そういうの、いつまでやってるの?…映画『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ・ドイツ(2025年)
日本公開日:2025年9月19日
監督:ウェス・アンダーソン
恋愛描写
ざざこるだのふぇにきあけいかく
『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』物語 簡単紹介
『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』感想(ネタバレなし)
人権もウェス・アンダーソンもここにあります
「人権なんて私にはいらないね!」…なんて発言は「粋がる」という言葉がぴったりすぎる頓珍漢だと思うのですが、現実にこういうセリフを冗談でも何でもなく普通に口にする人がいるのを間近で見てしまうと何とも言えない気持ちになる…。
そういう人はフィクションの中だけにしてほしいものです。
そんな今日この頃にぴったりな映画が今回の紹介する作品。それが本作『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』。
なんだか掴みどころのない変なタイトルだって? 史実ではない、全部フィクションですよ。はい、あの“ウェス・アンダーソン”監督作ですから…。
“ウェス・アンダーソン”監督についてはあらためて説明はもうしません。2021年の『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』、2023年の『アステロイド・シティ』と続き、2025年の『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』。2年ごとに長編映画を送り出しており、勢いに乗ってます。しかも、2023年には『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』の短編映画までありますからね。


今作『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』もご想像のとおり“ウェス・アンダーソン”監督の作家性が隅々までぎっしりなのですが、架空の近東の国が舞台になっています。
なんでも“ウェス・アンダーソン”監督の義父“フアード・マルーフ”が主人公の着想元だそうです。“ウェス・アンダーソン”監督は幼い頃に両親が離婚し、新しい父親になった人がレバノン人だったとのこと。ちなみに“ウェス・アンダーソン”の妻である“ジュマン・マルーフ”はこの義父の娘です。この義父が亡くなったので、追悼を込めて、この映画を構想したようで…。
建築技師だったというこの義父の影響も、今の“ウェス・アンダーソン”監督のクリエイティブ・センスを形成するうえで大きかったのでしょうね。
“ウェス・アンダーソン”監督作はいつも「監督作初参加組」と「おなじみ組」に俳優陣が分かれますが、『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』も同様です。
今作の「監督作初参加組」は、“ケイト・ウィンスレット”の実娘でドラマ『バカニアーズ』でも印象的だった“ミア・スレアプレトン”が主役級で、『バービー』の“マイケル・セラ”、『フィンガーネイルズ』の“リズ・アーメッド”などが並びます。
「おなじみ組」は、主人公に“ベニチオ・デル・トロ”、脇役に“トム・ハンクス”、“スカーレット・ヨハンソン”、“ベネディクト・カンバーバッチ”、“ブライアン・クランストン”、“マチュー・アマルリック”、“リチャード・アイオアディ”、“ジェフリー・ライト”、“ルパート・フレンド”などなど…まだ大物は隠れています。
2025年も“ウェス・アンダーソン”監督の世界にどうぞ。
『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 低年齢の子どもにはわかりにくい。 |
『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
1950年、独立した複数の都市国家からなる他国も存在を無視できない大国フェニキア。武器商人で実業家のアナトール・ザ・ザ・コルダは乗っていた小型飛行機が内部から爆発攻撃を受け、これは暗殺を狙ったものだとすぐに悟ります。
落ち着いてパイロットの隣に座り、パニックになる操縦士をその場でクビにして緊急射出させ、自分で操縦桿を握るコルダ。飛行機は大破して墜落するもコルダはなんとか生き延びました。
コルダにとっては6度の暗殺未遂。慣れたものです。しかし、死後の世界を彷徨っていたとき、さすがにもう逃げ続けるのも無理だと痛感し、事態の解決を試みることにします。
ボロボロの姿で畑を歩きながら、コルダはやり残したことを考えます。それはアレしかありません。
コルダには、疎遠になっている娘がひとりいて、今は修道女をしていました。名前はリーズル。もし娘との関係を修復し、事業を受け継ぐ後継者になってくれれば安心できます。
さっそく呼びつけますが、リーズルはコルダを全く信用していませんでした。幼いときに修道院に送り込んだ冷たい父に家族愛を感じるわけもないです。リーズルの母親を殺害したという噂もありましたが、コルダはこれを再度否定。
大勢の兄弟が見守る中、コルダは横柄な態度で、靴箱にしまっている自身の各構想を一方的に説明しだします。
それはフェニキア全域におよぶインフラを整備する大プロジェクト「フェニキア計画」。完璧に成功すれば、今後150年にわたって利益がもたらされます。安泰です。
しかし、妨害により赤字が拡大しており、頓挫する危機が迫っていました。コルダはあまりに非倫理で横暴ななりふり構わない手段でやってきたため、すっかり世界各国の政府に目をつけられてしまっていたのです。
悪事で稼いだ莫大な財産などリーズルには興味はないですが、善行に使うこともできるはず。信仰深いリーズルも自分なりに考えます。
たまたまその場にいた、昆虫学者で家庭教師兼事務員であるビョルンも巻き込みつつ、彼を嘘発見器にかけて、一応は安全を確かめ、コルダはリーズルにノウハウを教えようとします。
ところが政府エージェントのエクスカリバーによって建設資材の価格高騰が仕掛けられ、破産のリスクが急接近。
コルダは急いでリーズルとビョルンを引き連れ、投資家たちに飛行機で会いに行くことにします。なぜか手榴弾を箱で積んだ飛行機で…。
死を気にしない男が命に責任を持つまで

ここから『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』のネタバレありの感想本文です。
