ケネス・ブラナーのポアロ映画第2弾…映画『ナイル殺人事件(2022)』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2022年2月25日
監督:ケネス・ブラナー
恋愛描写
ナイル殺人事件
ないるさつじんじけん
『ナイル殺人事件』あらすじ
『ナイル殺人事件』感想(ネタバレなし)
ケネス・ブラナー、絶好調!
映画のネタバレは何かと論争になりがちなので、このサイトでもネタバレは慎重に扱っていますが、中にはどう考えてもネタバレは避けづらいものもあります。
例えば、もはや「ミステリー小説と言えばコレ!」と名前が挙がるほどの知名度を持つクラシックな作品の場合、公然とネタバレが世間に広まっていることも珍しくありません。タイトルをググれば、はたまたSNSで少しでも検索すれば、オチがわかってしまうような…。
そんな著名なミステリー小説をあらためて今の時代に映画化するというのは、わりとリスクのあることだと思うのです。オチがわかっていたとしても観客に面白いと思わせられるという確固たる自信がないとなかなかそんな映画化に手を出せないでしょう。
それでもこの人はあえて挑戦しており、そのチャレンジ精神はスゴイと思います。
その人とは“ケネス・ブラナー”です。北アイルランド生まれの“ケネス・ブラナー”は舞台劇でキャリアを積み重ねていくのですが、1989年に映画『ヘンリー五世』で映画監督デビュー&初主演。これが高評価を獲得し、アカデミー監督賞と主演男優賞にノミネート。29歳ですでに大躍進を遂げます。以降は誰よりもキャリアは絶好調。俳優としても様々な作品で引っ張りだこで、『マイティ・ソー』や『シンデレラ』などのエンタメ大作も難なくこなしていきます。2019年の監督作『アルテミスと妖精の身代金』はキャリア史上稀にみる低評価で、“ケネス・ブラナー”もそんなときもあるんだなと思ったりしましたが、2021年の『ベルファスト』は自身の幼少時代の自伝的な内容で、これが賞レース絶賛の突出した映画になり、キャリアもここに極まる…という感じです。
その“ケネス・ブラナー”監督の密かな野望となっていたのが、ミステリー小説家としてその名を残す“アガサ・クリスティ”の代表作を映画化すること。その始発となったのが2018年の『オリエント急行殺人事件』でした。
で、その映画内でも次は「ナイルに死す」を映画化して描くような前振りがあったのですが、そのとおり2022年、ついに『ナイル殺人事件』が公開となりました。“ケネス・ブラナー”監督のアガサ・クリスティ映画化の第2弾ですね。
『ナイル殺人事件』は『オリエント急行殺人事件』と同じく「灰色の脳細胞」を自認する口髭がトレードマークの「エルキュール・ポアロ」を主人公としたミステリーものです。今回は船が事件の舞台となり、しかもエジプトで繰り広げられるので、とてもスケールが大きいのが特徴。
原作の「ナイルに死す」は1978年に一度映画化されており、こちらは“ジョン・ギラーミン”監督作で邦題は同じ『ナイル殺人事件』。では2022年の“ケネス・ブラナー”版はどう違うのか。主軸となる事件は一貫していますが、登場人物や役回りなどが色々と変更されており、案外と新鮮に楽しめると思います。もちろん犯人のオチはもういくらでも出回っているので安易に検索しないように…。
今回の『ナイル殺人事件』も俳優陣は豪華です。ポアロを演じるのは前回と同様に“ケネス・ブラナー”。物語の鍵を握る大富豪の若い女性を演じるのは、『ワンダーウーマン』でおなじみの“ガル・ガドット”です。
他には、『レベッカ』の“アーミー・ハマー”、ドラマ『セックス・エデュケーション』の“エマ・マッキー”、『スノー・ロワイヤル』の“トム・ベイトマン”、『キャプテン・マーベル』の“アネット・ベニング”、『ブラックパンサー』の“レティーシャ・ライト”、ドラマ『ホイール・オブ・タイム』の“ソフィー・オコネドー”、ドラマ『原潜ヴィジル 水面下の陰謀』の“ローズ・レスリー”、『ロマンティックじゃない?』の“ジェニファー・ソーンダース”、『The Vicar of Dibley』の“ドーン・フレンチ”、『きっと、うまくいく』の“アリ・ファザル”、『オレの獲物はビンラディン』の“ラッセル・ブランド”など。
原作を知っている人も知らない人も、お楽しみポイントはいくらでも見つけられる、ゴージャスな『ナイル殺人事件』にどうぞご乗船ください(欲張って殺されないように)。
『ナイル殺人事件』を観る前のQ&A
A:『オリエント急行殺人事件』から引き続き登場するキャラクターがいますが、無理に観ておく必要もありません。
オススメ度のチェック
