私の人生は映画になるのだろうか…映画『スーヴェニア 私たちが愛した時間(ザ・スーベニア 魅せられて)』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ・イギリス(2019年)
日本では劇場未公開:2021年に配信スルー
監督:ジョアンナ・ホッグ
スーヴェニア 私たちが愛した時間
すーべにあ わたしたちがあいしたじかん
『スーヴェニア 私たちが愛した時間』あらすじ
1980年代初頭、映画学校に通う温室育ちの若い女性がひとりの男と出会う。教養豊かだが、どこかミステリアスでもあるその男と親密な関係になる中で、彼女は撮りたい世界を見いだしていく。「新しい切り口で撮りたい。題材とするのは実在の人物だけど。創った人物を主人公にしたい」…そんなクリエイティブな熱意を抱えつつ、自分の人生はその男に翻弄される。平凡な自分の人生はいつの間にかドラマチックに…。
『スーヴェニア 私たちが愛した時間』感想(ネタバレなし)
監督の自伝的映画を助けたのはあの人
日本の学校でよく書かされる作文。あれは要するに「自伝」を書いていることになります。夏休みはどうやって過ごしたかとか、運動会の思い出はどうだったかとか、そういう人生の記憶を元に主観的に書かないといけないのですから。あの作文を積み重ねれば自叙伝が出来上がっていきます。
私は子どもの頃はその作文がどうも好きではなく、いつもの捻くれたアプローチで作文に向き合うことから逃げていました。なんというか真面目に主観で文章を書くのがしっくりこない…。
でも中学生になったとき、主観で想いを書くのではなく、自分を他人だと思って分析するつもりで書くという向き合い方を見い出し、するとわりとさくさくと文章が書けるようになりました。私はどちらかと言えば自己批評とかをする方が性に合っていたのです。自分をあられもなく批判している方が気持ちよかったですし、文章も明快で勢いよく筆が乗りました。高校の時はすっかり自己批評文を書くのが得意になっていました(でも進学受験とかのために自分を“良く見せる”文を書くのは気が乗らなかったけど)。
そんなふうにある時期にふと自分と向き合う方法を理解する、そういう瞬間は訪れるものなのかもしれません。
今回紹介する映画もそんな自分と向き合えた瞬間を描く、静かな自伝的な作品です。それが本作『スーヴェニア 私たちが愛した時間』。
本作を語るにはまず監督について説明しないといけません。『スーヴェニア 私たちが愛した時間』の監督は、“ジョアンナ・ホッグ”というロンドン出身の人です。日本ではあまり知名度はないのかもしれませんが、2007年に『Unrelated』という作品で長編映画デビュー。“ジョアンナ・ホッグ”監督作と言えば、初期から“トム・ヒドルストン”を起用しており、彼の俳優キャリアの土台を作った監督でもあります。初期作からとても高い評価を受け、インディペンデント系界隈では有名になっていきました。
そんな“ジョアンナ・ホッグ”監督が2019年に公開したのが『スーヴェニア 私たちが愛した時間』。この作品は監督自身の自伝的物語となっており、映画学校で創作を学ぶ若い女性を主人公に、ある男性と出会いながら創作の道を模索していくストーリーです。
この自分事として大切な一作となった『スーヴェニア 私たちが愛した時間』を“ジョアンナ・ホッグ”監督が作るうえで、頼りになった人物がいます。それは10歳の頃から友人だったある人物。その人とは“ティルダ・スウィントン”です。そう、“ジョアンナ・ホッグ”監督と“ティルダ・スウィントン”は本当につかず離れずの親友だったんですね。監督の卒業制作作品にも“ティルダ・スウィントン”が主演で出ているくらいです。
この『スーヴェニア 私たちが愛した時間』にも“ティルダ・スウィントン”が主人公の母親役で出演しているのですが、ここでキャスティングで難題となったのが主人公を誰に演じてもらうのかということ。“ジョアンナ・ホッグ”監督自身の若かりし頃と重なる人はいるのだろうか…。
その理想の人は身近な場所にいました。“ティルダ・スウィントン”です。いや、“ティルダ・スウィントン”が演じるわけではないのですが、“ティルダ・スウィントン”の実の娘である“オナー・スウィントン・バーン”を見た時、「この人だ!」となったそうです。私も“ティルダ・スウィントン”の娘のことをよく知らなかったのですけど、こんな顔をした人だったんですね。以前にちょっとだけ映画に出たことがあったのですが、本格的な俳優デビュー(しかも主演)はこの『スーヴェニア 私たちが愛した時間』。でも見事にフィットしており、名演を見せています。
共演は、『Mank/マンク』でオーソン・ウェルズを演じた“トム・バーク”、『嗤う分身』を監督した“リチャード・アイオアディ”など。