『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』は冒頭から“ウェス・アンダーソン”監督流によるリアリティぶち壊しなアーティスティックな世界が広がっていきます。全ては監督の意のままのミニチュア空間のようなものです。
初っ端から起きることは爆弾暗殺という相当に物騒なことなのですけど、全然怖くも感じません。本作はわりと殺人による人死にがでまくりますが、この「死」をあえて軽く描くセンスはこの映画の肝になっています。
おまけに死後の世界まで普通に映し出されますからね。あのモノクロのパートもなかなかに作りこまれており、俳優陣もわずかな出番ながら豪華です。
で、この「死」をあえて軽く描くセンスが響いてくるのは、本作のメインキャラクターであるザ・ザ・コルダという実業家が、まあ、鼻持ちならない嫌な成金で、その資産はあれど人情も信頼もない男が「改心」する物語だからです。
「人権などいらない。俺は自力でやっている」と自惚れを隠さずに豪語するコルダは、実質的には奴隷制度な労働雇用を常態化させ、搾取しながら富を独占しています。本人はそれを「偉大な計画」として自画自賛して正当化していますけど…。
この悪徳男爵親父に対峙するのが、善良さを揺るがせない娘のリーズル。このリーズルのキャラクターも面白くて、父親譲りなのか頑固で自分を曲げず、父を利用できるなら利用するくらいの度胸もあります。敬虔という言葉にイメージされるお堅さではなく、スタイリッシュな反骨精神ですかね。
そのリーズルであろうとも、嘘をつくのも含めて自分の望みを叶えるために必要なことなら何でもするこのコルダを打ち負かすのは容易くはありません。
でも最後にはあのコルダは考えを改めます。「まさかあの男が?」って感じではあるのですけども、ここが本作最大のマジックかもしれません。
“ウェス・アンダーソン”監督は親子の物語を好みます。それはフィルモグラフィーをみているとよくわかります。たいていは親と子(多くの場合は父と子)で意見の相違があって、妙にギクシャクしていたりします。
別に親子の確執なんて珍しくも何ともないテーマですが、“ウェス・アンダーソン”監督の芸術レンズを通すと、非常に個性的な喜劇に変換されるので、毎度不思議と惹きつけられます。
これまでの監督作であると関係性の修復にそれほど重きを置くよりは、物語のテンポで突っ切ることが多々あったと思いますが、今作はしっかり親子の不和が修復されたことを印象付けるラストを用意しています。
これは義父がモデルになっていると前述しましたが、そういう人生の背景を踏まえたうえでの“ウェス・アンダーソン”監督なりの思いの表れなのか…そこはこちらからはわかりません。
しかし、映画を作るということは自分を掘り下げることであると語る“ウェス・アンダーソン”監督にとっては、映画と自分を分ける線引きは曖昧で、わざとらしく区別する必要もないのかもしれませんね。
ともあれこのコルダは“ベニチオ・デル・トロ”が完全に自分のものにして演じきっており、憎たらしい不道徳な奴ながらもやはり目で追ってしまう。“ウェス・アンダーソン”監督の手にかかれば、なおさらキャラクターに隙が無いです。リーズルを演じた“ミア・スレアプレトン”も抜群の起用だったので、個人的には監督作で最も魅力的な親子でした。
バスケがしたいです…?
『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』のタイトルにもある「フェニキア」というのは、本来は現在のレバノンあたりの地域の名であり、そこで暮らしていた人をかつてはそう呼んでいました。しかし、紀元前9世紀から紀元前8世紀からその勢力は失われ、文明も都市も消えていきました。
無論、この映画は歴史上のフェニキアを描いてはいません。パスティーシュ(模倣)であり、ことさら中東地域が西洋に搾取される実態を風刺しています。
アートで権力を(オシャレに)批判するのは“ウェス・アンダーソン”監督の得意技ですが、今作はちょっと自分の映像化したい要素との混ぜ合わせが浮きすぎているところも多かったかな…。
例えば、投資家と話し合う(というか実際は騙す)ために各地を巡る中、“トム・ハンクス”と“ブライアン・クランストン”演じる2人の男と、唐突なバスケ対決が始まります。コルダはファルーク王子とタッグを組みますが、下手糞すぎて窮地に。結局、言葉巧みに押し切るのですが、他でもだいたい似たり寄ったりです。
このバスケのシーンもシュールではありますが、かなり長めに時間をとってあり、バランスは決して良いとは言えない気も…。
しかも、今回は毎回コルダが死にかけるたびに死後の世界に行ってしまうので、それでストーリーテンポがぷつんぷつんと途切れるんですね。
リーズルとビョルンのひと悶着も、“ウェス・アンダーソン”監督らしい皮肉たっぷりなロマンスではあるのですが(ビョルンを演じた“マイケル・セラ”も愉快)、コルダのインパクトが強すぎるのでビョルンが相対的に負けている印象は否めません(底なし沼にハマるコルダの絵面のほうが何十倍も忘れがたい)。
後半のヌバルとの対決はクライマックスのわりには、思っていた以上にあっさりな感触ではあったし…。まだバスケのほうが鮮明に記憶に残っている…。“ベネディクト・カンバーバッチ”演じるヌバルも自爆して目立とうとしていたのに、バスケに負けるとはね…。
“ウェス・アンダーソン”監督作の中でも『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』はコルダというひとりのキャラクターに相当に思い入れが濃かったと思われるので、それがこの全体のバランスの散漫さに繋がったのかもしれません。
しかし、こだわりぬいた世界観を満喫するだけの奥行きはじゅうぶんにあったので、それだけ眺めていればもう他にはいらないという人には、良い旅路だったでしょう。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Courtesy of TPS Productions/ Focus Features ザザコルダのフェニキア計画 フェニキアン・スキーム
以上、『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』の感想でした。
Phoenician Scheme (2025) [Japanese Review] 『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』考察・評価レビュー
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