イスラエルの策略を暴く…ドキュメンタリー映画『これがピンクウォッシュ! シアトルの闘い』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2015年)
日本では劇場未公開:2024年にVimeoで放送
監督:ディーン・スペード
LGBTQ差別描写 人種差別描写
これがぴんくうぉっしゅ しあとるのたたかい
『これがピンクウォッシュ! シアトルの闘い』簡単紹介
『これがピンクウォッシュ! シアトルの闘い』感想(ネタバレなし)
MY PRIDE IS POLITICAL
2024年4月19日から21日にかけて「東京レインボープライド」が開催されます。LGBTQ+アジア最大級イベントを謳うこの場には大勢のセクシュアル・マイノリティ当事者が集い、多数のブースも並び、プライド・フラッグを掲げて行進も行われます。
しかし、そんな「東京レインボープライド」自体に抗議するLGBTQ当事者もいます。なぜでしょうか。
その抗議の理由のひとつとしてよく挙げられるのが「イスラエル」の関与です(ハフポスト)。「東京レインボープライド」には以前から駐日イスラエル大使館が参加し、ブースもだしています(実際の様子は駐日イスラエル大使館のウェブサイトでも紹介されています)。
ではイスラエルがいるだけでどうして問題になるのか。
それは「ピンクウォッシング(ピンクウォッシュ)」だからです。
英語では「pinkwashing」といいますが、まずこの意味から理解しないと始まりません。
「washing」は洗うことを意味しますが、「●●ウォッシング」といった場合、本来の洗浄を意味するのではなく、その「●●」によって不都合な事実(政治的不正や企業不祥事など)を覆い隠す…という意味合いになります。
例えば、「スポーツウォッシング」はオリンピックなどの一大アスリート・イベントを用いることを指しますし(東京オリンピック2020も批判を浴びた)、「グリーンウォッシング」は環境保護を用いることを指します(海外で相次ぐ美術館絵画への環境活動家による抵抗もそれへの批判)。
そして本題の「ピンクウォッシング」は、LGBTQの権利運動が不都合な事実(政治的不正や企業不祥事など)を覆い隠すことです。
そのピンクウォッシングの代表例として取り上げられるのがイスラエル。そのイスラエルが隠そうとしている不都合な事実は何かと言えば、イスラエルという国家そのものというか、建国における負の歴史…です。
イスラエルの歴史を語りだすと途方もなく長くなるので、有用な他の情報源を参考にしてほしいのですが、早い話が、占領や民族浄化というべき植民地主義が根底にあるという問題です。
1900年代初め、オスマン帝国の崩壊によってパレスチナ地域は対立の場となってしまいます。この地に住むアラブ人の民族主義の動きが活発化する一方で、ユダヤ人の間ではパレスチナに民族国家建設をめざす「シオニズム」が生まれます。1948年にユダヤ側はイスラエル建国を宣言し、ユダヤ人の入植が拡大。1994年以降にガザとヨルダン川西岸でパレスチナ自治が開始されるも、対立は激化。イスラエルはガザ地区を取り戻すべく大規模な軍事侵攻を行い、2023年10月にもパレスチナのガザ地区を支配するハマスとイスラエルとの間の戦争が深刻化し、継続中。
国連は2024年3月27日にも、イスラエルがガザ地区で行っている攻撃について、イスラエルが「パレスチナ人に対してジェノサイド(集団殺害)という犯罪を犯している」と信ずるに足る合理的根拠があると述べるなど(CNN)、その非道性は明白となっています。
大勢の一般庶民の命が奪われていますが、国際社会は平和の道筋として団結できていません。
その残虐な植民地支配を非難されているイスラエルが自国の良さをアピールする道具としてLGBTQが利用されているというわけです。
長々と書いてしまいましたが、そういう背景もあり、LGBTQ権利運動においてピンクウォッシングは気に留めないといけません。一方で、ピンクウォッシングについてあまり知らない人も多く、ピンクウォッシングの論点が想像以上に大きな論争に発展してしまうことも…。
