山は自分を傷つけない…映画『帰れない山』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イタリア・ベルギー・フランス(2022年)
日本公開日:2023年5月5日
監督:フェリックス・バン・ヒュルーニンゲン、シャルロッテ・ファンデルメールシュ
帰れない山
かえれないやま
『帰れない山』あらすじ
『帰れない山』感想(ネタバレなし)
五輪のないアルプスで…
2023年10月、北海道・札幌市は2030年の冬季オリンピックの招致に向けて動いていましたが、東京オリンピックの汚職事件の余波を処理できず、「住民の理解を十分に得ているとは言いがたい」として招致を断念。しかも、次の34年大会の実現を目指そうとしたものの、冬季五輪の開催地が30年と34年を同時決定する方針が明らかになったので34年も間に合わなくなり、ほぼ完全に蚊帳の外状態となりました(朝日新聞)。
あまりにマヌケなオチですが、北海道出身の私でも同情する気は1ミリもありません。北海道はオリンピックよりももっと取り組まないといけない問題をいろいろ抱えているのですから。金儲けしか考えていない経済界の一部の愚かさがまた露呈しただけです。
その札幌は跡形もなく消えた2030年の冬季オリンピックですが、開催地候補として正式に名乗りを上げたのはフランス、スウェーデン、スイスとなっています。
このうち、フランスが開催地として提案しているのが「アルプス」です(時事通信)。あのアルプス山脈でおなじみのアルプス地方ですね。該当する地域の住民の73%が開催に賛成しているとのこと(L’Équip)。
アルプス山脈はヨーロッパ中央部に広がり、フランスだけでなく、多くの国々を横切り、接しています。ヨーロッパを象徴する山岳で、標高4810.9mのモンブランはアルプス最高峰でヨーロッパの最高峰。もちろんオリンピックをやるにしてもそんな山頂でするわけじゃないですが…(でも演出に使うでしょうね)。
今回紹介する映画はそんなアルプス山脈の山岳にある村が舞台です。と言ってもフランスではなく、イタリア・スイス国境にあるモンテ・ローザで物語は始まり、『アルプスの少女ハイジ』のような牧歌的な空気を吸えるわけではないです。
それが本作『帰れない山』。
なんだか山岳遭難映画みたいな邦題で、私も最初はそうなのかと思ってしまいましたが、全然そんなジャンルではないので誤解しないように。
本作は原作があって、イタリアのミラノ生まれの作家“パオロ・コニェッティ”のベストセラー小説(2018年)で、イタリア文学の頂点であるストレーガ賞に輝いた作品です。“パオロ・コニェッティ”自身も山好きだそうで、その想いが捧げられた内容になっています。
物語は、2人の少年がアルプス山脈の山岳にある村で出会うことから静かに開幕します。2人は仲良くなりますが、人間関係と価値観が人生の選択に微かな分け目を作り、2人の未来に影響し合い…。あとは観てのお楽しみ。
派手な展開はなく、淡々と進行する男同士の関係性を眺めるストーリーです。映画化するにあたって、実際の山脈で撮ったことで、映像のダイナミックさが加わり、物語への没入感が増したのではないでしょうか。
『帰れない山』の監督は、『オーバー・ザ・ブルースカイ』(2012年)、『ビューティフル・ボーイ』(2018年)を撮ったベルギーの“フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン”。さらに俳優で“フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン”のパートナーでもある“シャルロッテ・ファンデルメールシュ”。今回は2人で監督し、脚本も一緒にやってます。
『帰れない山』は第75回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞し(『EO イーオー』と一緒の受賞)、“フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン”&“シャルロッテ・ファンデルメールシュ”のペアも常連になっていきそうです。
撮影は、『TITANE/チタン』を手がけた“ルーベン・インペンス”。
俳優陣は、『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』で癖のある悪役を熱演した“ルカ・マリネッリ”。そして、ドラマ『DEVILS~金融の悪魔~』の“アレッサンドロ・ボルギ”。2人とも言葉ではなく佇まいで饒舌に語るような寡黙な演技を見せており、味わいは抜群。序盤で出てくる子役たちもいいですね。
ゆったりと噛みしめるように映画を鑑賞できる環境を用意してご覧ください。
五輪のない静かなアルプスが待ってます。
『帰れない山』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :じっくりと味わう |
