女が男の上に立つとなぜあなたは傷つくのか?…Netflix映画『Fair Play/フェアプレー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本では劇場未公開:2023年にNetflixで配信
監督:クロエ・ドモント
性暴力描写 セクハラ描写 性描写 恋愛描写
Fair Play フェアプレー
ふぇあぷれー
『Fair Play フェアプレー』あらすじ
『Fair Play フェアプレー』感想(ネタバレなし)
女と男の社会の寓話をエグく鋭く
2023年10月、スウェーデンの王立科学アカデミーは、この年のノーベル経済学賞を、経済史の研究者でハーバード大の“クラウディア・ゴールディン”教授に授与すると発表しました。この“クラウディア・ゴールディン”教授の専門テーマが「男女格差」。アメリカの労働市場に関する膨大な資料を緻密に検証し、女性の雇用率や男女間で賃金格差が生じた要因などを分析したことが評価されました。
皮肉な話ですが、ノーベル経済学賞を受賞する女性はこれで3人目ですが、男性との共同受賞でない女性は、“クラウディア・ゴールディン”教授が初となります。経済学界における女性の立場の低さを身をもって示す印象的な受賞です。
“クラウディア・ゴールディン”教授は1989年に女性として初めてハーバード大経済学部で終身在職権を得たそうです。BBCの取材にて「大学に入学する前から、学生たちは経済学を金融や経営に特化した分野だと思っている。また、女性は男性に比べてそうした分野にあまり興味を示さない」「もし我々が、経済学は『不平等や健康、家庭でのふるまい、そして社会』についての学問であると説明すれば、もっとバランスが取れるはずだ」と答えており、この業界の構造的問題を指摘しています(BBC)。
ただ、そんな重要な今回のノーベル経済学賞の話題に対して「女だから贔屓されたのだろう」などという戯言が飛び交っている光景も目にして…。女性差別を扱った研究に対してテンプレな女性差別の言葉で応酬したら、その研究意義を補強することにしかならないだろうに…。
こうした中で今回の映画が「Netflix」で独占配信されたのはちょうどいいタイミングだったのかもしれません。
それが本作『Fair Play フェアプレー』です。
本作はジャンルとしてはエロティック・スリラーとなります。最近だと『底知れぬ愛の闇』とか、または官能ロマンスに比重を置いた話題作であれば『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』シリーズがあったりしました。
でもこの『Fair Play フェアプレー』はそのジャンルを自己批判的に再構築しており、とくにジェンダーの視点で研ぎ澄まされています。
主人公はとあるヘッジ・ファンドで働く一組の男女。この2人は交際しており、仲がいいです。ところが女性のほうが昇進することになり、このカップルの関係に歪みが生じ始める…。そういう男女のキャリアをめぐる違いによってサスペンスが生じていく物語で、ジェンダー・ポリティクスを真正面から題材にしています。
2023年はジェンダー構造を風刺して特大ヒットとなった『バービー』がありましたが、あの人形映画は言ってもまだ子ども向けでした。対するこの『Fair Play フェアプレー』はその『バービー』よりもエグいジェンダー構造の寓話に仕上がっています。当然、万人受けはしないでしょうし、何よりフェミニズムのリテラシーがないと頓珍漢な感想が飛び出してきそうですが、でも“わかっている人”ならこのエグさに興奮と嫌悪が入り混じる体感を満喫できるのではないでしょうか。
『Fair Play フェアプレー』を監督するのは、『クラリス』や『ビリオンズ』などドラマシリーズのエピソード監督を手がけてきた“クロエ・ドモント”で、本作で長編映画監督デビューし、脚本も兼ねています。
主演するのは、ドラマ『ブリジャートン家』で大ブレイクした“フィービー・ディネヴァー”、そして『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』で主役に抜擢された“オールデン・エアエンライク”。2人とも本作で素晴らしい演技合戦を見せてくれるので期待してください。
ちなみにこの『Fair Play フェアプレー』、制作するスタジオはあの『ナイブズ・アウト』シリーズでもおなじみの“ライアン・ジョンソン”が設立した「T-Street」です。この「T-Street」作品と言えばつい最近もトロント国際映画祭でピープルズ・チョイス賞を受賞した『American Fiction』も手がけており、なかなか見逃せないスタジオになってきた感じですね。
