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『ウインド・リバー』感想(ネタバレ)…駆除します

ウインド・リバー

駆除します…映画『ウインド・リバー』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Wind River
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2018年7月27日
監督:テイラー・シェリダン
性暴力描写

ウインド・リバー

うぃんどりばー
ウインド・リバー

『ウインド・リバー』あらすじ

人が生きるには過酷な大自然が残るワイオミング州の雪深い土地にある先住民保留地「ウィンド・リバー」で、女性の遺体が発見された。FBI捜査官ジェーン・バナーが現地に派遣されるが、不安定な気候や慣れない雪山に捜査は難航。遺体の第一発見者である地元のベテランハンター、コリー・ランバートに協力を求め、共に事件の真相を追うが…。

『ウインド・リバー』感想(ネタバレなし)

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テイラー・シェリダンを知っていますか

2017年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門にて監督賞に輝き、批評家からも高い評価を得たにも関わらず、ゴールデングローブ賞やアカデミー賞では全く話題にもならなかった可哀想な作品。それが本作『ウインド・リバー』です。

そんな言い方をすると作品に失礼ですが、最初に断言しておくと、本作は本当に素晴らしい一作でした。賞レースに食い込めなかった理由は、アメリカの配給が「The Weinstein Company」だったこともあるのでしょうけど。ハーヴェイ・ワインスタインの性犯罪問題でそれどころじゃなかったでしょうし…。

監督は“テイラー・シェリダン”。コアな映画ファンでは名の知られている、近年急速に注目を集めている映画クリエーターです。脚本家として関わったドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『ボーダーライン』で一気に有名となり、続くデヴィッド・マッケンジー監督の『最後の追跡』でも素晴らしいシナリオを執筆。そんな“テイラー・シェリダン”の監督デビュー作が本作です。なので、注目していた人は、前からしっかりおさえていたと思います。

“テイラー・シェリダン”は職人的になんでもこなせるクリエーターというよりも、かなり作家性がはっきりしている人物なのが、この『ボーダーライン』『最後の追跡』『ウインド・リバー』を観るとよくわかります。

その特徴とは「アメリカ社会の闇の奥底で暮らす人々を浮かび上がらせる」こと。『ボーダーライン』では、アメリカとメキシコ間の国境で横行している果てしない麻薬戦争による暴力の深淵を描き、『最後の追跡』では、テキサス州西部で富と貧困どちらに転ぶかを必死にもがく“ホワイトトラッシュ”(白人の低所得者層)の愚直な姿を描いています。

“テイラー・シェリダン”自身、テキサス州生まれということで、そういうアメリカ社会の裏を見つめる視線があるのでしょうね。『ウインド・リバー』と合わせてこれら3作品は「アメリカ・フロンティア・トリロジー」と呼ばれているようです(もちろんストーリー上のつながりはありません)。

では、この『ウインド・リバー』は何を描いているのか。それについてあまり宣伝からはわからないのですが、一言でいえば先住民「ネイティブアメリカン」が主題になっています。そのため過去の2作と比べて社会派要素が強めでもあります。

アメリカではマイノリティ・ムーブメントが活発で、黒人や女性の躍進が映画界でも目立ちますが、“誰かさん”を忘れていませんか?というのが、“テイラー・シェリダン”監督の問いかけなんだと私は受け止めました。本作はアメリカがもっとも軽視してきた人々の声なき叫びにカメラを向けたものです。過去2作以上に真摯さを感じます。

だからといって小難しい話というわけではないので、堅くなる必要はないです。なんといっても、主演が“ジェレミー・レナー”&“エリザベス・オルセン”という「アベンジャーズ」組みなのが特筆されますね。『アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン』で掛け合いが見られた二人ですが、今作ではまた変わったコンビネーションがたっぷり見られます。しかも、本作、実はスナイパー映画なのです。マニアも唸るスナイピング描写で、“ジェレミー・レナー”がめちゃくちゃカッコいいです。本当にめちゃくちゃカッコいいです(2度目)。これで『インフィニティ・ウォー』でホークアイが“無”活躍で不満だった人も溜飲が下がりますね(?)。

