人生は猫で幸せになれる。それでじゅうぶんなのだから…映画『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス(2021年)
日本公開日:2022年12月1日
監督:ウィル・シャープ
恋愛描写
ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ
るいすうぇいん しょうがいあいしたつまとねこ
『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』あらすじ
『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』感想(ネタバレなし)
猫愛を語るならこの画家を忘れずに
毎年さまざまなネットミームが新しく生まれたりするものですが、ネットミームの王者としていつも君臨しているのは「猫」です。ネコ、にゃんこ、ぬこ、キャット…。とにかく猫です。
なぜ猫はあんなにもネットミームに最適なのか。それは私にもわかりません。猫の魔力です。地球人は猫に脳を支配されている…そう地球外生命体が観察して推測してもおかしくありません。
2022年はAIによる自動生成イラストが流行りましたが、たぶんそんなテクノロジーが生まれようと、猫のネットミームは今後も不滅だと思います。
でも猫は昔からこんなに身近に愛されていたわけではありませんでした。そんな猫が“愛されキャラクター”として社会現象になる初期のきっかけを作ったクリエイター。それは誰か知っていますか? 今回紹介する作品はその人物に寄り添った伝記映画です。
それが本作『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』。
本作はタイトルのとおり、19世紀末から20世紀にかけて活躍したイギリスの画家「ルイス・ウェイン」を題材にしています。ルイス・ウェインの絵の特徴と言えば、それはもう猫。しかも猫を擬人化し、人間みたいな日常を送っているかのような絵を多数描き、それが当時は話題となって大衆に愛されていきました。ルイス・ウェインの絵の猫たちは、その時代を反映する文化や服装が見られ、ちょっとした社会風刺になっています。でもどこか愛嬌のある猫たちで、今なおファンの多い画家です。猫イラストレーターの創始者と言えるかもしれません。
『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』はそんなルイス・ウェインの人生を画家として成功するまでの過程や、人間模様と一緒に温かく描いています。
当然ながら、猫への愛が充満しているような物語で、全猫好きは必見です。ルイス・ウェインは猫を実際に飼っていたので、実物の猫もでてきますが、猫好きを幸せにしてくれる作品であることは保証します。個人的には猫映画としてはここ10年でベストじゃないかなと思うほど。猫以外は何もいらない、猫さえいれば幸せになれる…そんな感情に浸れる…。
ちなみに『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』の原題は「The Electrical Life of Louis Wain」で、「エレクトリカル・ライフって何?」と思うでしょうが、鑑賞すれば「エレクトリカル・ライフだった…」と感無量になるはず。
その『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』で猫に囲まれる主人公のルイス・ウェインを熱演するのは、2021年も『パワー・オブ・ザ・ドッグ』で圧倒的高評価を獲得した“ベネディクト・カンバーバッチ”。最近は『ドクター・ストレンジ』といい、『エジソンズ・ゲーム』といい、聞き分けの悪い嫌な感じの男を演じていることが多い印象でしたが、今回の『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』ではずいぶんと温和です。久しぶりに見たな、優しい“ベネディクト・カンバーバッチ”…。
共演は、『ファースト・マン』『蜘蛛の巣を払う女』の“クレア・フォイ”、『アムステルダム』の“アンドレア・ライズボロー”、『マクマホン・ファイル』の“トビー・ジョーンズ”、ドラマ『エセックスの蛇』の“ヘイリー・スクワイアーズ”など。ナレーションは“オリヴィア・コールマン”が担当しています。
そして『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』の監督はぜひとも名前を覚えておきたい注目の逸材。その人とは“ウィル・シャープ”です。日系イギリス人で、もともと俳優業もしており、ドラマ『Giri/Haji』でも印象的な活躍を見せていました。
その“ウィル・シャープ”は監督や脚本家としての才能も発揮していて、手がけたドラマ『Flowers』は高い評価を得ています。『Black Pond』(2011年)、『The Darkest Universe』(2016年)と長編映画監督作もあったのですが、今回の『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』は日本で一番見やすい最初の“ウィル・シャープ”監督作になりました。
