのでした。貧窮する子どもを救うという役割を語るヤコーベはここで初めて独立してみせます。

そしてそのヤコーベはペアの故郷を訪れます。この終盤のシーンは、冒頭と対比になっています。冒頭ではペアが手紙を受け取り、希望を胸に抱くのですが、ラストではペアが逆に手紙をヤコーベに出し、来たヤコーベに自分の希望を託すというオチです。

「君の学校に僕の製図と模型を展示してくれないか。子どもたちの刺激になる」「お金を君の学校に受け取ってもらうという遺書を書いた」とのペアの言葉にも「もちろん」「断るわけない」と黙って受け止めてくれるヤコーベ。

今までひたすらキャリアこそ全てという人生を送ってきたペアがここに来て初めて“他者に何かを与える”ということの大切さを知る。父を含む周りの人間が自分に対して実はしてくれていたことの重みを感じた瞬間。

散々作中でも「お前は幸福な男だ」と言われてきたペアであり、本作のタイトルもまさにそれでしたが、ラストで本当の“幸福な男”になれたのかもしれない

人生は長い長い回り道なんだということを実感する映画でした。

ROTTEN TOMATOES
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IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Netflix

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