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『ザ・ライダー』感想(ネタバレ)…隠れた名作がここにあります

ザ・ライダー

隠れた名作がここにあります…映画『ザ・ライダー(2017)』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Rider
製作国:アメリカ(2017年)
日本では劇場未公開:2018年にDVDスルー
監督:クロエ・ジャオ
動物虐待描写(家畜屠殺)

ザ・ライダー

ざらいだー
ザ・ライダー

『ザ・ライダー』あらすじ

アメリカ中部、事故で頭部に大けがを負ったカウボーイ。それは人生の道を大きく閉ざすようなものだった。身体をむしばむ後遺症の恐怖と捨てきれないロデオ復帰への思いの狭間でもがきながら、自分の生き方を模索していく。

『ザ・ライダー』感想(ネタバレなし)

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「2018年のベスト」の声、多数

いよいよアメリカでは映画賞レースが本格化しつつあり、有力な受賞候補になるような作品も続々と公開されています。映画ファンにとっても心がウキウキする時期です。どれも素晴らしい名作揃いでワクワクしてきますね。

しかし。そのほとんどは日本で観られるのはまだ先の話…。もうこれは日本の“映画好き”たちにとっては避けることのできない悲しい現実。中国や韓国よりも公開が遅いことも多々ある日本。せめて検閲のある中国に公開スピードで負けてほしくないものなのですけど…。

賞レースに絡んできそうな映画で、日本で同時期に観られるのは『ヘレディタリー 継承』と『ROMA/ローマ』と『アリー スター誕生』くらいでしょうかね。

ところが、映画ファンに朗報です。実はもう一作、非常に高く評価され、すでに賞を受賞してすらいる映画が日本で観られます。

それが本作『ザ・ライダー』です。

どれだけ凄いのかというと、2018年の「ゴッサム・インディペンデント映画賞」では、『女王陛下のお気に入り』(ヨルゴス・ランティモス監督の最新作)や『ビール・ストリートの恋人たち』(バリー・ジェンキンス監督の最新作)など名だたるライバルをおさえて作品賞を受賞し、「ナショナル・ボード・オブ・レビュー」の2018年インディペンデント映画トップ10に選ばれるなど、それらの評価されっぷりからもわかると思います。批評家の中には「2018年のベストの一作」と絶賛する声も多数、聞かれるほどです。

ただ、日本では全然知られていないです。そのため、日本でひっそりと11月にビデオスルーでデジタル配信されたにも関わらず、話題になりません。

まず内容が地味というのが話題のなりにくさの理由になっていると思います。お話はアメリカの田舎で暮らすカウボーイの若者が主人公で、とくにドラマチックな展開があるわけでもなく、淡々と進んでいきます。静かで、抑制の効いた、シリアスな作品です。

そして、主要登場人物を演じているのは俳優としてもほぼ無名の人で、それもそのはず、実は演じている人の実話がベースになっているそうです。それはそれで凄いことなのですが、有名俳優の看板はないので、話題性にはならないわけで…。主人公を演じた“ブレイディー・ジャンドロー”は、クリス・プラットを細身にしたような、なかなかのイケメンなので魅力的ではありますけど。

さらに監督さえもほぼ無名に近いんですね。“クロエ・ジャオ”という人なのですが、中国出身、アメリカ在住の、比較的若い女性監督で、本作が長編2作目だとか。面白いのが、本作は全然、中国的な要素は皆無なのです。むしろ、題材だけを見れば、限りなく「ザ・アメリカ」なストレートな映画になっています。どういう経緯で映画化しようと思ったのか不思議ではありますが、“ブレイディー・ジャンドロー”の実人生に興味を持ったのかな? そこは異色ですよね。

とにかく全てのおいてここまでフレッシュな映画が、「2018年のベストの一作」と称されるほどになるとはそうそうないことですから、一見の価値ありじゃないでしょうか。

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『ザ・ライダー』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『ザ・ライダー』感想(ネタバレあり)