友人 | :盛り上がりにくい |
恋人 | :明白な恋愛要素なし |
キッズ | :大人のドラマです |
『帰れない山』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):2人の子どもの交流
雄大な森が広がる山々。その山間に村があります。ここは北イタリア、モンテ・ローザ山麓の小さな村グラーナ。10人ちょっとの人口です。
1984年の夏、トリノ出身の11歳のピエトロは母親フランチェスカとここに休暇で訪れていました。
そこで同じ年齢の牛飼いの少年ブルーノと出会います。この子はこの村の最後の子どもと言われるくらいに稀有な存在。ブルーノに案内されるように大自然のあちこちに連れて行ってもらいます。牛が逃げないように電気柵をして、2人はひたすら好きなように過ごします。川を石でせき止めて水遊びし、草原でじゃれ合う…。繊細なピエトロでしたがブルーノとは夏の間ですぐに友達になりました。
数か月後、ピエトロの父ジョヴァンニも到着します。父と山登りし、絶景を眺めます。父はトリノの工場でエンジニアをしていたのですが、父にとって年に数回の登山は欠かせない趣味です。ピエトロもすっかりこの環境の素晴らしさに魅了されます。
ブルーノと一緒に父と山登りハイキングを繰り返し、やがては雪積もる山岳まで登ることも。ピエトロは最後尾で疲れ切っており、危険な個所もありました。ブルーノは父と意気投合していましたが、体力が弱く内気なピエトロは怯えて勇気がでません。
ある日、ピエトロの両親がブルーノがトリノの学校に通えるようにと養子縁組を考えていることを知ります。でも都会の生活が楽しいとは思えないピエトロはその考えに賛成できません。
さらにブルーノの父はその提案に猛反発し、ブルーノを出稼ぎに連れ出し、ピエトロとは全然会えなくなってしまいました。
5年後、16歳となったピエトロとバーで偶然に労働者仲間と行動しているブルーノと出会います。唐突な遭遇に微かに手を振るピエトロ。目線をやるだけのブルーノ。それだけでした。
ピエトロの家族は相変わらずあのグラーナを訪れますが、ピエトロは父親と確執を深め、家を出て行ってしまいました。当然、この山とも距離をとります。
15年後、31歳のピエトロはトリノのレストランで仕事を見つけ、なんとか生きていました。自分が生まれた時の父と同じ年齢になっていましたが、ピエトロはまだ独身で、定職にさえ就いていません。自分が何をしたいのか、その方向性が見えないのです。
ある冬の夜、疎遠になっていた母から父が亡くなったと連絡を受けます。父がいたあの山の村グラーナへと久しぶりに戻ってみることになりました。
そこで同じく成長したブルーノと再会します。ブルーノは語ってくれます。どうやらピエトロが父と距離をとってから、父はブルーノと山に登って本当の親子のように過ごしていたそうです。
父はこの自分が大好きだったこの土地に家を建ててほしいとブルーノに頼んでいたらしく、その想いに感化されて、ブルーノと2人で家を建てることを決意するピエトロ。家を建てるために残した岩と木材の山が斜面に放置されているだけで、他には何もありません。
2人は20年ぶりの共同で時間を共にすることになり…。
ブルーノの望んだこと
ここから『帰れない山』のネタバレありの感想本文です。
『帰れない山』は序盤はなんとものどかな風景から始まります。ピエトロとブルーノ…出自も生活経験も異なる2人の子どもが、この壮大な山間で絆を深めていく。とても子どもらしい純真さを全面にだした展開です。実際の山岳風景の大自然がその背景として融合し、観客も癒されます。
ここ最近のヨーロッパ映画では、田舎に部外者が来れば、『ヨーロッパ新世紀』や『理想郷』みたいな田舎スリラーへと変貌するのが定番化していたので、この『帰れない山』の安心感は心が和みますよ。
しかし、すでにこの穏やかそうに見える序盤から、微かな不穏さも芽生え始めています。
とくにそれが強調されるのが、ピエトロが父のジョヴァンニと親友となったブルーノと共に雪山を登っていくシーン。ここでクレバス(氷河や雪渓にできた深い割れ目)を越えることになるのですが、ブルーノはそれをやってみせてピエトロの父に褒められるも、当のピエトロは怖気づいて結局はできません。
ここは死の予兆のような暗示があり、無論それはラストでのブルーノの顛末と重なります。
ただ、ひとまずわかるのは、このピエトロとブルーノの2人の子は同年代で仲良くなっても、そこには決定的な壁があるということです。ブルーノはピエトロの父と同じようにこの山の危険性も込みで受け止めるだけの度量があります。対するピエトロは山は当初は嫌いでないですけど(むしろ都会ではきっと学校でも浮いていたのだろうなと思わせる)、かといってその山の危険まで愛するみたいな陶酔感情は持っていません。
