ミス・アメリカーナ
Netflixドキュメンタリー映画『ミス・アメリカーナ』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Miss Americana
製作国:アメリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2019年にNetflixで配信
監督:ラナ・ウィルソン

ミス・アメリカーナ

あらすじ

デビュー以来、瞬く間にアメリカを代表するカントリーシンガーソングライターとなり、絶大な支持を集めるスターへと君臨したテイラー・スウィフト。しかし、彼女の心は大きく揺れていた。大衆に求められているテイラー・スウィフトと、自分がなりたいテイラー・スウィフト。あらゆる抑圧から解放されようとする彼女は「嫌われること」も怖がらない。

『ミス・アメリカーナ』感想(ネタバレなし)

私は本当のテイラー・スウィフトを知らなかった

セレブやトップスターのような人は世界に実在します。そんな高みにいる人物を私たちは歓声を送ったり、崇めたり、ときに非難したり…。そうやって好き勝手にできるのも、心では「あの人は別次元の存在だから」と思っているからです。自分と同じ世界にはいない、と。なのでまさか自分のような凡人と同じ感覚や葛藤を持っているわけもない、と。常に超越した“何か”なのに違いない、と。

でも、それは往々にして間違っています。たとえどんなにカリスマ性があっても、圧巻のパフォーマンスができる人であっても、一瞬で人を魅了するビジュアルを持っていたとしても、人は人。私たち一般人と同じ心と感情を持った人間です。悲しみもするし、怒るし、悩みもするし、傷づく。たた、それをなかなか表に出せないだけで。

そんなあの人の知られざる心の裏を知ることができる媒体として、アーティストを題材にしたドキュメンタリーが無数に作られています。かつてはもう亡くなった人のドキュメンタリーを作るのが定番だった気もするのですが、ここ最近になって存命のアーティストに迫る作品も続々誕生しているような…。なんでしょうか、業界全体がそういうのに寛容になってきたのですかね。

映画業界の主力となっているNetflixも、アーティスト・ドキュメンタリーを定期的に配信しています。そして、音楽系アーティストを扱った作品の中ではNetflix史上ベスト評価を得た一作がこのたび生まれました。それが本作『ミス・アメリカーナ』です。

本作がカメラにおさめているのは「テイラー・スウィフト」です。私みたいな音楽素人がこのテイラー・スウィフトがどれほど凄いのかについて語るまでもないし、そもそも本作を観ればそれがわかるのだから必要ないのですが、現存の女性アーティストのトップを走るひとりですね。まだ30歳ながら現時点でグラミー賞10回受賞ですよ。あのグラミー賞のトロフィー、かさばりそうな形状だけど邪魔じゃないのかな…。

そのテイラー・スウィフトのドキュメンタリーを作るのは、正直、早すぎるのではないかなとも最初は思いました。なにせ年齢的にも全然若いですし、キャリアも絶好調で突き進んでいます。休業するわけでも、引退するわけでもありません。この時点でドキュメンタリーなんて作っても、途中経過的な「これまで頑張った!これからも頑張るぞ!」というなんとも中身のない、中間報告の宣伝にしかならないのではないかな、と。

まあ、そんな私の考えは浅はかだったのですけどね…。

この『ミス・アメリカーナ』、ちゃんと今、作られる意味があるのでした。そして私は全くの無知無関心でしたが、テイラー・スウィフト自身にも大きな心の決断となる節目の出来事があって…。

本作の監督も紹介しておきます。“ラナ・ウィルソン”という人で、2013年に中絶問題を扱った『After Tiller』、2017年には日本の自殺問題を扱った『The Departure(邦題は「いのちの深呼吸」)』と、高評価なドキュメンタリーを手がけ、業界で大きな信頼を得ているフィルムメーカーです。

一般的にこの手の音楽アーティストのドキュメンタリーは、その対象の熱心なファンであるような人がマニア魂を注ぎ込むように作っているケースが多いと思うのです。でもこの“ラナ・ウィルソン”はもちろんテイラー・スウィフトという超有名なポップスターを知ってはいたものの、そこまで人生を捧げたような熱烈ファンでもなかったそうです。おそらくだからこそこんなドキュメンタリーが作れたんじゃないかなと思います。

それくらい本作は他の定番の音楽アーティストのドキュメンタリーとは、少し趣が異なります。それは観ればわかるでしょうけど、先だしするなら非常にフェミニズム的要素が濃いということ。つまり、映像に映るのはテイラー・スウィフトではあるものの、そこには全女性が経験する抑圧や苦痛があり、等身大の存在として共感できるようになっています。そしてそこには解放感もある。最近の映画で言えば『ハスラーズ』でぶちあがった観客の人は、この『ミス・アメリカーナ』もスタンドアップで応援できるはず。