私も監督作は初めて見たのですが、こんなに演出が上手いのか!とびっくりするくらいに“ウィル・シャープ”監督の力量に惚れましたよ。
『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』を鑑賞してぜひとも猫愛に包まれていってください。
『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :猫好きは必見 |
友人 | :猫愛を語り合って |
恋人 | :異性愛ロマンスあり |
キッズ | :猫が好きな子に |
『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):ここが私たちの居場所
1881年、雨の中の葬儀の列に参加する黒服の人たちが街を歩いています。その中にルイス・ウェインがいました。父親を早くに亡くしてしまい、ウェイン家で唯一の男性の長男として責任が圧し掛かります。
列車で大荷物をゴチャゴチャと抱えながら人混みを通るルイス。今は画家をしていました。列車内でも絵を描きまくっており、隣に小さい犬を抱いた男がいて、その人に頼まれてクレオパトラというその犬を描いてあげます。
編集者のウィリアム・イングラム卿の下で「The Illustrated London News」で働くイラストレーターとして仕事しており、ルイスの絵の専門は動物です。人間は描きません。
ある日、そのイングラム卿から、フルタイムの仕事を提案されますが、ルイスは音楽の作曲と劇作家をやってみたいと考え、自分なりに試し始めます。でも全然上手くいきません。
ルイスは5人の姉妹と母親を養育する立場にあり、姉のキャロライン・ウェインに小言を言われるも、ルイスも自分のやりたいことを貫くことをやめません。
家ではエミリー・リチャードソンを妹たちの新しい家庭教師として雇っていました。彼女はなぜかクローゼットに隠れており、ルイスもなんとかこの家にとどまってもらいます。元気な妹たちを世話してくれる人がいないと家は困ります。
家族で食事し、エミリーも参加。ルイスとエミリーはすぐにお互いに惹かれ合い、食事中も目が相手にいってしまいます。その視線に気づくキャロラインでした。
しかし、ルイスはエミリーとは会話はしますが、なかなか距離は縮まりません。エミリーはこの家に馴染んでいきました。ある日、妹のマリーが部屋で泣いているのを目撃し、初めての生理に困惑していたようですが、大丈夫だと慰めてあげます。
ルイスは家族とエミリーを劇場に連れて行き、テンペストを観劇。その間、ルイスは自分が溺れるという悪夢が脳裏に刻みつき、動揺してトイレに駆け込みます。
そのトイレにいるルイスのもとにエミリーが心配してやってきて、エミリーが思わずキス。ルイスからもキスをして、2人は愛を確かめあいました。
しかし、2人の関係は詮索好きなお隣さんのせいでバレてしまいます。エミリーは解雇されてしまいますが、ルイスとの別れ際の会話の後に、ルイスは追いかけて口づけをし、2人は愛で結ばれることにしました。
1884年、ルイスとエミリーは結婚。しかし、この結婚は世間からは白い目で見られ、2人は田舎の家に引っ越します。ルイスは相変わらず絵を描き続けていました。
そんなとき、雨の中、2人は言えの近くで震える子猫を見つけます。家に連れて帰り、ピーターと名付け、飼うことにしました。
2人と1匹の穏やかな生活。ルイスとエミリーはここは私たちの場所だという安堵感に包まれていましたが…。
“男らしさ”から外れがちな猫男
『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』は、明らかに社会の規範からちょっと外れているルイス・ウェインというひとりの変な男の人生を取り上げた映画です。
まずこのウェイン家では、ルイスが20歳の時に父が死去。これくらいの階級であれば、もう少しのんびりと学問などもできたでしょうが、家長を失ったことで家はこの階級にしては貧困の危機に陥り、ルイスは早々に働かないといけなくなってしまいます。
ところがこのルイス、妙に世渡りが下手というか、仕事面で不器用です。いや、絵を描く器用な才能はあります。ただ、ビジネスとなると得意ではないことが露呈する。絵以外にも音楽とか手を出してはみるのですが、それを収入に繋げることまでは才能が及ばないという、なんとももったいない性質があります。
後半ではついに猫の絵がバズりますが、そこでも収益に繋げていませんからね。どんだけ稼ぐことに鈍感なのか…。さすがに姉も怒りますよ…。
ルイス自身も少なくともこの映画内では家父長的な存在としては描かれておらず、ボクシングとかでもコテンパンにされるだけだし、全体として“男らしさ”が全く無い男です。女だらけの家で育っているということもあり、あまり自分でも“男らしさ”を気にしていません。