今回紹介するドキュメンタリーは、ピンクウォッシングを学ぶうえでの教材となり、LGBTQ活動に関わる人には必見の作品でしょう。
それが本作『これがピンクウォッシュ! シアトルの闘い』。
本作はアメリカのシアトル行政が企画したセクシュアル・マイノリティのためのイベントがイスラエル団体の関与で進んでいることが発覚し、ピンクウォッシングとの批判が湧きあがり、関係者が引き裂かれていく姿を捉えた一作です。
監督はイスラエルのピンクウォッシングを批判する活動を展開する“ディーン・スペード”。
『これがピンクウォッシュ! シアトルの闘い』は2015年のドキュメンタリーなのですが、最近になって日本語訳字幕のついた本編の公式動画が「Vimeo」で視聴できるようになり、「トランスジェンダー映画祭2024春」でも紹介されました。
私はより多くの人に観てほしいので「トランスジェンダー映画祭」の有料視聴作品を感想記事にしないようにしていたのですが(感想だけ見て本編を見ずに満足する人もいるので)、『これがピンクウォッシュ! シアトルの闘い』は「Vimeo」で無料で観れるので、今回ばかりは取り上げることにしました。
2023年からのイスラエル・パレスチナ戦争で再び注目度が上がっているピンクウォッシング。このドキュメンタリーをぜひ1度は観ておきましょう。
『これがピンクウォッシュ! シアトルの闘い』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :LGBTに関わるなら必見 |
友人 | :関心ある者同士で |
恋人 | :信頼できる相手と |
キッズ | :社会勉強に |
『これがピンクウォッシュ! シアトルの闘い』感想/考察(ネタバレあり)
イスラエルのピンクウォッシング
エルサレム、死海、テルアビブ…イスラエルは素晴らしいリゾートというだけでなく、LGBTQのパラダイスです! ゲイ・コミュニティの天国! 安息の地! サンクチュアリ! ここには差別はありません。自由を謳歌してください!
そんな最高の謳い文句、映像の数々、レインボーとイスラエル国旗の融合。こんな場所があるなら行ってみたい…?
でもそれには裏がありますよと『これがピンクウォッシュ! シアトルの闘い』は暴露します。
もともとイスラエルへの批判勢力を上書きするために始まった「ブランド・イスラエル」というキャンペーンが原点で、イスラエルをクールな国だとPRしていました。
それが「Stand With Us」という組織によってLGBTQフレンドリーのアプローチが加わり始めます。この「Stand With Us」はもともと「Christians United for Israel(CUFI)」のような反LGBTQの保守的宗教団体とも関わりがあるようなところ。そこが急に「LGBTQの味方です!」と親しくしてくる…。あからさまに怪しいです。
これだけ聞くと「考えすぎなんじゃないの?」とまだ疑うかもしれません。でも作中で詳細に言及されていませんが、実は親イスラエルのシンクタンクであるロイト研究所は、ボイコット・ダイベストメント・サンクション(BDS)運動にイスラエルが勝ってイメージを向上するためには、リベラル派や進歩派との関係を育むことが重要であると主張する研究を発表しているんですね(Truthout)。
要するに直球な保守派側の戦略なのです。狙いは明白。LGBTQ運動を保守的な中身に作り替えること。LGBTQ運動を内部で揺るがし、足を引っ張ること。その裏でアラブ人は同性愛嫌悪で野蛮とミスリードするなど、人種差別を混入させる…。
こういう保守勢力による政治的欺瞞と撹乱の手口はイスラエル以外にもあちこちで観察されています。例を挙げると、トランスジェンダーへの陰謀論でLGBTQにエリート主義的な仲違いをさせようと試みたり、ペドフィリアを持ち出してLGBTQに不要な論題を突きつけたり…。典型的なやり方なんですね。
「差別だ」と言われてしまったら…
『これがピンクウォッシュ! シアトルの闘い』を観ていて印象的なのは、あのシアトルのLGBT委員会の人たちです。
