不倫は宇宙のせいですか?…映画『ルーシー・イン・ザ・スカイ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2019年)
日本では劇場未公開:2020年にDVDスルー
監督:ノア・ホーリー
ルーシー・イン・ザ・スカイ
るーしーいんざすかい
『ルーシー・イン・ザ・スカイ』あらすじ
宇宙飛行士のルーシーは、広大な宇宙でひとり浮遊していた。そこから見える青く小さな地球に畏敬の念を抱くのだった。NASAでの使命感のあるミッションを終えて、ルーシーは地球に帰還するが、宇宙で超越的な経験をした今、地上での生活はひどく退屈に思えた。再び宇宙に戻るための訓練に勤しむルーシーだったが、そんなある日、事件は起こる。
『ルーシー・イン・ザ・スカイ』感想(ネタバレなし)
宇宙飛行士が起こした衝撃の事件
宇宙飛行士のようなプロフェッショナルな仕事に就いている人間は、高度なスキルを有するだけでなく、人間性という意味でも完璧で弱点がないパーフェクトな存在であるかのように、私たちは思いがちです。ましてやフィクションとしてそうした宇宙飛行士を描く映画を観ていると、なおさらそんなイメージが増幅されます。火星でひとりぼっちになってもジャガイモを育てて元気にやれるとか…。
でも現実ではそんなことはありません。宇宙飛行士でもただの人間です。いろいろなことに悩み、苦しみ、失望したりします。それが当たり前です。宇宙空間にいても宇宙服で有害な放射線を防御できるかもしれませんが、心まで強靭になるわけではないです。
ただ、やはり現実の宇宙飛行士はフィクションのそれ以上にヒーロー扱いされることも依然として多く、私たちは素の彼ら彼女らをよく理解していないものです。前人未到のミッションを達成した“凄い人”という看板だけが独り歩きしてます。
そんな中で意外なかたちで世間の注目を浴びた宇宙飛行士がいました。その実話に基づいて作られた映画が本作『ルーシー・イン・ザ・スカイ』です。
物語はあるNASAに所属する宇宙飛行士の女性が主人公。彼女はスペースシャトルに搭乗して宇宙でのミッションをクリアし、宇宙から帰ってきたばかり。ところがしだいに様子がおかしくなっていきます。そして衝撃の事件を…。
正直、あまりこれ以上喋ってしまうと映画の面白さも消え失せるので控えますが、アメリカでは有名な事件だったのでインターネットで検索すると結構簡単にわかっちゃいます。なので事前に調べたりせずにさっさと鑑賞する方がいいです。この感想記事の後半では、史実と映画ではどう違うのかも含めて少し整理しているので、鑑賞後に参考にしてみてください。映画だけを見てどうこう受け止めるよりも、史実と照らし合わせるとさらに印象も変わるでしょうし。
宇宙にロマンを抱かせる感動的な一作…という王道の宇宙飛行士映画では決してないことだけは忠告しておきます。
『ルーシー・イン・ザ・スカイ』の主人公を演じるのは、『レオン』で映画デビューし、今やトップ女優のひとりとなった“ナタリー・ポートマン”です。最近も『ジャッキー ファーストレディ 最後の使命』や『ポップスター』といった作品で複雑な立場に追い込まれた女性を演じてきましたが、今回も見事に熱演しており、実力を見せつけています。
MCUの『マイティ・ソー』シリーズで演じたヒロインは天文物理学者でしたが、『ルーシー・イン・ザ・スカイ』では宇宙飛行士になってしまいましたね(なお、ハンマーを持った筋肉男には本作では出会いません)。
他の出演陣は、『ベイビー・ドライバー』の“ジョン・ハム”、『デッドプール2』の“ザジー・ビーツ”、『アポストル 復讐の掟』の“ダン・スティーヴンス”など。
監督はドラマ『ファーゴ』とドラマ『レギオン』の成功で話題となった“ノア・ホーリー”です。この『ルーシー・イン・ザ・スカイ』が長編映画監督デビュー作となります。今後も「スター・トレック」の最新作の監督を予定しているそうで、名前を聞く機会は多くなると思います。母親はルイーズ・アームストロングという小説家で、“ノア・ホーリー”自身も作家だったので、小説家ファミリーだったんですね。
また、本作の製作に“リース・ウィザースプーン”の名がクレジットされていますが、これはもともと彼女が主役を務める予定だったから…とのこと。