『スーヴェニア 私たちが愛した時間』は非常に高く評価され、2019年の英国インディペンデント映画賞でも、最優秀英国インディペンデント作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、有望新人賞を含む8部門ノミネートを果たし、サンダンス映画祭、インディペンデント・スピリット賞、ナショナル・ボード・オブ・レビューでも高評価。“ジョアンナ・ホッグ”監督フィルモグラフィーでも最大級の称賛が送られました。
なのですが…日本では全然劇場公開されなくて…。こんなシネフィルが喜びそうな映画なのに…。
結局、日本ではスターチャンネルで『ザ・スーベニア~魅せられて~』の邦題で配信されたほか、『スーヴェニア 私たちが愛した時間』という邦題でNetflixでも2021年に配信されました。せめて邦題を統一してくれよ…(原題は「The Souvenir」)。一番観やすいのはNetflixだと思いますが、独占配信となるオリジナル映画という扱いではないので、配信は突然に終了する可能性が高いです。観たいのなら早めの鑑賞をオススメします。
映画業界でキャリアを持とうとする若い女性の物語としても興味深いです。
オススメ度のチェック
ひとり | :隠れた良作をどうぞ |
友人 | :映画創作仲間と |
恋人 | :異性愛ロマンスあり |
キッズ | :大人のドラマです |
『スーヴェニア 私たちが愛した時間』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):その男との出会い
「ジュリー、このサンダーランドが舞台の映画を撮るんだよね。どんな物語か教えてくれる?」
「主人公は16歳の少年トニー。ずっと不安を抱えてる内気な子で、生まれてからサンダーランドで暮らし続けている。それでトニーは自分の母親が好きでたまらない。崇拝してる、虜に近い。よく見る夢は母親の死。それが彼の抱える恐怖」
ジュリーは家でパーティをしていました。といってもその中心にいるのはフランキーという男。ジュリーはこの家に彼を住まわせており、フランキーはガールフレンドを連れ込んだり、マリファナを吸ったりとやりたい放題。そのわりには家賃はあんまり払ってくれません。ジュリーの家柄的に裕福で、この自分用の部屋を持て余しぎみだったのでいいのですが…。
人が密集する中で、ジュリーは写真を撮ります。ジュリーの夢は映画監督になることでした。
その部屋の中にスーツの男がいて、たまたまその男に自分の考える映画について説明します。母の死と寂れた町を重ね合わせる、メタファーなんだ…と。その男、アンソニーは熱心に聞いてくれました。
買い物から帰ってきた母が犬を連れてこの家に寄ってきました。体調が悪そうです。母はジュリーを信じており、おカネの仕送りもしてくれます。
あのアンソニーから手紙が来て、また会うことになりました。彼は「他人の心の内など僕らにはわからない。でも映画ではそこを理解したい。他人の人生を傍観するのではなく自分の経験として味わいたいと考えるんだ」と口にし、ジュリーも「でも主人公やその母親はリアルな人にしたい。私たちは現実でも映画でもリアル。2人は架空の人物でもいい。私は撮りたいのは映画で…」と返します。しかし、アンソニーは「本当にそうか?」とジュリーの創作の裏にある思いを訊ね、ジュリーは「間違いない。フィクションよ」と答えます。
「記録映画にはしたくないのか?」「新しい切り口で撮りたい。題材とするのは実在の人物だけど。創った人物を主人公にしたい」
アンソニーは外務省に勤めているらしく、いつも身なりはしっかりしていて知的です。一緒にギャラリーに連れて行ってもらったとき、ジャン・オノレ・フラゴナール作の「ザ・スーベニア」の絵を前に、恋人から手紙をもらってその人のイニシャルを木に彫っているその絵を「恋に夢中ね」と感想を語り合う2人。芸術に関するトークができる貴重な相手でした。
アンソニーの実家にも招かれ、ジュリーはそこで「次は長編映画を撮る予定」と喋ります。
そんな中、同居人のフランキーは何日かガールフレンドの家に行くことになり、「その間、泊まりに行っても?」とアンソニーは聞いてきます。「構わない」とジュリーもOK。
アンソニーとの共同生活。彼は文章を添削してくれたり、何かと助けてくれます。隣のベッドに寝ていても、優しく接してくれます。出かけるたびに10ポンド貸してほしいと言われても、簡単におカネを渡してしまうジュリー。
ある日、アンソニーは「しばらくパリに行ってくる」と言います。仕事の詳細は依然として語らないアンソニーですが、すっかりジュリーは信じ切っていました。
その男性が自分の人生の懐にまで入り込んでいるとも自覚せずに…。
皮肉な自己分析も感じさせる
『スーヴェニア 私たちが愛した時間』は一見すると主人公のジュリーがアンソニーと出会ったことで始まるロマンスを描いています。しかし、そのロマンスに見える関係性はいささか単純には受け入れがたいものにささやかに変化していきます。