一方でジョヴァンニとブルーノが同一というわけでもありません。ブルーノはもう少し複雑で、ブルーノは子ども心ながら自分はこの山に縛られて出られないんだという宿命を理解しています。つまり、あの子にとって山は刑務所みたいな不自由さの世界でもあります。ピエトロは逆に好きなように行動できて、山の美味しいところだけ摘まめるので自由です。
このピエトロとブルーノの表立って現れてこないすれ違いというのは、16歳で一瞬だけ再会するシーンでも顕著で、片や同年代とバーでたむろし、片や労働者と過ごすしかない身ですからね。地味ながら残酷です。
そして2人が成人になってそれはよりハッキリします。ブルーノは経営難で牧場が潰れ、家族も傍から離れてしまう…。
それでもブルーノはピエトロを支えてあげるというところが健気で、また儚いです。自分の思い描いていた届かない自由をピエトロを通して味わうみたいで…。
そんな中で、ピエトロはまた無邪気にブルーノと山を一体化してみたりして、それに苦しんでいる気持ちにまでしっかり気づけず、ついにはあの結末を迎えるわけですが…。「山は自分を傷つけない」というセリフが自嘲的に響きます。
山岳遭難映画じゃないって言ったじゃないか!って文句もとんできそうですが、『雪の峰』みたいに本格的に救助するみたいな展開にはなりません。あのブルーノの顛末は、彼の「山と一生を共にする」という形での希死念慮的な行動の結果であり、それは序盤からルートがひとつに絞られていた…すごく虚しく切ない人生の話のようでした。
自然の理想化に釘を打つけど…
『帰れない山』はピエトロとブルーノの関係は、有り体に言えば、男同士の友情…人によってはプラトニックな関係だと見るかもしれません。個人的にはこれをプラトニックと表現するのは、前述したすれ違いにともなう言葉にしない互いへの感情を加味できないので、あまり適しているとは思わないですけど。
ピエトロとブルーノって互いを思い切って憎み合ってもいいのに、それはしないというのは、単に2人が根が優しいというのもあるかもですけど、基本的に孤独な男なので、互いを否定しまうといよいよ孤立してしまうので、そこは絶対に線を越えないように双方で配慮した結果なんじゃないかな、と。
私はこういうの、消極的妥協型ブロマンスって勝手に呼んでるけど…。
なお、本作を原作の時点から「ストレートな『ブロークバック・マウンテン』」と評する見方があるのですが(The Guardian)、私はこの言い方は全然好きじゃないですね。いや、わかりますよ。作品の持つ空気感的な意味でそう感じるのも。ただ「同性愛的な『●●』」という言い回しなら、それは同性愛表象が少ないゆえの表現なんですから、意義として納得できます。けども、それを単に反転させて特定の作品に評するのはさすがに変だし、バイセクシュアル・イレイジャー的でもあるし、ダメだと思う…。
あと、気になるのは、本作『帰れない山』は、男同士の友情にせよ、アルプスの山々の自然主義にせよ、そういうものを理想化しない、理想化する見方への皮肉な展開を最後に用意しているわけですが、一方で、結構オリエンタリズムは無批判に採用しちゃったなという感じだったな、とも。
本作の原題は「8つの山」という意味です。日本だと「8」と「山」からは「八甲田山」を私は思い浮かべちゃうけど、これは古代インドの世界観で仏教などにも共有されているもので、「世界には8つの山があり、その中心には最も高い山である須弥山(スメール)がある」という考え方のものです。本作ではあの2人で作る家が9つ目の山のようになってます。
作中ではネパールに住み着いたピエトロがそこでこの概念を知ったということになっており、本作は言わば典型的な「西洋人がエキゾチックなアジアをめぐって己を見つめ直す精神修行の旅」の派生作です。そこは相も変わらずなのかとややげんなりしましたが…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 90% Audience 97%
IMDb
7.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
第75回カンヌ国際映画祭の受賞作の感想記事です。
・『逆転のトライアングル』(パルム・ドール)
・『CLOSE/クロース』(グランプリ)
・『別れる決心』(監督賞)
・『聖地には蜘蛛が巣を張る』(女優賞)
・『ベイビー・ブローカー』(男優賞)
・『EO イーオー』(審査員賞)
作品ポスター・画像 (C)2022 WILDSIDE S.R.L. – RUFUS BV – MENUETTO BV – PYRAMIDE PRODUCTIONS SAS – VISION DISTRIBUTION S.P.A. ザ・エイト・マウンテンズ
以上、『帰れない山』の感想でした。
The Eight Mountains (2022) [Japanese Review] 『帰れない山』考察・評価レビュー