2012年にその委員会の定例会議にピンクウォッシング反対クィア活動家たちが乗り込んだ際、その真摯な訴えに心を動かされたのか、コミッショナーたちは口々に「個人的に中止したい」という謝罪の気持ちの表明をし、その場の中止の動議票決で取りやめが決定します。
ところがその後の公になった後、犠牲者ナショナリズム(victimhood nationalism)的な立場に突き動かされた人たちからの「反ユダヤだ」との罵詈雑言バックラッシュを受けて、同じメンツが今度は「やっぱりあの中止は軽率だった」とあわあわと肩身狭そうに口にし、態度を180度翻します。手のひらがくるっくるです。
これ、既視感あるな…と私も思ってしまいました。気持ちはわかる…。
こういう反差別を掲げている人でも…いやそういう人だからこそ、いざ自分が「差別ですよ」と指摘されるとパニックになる。「自分が加害者だって!?」と批判に混乱し、日和見主義に振舞うしかできなくなる。あるあるなんですよね…。
結局、事前に専門知識を相当に積み重ね、学びを常に拡張でもしていないかぎり、対処は難しいです。慣れている人はこんな出来事からも何をフィードバックできるか前向きに判断でき、改善していけるのですが、少なくともあのLGBT委員会の人たちにはそのスキルはないように見える…。結果、「対話」なんてフワっとして逃げ口に依存するしかできない…(プロパガンダを対話したらダメなのに)。
私のことを話すのは恐縮ですが、私も多少はLGBTQ活動をオンライン上でやっているので、やっぱりこういう「あなたのそれ、ここが問題では?」みたいな反応がぶつけられることはあります。私はそういうとき、そのたびに「これは良いフィードバックになるな」と判断して改善に役立てるか、「これはちょっと論点ズレてるな」「これはいちゃもんだな」と判断してスルーするか、一応は区別してます。
その際に最重要なのが「自分の立場」ですよね。私は「包括的な人権」に立つことにしていて、常にそれと照らし合わせて考えます。もちろん私が常に正解ではないです。過ちを犯すこともあるし、無知なこともある。そのときは粛々と学び直し、知見を蓄えます。それしかできないです。
あのLGBT委員会の人たちはもっと利害関係が複雑な場に立っているので余計に大変なのでしょうけども…。
難しいのは、「差別だ」という指摘は、純粋に反差別が動機にあるものもあれば、反差別へのバックラッシュとしての言い返しで使われることもあるし、何の分析もなくテキトーに言い放たれているだけのこともあるってことです。
大事なのは「何がどういう構造によって差別なのか」なのですが、それを理解するには専門知識が必須。やはりLGBTQ運動はインターセクショナリティに基づいて多様な構成であるべきなのはこのためですよね。『これがピンクウォッシュ! シアトルの闘い』を観ると、少なくともLGBTQを名乗るイベントを開催するときは、人種差別や植民地主義問題の視座は必須なんだということがわかります。
日本のピンクウォッシング
『これがピンクウォッシュ! シアトルの闘い』はシアトルを中心にそこで起きたイスラエル絡みのピンクウォッシングが映し出されていました。
当然、アメリカだけの問題ではなく、世界中でイスラエルはピンクウォッシングを展開していますし、冒頭で「東京レインボープライド」の事例を紹介したように日本でも行われています。
「東京レインボープライド」はイスラエルのピンクウォッシングへの批判に対して以下のような声明を2024年3月30日にだしました。以下に一部を抜粋します。
TRPが「ピンクウォッシュ」に加担しているという指摘は、弊団体の活動の現実と乖離しています。
その上で私たちは、「ジェノサイドへの加担か」「真の人権か」のどちらかを選択すべきだという単純な二項対立で語ることはできない問題だと捉えており、こういった論調が本来の目的と離れて、LGBTQ+コミュニティの分断を煽るようなことに繋がりかねないと、大きな懸念を抱いています。