アンソニーは当初はかなりの好青年に見えます。荒っぽい粗雑さは皆無で、知的で芸術的な話も理解できる。ジュリーのような映画という創作に臨もうとする女性にとっては何かと偏見的な男も立ちはだかるものでしょうけど、このアンソニーはジュリーのまだ形としてまとまってもいない創作アイディアを親身にも聞いてくれる。ここまで献身的になってくれるなら「この人は良いかもな」と心許すこともあるでしょう。
実際にジュリーはアンソニーを部屋に泊めるのですが、一緒のベッドで寝るくらいですから、相当に気を許しています。ここでアンソニーがジュリーの体を求めるわけでもないのがまた優しさにも見えたり…。
ところがしだいに状況は雲行きが怪しくなってきて…。まずアンソニーはやたらとカネをせびります。少額なのですが何度も気軽な口調で求めるのでジュリーはカネをぽんぽん渡してしまい、すっかり金欠。母親に話をややでっちあげてカネを借りるハメに。
また、アンソニーの腕に注射痕のようなものがあるのを目にするのですが、ジュリーはそれをスルーして追及しようともしません。
そんな中、ついにアンソニーの一線を越えた行動に対してジュリーが初めて怒りの声をあげるのですが、アンソニーの開き直りのような問答に押されるかたちで、なぜかジュリーの方が謝るという事態に。つまり、ジュリーは完全にガスライティングとして認識を歪められ、アンソニーの都合がいいように手玉にとられてしまっています。
最終的にアンソニーはヘロイン中毒者だと判明して「家を出ていって」と訴えて追い出すのですが、またも再会によって関係は逆戻り。その関係は静かですが緊張感に満ちたものであり続けます。
例え裕福な女性であっても女性であるだけでこういう男性にコントロールされる可能性は常にあるわけですが、ジュリーはヒッチコックの『サイコ』を語っていたようにああいう男性に支配される女性像にも精通していたはずなのに、いざ自分がそれと同じ目に遭うと自覚できないもので…という、そんな“ジョアンナ・ホッグ”監督の皮肉な自己分析を感じさせる一作でした。
私の人生は映画になる
このように『スーヴェニア 私たちが愛した時間』はジュリーという若き創作者になろうとする女性の自己批評という側面があります。
ジュリーは映画学校の面談でも語っていましたけど、「初心者なら身近にある題材を撮った方がいいと思うけど」というもっともな指導に対して「私は恵まれた立場だと思うのですが、周りに無関心でいたくないんです」とその身近なテーマをあえて避けようとします。それはきっと家柄のせいもあるのでしょうが、ある種の慈善的な精神で創作に向き合いたいという本人の姿勢なんでしょう。
本作の舞台は1980年代。作中でも爆発テロやニュースの話題などでも取り上げられていたように、当時のイギリスは北アイルランド問題が激化し、サッチャー政権も対話を拒否し、かなりの緊張状態にありました。
こうした背景もあって、ジュリーとしては社会に貢献したかったのだと思います。でもまさか自分の人生にも緊張状態が巻き起こるとは…。
「私は平凡な人間」とアンソニーに言うように自己肯定力が低いジュリーはそれを逆手に利用されるのですが、最終的にジュリーはやられっぱなしの無残な苦い思い出で終わったのか。少なくとも私はそうではなかったのだろうと思います。
確かにジュリーにしてみればアンソニーという男のせいでだいぶ人生をぐちゃぐちゃにされたのですが、そのドラマ性が彼女自身が自分の人生の題材としての意味に気づくきっかけにもなったわけで…。
“ジョアンナ・ホッグ”監督は“小津安二郎”監督的なカメラを固定して完璧に決まった構図の中で役者に演技をさせるというスタイルをとる人なのですが、その作風は本作にも随所にあります。
そしてラスト、ジュリーの立ち尽くすスタジオのセットの扉がぐっと開いて、それ自体がまるで次の世界の扉のように見えたところで映画は終わります。つまるところ、ジュリーはこの経験を映画にするという方法でやり返してやったとも言える。「souvenir(お土産)」というタイトルのとおり、彼の残した手土産を活かしたことで自分のキャリアは開いていく。そこには本当に静穏ではありますが、映画監督らしいカタルシスもあるように感じました。
これこそ創作に携わる人間だけができる、人生経験の利用方法なのかもしれませんね。
なお、本作は『The Souvenir Part II』という続編があって、本国では2021年に公開され、こちらも1作目以上に高評価を受けました。ぜひ2作目も観たいものです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 89% Audience 36%
IMDb
6.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)BBC Films
以上、『スーヴェニア 私たちが愛した時間』の感想でした。
The Souvenir (2019) [Japanese Review] 『スーヴェニア 私たちが愛した時間』考察・評価レビュー