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『エブリボディ(Every Body)』感想(ネタバレ)…インターセックスは声をあげる

エブリボディ

これ以上傷つけられないために…ドキュメンタリー映画『エブリボディ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Every Body
製作国:アメリカ(2023年)
日本では劇場未公開:各サービスで配信
監督:ジュリー・コーエン
LGBTQ差別描写
エブリボディ

えぶりぼでぃ
『エブリボディ』のポスター。

『エブリボディ』簡単紹介

「子どもができたそうですね。生まれるのが楽しみです。そう言えば、もう性別はわかったのですか? 男の子、女の子、どっちでしょうね?」…そんなやりとりが当たり前のように行われるこの世の中。しかし、その性別という概念について人々はどれくらい理解しているだろうか。その社会の性別への思いこみに果敢に挑む人たちがいる。インターセックスと呼ばれる当事者たちの声を取り上げる。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『エブリボディ』の感想です。

『エブリボディ』感想(ネタバレなし)

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「インターセックス」を知っていますか?

10月26日は「インターセックス啓発デー(Intersex Awareness Day)」です。

「インターセックス」という言葉を知っていますか? 大半の人は「知らない」と答えるでしょう。それだけマイナーな言葉です。でもこの記事を今読んでいる人は今日から知ることができるでしょう。

「インターセックス(intersex)」は「性分化疾患(DSD; disorders of sex development)」と呼ばれたりもします。自身をどういう言葉で説明するかはその当事者によってそれぞれ違い、個々の自己表現は尊重されるべきです。この記事内では紹介する作品に合わせて「性分化疾患(DSD)」という言葉は以降は基本的に使わないようにします。

2024年4月には国連人権理事会にてインターセックスの人々の人権を侵害する差別・暴力・慣行を非難する初めての決議の採択を可決し、歴史的な一歩がありましたinterACT。賛成票を投じたのは24カ国で、日本も賛成しています。

にもかかわらず人権どころかその存在さえ知られていないのはどういうことなのか。

それはそもそも根本的に「性別」という概念が誤解されているのもあります。以前に「“生物学的性別”とは?」で解説したとおり、生物における性別の実態は我々人間社会が思っているよりも多様です。この思いこみを解きほぐすには、普及啓発がまるで足りていません。

今回紹介するドキュメンタリー映画は、インターセックスを学ぶうえでの入門編になる…うってつけの良作です。

それが本作『エブリボディ』

このドキュメンタリーはアメリカ製作で、アメリカ出身の3人のインターセックス当事者を取り上げており、専門家を交えてインターセックスの基本的な解説からその歴史、現在の権利運動に至るまでを約90分のコンパクトにまとめています。

本作の良いところはまず2023年に作られたドキュメンタリーということで、非常に情報が最新だという点がひとつ。インターセックスの情報は調べようとしても何かと古い情報源が多く(例えば90年代くらいの論点で止まっている記事など)、最新の時事問題を取り上げていないことが多かったです。本作は2020年代の「今」を映し出しており、情報源として一定の信頼性を保っています。

もうひとつの良さは、辞書的な定義の説明で終わらず、そのうえ医療界の視点でインターセックスを解説しようとしていないこと。これは本作のスタンスとして、後述する社会運動にも関連するのですが、明確に「脱病理化」の姿勢をドキュメンタリー側も徹底して貫いてくれています。当事者の人権に寄り添った作り方をしているので、安心ができます。

そして、2020年代の社会運動を通してインターセックス当事者の「今」を映し出し、当事者にポジティブなエンパワーメントを与えてくれる…ここが最大の良さじゃないかな、と。

偶然なのですけど、2024年10月に日本のNHKでも番組内でインターセックスを取り上げる短めの特集がありました(そこでは「性分化疾患」という言葉を用いていました)。ただ、その内容は当事者を「自分の身体に他とは違う“問題”が発覚して困っている可哀想な人」という感じの扱いに留めており、妙に重苦しいままに特集は終わり、沈痛なアナウンサーの表情が映るだけでした。

本作『エブリボディ』はそれと比べると180度違います。当事者の存在を“哀れみ”の見世物にはせず、社会の責任に向き合い、偏見を吹き飛ばし、当事者をひとりの人間として対等に扱っています。タイトルが物語っていますよね。「Every Body」です。「“異常な”Body」でも「“気の毒な”Body」でもない。「”それぞれみんなの”Body」があるのです。