『Fair Play フェアプレー』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2023年10月6日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :サスペンスを堪能 |
友人 | :ジェンダーに関心あれば |
恋人 | :信頼できる相手かな? |
キッズ | :大人のドラマです |
『Fair Play フェアプレー』予告動画
『Fair Play フェアプレー』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):“おめでとう”の言葉の裏
煌びやかなパーティーにて、静かなバルコニーで煙草を吸うひとりの女性、エミリー。そこに「きみを家族に紹介するよ」とルークがやってきます。叔父さんを前に紹介され、その叔父さんは「この部屋で一番の美人を手に入れたんだな」と饒舌。さらにルークの兄のテオが「早く身を固めろよ」と気さくに話しかけてきます。今日はこのテオの結婚式の祝いです。
エミリーとルークは少しひとめにつかない場所に行き、見つめ合い、ルークは「キスをしたい」と囁きます。そしてトイレで2人は体を求め合い…。
ところがエミリーが生理で出血してしまい、それでもルークは嫌な顔をせずに和やかに振舞ってくれます。そのとき床に指輪が落ちたことにエミリーが気づきます。
「しまった」という顔をするルークはそれを拾い、片膝をついて「結婚してくれる?」とプロポーズ。「君は僕の全てだ。約束するよ」との言葉に、エミリーは突然のことで茫然としつつ、OKします。
2人は窓から会場を抜け出し、幸せを噛みしめ…。
翌朝。2人は一緒に住んでおり、仲良く目覚め、身なりを整えます。スーツを着込む2人は実はマンハッタンのヘッジファンドである「ワン・クレスト・キャピタル」のアナリストでした。同僚には関係を言っていないので、指輪は置いていきます。
まだ暗いうちに出勤。一旦は別れます。会社に到着したエミリーですが、社内のエレベーターでルークも乗ってきます。今日は初対面という雰囲気で会話する2人。
2人は同じ部屋で働いており、貪欲に利益を貪る企業らしい働きっぷりです。
そのとき、少し緊張が職場内に走ります。ダイバーシティ、インクルージョン、セクシャルハラスメント防止に関する啓発ビデオを流れますが、誰も見ていません。全員の関心はガラスの向こうで行われている重役会議。誰かがクビになるらしいです。つまり誰かが昇進するということ…。
結果、ポートフォリオマネージャー(PM)のひとりであるクインが解雇され、大暴れしながら追い出されます。そしてエミリーは社内の噂話を聞いてしまいます。後任はルークだと…。
こっそりルークに伝えに行くエミリー。その夜、帰宅して2人は激しく交わり、幸せが重なるものだと上機嫌。
しかし、ベッドで眠りについていると、エミリーをは深夜の会議に呼び出され、ひとり向かいます。でもそこにいたのはCEOのキャンベルだけ。エミリーは警戒しますが、キャンベルは自分の経歴をやけに調べ上げており、評価してくれます。そして…。
帰宅。ルークがそわそわと待っています。エミリーはキャンベルに会ったと話し、「何かされたのか?」と心配そうなルーク。
エミリーは「私をPMにするって」と口にします。少し間が空きつつ、「おめでとう」とルーク。「ごめん」とエミリー。それでもルークは「僕は嬉しいよ」とハグします。
翌朝、昇進したエミリーを目にした社員の男性たちはひそひそと噂します。「どんな手を使ったんだか、俺も性転換しようかな」などと口にする者も…。
そしてルークの態度も明らかに変わり始め…。
クソガキ化現象、発現
ここから『Fair Play フェアプレー』のネタバレありの感想本文です。
『Fair Play フェアプレー』の冒頭はいかにも官能ドラマという雰囲気がムンムンです。ただ、この初めのエミリーとルークのセックス・シーンは、ルークの態度といい、非常に穏やかでフェアな性行為に見える描かれ方になっています。これは終盤のあるセックス・シーンと明確な対比になっており、本作はセックス・シーンを単なるエロティックな消費で終わらせず、とても多彩な語り口を持たせているところが器用だなと思います。
物語は職場のヘッジ・ファンドで、ルークではなくエミリーのほうが昇進したことが引き金となってスリルが増していきます。
ここで明白な事実を整理すると、まずエミリーはキャンベルに呼ばれて昇進を告げられますが、とくに体を求められるようなことはされていません。それどころかこのキャンベルはさすがに経営のトップなだけあって、スキル評価には真剣で、エミリーの経歴をかなり丁寧に分析しています。一方、ルークは全くと言っていいレベルで評価されておらず、「早く辞めればいい」くらいに見放されているのがわかります。
つまり、ルークではなくエミリーのほうが昇進するのは、純粋な評価として確定事項なわけです。とくにエミリーが女性だから多様性のために昇進させてあげたわけでもないし(そもそもこの職場はそういうことに熱心でもないのは性別構成でよくわかる)、CEOのキャンベルは人事を損得だけで考えるタイプなのでしょう。
