少女は悪魔を待ちわびて
映画『少女は悪魔を待ちわびて』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

英題:Missing You 
製作国:韓国 
製作年:2016年 
日本公開日:2017年3月7日 
監督:モ・ホンジン 

【個人的評価】
 星 6/10 ★★★★★★
 

Plot Summary

7人を殺害した容疑で逮捕された連続殺人犯ギボムは、証拠不十分のため死刑にならず15年の懲役ののち釈放された。一方、当時刑事だった父親をギボムに殺された少女ヒジュは、父親の同僚たちに育てられていた。警察は出所したギボムを監視するが、ヒジュもまたギボムに復讐する機会を狙っていた。

ネタバレなし感想

事実上死刑廃止国の韓国にて…

近年の潮流では先進国において「死刑制度」は廃止されつつあります。犯罪抑止効果もなく、人道的な観点から問題もあり(冤罪など)、たとえどんな罪でも死刑はしないという価値観。これ自体は国によっても支持度合いに差がありますが、とにかく死刑は廃れているのが先進国では流れです。しかし、先進国でも数少ない、死刑制度を今だに運用している日本にいると、あまり実感ないことですが。

一方で、死刑がないからからこそ行き場のない復讐心が生まれるわけで、本作『少女は悪魔を待ちわびて』のような死刑や復讐を題材にした映画が登場し続ける原動力でもあります。

本作の舞台は韓国。韓国にももちろん死刑制度はあります。が、1997年以降死刑が執行されておらず、「法律上は死刑制度が存在するが、事実上は死刑廃止国」という状態だそうです。これはキリスト教の力が強い韓国特有のお国柄もあるのでしょう。

そういう意味では、本作『少女は悪魔を待ちわびて』の物語は、センセーショナルとまではいかなくとも、韓国の現状に突き刺すようなメッセージ性の尖った作品といえるのかもしれません。仮に死刑がなくなっても、被害者や遺族の苦しみはどう対処すればいいのかは別問題として残り続ける。これについてはおそらく終わりはないし、苦しみが消えることはないものなのでしょうが、ゆえにフィクションで問い続ける価値もあります。

そこらへんの国事情の違う日本人には物語が内包する社会性が響いてこないのが残念なところですが、とりあえず殺人鬼スリラーというジャンル映画としてもじゅうぶん面白いので問題なしです。

特筆すべきは、なんといっても連続殺人犯の男のビジュアル。

少女は悪魔を待ちわびて

画像を見れば一目瞭然のとおり、異常性が全身から溢れており、さらに、行動もいろいろな意味で“尖っている”のでインパクトは絶大。もう普通に人を殺すのを職業にして生きているような存在感じゃないですか。さすがにフィクション度合いが強すぎる気もしますが、そこは韓国映画。これくらいのデフォルメは平常運転。韓国映画慣れしている人には「そういうものだろう」くらいにしか思わないでしょうが、冷静になるとやっぱり異常です。ここが韓国映画の個性なのですが。

また、ヒロインを演じる“シム・ウンギョン”は、『サニー 永遠の仲間たち』や『怪しい彼女』で見せてきたコミカルなキャラとは打って変わって、無慈悲な少女を熱演しており、こちらも新鮮。ヒロインといってもこちらも連続殺人犯と張り合うだけの異常性を持ち合わせており、漂わすオーラからして強烈。韓国映画の被害者は、加害者よりも狂気じみて描かれることが多々ありますが、それも復讐に憑りつかれた人間の内をそのまま表現した結果なのかなと。感情を表に出すことに恥じらいのない韓国というお国柄らしいといえばらしいですね。

そんな役者陣の怪演のぶつかり合いも大きな見どころ。この狂気と復讐の交錯する先に待つものはなんなのか。ぜひ見届けてください。

予告動画







↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

全ての人への死刑宣告

この手の韓国映画というのは、たいていジャンル映画的な派手なエンタメの側面と、社会風刺的なシリアスなドラマの側面に分かれ、それがどれくらいのバランスで交じり合うかで個性が出るところがあります。本作もその2面性がくっきり表れていた一作だったと思います。

まず、ジャンル映画的な側面からの感想。

韓国映画らしく登場人物は皆、キャラがたっていて楽しいです。とくに本作のスリラー・パーソン3人、連続殺人犯のギボム、情報提供者のチョン・ミンス、復讐に燃えるヒジュはそれぞれ全く異なる暴力性を秘めています。

この暴力性が次々と衝突し合う展開が目の前で繰り広げられるさまは、まるでローマのコロッセウムを見る観客の気分になれます。「どう戦うんだ?」というこちらの興味に対して、「そうくるか!」と予想の斜め上で披露してくれ、エンタメとしては最高。もちろんリアリティとしてはかなりオカシイのですが、そんなことを気にさせないほどの緊張感があるので、問題ありませんでした。

最初のギボムvsチョン・ミンスから釘付けです。侵入者に対してギボムがなぜか上半身裸で微動だにせずナイフを構える…完全な静寂のなかの殺し合いが異様でした。一方でチョン・ミンスvsヒジュも別の異様さでゾクゾク。床中にガラス片がばらまかれた部屋というビジュアルだけで狂気を感じます。まあ、これを用意している姿を想像すると少しシュールですけど…。

こういう完全にリアルを超えてフィクションに偏りすぎかける演出は、下手をするとすごくチープで寒い描写になってしまうのですが、そこは役者陣の迫真の名演と、変な味付けのないシンプルな表現で、真っ当なシーンとして完成されていました。これができるから、韓国映画は強いのですよね。ここですでにバランスとりに成功しているし、そのあとのドラマとの親和性もほどよく、上手く調和していました。

キャラクターとしては感情移入しづらいと思いますが、それよりも鑑賞欲をそそる個性を出すことに全振りした感じです。個人的には、単純な悪ではない独自の存在感を放つギボムが好きですね。もちろん、それに負けないヒジュも凄まじいです。
 
少女は悪魔を待ちわびて

ドラマ面では一見すると単調。死刑になるべき人間が死刑になって終わっただけの単純な話のように思えます。しかも、真相が明らかになっていくとか、衝撃的な展開が起こるとかもなく、かなり早い段階で観客側には事の真実がばらされてしまいます。ヒジュの復讐も完全犯罪のように予定調和で終わりますし、ストーリーテリング的なサスペンスはあまりないです。

しかし、登場人物の内面を察しながら、コロッセウム的な異種暴力バトルを見ていくと、物語に入り込める気がします。

本作は死刑なき世界で復讐が遂行されますが、決して死刑推進的な立場ではない気がします。ヒジュが実母に暴力を振るう男をなぶり殺したあとの、残された実母の顛末などでそれは示されていると思いました。また、仲間内で罵倒し合うだけの警察の醜態も、暴力性の醜さを象徴しているかのようでした。暴力に暴力を重ねればどんどん孤独になるし、空回りするだけ。

犯罪に対して罰を与えるべきだとは簡単に言えてしまいますが、実際の当事者たちの気持ちはそんな単純ではないし、安易に答えを出すべきではない。それでも、この映画は死刑にせよ殺人にせよ、暴力性が事態の解決になることはないという、一番残酷な事実を提示したのかもしれません。そして、そんな世界で暴力に頼る私たちの弱さも露わにするかたちで。

最後の死刑は、ギボムだけじゃない、全ての人への死刑宣告に思えたのは気のせいでしょうか。

(C)2015 NEXT ENTERTAINMENT WORLD. All Rights Reserved.