『エブリボディ』を監督したのは、『RBG 最強の85才』(2018年)、『私の名はパウリ・マレー』(2021年)と、性に関する題材に積極的な“ジュリー・コーエン”です。“ジュリー・コーエン”はユダヤ系であり、2024年にはパレスチナ系の人と共同で『The Path Forward』というドキュメンタリーを手がけ、深刻化するガザ虐殺において戦争反対を掲げて連帯するパレスチナ人とイスラエルのユダヤ人の姿を撮らえています。

残念ながらこの『エブリボディ』は日本では劇場公開されず、ひっそりと配信スルーされるだけになっているのですが、これはぜひ見てほしいドキュメンタリーです。「性別」はみんなに関わるありふれたテーマですからね。

注意点として、本作自体の欠点ではないのですが、ちょっと作品の取り扱いにやや問題点があって…。

一点がレーティングがなぜか「R18+」になっていることです。「暴言」「肌の露出」が理由として表示されるのですけども、別に性教育レベルの描写なので、子どもでも観ても問題ありません。むしろ親や学校が子どもに性教育の一貫として見せるべき教育的に適切な内容です。

もう一点が作中の一部の日本語訳が間違っているか、誤解を招くものになっていること。これについては後半の感想で捕捉説明しています。

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『エブリボディ』を観る前のQ&A

✔『エブリボディ』の見どころ
★インターセックスの入門として非常に見やすい。
★2020年代の最新の権利運動まで網羅している。
✔『エブリボディ』の欠点
☆配信のみで目立っていない。
☆一部の翻訳に問題がある。

オススメ度のチェック

ひとり 5.0:必見の教養
友人 4.5:学び合って
恋人 4.5:大切な知識を共有
キッズ 4.5:学ぶ資料に
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『エブリボディ』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『エブリボディ』感想/考察(ネタバレあり)

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3人のインターセックス当事者の体験

ここから『エブリボディ』のネタバレありの感想本文です。

ドキュメンタリー『エブリボディ』の冒頭は、性別お披露目パーティーに大ハシャギする各家庭の映像が流れるホームビデオ風に始まります。青だと「男の子」、ピンクだと「女の子」。工夫を凝らした演出の数々が実に欧米らしいです。

でも本作は本題を投げかけます。人口の約1.7%と推定される「インターセックス」の人を忘れていませんか?…と。約0.07%は見た目に明らかで、アメリカでは23万人にのぼる数。この数が想像より多いのになぜ知らないのだろうと思ったなら、それは当事者が黙っているからで…。

本作はそれでもあえて黙らなかった3人の当事者を取り上げます。

本作は人物の紹介の際に、字幕では「男性」「女性」「中性」と表示されるのですが、実際は代名詞が英語で書かれています。代名詞はあくまで自己のジェンダー表現の一種であり、性別を表明しているわけではないので、この日本語訳は間違いです。とくに「they/them」を「中性」と翻訳するのは完全に誤解を招きます。

ひとり目は、サイファ・ウォール、43歳、代名詞は「he/him」。博士課程学生。ニューヨークのブロンクス出身、イギリスのマンチェスター在住。

2人目は、アリシア・ロス・ワイゲル、31歳、代名詞は「she/her」「they/them」。政治コンサルト&ライター。ペンシルベニア州フィラデルフィア出身、テキサス州オースティン在住。

3人目は、リヴァー・ギャロ、31歳、代名詞は「they/them」。俳優・脚本家・監督。ニュージャージー州バーゲン出身、カリフォルニア州ハリウッド在住。両親はエルサルバドルからの移民。

3人とも普通のどこにでもいる人たち。でもたまたまインターセックスでした。

サイファは幼い頃から自分では男の子だと思っていたそうですが、母から女の子だと言われ、確かに出生証明書の名前には「スザンヌ」と書かれ、女の子として記録されていました。さらによく出生証明書の性別欄を見ると、最初は「不明瞭(Ambiguous)」にチェックがあり、でも「女(Female)」に直した痕跡が…。サイファには生まれつき子宮がなく、陰茎は小さく、その医療者のメモには外科手術で外性器を女性型に修復した事実が書かれていました。

アリシアはXY染色体を有していますが、生まれつき膣があったことで出生時に女と割り当てられました。けれども体の中に精巣があり、一方で子宮も卵巣もない状態。ゆえに月経は起きないのですが、10代に成長すると周りの女子に合わせてタンポンを持ち始め、やがてはディルドで膣を広げていたなんて体験談が本人から語られます。