テイラー・スウィフトに興味がある人は当然必見でしょう。でもテイラー・スウィフトに興味がなかった人も観るべき価値があります。テイラー・スウィフトに対するメディアが流布する世間的なイメージは吹き飛び、そこには普通の女性が普通に自分を表現しようとする姿があるだけですから。

オススメ度のチェック
ひとり◎(自分に自信がない女性はとくに)
友人◎(音楽ファンは必見)
恋人◎(人生を本音で語り合おう)
キッズ◯(人生のお手本に)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『ミス・アメリカーナ』感想(ネタバレあり)

「良い子」のプレッシャー

音楽アーティストのドキュメンタリーというと真っ先に想像するのは、あの名曲がどう生み出されたのか、そのメイキング風景がわかる!ということであり、ファンであればそれを期待します。あとはコンサートライブの舞台裏とか、プライベートな日常の姿とか。

この『ミス・アメリカーナ』にもそういうシーンはしっかりあります。

テイラー・スウィフトはどこでも自分がふと思いついたときに作詞・作曲を始めていく人だそうで、作中でもその姿が映っていました。まるで鼻歌でも歌うようにソングライティングして「できちゃった!」と無邪気に喜ぶ。音楽素人の私からすれば「え、こんなんで名曲が生れちゃうものなの!?」と驚愕するしかないのですが、それこそテイラー・スウィフトのクリエイティブな才能。

また、冒頭でダブダブなスウェット服でピアノを弾き、その鍵盤の上を子猫が歩くという、『キャッツ』よりもテイラー・スウィフトと猫の組み合わせが楽しめるワンシーンがあり、ファンも猫好きも身悶えするサービスカットがあったり。


それだけでもじゅうぶん観たかいのある作品かもしれませんが、本作の主軸はそこにありません。

『ミス・アメリカーナ』はテイラー・スウィフトが「良い子(good girl)」を脱する姿を映す作品です。

冒頭、彼女は13歳の頃の日記帳を見せてくれます。そこには夢やキャリアへの想いを純粋に綴った文章がぎっしり詰まっており、本人いわく「良い子」でいることが倫理観の基盤になっていたとのこと。

ギターを貰って嬉しかった、歓声をあびるのが嬉しかった、聴いてくれただけで嬉しかった、ビルボードで60位が嬉しかった…認められることが幸せだった。この承認欲求はどんなティーンでも持ち合わせているもの。

ただ、テイラー・スウィフトの場合は、これは日本人にはあまり実感しづらいことですが、アメリカ社会特有の期待を背負っているわけです。アメリカンドリームを体現する女性になりなさいというプレッシャー。彼女はペンシルベニア州出身ですが、白人で、カントリーミュージックを歌うその真面目な存在は、典型的なアメリカ白人保守層へのウケも当然良くて…。

16歳のデビュー以来、ずっとそんな応援してくれる人の期待に応えるべく頑張ってきたのがテイラー・スウィフトの人生です。

「若い女性」だから立ちはだかる壁

しかし、そこに壁が立ちはだかる。それは「良い曲が作れない」などのアーティストなら誰でも経験しそうなスランプのようなものではなく、「女性だから」の壁が。

作中で取り上げられているカニエ・ウェストの発言や絡みはその一例ですが(まあ、この人は他にも問題言動だらけで枚挙にいとまがないのですけど)、彼だけが攻撃しているわけではありません。

交際関係について逐一ピックアップされ、あれこれ好き勝手に論評される。別に本人の自由なプライベートであり、犯罪でもないのですから、放っておいてくれという話なのですが…。

また、体型についてもこれまたグチグチと品定めされ、痩せすぎだなんだとレビューされる。それは健康を本気で気遣うものではなく、ただの口撃材料のネタに使っているだけなのは言うまでもなく。

さらに性被害もあって、同業者からも性的なハラスメント(“音楽における表現の自由です”では言い訳は効かないでしょう)を受け、ファンだと思っていた人からも盗撮などの行為にさらされる。

これらは明らかにテイラー・スウィフトが「若い女の子」だからという理由で起こっているのは推察するに難しくもありません。50歳の白人男性だったらこんな壁は立ちはだかりませんから。

こうなってくると自分の応援していると思っていた世間に対する根本的な疑義につながってきます。もしかして私が理想の良い子だから支持していただけなのか、と。ちょっとでもそのアイコンからはみ出せば途端に切り捨てられるのか、と。じゃあ、一体自分は何のために頑張ってきたのだろう…。