ひとり | :原作知らない人でも |
友人 | :ミステリー好き同士で |
恋人 | :ロマンスもあり |
キッズ | :殺人は起きるけど残酷さは薄め |
『ナイル殺人事件』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):愛憎渦巻くナイル川の船
1937年のロンドン。ベルギー人の私立探偵であるエルキュール・ポアロはクラブを訪れていました。そこでお気に入りのジャズ歌手であるサロメ・オッターボーンの歌声に聞き惚れながら、自分の時間を過ごします。
そのサロメのパフォーマンスもあり、クラブ内の客が熱狂する中、ひときわ情熱的に踊っていたのが、ジャクリーン・ド・ベルフォール(ジャッキー)と彼女の婚約者であるサイモン・ドイルでした。
そこに1台の車。大勢が集まって一斉にフラッシュをたきます。降りてきたのは相続によって大富豪となった若い女性であるリネット・リッジウェイ。リネットはジャッキーの友人であり、2人はクラブで会話し、ジャッキーが結婚すると聞いてリネットも喜んでくれます。
リネットはジャッキーからサイモンを紹介され、リネットとサイモンはまるで電撃的に愛が芽生えたかのように見つめ合い、そのまま手を取り、踊ります。息はぴったりで、まるで夫婦のように…。その姿を横でジャッキーは複雑そうに見つめ…。
6週間後。ポアロはエジプトで休暇を満喫していました。完璧な角度でピラミッドを眺めて上機嫌でいると、ピラミッドで凧を飛ばしているブークと出会います。以前に事件のあった列車で同席していた彼との久しぶりの再会。ブークは母親で画家のユーフェミアと友人の結婚式に招待されてここに来たそうです。
近くのホテルでは結婚の祝賀会が準備されていました。白いタキシード姿のサイモンが登場し、その彼が迎えた愛する妻…それは…リネットでした。
会場には、リネットの名付け親で後見人でもあるマリー・ヴァン・スカイラーと、そのスカイラーの看護師であるバワーズ、かつてリネットと婚約していたウィンドルシャム、リネットのメイドであるルイーズ・ブールジェ、リネットのいとこであるアンドリュー・カチャドーリアン、さらに歌手のサロメとその姪でマネージャーでもあるロザリーもいました。
祝福ムードに包まれる中、そこに深紅のドレスのジャッキーが登場し、場は固まります。動揺したリネットはその場を去ります。
どうやらジャッキーはこの略奪的な結婚に全く納得しておらず、嫉妬深く追跡してきたようです。サイモンとリネットから守ってほしいと頼まれるも乗り気になれないポアロ。それでもジャッキーと会話してみると、彼女は執念と愛が入り混じった感情を見せ、鞄から銃さえも覗かせます。
一同は豪華なクルーズ船に乗船。ポアロも一緒に観光を楽しみます。ついてきたジャッキーの存在にリネットは心ここにあらず。ポアロはジャッキーとまたも会話し、ポアロの昔の亡き恋人の話を涙ながらに語ります。
そんな夜、リネットが自室で寝た頃。サイモンはジャッキーと対峙し、口論の末、感情的になったジャッキーは持っていた銃でサイモンの足を撃ってしまいます。自分のしでかしたことに狼狽し、取り乱すジャッキー。すぐさまその場に居合わせたロザリーはジャッキーを部屋の外に連れ出し、ブークと一緒に抱えて、バワーズの部屋に運んで落ち着かせます。その後、足を負傷したサイモンのもとに戻り、手当てをします。
しかし、それで終わりではありませんでした。翌朝、いつものように主を起こしに行ったルイーズはリネットがベッドで頭を撃たれて死んでいる姿を見て絶叫。
一体誰がこんなことを…。
ポアロの人間性がより奥深く
“ケネス・ブラナー”監督が「ポアロ」シリーズを映画化するのは『ナイル殺人事件』で2作目ですが、本作まで観るとなんとなく“ケネス・ブラナー”自身がやりたかったポアロ像というのが見えてきたように思います。
今作では冒頭からびっくりな映像で開始。観る映画を間違えたのかと思うほど。時は1914年の第1次世界大戦。ベルギーの部隊に所属していた若き兵士のポアロはそこで上官を爆発トラップで失い、自分も爆発で顔面を怪我します。この顔の傷を隠すため、そして亡き上司への敬意として、ポアロは口髭を持つことにした…というバックグラウンド。
こうした背景は原作には無いもので、“ケネス・ブラナー”監督がポアロの人物像をかなり深くアレンジして確立しようという覚悟を感じます。
また、前作でも見られたのですが、この『ナイル殺人事件』でもポアロが非常にモノの配置(左右対称でないといけないなど)に異様にこだわる性格なのが観察でき、強迫性障害の症状に類似します。戦争のPTSDが原因なのかもしれませんが、これもポアロが自分の顔の傷を嫌悪する理由になっています。