リヴァーは生まれたときから男の子として育てられ、しかし、女性の服や化粧に興味があり、12歳のときに実は精巣がない(陰嚢はあった)という事実を教えられます。大学では友人たちには精巣癌だと嘘で誤魔化したという話が本人から聞けます。

この3人の話を聞くと世間一般は「普通ではない身体だ」と品評します。けれども、ペンシルベニア州立大学のキャサリン・ダルク博士(この人もインターセックス当事者)は、「男性や女性といっても幅(variation)があります」「生物学上の女(biological female)が精巣を持つこともあれば、生物学上の男(biological male)が子宮を持つこともあるのです」と、それが何もおかしくないことを説明してくれます。

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インターセックスの病理化

「なあんだ、何もおかしくないんだ、よかった…」となればいいのですが、ドキュメンタリー『エブリボディ』はそうならなかった悲しい歴史を映し出します。

始まりとして作中で映るのは、1963年のジョンズ・ホプキンス大学での性科学者のジョン・マネー博士が講演する姿。この人物は当時は「半陰陽(hermaphrodite)」と呼称されたインターセックス当事者を「手術すべきです」と結論づけていました。ジョン・マネーは当時の性科学の権威として君臨しており、単独でインターセックスの治療法を考案。このように大勢の健康や生命に関わる事項をたったひとりで考えて決めてしまうのは異例だったと作中では振り返られています。

そして陰惨な歴史が…。

幼少期に手術すれば性別の認識を変えられるとジョン・マネーは仮説を立て、デイヴィッド・レイマー(デイヴィッド・ライマー)という子で実験することを強行。男の子として生きるその子を手術して女の子に変える実験です。

このパートでは「sexual identity」といった言葉が連発し、「性自認」と翻訳されていますが、これはいわゆる「gender identity」(日本語では「性同一性」や「性自認」)という現在用いられている概念とは別のもの。あくまでジョン・マネー独自の考えです。

なお、一応もう1度説明しておきますけど、デイヴィッドはインターセックスですらなく、幼少期に割礼の失敗で陰茎が負傷しているというだけですからね。

結果、「ブレンダ」と育てられ、ジョン・マネーは成功したと豪語。医療界で名を馳せます。しかし、児童精神科医のキース・シグムンドソンとミルトン・ダイアモンドは共にジョン・マネーの研究は間違っていると発表。医療界ではジョン・マネーの批判をすれば潰されるぞと言われたそうで、その反論発表も多くの学術誌は掲載を見送ったとのことで、医療界の権威主義の恐ろしさをまざまざとみせつけられるゾっとする話です。当のデイヴィッドは2004年に自ら命を絶ちました。

要するに明らかに倫理違反の人体実験です。なのに、それを実行したジョン・マネーの理論を無批判に取り入れ、医療界ではインターセックスの子どもは早急に手術して規範的な性別に合わせるべきとする慣行が常態化してしまった…。こんな残酷なこと、ありますか?

作中でも強調されますけど、実際、多くの場合は医療上の手術は要りません。にもかかわらず、その子には同意のない手術が親の承諾で(もしくは医者が勝手に)実行する。あげくに医者は「誰も理解しない」と当事者に告げ、「話すな」と黙らせ、のように認識させる。存在否定×隠蔽のコンボですよ。最低最悪じゃないですか。

サイファも「両親の精神的健康を保つために、子どもは完全な女児だと親に知らせた」なんてメモが出生時医療記録にあるのが恐ろしいですし、「精巣を取らないと癌になるかも」と医者が母に吹き込んでいるのも怖いです。

アリシアは精巣を取り除く性腺摘出という手術を受け(私に言わせれば去勢の遠回しな表現と語っていましたが)、リヴァーも人工の精巣を詰める手術を15~16歳で受けたと語ります。

これら1950年代から70年代にかけて起きた医療界の病理化の流れ。同性愛もトランスジェンダーも病理化されていき、多くの迫害を招いたのですが、インターセックスも同様の境遇を経験していました。

医療によって存在を抹消され、方やメディアでは”完全に機能する両性の生殖器を持っている”と誤解させる実際はありえない描写で、あたかもフリークのように誤ってイメージを植え付けられる。