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夢を見続けるための一歩

「あなたの夢はなんですか?」という質問はおそらく誰でも一度は言われたことがあるはずです。なのでみんな何かしらの答えを用意しなくてはなりません。でも、この質問は残酷です。だって、大部分の人は夢なんて叶わないのですから。夢は希望にもなりますが、絶望にもなる…そんななかで夢のために一歩を踏み出すには勇気がいりますが、夢が破れた後に一歩を踏み出すのには別の勇気が必要になるでしょう。

本作『ザ・ライダー』はまさにそんな姿を描く映画でした。

本作はタイトルのとおり、牛や馬に乗る「ロデオ」に夢を抱く若者の物語です。ロデオなんて日本人には全く馴染みがないので、なんでわざわざあんな危険なことをするんだと訝しい気持ちを持つ人もいるはずです。ロデオというのはカウボーイ(畜産業従事者)が始めた遊びが発展したスポーツで、自分の腕を披露し、見事なテクニックを見せれば、周囲に自慢できる勲章になる栄光が手に入ります。逆を言えば、この何もないアメリカのド田舎にはそれくらいしか「夢」を捧げられるものがないわけです。

主人公のブレイディは冒頭、生々しい頭部の傷跡が目立つ姿から始まります。ロデオの最中に落下したブレイディは一命はとりとめたものの、怪我によって右手が突発的に麻痺するなど後遺症を抱えることになり、医者からはロデオも乗馬もやめないと命にかかわると宣告されていたのでした。

人生そのものだったロデオを奪われたブレイディ。もちろん他の夢を追いかけるなんて安易な選択肢の変更はできません。そもそもこの地域にはそんな選り取り見取りな人生は最初から用意されていないのです。

貧しい家族の生活を養うためにもとりあえずスーパーの店員として働き、後に馬の調教師として仕事をすることを計画します。確かにブレイディの調教師としての才能は一流のようで、暴れ馬も巧みにコントロールしてみせますが、やはりロデオの夢は捨てきれません。質屋に売ろうとした鞍を手放すのを土壇場で止め、再びロデオに向かうブレイディ。いよいよロデオの熱狂が巻き起こるあのフィールドに帰ってきたブレイディでしたが、縄を握る動かない手をじっと見つめます。それは緊張なのか、麻痺なのか…。「平気か、出番だぞ」そう仲間に声をかけられた彼は、そっと静かに離れた場所で見守っていた家族の元へ歩いていくのでした。

それが彼にとってのとてつもない勇気のいる“一歩”だったかのように…。

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“傷”を負った者だから支え合う

作中ではブレイディだけでなく、その周囲の人間も何らかの“傷”を負った者ばかりになっています。

例えば、ブレイディが「兄弟」と呼ぶほどに尊敬していることが窺えるレインという若者。彼はブレイディが怪我をする以前に、名を馳せたブルライダーだったようですが、ロデオ中の大怪我で重度の障害を抱えてしまったようで、今では会話も歩くこともできない状態に。指の動きでコミュニケーションをとるしかできず、ロデオどころか、人生のさまざまな道が一気に絶たれてしまいました。

また、ブレイディの妹であるリリーという少女も“傷”があります。彼女の場合は見た目はなんともないですが、どうやら自閉症のような症状を抱えているようで、15歳の見た目のわりには、幼そうにみえる言動が目立ちます。ブレイディの家族は母がすでに亡くなっているため、リリーをサポートしてあげるのも決して楽ではありません。

これらの存在も一種のブレイディを苦しめる一因になっています。自分よりはるかに辛い状態にあるレインを見てしまえば、自分の未来の姿にも思えてしまいますし、なによりレインを差し置いて自分が辛いと弱音を吐くわけにはいきません。それに、リリーのためにも生活を維持する努力が必要になるため、ブレイディはこの土地に縛り付けられることになります。終盤に車の中で静かに涙を流すブレイディのシーンは、閉じ込めていた苦しさがついこぼれてしまったような、そんな切なさがありました。