硬派な一作ですが、ネイティブアメリカン問題に興味がある人、スナイパー映画マニア、俳優ファン、さまざまな需要を満たすでしょう。

↓ここからネタバレが含まれます↓

『ウインド・リバー』感想(ネタバレあり)

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主人公の職業の秘密

『ウインド・リバー』を読み解いていくうえで、主人公コリー・ランバートの職業は非常に重要なキーワードになるのですが、とくに説明もないのでわかりづらいものです。日本の宣伝では、ざっくりと「ベテランハンター」という言い方で紹介されていますが、正確には「Fish and Wildlife Service(FWS)」で働いている人物です。これは日本語だと「合衆国魚類野生生物局」と翻訳されることが多いです。といっても意味不明ですよね。日本人には全く聞きなれない言葉ですが、その職務の内容の大きな部分を占めるのが「野生動物管理(ワイルドライフ・マネジメント)」と呼ばれるもの。つまり、絶滅の危機に瀕した野生動物を保護したり、密猟を防いだり、はたまた個体数の増えすぎた野生動物であれば駆除したり、農業や家畜に被害を与える動物に対処したりすること。日本だと、環境省や農林水産省、猟友会のハンターなどいろいろな人が関わることが多い仕事ですが、アメリカではこのFWSの職員に任せられているのです。まあ、野生動物関連の仕事をする国家公務員ですね。

なんでこんな職業があるのかといえば、それはアメリカの土地柄が関係しています。ご存知の方もいると思いますが、アメリカは「管理」という考えに対して非常に敏感です。とくに田舎、ホワイトトラッシュが住むような地域では。それは「管理=共産主義」という嫌悪感が背景にあるのも大きいですが、自分たちの土地は自分で管理するという自由主義に基づく独立思考が地元民には強いです。なので、多様な外部の者たちが「管理」に“しゃしゃりでる”のが難しいんですね。しかし、そうはいっても国が「管理」しないとダメなときもあります。例えば、人間のルールなんてガン無視して行動する野生動物なんて絶対に自由に任せていられない事態も起きます。だからこそのFWSの出番なのです。

そんなFWSですが、察した方もいるでしょうけど、アメリカの公務員職でもかなり「閑職」な扱いです。なにせこんなド田舎に飛ばされて、アホみたいに広大な土地で、全く言うことも聞かない動物相手に仕事しろというわけですから。動物好きなら、潤沢な研究機関か、自由なNPOで働きたいと思うでしょうし、願わくば“やりたくない”仕事。そんな“暗い隅に追いやられて、しかも逃げられない状態で”アメリカのために仕事をしている人…まさに“テイラー・シェリダン”監督のテーマ性にぴったりです。

本作ではそのFWSで孤独に働く主人公コリー・ランバートにも、さらに重い過去があることがしだいに判明します。それは最愛の娘を辛い事件で失ったこと。普通であれば、そんなことが起きた土地からはさっさと離れるべきですが、“逃げられない”という現実。彼もまた、「アメリカ社会の闇の奥底で暮らす人」なのです。

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保留地の現実

そのコリーの職場のひとつであり、映画のタイトルにもなっている舞台、ウィンド・リバー保留地。

ここはアメリカに326あるとされる「インディアン居留地(Indian reservation)」と呼ばれる場所のひとつです。これまた日本人には聞き慣れない用語ですが、雰囲気的に先住民を保護する場所という感じで、“良いもの”なイメージを抱きがちですが、そんな簡単には語れません。というか、この保留地の歴史を語っていくと、それこそ本が何冊も書けるほどになるので割愛しますが、それはそれはもう凄惨な白人によるネイティブアメリカンへの虐待・差別・暴力の歴史がありました。気になる人はぜひ調べてほしいのですが、本当に胸糞悪くなるものばかり。

この保留地は、自治権があるということになっており、国が関与できません。言ってしまえば、そこで何が起ころうと国は知らんぷりしますよ…ということです。つまり、「管理」は最低限のことしかしないんですね。そのせいか、働く職員の数も米粒レベル。

ウィンド・リバー保留地は、広さは9147平方キロメートル。東京都の面積の約4.2倍です。でも、劇中でFWSはコリーしか出てきません。警察も全員出動で数人でした。ちなみに、東京都で働く都の行政職員の数は総計約16万8千人らしいです。100人くらい余裕で分けてあげたいのですけど…。