そのポアロがいよいよみんなを集めて推理を披露するという本作の見せ場シーン。ここで船の左右対称性がハッキリ映されるカメラワークになるのがひとつのカタルシスです。そして犯人であるサイモンが足を怪我して左右非対称だというのもポイントですね。
なにせ“ケネス・ブラナー”監督は舞台劇演出が得意な人ですから、今回の船も1978年版の映画よりもはるかに豪華で広々としており、完全に舞台ステージとなっています。その使い方もさすがの巧みさです。
ラストはポアロが口髭を剃った姿でクラブに現れ、好意を寄せているサロメの歌にしんみりと聴き入っている。今作ではポアロの人物像がとても奥深さを増しており、“ケネス・ブラナー”監督の愛を感じました。
さりげないクィアとホラー風味
『ナイル殺人事件』の登場人物の活かし方も手際よい感じ。“ケネス・ブラナー”監督らしい「カラーブラインドキャスティング」な俳優のピックアップをしているのですが、各キャラが上手く引き立っています。
この事件のトライアングルであるリネットとジャッキーとサイモンの3人が初めて集うクラブの踊り場は、やたらと誇張されたダンスをそれぞれが見せて、やや滑稽ですらあるのですが、これもこの後の犯人たちの大芝居を予兆させる暗示だとも言えますし…。短い出番でありながらも輝きを一瞬で放てる“ガル・ガドット”も相変わらずのパワーですし。
今作でのポアロの相棒枠は前作映画にも登場したブーク。そして愛想のいい彼がまさかの凶弾に倒れる役となり、観客を驚かせます。これも前述したポアロの戦時中のトラウマを想起させる展開であり、筋が通っている構図だなとも思いました。
また、今作ではマリー・ヴァン・スカイラーとバワーズは同性カップルであることがさりげなく提示されます。もちろん原作には無い設定です。時代が時代なだけに公然と同性愛を振舞えずに辛い2人だったと思いますが、それでいながら2人は作中では犠牲者になりませんし、レズビアンのありがちなステレオタイプに陥らず、さらっと上手いレプリゼンテーションだったなと感じました。
第2の犠牲者となるルイーズは原作同様なのですが、その死体の初登場が外輪船の外輪部分にゴツンと絡まって出現するという、ちょっとホラーっぽいのも個人的には好きな演出でしたね。
ちなみに1978年版ではポアロが室内のコブラと睨み合いになるという迷シーンがあって、私はわりと好きなのですけど、今回はさすがにありませんでしたね(でもヘビはでてくる)。
次回作は?
『ナイル殺人事件』の映画化も見事にこなし、“ケネス・ブラナー”監督の次のポアロ映画にも期待したいところですが、次があるとしたら何が来るのか。
人気を考慮すると「ABC殺人事件」なのかなと思っていたのですが、舞台は地味だし…。と考えていたら今回の『ナイル殺人事件』内でポアロの引退話が話題にでて、もしかしたらこれは「アクロイド殺し」が次の映画化の題材なのか? でも「アクロイド殺し」はトリック自体のせいもあってすごく映像化が難しいですよね。ただ、「アクロイド殺し」は1931年に『Alibi』というタイトルで映画化されており、映画史としても特筆性はありますから、“ケネス・ブラナー”監督的には試したいと思っているかもしれません。
しかし、“ケネス・ブラナー”監督はインタビューでもっととんでもない構想を語っていて、シェアード・ユニバースにしたいと言及しているんですね。つまり、ポアロの世界観を軸に他の探偵もクロスオーバーしたい、と。じゃあ、アガサ・クリスティつながりで「ミス・マープル」と共演して事件を解決する…なんてこともあるのか。それはそれで観てみたい…。権利をとるの大変そうだけど…。
ともあれ“ケネス・ブラナー”監督はまだまだ何かやらかしてくれそうです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 64% Audience 82%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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・『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』
・『エノーラ・ホームズの事件簿』
作品ポスター・画像 (C)2022 20th Century Studios. All rights reserved
以上、『ナイル殺人事件』の感想でした。
Death on the Nile (2022) [Japanese Review] 『ナイル殺人事件』考察・評価レビュー