かつてないほど激化しているパレスチナにおける非人道的な行為に対して、TRPは団体としても、日々LGBTQ+の人権課題に取り組んでいるスタッフ一人ひとりもみな心を痛めており、即時停戦を願っています。
今後もすべての戦争、虐殺、暴力や弾圧によって生命の危険に晒されている人たちのために、私たちは具体的に何ができるのか、これについての建設的な意見や提案については歓迎いたしますが、LGBTQ+コミュニティの分断を煽るような呼びかけに弊団体が関与することはございません。併せて、弊団体イベントの妨害を主導する活動に対しては強く抗議いたします。
この声明は『これがピンクウォッシュ! シアトルの闘い』を観た後だと既視感がありありですが、典型的な「被害者と加害者のすり替え」になっているのがわかりますね(ピンクウォッシングの指摘こそが反LGBTQだと言わんばかりの姿勢)。
ピンクウォッシングの指摘は「LGBTQ+コミュニティの分断を煽る」のでよくないと主催者側はもっともらしく言ってますが、現実では「LGBTQ+コミュニティの分断を煽る」ことを明確に保守的な戦略として実行しているのはイスラエル側なのに…。これではイスラエル側の思うツボです。
そんな中、ピンクウォッシングはイスラエルだけの専売特許ではありません。日本政府や政党がピンクウォッシングに手を染めることもあり得ます。
日本で起きる日本主体のピンクウォッシングとして一番に警戒すべきは、やっぱり「レインボー資本主義(rainbow capitalism)」でしょうか。これはLGBTQを主に商業的なお金儲けに利用する行為です。ときにはLGBTQの人権を侵害しているにもかかわらず、LGBTQフレンドリーというイメージだけを獲得して、企業が得するなんて事例もあります。
「東京レインボープライド」でも多くのスポンサー企業が公式ウェブサイトに掲載され、普段は見たことないようなレインボーな企業ロゴを各社がこれ見よがしに掲げているのですが、これらの企業は本当にLGBTQの権利に尽力しているのか…?
また、私が最近危惧しているのは企業の多様性推進の評価。例えば、「JobRainbow」というう企業があって、LGBTQ当事者向けの求人をまとめるサービスを展開する日本最大手ですが、このサービスは「ダイバーシティスコア」なる独自の指標を設けて企業のダイバーシティ&インクルージョン取り組みを数値化しています。一見すると良いことに思えますが、その仕組みはイメージアップしたい企業に有利で、当事者の人権は置き去りだったりすることも…。中には明らかに差別に加担している企業まで評価しているケースも散見されます(例:これまで数々の多様性差別を発信してきた「AbemaTV」に出資するサイバーエージェント など)。本来、差別に大きく加担すればそれは「マイナス100点」レベルの大問題なのですが、そういう企業に不都合な評価はしないんですね。
とにかくピンクウォッシングはいたるところにあります。とくに政府や大企業など権力を持っている存在によるピンクウォッシングは見過ごせません。
LGBTQはただの頭文字ではありません。政治的な連帯です。どんな虹色のあれこれであっても、何よりも政治的背景を調べる。そこからLGBTQはやっと一歩を踏み出せるはずです。
ROTTEN TOMATOES
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シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
LGBTQに関連するドキュメンタリーの感想記事です。
・『SANTA CAMP サンタの学校』
・『エルドラド:ナチスが憎んだ自由』
・『プライド』
作品ポスター・画像 (C)Dean Spade これがピンクウォッシュシアトルの闘い
以上、『これがピンクウォッシュ! シアトルの闘い』の感想でした。
Pinkwashing Exposed: Seattle Fights Back! (2015) [Japanese Review] 『これがピンクウォッシュ! シアトルの闘い』考察・評価レビュー
#植民地主義