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公務員が仕事をしただけ

『ウインド・リバー』では、そんなウィンド・リバー保留地で発見されたネイティブアメリカン女性の遺体から騒動が始まります。遺体を見つけたFWSのコリーが、地元の部族警察に連絡。駆けつけてきたのはFBIのジェーン・バナー捜査官。しかし、保留地ということもあり、管轄で揉めます。遺体にはレイプの痕跡があり、足跡から走っていたと推測され、寒さで肺が破裂したということが検証されます。殺人事件として扱うならFBIは動くが、レイプ事件なら動けない。そんなジレンマのなかで、なんとか事件の真相を知りたいと思ったジェーンが頼れる唯一の相手は、土地勘のあるコリーでした。

このコリーに任せられてしまう構図というのは、まさに保留地ゆえの問題をシニカルに投影したものです。言い方がが悪いですが、レイプ殺人を野生動物問題と同列の棚に置いたわけですから。酷い話です。

それでも、コリーは持ち前のスキル(トラッキングなど)を駆使して、淡々と真相、そして犯人にたどり着きます。そして、文字どおり地域に仇なす「害獣」を駆除することになります。普段の仕事と同じように。最後は被害女性の父親に、害獣の死を報告するコリー。

本作は復讐の話でもなければ、ヒーローの話でもありません。あくまで公務員が仕事しただけです。しかし、このあまりにも淡々とした事務的な行為で描かれるからこそ、本作の題材のおぞましさが浮かんできますよね。

監督いわく「強姦は大人の女性になろうとしている少女にとって通過儀礼」だというこの地域。「この作品は成功しようが失敗しようが、作らなければならない映画だった」と語る監督は、ネイティブアメリカンの人たちと一緒に過ごして企画を練り、ネイティブアメリカンを俳優としても参加させています。おそらくこの企画は、“テイラー・シェリダン”がキャリアを積んだからこそ通せたものであり、監督としてどうしても作りたかったのでしょう。その優しさがこの映画の救いです。

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現代西部劇として100点

社会派な側面を中心に感想を書いてしまいましたが、本作はジャンル的側面も素晴らしいと思いました。

まずビジュアルです。あの壮大な大自然のなかに、真っ白い雪上迷彩の服を身につけた主人公。これだけでカッコいい。

物語のフォーマットは完全に西部劇であり、静と動の連動がビジュアルと相まって芸術的。

主人公が使用しているのは、45-70ガバメント弾(たぶん)で、本来、大型の野生動物相手に使うものですが、それが火を噴く終盤のスナイピングシーンは圧巻。あまりの威力に相手が壁に打ち付けられるほどですが、全然可哀想に思いません。それまで胸糞悪い田舎の闇を見せられていた観客にしてみれば、「やったれ!」という感じです。

ジェーンが世間知らずの新米捜査官ではなく、社会の闇に正義を燃やし、必死にそれを正そうとする未来を感じさせるポジションになっているのがまたいいところ。『ボーダーライン』でもそうでしたが、“テイラー・シェリダン”監督は、女性を安易にフェミニズムを代表する最強キャラにせず、リアルな社会での弱さと強さを並列して描く、バランスのとれたジェンダー描写が上手いですね。

映画の最後には「数ある失踪者の統計にネイティブ・アメリカンの女性のデータは存在しない。実際の失踪者の人数は不明である」と示されます。本作の主人公は良い人でしたが、実際はFWSや地元警察が汚職に手を染めていることも少なくないようで、この映画のようにはいかないようです。

弱者を救う「管理」ができる人は現れるのでしょうか…。

『ウインド・リバー』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 90%
IMDb
7.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★★
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関連作品紹介

ジェレミー・レナー出演作

・『メッセージ』
…物理学者の役。銃も弓矢も撃ちません。
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…人殺しする役。銃とか弓矢とか関係なしに殺します。
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(C)2016 WIND RIVER PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVE ウインドリバー

以上、『ウインド・リバー』の感想でした。

Wind River (2018) [Japanese Review] 『ウインド・リバー』考察・評価レビュー