本作は「フォックス・サーチライト・ピクチャーズ」(現:サーチライト・ピクチャーズ)の制作作品でありました。なので日本ではディズニーが取り扱っています。そのせいか、かなり宣伝もされていない、見つけづらい作品になっているのですけど…。
残念ながら日本では劇場未公開でデジタル配信スルーとなってしまったのですが、家で安全環境でじっくり鑑賞するには丁度いいでしょう。
オススメ度のチェック
ひとり | ◯(俳優ファンなら) |
友人 | △(盛り上がるものではない) |
恋人 | △(かなり地味です) |
キッズ | △(大人のドラマです) |
『ルーシー・イン・ザ・スカイ』感想(ネタバレあり)
地球を彷徨う宇宙飛行士
カウントダウンとともにスペースシャトルが発射されました。目指すは宇宙。地球では多くの人々が見守っています。あのシャトルに乗っている宇宙飛行士たちの成功を祈って…。きっと未知の宇宙で素晴らしい体験をするのだろうと想いを馳せながら…。
宇宙空間を宇宙服で漂う女性、ルーシー・コーラ。自分の名前を無線で呼びかけられますが、我に返ることもなく、じっと漆黒の宇宙とそこにポカンと浮かぶ青々とした地球を見つめています。「地球に帰るぞ」と言われても「もう少しだけ…」と呟くのみ。何とも言えない表情を浮かべて…。
ルーシー含む宇宙飛行士のメンバーは宇宙滞在ミッションを完了し、シャトルを帰路に向けて動き出させました。大気圏突入。激しい揺れの中、熱と衝撃に耐える船。重力と空気に覆われた故郷の星に買ってきました。
それから少し経過。
車で待つルーシー。ここは普通の場所。学校の前です。姪ブルーアイリスを迎えるという、それはとても簡単なミッション。家に帰り、待っていたのは夫ドルーとの暮らしでした。高度な専門知識もいらない。ひとつ間違えれば命を失うこともない。何よりも未知の挑戦が溢れた世界でもない。ごくごく一般的な家庭。
夫とベッドの上でなごむものの、ルーシーの気持ちはどこかここにあらず。夜も眠れませんでした。
カウンセリングを受けていると、いろいろ心配されます。話題に出されたのは、マイケル・コリンズという宇宙飛行士のことです。アポロ11号では司令船パイロットを務め、ニール・アームストロングとエドウィン・オルドリンが着陸船で月面に降下している間、月周回軌道上の船で独り残り続けた人物(ドキュメンタリー『アポロ11 完全版』を参照)。彼の誰も経験したことのない孤独。ルーシーにもそんな孤独があるのではないか…そんな心配もよそに、ルーシー本人は「大丈夫です」と口にします。
ルーシーが次に見ているものは次期宇宙ミッション、それだけでした。そのためにランニングし、体力を整えるルーシー。その次期プロジェクト「オリオン」の候補者に選ばれ、そこで新米であるエリンと出会い、会話をします。
訓練が始まります。あの宇宙船を模したリアルなシチュエーション。ルーシーは緊張よりも興奮と笑みが自然にこぼれるほどにリラックスしていました。生きる喜びを感じるくらいに…。
ある日、マーク・グッドウィンという宇宙飛行士が娘を連れて職場にやってきます。そこでマークから特別なクラブに誘われました。それは宇宙を経験したものだけのクラブ。とは言ってもボウリングをするだけですが。
夫に内緒でマークの集まりに向かったルーシー。そこでマーク含め、同じ境遇の仲間たちと地球に戻った後のこの気持ちを語り合います。なんか変…地球上の全てがちっぽけに見えるような…それは言葉にできない感覚でした。
そんな中、ルーシーはマークと関係を深めていくようになり、キスまでしてしまいます。秘密の関係はこっそりと…。
一方で、訓練中にルーシーは大きなミスをやらかしてしまいました。プールでの訓練の最中、ルーシーの宇宙服は浸水。しかし、水が服内部に満ちていく中でもルーシーは訓練中止を無視して平然としていました。
ルーシーの状態を懸念した上層部は彼女を次期プロジェクトのメンバーから外します。そのことにショックを受けて荒れていくルーシー。「休め」と言われても「これは天職だ」と譲らないルーシーの行動は誰にも読めなくなり、ついにはオフィスに侵入して、メールを盗み見てしまいます。そこに書かれていたのは許せない内容。
そしてついにルーシーは衝動なのか、計画なのか、自己のためだけにとんでもないミッションを実行に移すべく動き出すのでした。
基になった事件は笑いのネタ?