何度振り返っても酷い歴史です。

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インターセックスは連帯の輪に加わって闘う

陰惨な歴史を経て、医者ではなく、当事者が立ち上がります。ドキュメンタリー『エブリボディ』ではアクティビズムの目覚めとして、1996年の「北米インターセックス協会」の設立を映します。自分のことは自分で語る。当事者主体の権利運動の誕生です。

これが最初のステージだとするならば、2010年代後半からインターセックスの権利運動は第2のステージに移行しました

そのきっかけは、2010年代後半からアメリカで激化した反トランスジェンダー運動。トランスジェンダーに対する多くのデマや攻撃が苛烈になり、当事者の権利を奪う法律を制定する動きが一部で勃発します。

そのひとつが、「トイレ法案(Bathroom bill)」。トランスジェンダー当事者が自身の性同一性に合わせたトイレを使用できなくさせるために、「トイレは”生物学的性別”に合わせて使うこと」を法律で徹底するものです。

当然、この法案はインターセックス当事者を無視しています。「”生物学的性別”ってなんだかわかっているのか?」というツッコミです(反トランス派は性別は男と女の2つで、身体は2種類しかないという前提がある)。ずっとインターセックスだと隠していたアリシアは立ち上がり、インターセックスだとテキサスの上院議会で公表し、「私はXY染色体ですがトイレを間違えていると思いますか?」と発言。

また、反トランス派が、健康に効果があると専門家が認めるトランスジェンダーの医療ケア(子どもは望めば大人になってから性別適合手術をする)を禁じる法律を作ろうとする一方、その法案にはインターセックスの手術を許す附則があるという矛盾。子どもを守ると言いながら、別の子どもへの手術強要を黙認している反トランス派に一発反論できるのもインターセックス当事者だからこそ。

サイファもLGBTQ活動家と協力し、連帯を強めます。今や「LGBTQIA」のような言葉でインターセックスは性的マイノリティの連帯の輪に入っています。

もちろんインターセックスは他の性的マイノリティと同質ではありません。そんなの他の性的マイノリティ同士でも同じです。そういうことではなく、社会運動は連帯こそ鍵なのだということ。先住民運動(反植民地)、公民権運動(反黒人差別)、フェミニズム(反女性差別)、障害者運動、ファット・アクセプタンス運動など、社会運動はどれも連帯します。インターセックスもその流れに入らない理由はないでしょう。闘いの中で存在意義を深め、さらに自己肯定を高める。好循環を当事者たちは見い出し始めました。

闘うだけではありません。作中ではサイファとアリシアが、5歳のインターセックスの子を抱える親と会話し、アドバイザーのように親の不安を取り除いてあげている姿も印象的。どうやらその母親は手術は勧められなかったけども医者から「母親の遺伝子に問題があり、子を産むべきではない」と言われた様子。それに対し、サイファはそれは「intersexphobia」だと言い、「インターセックスの子どもは贈り物だよ」と言ってあげていました。

そう、そんなたったひと言の肯定でいい。それを言ってあげられる社会になれば、無用に苦しむ当事者や親は減るはずなのに…。真っ先に出会う言葉が「○○疾患」や「○○症」なんてものではなくなれば…。

世界にはまだインターセックスの子に手術を強要している医者がいます。「#End Intersex Surgery」のプラカードを掲げる活動はまだまだやめられません。みんながそれぞれの身体を誇らしいと思える世界。そして全ての”SEX”と”GENDER”を尊重する世界。「Bodily autonomy」(「からだの自己決定権」とも訳される)や「Bodily integrity」(身体的インテグリティ)が当たり前になる世界は誰しも幸せになります。

本作はその理想像をちゃんと提示して、同じ目標に向かって走ってくれるからいいですね。

エンドクレジットでは、監督やプロデューサー、編集者などの製作陣がお茶目に画面の前に躍り出て、名と共に代名詞が表示されます。ただそれだけの世界でいいのです。

何も新しい概念を導入しろと言っているのではない。負担もない。ただ、既にずっとこの世界にいる人を抹消せず、傷つけないでほしい。その想いを受け取ったなら、私もあなたもインターセックスの連帯の輪にもう入っているはずです。

『エブリボディ』
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
◎(充実)
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関連作品紹介

インターセックスのキャラクターが登場する作品の感想記事です。

・『パワー』

・『Y:ザ・ラストマン』

作品ポスター・画像 (C)Focus Features

以上、『エブリボディ』の感想でした。

Every Body (2023) [Japanese Review] 『エブリボディ』考察・評価レビュー
#インターセックス #トランスジェンダー #ノンバイナリー #医療