ホワイト・ボイス
映画『ホワイト・ボイス』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Sorry to Bother You
製作国:アメリカ(2018年)
日本では劇場未公開:2019年にAmazonビデオで配信
監督:ブーツ・ライリー

ホワイト・ボイス

あらすじ

カシアス・グリーンは叔父の家の車庫に暮らす生活から脱却するべく、職を探す。やっとの思いで電話営業の職に就くことができたが、最初は上手くいかない。しかし、あるテクニックを習得したことで、瞬く間に営業成績トップに躍り出ることができ、成功者への階段を駆け上がっていく。その先には自分でも予想外の顛末が待っているとは夢にも思わず…。

『ホワイト・ボイス』感想(ネタバレなし)

2018年の話題作がこっそり配信

スマホ時代になっても私の家にはいまだに固定電話がありますが、もう迷惑電話くらいしかかかってきません。このご時世になっても固定電話への勧誘電話がときたまかかってくるのは、なんなんでしょうね。オレオレ詐欺のカモだと思われているのだろうか…。その一方で私のスマホには、選挙があるたびに投票先世論調査の企業らしき電話番号から着信が来るんですよね。なんか私の電話番号、流出しまくっているのかな…。

今回紹介する映画はそんなともすれば誰しもが迷惑と思ってしまう電話の話。しかも、電話を受ける側ではなく、“かける側”の物語です。それが本作『ホワイト・ボイス』

まずストーリーを深掘りする前に、この映画のイントロダクションから始めたいと思いますが、『ホワイト・ボイス』は原題が「Sorry to Bother You」といいます。海外映画アンテナを張っている人ならお気づきかと思いますが、『ブラインドスポッティング』や『ブラック・クランズマン』と並んで2018年に評価の高かったインディーズ系ブラック・ムービーのひとつでした。ゴッサム・インディペンデント映画賞では観客賞や主演男優賞にノミネートされましたし、インディペンデント・スピリット賞では『ヘレディタリー 継承』や『ジェニーの記憶』をおさえて新人作品賞を受賞し、ナショナル・ボード・オブ・レビューのトップ10にも選ばれていました。

つまり、2018年を代表するシネフィル必見の隠れた話題作だったわけです。

ところが、案の定、日本では劇場公開の足音は全く聞こえず、これは無理なのかな…と思っていたら、あまりにもサラッとAmazonプライムビデオで「ホワイト・ボイス」の邦題で配信されていました。ほんと、こう…なんというか、宣伝してくれ(懇願)。

原題の「Sorry to Bother You」は英語にある程度詳しいならよく知っているフレーズですね。「お忙しいところすみません」みたいな前置きに使うセリフです。邦題はそれとは似てもつかない「ホワイト・ボイス」となっており、未見の人は意味不明だと思いますが、鑑賞すれば一発で何を言っているのかわかります。一応、ネタバレに触れることになるので、これ以上は黙っておきますが。

本作はコメディなのですが、相当にヘンテコな映画で、「なんじゃこりゃ」枠です。作り手のクレイジーさがビシビシ伝わってくる、珍映画の新入りです。終盤の展開とか、斜め上すぎますもんね…。

監督は“ブーツ・ライリー”という、ラッパーとして結構前から活動していた人物で、本作で映画監督デビュー。いきなりの奇才、現るです。

主演は、『グローリー 明日への行進』『ストレイト・アウタ・コンプトン』『ゲット・アウト』と活躍が著しい“キース・スタンフィールド”。社会派ドラマから伝記モノ、コミカルな喜劇まで、何でもできて多才な人なので、今後もたくさん姿を見ることになるでしょう。

主人公の恋人役として登場するのは、『クリード』シリーズや『メン・イン・ブラック インターナショナル』でもパワフルな熱演を披露している“テッサ・トンプソン”。ヒロインという枠に収まらず、主体的に動き回って存在感を発揮するキャラにいつもハマっています。


また、ドラマ『ウォーキング・デッド』や『バーニング 劇場版』でおなじみのアジア系俳優の“スティーヴン・ユァン”も割と目立つポジションで共演しています。

『ホワイト・ボイス』はブラック・ムービーなのは確かにそのとおりなのですが、製作には“ニナ・ヤン・ボンジョヴィ”と“フォレスト・ウィテカー”が関わった「Significant Productions」が参加しており、だから黒人とアジア人のアンサンブルな映画になっているんですね。

他にも“アーミー・ハマー”“オマリ・ハードウィック”が出演。さらに声だけの出演ですが“デヴィッド・クロス”“リリー・ジェームズ”“パットン・オズワルト”も出ています。どういうことかは観てのお楽しみ。

とにかく一風変わった映画が見たい…という嗜好をお持ちの人は、今すぐ配信をチェックです。後回しにしない方がいいですよ。「Amazon Original」ではないので、いつのまにやら配信終了…ということもあり得ますからね。