こういう苦悩は自覚しているかどうかはあれど、「若い女の子」を経験した女性は皆通過してきたトンネルであり、真っ暗な空間に困惑してきたはず。

そこでどうするか。このまま「良い子」で居続けることで迎合するか、それとも思い切って反発するか。

テイラー・スウィフトは後者の道を選び、「よくわからない他人の期待に応える」のではなく、「自分自身が信じている正しさを貫く」ことに決めたのでした。

25%嫌われた私でもいい

性暴力には裁判で毅然として「許さない」という姿勢を見せ、ただの受け身の「良い子」ではないことを示すテイラー・スウィフト。

そんな彼女に立ちはだかる最大の壁。それは「政治」でした。

テネシーの上院選挙において、共和党のマーシャ・ブラックバーンへの怒りを率直に露わにするテイラー・スウィフト。女性を性暴力から守る法律に反対し、同性婚にも反対する…そんな人間を認められない。

しかも、ドキュメンタリー内ではあまり言及はありませんでしたが、テイラー・スウィフトはなぜかオルタナ右翼の間で「彼女は白人至上主義者であり、トランプ支持であり、ナチスと親密」などという根も葉もない印象を植え付けられ、勝手に「俺たちの女神」として祭り上げられた経緯もあるわけです。

当然そんなことされたら全否定する…それが普通の対応な気もしますが、テイラー・スウィフトにはそれを簡単にできない事情があるのでした。それは女性カントリーシンガーの呪いのようなもの。かつてディクシー・チックスという絶大な人気を誇った女性歌手がいましたが、ブッシュ大統領を批判したことをきっかけに、「反アメリカの裏切り者」と激しいバッシングを受け、徹底的にキャリアを血祭にあげられました。やはりこれも白人&カントリーという立ち位置がもともと白人保守層の支持基盤で支えられている面が大きいのもあるのでしょう。

とにかくそんな暗い過去がある以上、ただでさえ「良い子」をモットーにしてきたテイラー・スウィフトが躊躇うのも無理はない話。「人を政治の話では困らせてはダメ」とお行儀よくテレビカメラの前で語る彼女の姿は教科書どおり。

しかし、もうそういう人間じゃない。政治的意見を表明したいと願うテイラー・スウィフトを全力で止めにいく周囲の関係者の意見も跳ねのけて、民主党支持をコメント。

凄いなと思うのはこういうアーティストと政治の関係をしっかりドキュメンタリーで描けることです。これが日本だったら絶対にないですからね。日本は歌手にせよ俳優にせよ、まさに「人を政治の話では困らせてはダメ」という顔でお利口に振るまう人がむしろ常識です。事務所から禁止されているという話も聞きます。

つまり、本作のテイラー・スウィフトの話は非常にアメリカ政治を象徴する一件ですが、でも日本もたいして変わらない。そして本作を観ると、確かに政治に言及することはリスクがあるかもだけど、それによってさらにアーティストとしての魅力が増すことだってあるということも伝わるはず。その経験によって生み出される曲もあるのですし。間違いなくテイラー・スウィフトの支持基盤はより強固なものになっていますし、本人も幸せそうですものね。

25%嫌われても、50%さらに好きになってくれる人はでてくるのです。

ミレニアル世代エンパワーメント

『ミス・アメリカーナ』のテイラー・スウィフトを観ていて、私は「こんな生真面目な人だったのか」と思ったのですが、思うに個人の性格もあるのでしょうけど、世代的なものも無関係ではない気もします。

彼女は俗に言う「ミレニアル世代」です。私も同じ世代なのでなんとなく感じるのですが、この世代はインターネットの発展をリアルタイムで見てきたので、多少は新しいものにも柔軟なのですが、でもやっぱりそれでも自分より上の世代のルールも気にしてしまう感性を持っているというか。すごく中途半端なポジションにいる世代だな、と自分含め自己批判することもしばしば。

逆にミレニアル世代よりもさらに下の世代…いわゆる「ジェネレーションZ」だとか「ハッシュタグ・ジェネレーション」と呼ばれるもっと若い子たちは、産まれた瞬間からSNSの中にいるせいもあって、自分を曝け出すことに抵抗感は薄く、結構容赦なく上世代への反抗を示します。

なので本作はミレニアル世代の生き方を描く作品なのかなと思ったりも。

テイラー・スウィフトは、『ジュディ 虹の彼方に』じゃないですけど、下手をしたらジュディ・ガーランドと同じ境遇になりかねないコースにいたわけで。でもジュディ・ガーランドの二の舞になることを自力で回避した。ここにこそ凄さがある。

本作はミレニアル世代のエンパワーメント作品なんじゃないでしょうか。

今、この瞬間にも生き方に悩む女性、もしくは同世代の人。大丈夫。まだいける。これから生き方を変えて輝くことはできる。もう他者を気にしなくていい。

脱「良い子」を達成するのに遅すぎることはありませんね。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 92%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

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・『レディー・ガガ:Five Foot Two』


作品ポスター・画像 (C)Tremolo Productions ミスアメリカーナ