なのでエミリーに全然アプローチもできないという…。結果的にエミリーから一歩進んでくれたことでようやく2人は関係を深めていきます。女性からプロポーズしたようなもんですね。
そんなエミリーとの関係はこの当時は問題視されます。これはなぜかと言えば、エミリーが「ガヴァネス(governess)」という、個人の家庭内で子どもたちを教育するために雇われる女性だからです。このガヴァネスは一般的には未婚となった女性がいきつくポジションとされており、結婚もできなかった女として社会に見下されていることが普通だったそうです。そのガヴァネスと結婚するなんて、当時はあり得ないような話だったんですね。
実際、エミリーはルイスよりも10歳年上ですが、単に年上だから問題なのではなく、こういう身分差の問題があったのでした。
ここでもルイスの社会の規範からちょっと外れていく姿が映し出されます。
ちなみに、ルイス演じる“ベネディクト・カンバーバッチ”はエミリー演じる“クレア・フォイ”よりもひとまわり年上で、せっかくの史実の年齢差がキャスティングで反映されていません。「男優よりも年齢の若い女優が妻役になる」というキャスティング問題が今作でも浮かび上がっているのは残念ですが…。
猫を愛するコミュニティを築いたこと
身分違いの恋と言えば『チャタレイ夫人の恋人』みたいな作品はいくつもありますが、『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』は男女視点が逆ですが同一です。
本作ならではの特徴を挙げるなら、ルイスとエミリーは性的関係の色が濃くならないことでしょうか。作中で子どもが生まれるわけでもないですし、性的シーンも強調されません。ものすごくプラトニックな関係性を築いているようにさえ思えてきます。
その2人の間で欠かせない存在となるのが猫です。ピーターという猫が2人を繋げます。
これもまたルイスの社会の規範からちょっと外れている要素となります。
当時のヨーロッパでは猫をペットとして家で飼うのが珍しかったからです。以前までは猫と言えば、不吉な存在と紐づけられることも多く、せいぜいネズミ程度を狩る存在でした。なので犬のように狩猟に利用することもできません。利用価値は無いのです。
18世紀ぐらいから猫のネガティブな評判は変化の兆しが起き始めたと言われています。その変化にこのルイスの猫の絵も寄与したということです(もちろんルイスの絵ありきではないのですが)。単にルイスとエミリーの夫婦の関係を深める存在になっただけでなく、それが意図せず社会全体の猫に対する価値観さえも変えてしまったという、まさしく猫の社会現象です。
なお、猫の絵に関連してルイスは統合失調症を患っていて、猫の絵の描かれ方からその病気の進行具合がわかるとして、まことしやかに病理学的にも分析されたことがあり、その点でこの絵が後に有名になったりもしました。しかし、これは科学的な根拠がないそうで、猫の絵も製作日も曖昧なものが多く、猫の絵で病理的な精神医学を分析するのは無理とのこと。このルイスの猫の絵と絡めた統合失調症説は彼にまつわる寓話にすぎないと考えるべきでしょう。
本作ではルイスを精神的な患者として浮き上がらせて描くことは極力せず、愛する存在を次々と失って拠り所が消え、孤立していくひとりの男として素直に描いています。ここはもう“ベネディクト・カンバーバッチ”の演技の素晴らしさに支えられていますね。
何もかも失い、精神病棟に入れられてしまった高齢のルイスでしたが、そこで自分の作品がいまだに大勢に愛されているという事実を実感する。ルイスという人間が「再発見」される瞬間です。
ルイスは家父長的な存在にはなれなかったですが、でも男性は家父長的にならなくても、その存在は肯定されうるということ。ルイスが創作してきた作品が繋いできた多くの愛。ルイスは知らぬ間に巨大な家族を築いていました。それは猫を愛するというコミュニティです。
ラストはルイスはあの居場所に舞い戻ります。とても優しいエンディングです。
今も脈々と受け継がれている猫好きのコミュニティ。ある種の規範的でないリレーションシップによって保たれている“支え合いの場”であり、「猫を好きでよかった」とあらためてその愛を抱擁できる、そんな映画でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 70% Audience 72%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2021 STUDIOCANAL SAS – CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ルイスウェイン
以上、『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』の感想でした。
The Electrical Life of Louis Wain (2021) [Japanese Review] 『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』考察・評価レビュー