オススメ度のチェック
ひとり◎(ブラック映画好きは必見)
友人◯(暇な時間にもぜひ)
恋人◯(ヘンテコ映画で気分転換)
キッズ◯(子どもにはわかりづらいかも)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『ホワイト・ボイス』感想(ネタバレあり)

台本に従え…その結果

カリフォルニア州オークランド。「5年間レストランでマネージャーを務め、2014年から2016年はオークランド銀行で窓口係だった」…そんな自己アピールをするカシアス・グリーンという黒人の男。ここはどうやら何かの会社らしく、現在は面接真っ最中のようです。しかし、その自信満々でトロフィーまで見せてきたカシアスの実績は全部。いとも簡単に経歴詐称がバレてしまい、一転表情が険しくなるカシアスでしたが、「どうしても仕事が必要なんです」と懇願。

ところがその上司は、テレマーケティングに別に経歴なんていらないからと、電話をかけまくれと言って快く採用してくれたのでした。大事なのはこれだけ…「STTS(Stick to the Script);台本に従え」だと。

場面は変わってベッドの上。先ほどのカシアスはデトロイトという恋人と一緒に横になっていました(恋人などからは「キャッシュ」と呼ばれています)。「死を意識する?」「死ぬ前に何かを成し遂げられるかな」そんな疑問をぼんやりと彼女にぶつけるも、答えなどなく、お楽しみといこうかと思った矢先。ある一面の壁がいきなり開きます。実はそこは車庫の中でした。

外へ出ると窓から叔父のサージが「家賃をくれ」と要求してきます。どうやら4か月遅れらしく、「2週間以内に払え」との命令でした。

さっそく住処を無くさないためにも仕事先の「リーガルビュー」で働き始めるカシアス。上司から簡単な説明を受けます。売れたら机に設置されたライトが光るらしく、成果を出せば最高のテレマーケター(パワーコーラー)になって、VIP待遇となり、昇進できると言われ、張り切ります。いざ電話。しかし、瞬間で切られます。また電話。切られる。また電話。今度は「夫がステージ4のガンで…」という老女が相手でしたが、台本に従うというルールに基づき、強引に売り込むとやっぱり切られました。

初日から仕事に幻滅してやる気が失せるカシアス。次の日も「Sorry to Bother You…」と言っただけで即、切られ、もう打つ手なし。

すると隣の高齢の黒人に「ホワイト・ボイスを使え」とアドバイスされます。なんでも“白人”声のことらしく、「ウィル・スミス風じゃダメ」「余裕のある風で行け」「彼らが理想としている声だ」と説明。実際にその男がやってみせると、全然別の声が聞こえました。

新しいチーム・リーダーのダイアナがみんなの前で語るのを職場のテレマーケター全員で聞いていると、カシアスは思わず「給料は上がりませんか?」と質問をぶつけてしまいます。

それを聞いていた同僚のスクイーズは「さっきの質問、良かったぞ」と褒めてきます。どうやら彼は労働組合を作りたいと考えているようでした。

カシアス、デトロイト、スクイーズ、昔からの友人の4人で車で出かける一同。テレビでは「ウォーリーフリー」へのデモ活動が報じられています。「ウォーリーフリー」というのは最近やたらとよく目にする完全雇用を謳った新しい労働システムを導入した企業で、CEOのスティーヴ・リフトは常識を変えるものだと自信満々で豪語。しかし、「レフトアイ」と呼ばれる活動家は「新たな奴隷制だ」と反発しています。
 
乾杯スピーチでいつのまにやらホワイト・ボイスを使いこなすことに成功したカシアス。このホワイト・ボイスで停滞していた仕事はいきなり順調、好調、絶好調。上司と大はしゃぎ。パワーコーラーの道は開かれたと言われ、デトロイトも働くようになりました。

一方、スクイーズの労働組合活動も本格化し、繁忙時間の20分間だけ仕事を辞めるというストライキをすることになります。「電話を置け」が合図。ついにストライキ実行。「Fuck you! リーガルビュー」の合唱のもと、一斉に仕事を放棄。さすがに上司も参ったの顔。

そんな中、カシアスは昇進となり、パワーコーラーとして上の階に配属されます。おカネに目がくらんだカシアスは自分だけがスト破りをして、未知の上位者の世界へ足を踏み入れます。そこでも電話をかけるのが仕事でしたが、売っているものが違いました。軍事力や労働力。そして、最大顧客はウォーリーフリーで…

これは成功か、失墜か…。とある男の波乱万丈。馬が合っているかに見えた仕事がまさか本当に「馬」につながるとは…。

ホワイト・ボイス

自分がない奴は大変な目に遭う

『ホワイト・ボイス』はとにかく演出に非常にキレがあって、これだけで観ていられる楽しさ。

カシアスが住んでいる車庫からして珍妙すぎるアイディアで、それと同時にちゃんとこの主人公が所詮は借り物だけの一種の「自分がない」世界で生きていることを暗示するかのような空間でもあります。