しかし、ルークは終盤で吐露するように「枕なんだろ」「女を優遇しただけだ」という見方しかしていなかったことが判明します。
ルークも素直に祝福すればいいのですが、それはできない。一見するとエミリーを対等に扱っているように見えた序盤も、結局は「女は下にいる」という前提の上での態度でしかなかったことが露呈し、仮初の優位性という名のオモチャを取り上げられて拗ねる男の子のようなみっともない言動しかできなくなります。
会議乱入で暴れたり、クソガキ化していく“オールデン・エアエンライク”の演技も良かったですね。
「何で傷つくの?」「一番じゃないとダメなの?」というエミリーの指摘はルークも内心ではわかっているはずで、自分自身の情けなさに恥を感じながら当たり散らすしかできない無能さ…。
終盤のエミリーとのセックスでは、ルークは力を誇示するようにエミリーの体を押さえつけており、同意のないレイプ同然なのですが、ルークの本当にやりたかったことが発散されるシーンでもありました。
女はここでどうサバイバルすればいいのか
一方で、エミリーのほうはどうなのかと言えば、自分の昇進を知ったとき、エミリーは真っ先にルークに同情してしまいます(でもルークは“男らしさ”をこじらせているので、女に同情されるとますます反発するだけなのですが)。
同時にエミリーには難題が降りかかります。どうやってこれから働けばいいのか、と。
この職場は序盤から漂っているとおり、明らかにミソジニーな環境です。ここで女である自分が昇進すれば目の敵にされるのは必然。男性は昇進を素直に喜べるけど、女性には昇進はマイナス効果があるという、職場のジェンダー構造が痛烈に刺さりますね。
ひとつでもミスすれば女ゆえに余計にネガティブに評価に響くだろうし、下手すれば「トークン・ウーマン」(差別がないことをアピールするために1人だけ連れてきた女性)のように外から思われて舐められかねない…。
だから昇進後のエミリーは黒服でスタイルも変えて、あえてストリップクラブで打ち上げして下ネタにも乗っかってみせるなど、ボーイズクラブのノリに同調しようとします。
エミリーなりのサバイバル戦術なのですが、自分で自分を傷つけるような手段なので見ていて辛いです。オマケにルークはどんどん駄々をこねるし…。
ラスト間近で新しい女性社員が来るのですが、その慣れていなそうな姿を複雑な面持ちで見つめるエミリー。彼女のこれから辿るであろう苦難を知り尽くしているからこそですかね。
あえて言えば、このエミリーは昇進後に真っ先にルークなんて切っていればここまで厄介にならなかったのかもしれません。ルークが昇進していても平穏だったでしょうが、それはエミリーにとっては温和な支配に従う道でもあります。
ここで例のルーク大暴走事件後、キャンベルはエミリーの意味深なアドバイスをします。
ここの解釈は観客しだいですが、キャンベルはエミリーに足りないスキルを見抜いていて、上司として教えてくれたとも言えます。つまり、必要のない部下(男)を切り捨てる非情さです。
別の見方をすれば、エミリーに手を汚させてルークを切り捨てているようにも思えるので、そう捉えるとキャンベルもまたエミリーを利用している男にすぎないように考えられます。そこまでの将来の損得を見据えたうえでエミリーを昇進させていたなら、このキャンベルは本当に嫌すぎるほどに狡猾ですけどね。そうだとするとちょっと『メディア王 華麗なる一族』っぽいです。
子どもじみたルークは「枕営業」くらいしか知らないので他の想像力はないですけど、「男が女を利用する」って別に体を性的に求めるだけじゃない、もっといろいろな“利用”のしかたがあるもので、あのキャンベルならそっちの“利用”には手慣れていそうではあります。
いずれにせよ、最後はエミリーはその“狡猾であれ”という姿勢を受け入れたようで、家でルークを文字どおり切りつけます。「もう用はない」との言葉、ナイフを落とす音、どこかすっきりしたエミリーの顔…。かなり思い切った表現ですが、このジャンルらしいエンディングの切れ味でした。
『Fair Play フェアプレー』はエロティック・スリラーのジャンルの上で、上手い具合にジェンダーの刃物をお手玉してみせており、ジャンルを格上げしてみせたのではないでしょうか。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 88% Audience 51%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix フェア・プレー
以上、『Fair Play フェアプレー』の感想でした。
Fair Play (2023) [Japanese Review] 『Fair Play フェアプレー』考察・評価レビュー