『ルーシー・イン・ザ・スカイ』は前述したとおり実話を基に映画化したものであり、実際に事件を起こした宇宙飛行士の名前は「リサ・ノワック」と言います。
リサ・ノワックは1963年にワシントンDCで生まれました。6歳の時にアポロの月面着陸のニュースを見て、宇宙に憧れを持ちます。米国海軍兵学校で航空宇宙工学の学士を取得、充実した訓練経験を積みます。1996年、晴れてNASAの宇宙飛行士となったリサ・ノワックは、テキサス州ヒューストンのジョンソン宇宙センターに配属。2006年7月にスペースシャトルのミッションに参加。約13日間宇宙に滞在しました。
リサ・ノワックは海軍兵学校の同期生だったリチャード・ノワックと結婚し、子どもが3人いました。このあたりの家族構成も含めて、映画のルーシーとはかなり違っているのがわかるでしょう。
そしてリサ・ノワックが地球に帰ってきてから数か月経った2007年2月。事件は起こります。フロリダ州にあるオーランド国際空港の駐車場で、コリーン・シップマン空軍大尉(女性)に対して催涙ガスを吹き付けたのです。すぐに逮捕。他にもいろいろな武器になりそうなものを所持していたため、第1級殺人未遂容疑で起訴されました。
動機は不倫による男女のいざこざだったらしく、リサ・ノワックの同僚宇宙飛行士だったウィリアム・オーフェリンとリサは不倫していました。そしてこのウィリアム・オーフェリンとコリーンとの仲を疑ったことで犯行に至ったようです。
映画では催涙ガスで攻撃する相手は男性であるマーク側になっており、若干の事件の内容に変更が加えられています。やっていることは同じですけどね。
当然、この事件は現役の宇宙飛行士が起こした事件として報道されたのですが、ちょっとマスコミが注目したのはそこではありませんでした。実はリサ・ノワックは被害者のコリーンをストーキングしていたようで、その際に宇宙飛行士がミッション中に身に着けるような“おむつ”をしていたそうです。その姿があまりにも傍から見るとギャグっぽかったため、このリサ・ノワック事件は笑いのネタになってしまいました。
その後、リサ・ノワックは保釈されたものの、宇宙飛行士の職を解任。ただ、世間には“おむつ”で事件を起こしたヘンテコ宇宙飛行士の女という印象だけが独り歩きすることに。
しかし、『ルーシー・イン・ザ・スカイ』ではこの“おむつ”の件は描写されませんし、コメディとして扱うこともありません。
おそらく製作陣はあのパロディ化されてしまったリサ・ノワック事件を、そういう笑いの目線抜きで真面目に向き合ってドラマ化したかったのでしょう。そこに本作の製作意図があるのは明白です。
あくまで一人の宇宙飛行士の葛藤を描いたシリアスな映画として…。
宇宙規模で神妙にならなくても…
ではその試みは成功したのか。その前提となる狙いは私もすごく良いなと思うのです。ただ上手くいっているのかと言えば…。
まず宇宙飛行士が宇宙から地球に帰ってきたら精神が錯乱している…というのは実際に起こるのか?という点ですよね。なんとなくフィクションではありがちな設定ですけど、これに関して実際の宇宙飛行士が「それはないよ」と明言しており、やっぱりこの土台からして躓いているんだと思います。
いや、百歩譲ってそれがあったとしましょう。宇宙に魅入られすぎて現実がつまらなくなったということが起きるものだと仮定しましょう。
でもそれが不倫につながるのはいくらなんでもこじつけが無理やりですよね。だいたい不倫ってそういう精神の混乱のせいで起きるものじゃないでしょう。不倫とはいえ、ただの恋愛や性愛の枠にだいたいは含まれるのですから、別に変なことではないです。正常な人間が不倫をします(まあ、もっと言わせてもらうなら、多様なジェンダーやセクシュアリティを意識すれば世間の不倫と呼ばれるものの見方も変わってくるのですが…そこは置いておくことにしよう)。
しかし、この『ルーシー・イン・ザ・スカイ』はルーシーの動機を精神錯乱による不倫&逆恨みという、実に安直な分析で片づけてしまっています。結果、女性に対するとても古典的なステレオタイプにすら陥っている感じがしますよね。要するに「ヒステリックになった女が規範から逸脱した行為をする」という典型パターン。
そのステレオタイプを宇宙飛行士特有の宇宙的ロマンで多少誤魔化していますけど、やっぱり安易さは払拭できていないような…。
ラストでは養蜂をするルーシーが映り、まさにその作業着が宇宙服と同じ風に描かれ、口元に笑みを浮かべる姿は地球でも喜びを感じられるようになったと伝えたいようです。でもそこまでまどろっこしくすると、単に余計にヤバい奴になっただけにしか見えないのでは…。
宇宙飛行士をヒーロー扱いせずにプライベートな苦悩と宇宙ミッションをクロスオーバーして巧みに描いた映画と言えば『ファースト・マン』がありました。この『ルーシー・イン・ザ・スカイ』はそれと比べるとストーリー完成度の点でも遠く及ばない感じに思えます。あらためて『ファースト・マン』はそのへんを上手く処理しており、映像でも楽しませていましたね。
いっそのことコメディにした方がまだ良かった気もします。不倫絡みの事件をそんな宇宙規模で神妙に描くこともなかったはずで…。
あと、映画のタイトルをビートルズの「Lucy in the Sky with Diamonds」からとってきた意図は何だったのだろうか。幻惑的なイメージを重ねたかったのかな。
今回ばかりは“ナタリー・ポートマン”の演技力をもってしてもカバーできない、無理難題なミッションだったのかもしれません。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 21% Audience 31%
IMDb
4.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 3/10 ★★★
作品ポスター・画像 (C)Fox Searchlight Pictures ルーシーインザスカイ
以上、『ルーシー・イン・ザ・スカイ』の感想でした。
Lucy in the Sky (2019) [Japanese Review] 『ルーシー・イン・ザ・スカイ』考察・評価レビュー