そんなカシアスが商売勧誘の電話をかけまくるシーンでは、揺れとともに彼の職場のデスクごと、電話先の相手のもとにワープするという斬新演出。基本、この男は「自分がない」奴なので、こうやってコロコロ場所も定まらず移動しちゃうんですね。

そして物語のキーとなる「ホワイト・ボイス」の習得に至る。この瞬間、カシアスは「自分がない」のを武器にし、自分をひたすらに偽装するテクニックだけを磨いていきます。

ちなみにこの「ホワイト・ボイス」演出。今回は思いっきり別俳優で吹き替えてますけど、これを日本語吹き替えにするのは相当に厳しいですよね。作中でも言及される黒人のトークと白人のトークの違いは、日本語では表現不可能ですから。字幕でも日本語自体にはこの相違点を表現しきれていません。まあ、これは文句を言ってもしょうがないところではあるのですが…。

パワーコーラー(この名称も絶妙にダサい)になって以降、カシアスは完全に別人気分を謳歌。ここで登場するカシアスの新しい眼帯上司。名前が「Mr. _______」になっているところからも、カシアスがこの世界に染まっていくことで最終的には本当に自分の名前すら消失する「自分がない」状態にまで行き着く未来を示唆しています。

でもそこまで深刻に考えていないカシアス。ウォーリーフリーの怪しげなビジネスに手を貸していることの罪悪感を見て見ぬふりをし、反対運動をする友人たちをよそに、ついには「ホワイト・ボイス」がビジネスだけでなく日常にまで浸食していき…。

この黒人が白人の声を意識するという要素は、『ブラック・クランズマン』でも見られましたが、『ホワイト・ボイス』はまさにその要素をマジでやってしまうというぶっとんだフィクションの荒業を実行してみせます。これだけだと本当にふざけているだけのギャグになってしまうのですけど、そこは人種問題を背景にしたリアルな意識の訴えによって、それなりの真面目な意味も持たせるあたり、手腕がお見事です。

いずれにせよ、こんな奇抜な発想はアフリカ系アメリカ人を主役にした作品でないと成立しないものですね。

まさかの馬人間ですみません

『ホワイト・ボイス』はテーマ自体はざっくりした言い方をすれば「資本主義への反抗」です。

そもそもカシアスのあだ名が「キャッシュ(Cash;現金)」なのも、彼が金儲け主義に憑りつかれていく存在なのを表しています。一方で、デトロイトはその名のとおり、人種的なアイデンティティを明確に持っており、彼女は常に行動でそれを表明しています(ピアスもその都度アクセントになっているのがユニーク)。また、労働組合に腐心するスクイーズは「Squeeze;搾取」の名が示すとおり、社会が弱者から全てを搾り取ろうとするのに対抗していきます。前述済みの「Mr. _______」といい、本作の登場人物はそのキャラが担う役割が名前で現れているくらい、ハッキリした人間構成です。

しかし、本作はキャラ名や「ホワイト・ボイス」以上のとんでもない隠し玉を後半に用意していたのでした。

資本主義の成れの果て。奴隷労働の行き着く先。それは、馬、UMA、ウマサピエンス

ここから一気に『ムカデ人間』よろしくオカルトサイエンス人体実験モノに早変わりするのですよ。これは予想できるわけないだろう…。一応、CEOのスティーヴ・リフトまわりで馬関連のアイテムが多いことでフラグはたてられているわけですが、誰が馬人間が出てくると推測できようか…。

ジャンルは完全にSFスリラーの領域に足をつっこみ、カシアスも観客も大混乱。なお、ここでスティーヴが謎の自信とともに見せてくるビデオ。作成者が「Michel Dongry」になっていますが、これは当然ながらあの『エターナル・サンシャイン』やミュージック・ビデオを多数手がける“ミシェル・ゴンドリー”への言及です。よく考えると、ガレージ暮らしが豪華な部屋に変わっていく演出とか、どことなく“ミシェル・ゴンドリー”作品のそれそのものでしたね。そこに寄せている映画だったのか…。

この後半のびっくり展開のせいで、反資本主義展開的なテーマが若干私の頭から吹き飛んでしまったのですが、馬人間が活躍するならそれで良し(単純な奴)。ちなみに劣勢なストを助けてくれるデマリアスという馬人間を演じているのは“フォレスト・ウィテカー”です。

要するに、わけのわからんクスリを吸ったり、アイデンティティもなく流されているだけだと「馬人間」にされるぞ!という、不気味な童話ということでしょうか。この映画を黒人の子どもが見れば教訓になって心底納得するでしょう、たぶん。

ともあれ独自のキレ味が良すぎた映画でした。エンディング曲の「The Coup - OYAHYTT」も最高です。

馬人間になりたくなかったら、怪しい電話は一切無視しましょう。



ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 93% Audience 70%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

関連作品紹介

2018年製作のブラック・ムービーの感想記事の一覧です。

・『ブラインドスポッティング』


・『ブラック・クランズマン』


作品ポスター・画像 (C)Annapurna Pictures, Significant Productions ソーリー・トゥー・ボザー・ユー