しかし、作中のブレイディはこの二人を鬱陶しい邪魔者とは思っていないようです。むしろ、二人に支えられてさえいます。リリーは唯一の本音を真っ先に言える相手であり、作中でも不安や悩みを隣で相談している姿がよく映ります。互いを守り合うと誓うシーンは、何者よりも深い絆を感じる場面です。そして、レインはかろうじて自分の意志で動かせる指の動きでコミュニケーションをとり、ブレイディを心強く励まします。

作中ではブレイディが注目していたアポロという馬が、脱走した際に柵で脚に怪我をしたため、銃殺されてしまう事件が起こります。「俺もアポロと同じだ。でも人間は生き続ける。動物だったら安楽死させられるのに…」そんなブレイディの言葉からは、なぜ自分は生きなければならないんだという目的を喪失していることが察せられます。

でもきっとそんなブレイディが生きられているのは、支え合える存在がいてくれるからなのでしょうね。夢を失っても、夢を見続ける自由は仲間と共有できます。だから辛いけど、生きる。生きられる。その意味を噛みしめながら、手を取り合うブレイディとレインの二人が、心にグッときました。

最初に説明しましたが、この映画は演じた“ブレイディー・ジャンドロー”自身のリアルな体験がベースになっているそうです。あのブレイディ家族もジャンドロー家がそのまま本人役のように演じています。実話を本人に演じてもらうというのはクリント・イーストウッド監督の『15時17分、パリ行き』でも最近は見られましたが、かなり挑戦的で難易度の高い企画であり、ひとつ間違うと自画自賛のような作品になりかねません。『ザ・ライダー』の場合は、本人にやってもらうことが、非常に効果的に効いている映画ではないでしょうか。

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静かだけどフレッシュな演出が輝く

『ザ・ライダー』は撮影や演出が素晴らしく、私自身、“クロエ・ジャオ”監督の映画を初めて観たのですが、今作だけでもその才能をビシビシ感じました。

前述したように本作は題材だけを見れば限りなく「ザ・アメリカ」なストレートな映画なのですが、その描き方は非常に“非アメリカ映画”的だなとも思いました。

こういう田舎を題材にしたアメリカ映画だと、どうしてもエモーショナルな展開をいれがちです。銃声が飛び交うアグレッシブな場面だったり、「こんなクソ田舎から俺は出てやるぜ!」的な反発だったり…。でも、本作はそういうエモいシーンはほぼないんですね。とにかく観てわかるように、感情をぐっと抑制した映像がずっと続きます。

一方で、その代わりになるように別の演出で主人公の感情がどう変化しているのかを表現してみせています。冒頭で怪我をした頭をラップでくるみ、シャワーを浴びるというシーンは、自分の現状を極力無視しようと冷静でいようとする彼の心情が伝わります。また、暴れ馬をなだめて最終的には乗馬するまでになる過程を長めにとらえたシーンは、ブレイディの抱えるロデオへの情熱をゆっくり抑えようとしているかのようです。リリーが大人になりなくないと、もらったブラジャーをハサミで切断しているシーンは、まさに何が待つかはわからない未来への恐怖を暗示するようですが、それをああやって表すのは女性監督らしいですよね。

全体的に、舞台が広大な土地なのに絶対的に抗えない閉塞感があってそこで生きるしかない人間たちを描くという点では、まるで中国と重なるような作品にも思えます。“クロエ・ジャオ”監督としては、やはりそこはつなげてしまう部分なのでしょうか。

アメリカの田舎の閉塞感を描くと言えば、現在は『最後の追跡』『ボーダーライン』『ウインド・リバー』でおなじみのテイラー・シェリダンが大活躍中です。

これらも無論、素晴らしい名作揃いではあります。でも、対する“クロエ・ジャオ”監督の、バイオレンスやサスペンスに頼らずに、独自の切り口で描いてみせるセンスは新鮮でした。こんな見せ方があったのかという驚きです。

映画という創作性の多様さをあらためて痛感し、面白いなと思えた作品でした。今後もとても注目していきたい監督のひとりですね。

『ザ・ライダー』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 82%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

(C)2017 The Rider Movie, LLC. All Rights Reserved.

以上、『ザ・ライダー』の感想でした。

The Rider (2017) [Japanese Review] 『ザ・ライダー』考察・評価レビュー