「性別は関係ない」では済まない現実は無視できないけど…映画『さかなのこ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2022年)
日本公開日:2022年9月1日
監督:沖田修一
さかなのこ
『さかなのこ』あらすじ
『さかなのこ』感想(ネタバレなし)
ギョギョ!の方の“さかなのこ”
魚などの水生生物の研究者と言えば、あなたなら誰の名前を挙げるでしょうか?
私ならやっぱり「レイチェル・カーソン」を挙げます。レイチェル・カーソンは1962年に「沈黙の春」を執筆し、DDTを始めとする農薬の乱用の問題を指摘し、地球規模の環境保全運動の先駆けとなる視点を大衆に与えた人物として有名です。実はレイチェル・カーソンはアメリカ水産局の水生生物学者としてキャリアをスタートさせたという経歴があります。当時、女性の同分野の研究者は非常に希少でした。
日本では、おそらくお茶の間で最も知名度のある魚の研究者として真っ先に名前が持ちあがるのは「さかなクン」でしょう。
1990年代にテレビの出演でその顔が知られ始め、トレードマークの派手なハコフグ帽子と「ギョギョ!」という特徴的な語りですぐにみんなの心を一網打尽。今でもタレントとしてあちこちで起用され、魚であればこの人をとりあえず呼ぶくらいには引っ張りだこ。ユーモラスな見た目とは裏腹に繰り出される豊富な専門知識、そしてそれをわかりやすく解説してくれる丁寧さで、子どもから大人まで幅広く愛されています。
そんな“さかなクン”の半生を描く映画が今回紹介する作品です。
それが本作『さかなのこ』。
なんか、このタイトルだとどうしても『崖の上のポニョ』を連想してしまう…。
本作『さかなのこ』は、卵から生まれた“さかなクン”の稚魚が川を下って海に出て、水鳥や大型魚の捕食を逃れ、海流の中でたくましく成長し、また川に戻ってくる…そんな物語…ではありません。ある日、突然自分には両親がいて幼い頃に逸れてしまったのだと思い出し、そのどこかにいるはずの両親を探してあてもなく記憶の欠片を胸に大海原を冒険していく…そんな物語…でもありません。実はアトランティスの王だと判明した“さかなクン”が王国に舞い戻り、そこで権力の座につこうとする者と激しく戦い、海の戦争へと発展していく…そんな物語…なわけもない。
『さかなのこ』は“さかなクン”の人間の物語。自叙伝「さかなクンの一魚一会 〜まいにち夢中な人生!〜」を原作としています。
しかし、普通に半生を描いてはいません。というか伝記映画ですらありません。
“さかなクン”というキャラクターからインスピレーションを得て、その半生のエピソードを部分的に借用し、独自のキャラクター・バックグラウンドをファンタジックに構築していったような、仮想半生映画…という感じでしょうか。ただでさえ、“さかなクン”がフィクショナルなキャラクター性を売りにしているタレントなのに、そこに重ねるようにさらにフィクショナルなバックストーリーを作ってしまうなんて…。「タローマン」みたいだな…。
ともかく“さかなクン”が主題だからこそできる芸当の映画化でしょう。
監督は『横道世之介』(2013年)、『モヒカン故郷に帰る』(2016年)、『モリのいる場所』(2018年)、『おらおらでひとりいぐも』(2020年)、『子供はわかってあげない』(2021年)などの個性作を続々と生み出す“沖田修一”。『さかなのこ』も“沖田修一”監督ならではの作家性が全開で、コミカルなテンポで独特の空気が終始流れています。“沖田修一”監督にうってつけの題材だったんじゃないかな。
そして“さかなクン”をモデルにしたミー坊という主人公を主演するのが“のん”です。この“のん”を“さかなクン”役にキャスティングするというのが本作のウルトラCの大技であり、この映画の魅力を揺るぎないものに変えています。完全に“のん”ありきの映画になっているのですが、“のん”なしでは到底成立しえない映画なのも事実。あらためて唯一無二の存在感を素で持っている俳優なんだなと痛感します。
共演は『浅草キッド』やドラマ『ガンニバル』の“柳楽優弥”、『ブルーアワーにぶっ飛ばす』『Red』の“夏帆”、『PLAN75』の“磯村勇斗”、『樹の海』の“井川遥”、『孤狼の血 LEVEL2』の“三宅弘城”、『おらおらでひとりいぐも』の“岡山天音”、『恋する寄生虫』の“西村瑞季”など。
『さかなのこ』は物語が相当に癖があるので見る人を選ぶ面はあるのですが、“沖田修一”監督のこれまでのフィルモグラフィーが好物であるなら絶対にハマりますし、俳優ファンの人でも大満足できる、わりとヒット範囲の広い映画だと思います。
後半の感想では、この映画での魚の研究者の描かれ方と、実際の魚の研究者との乖離なども比較対象にして話をやや脱線させながら、私なりに好きに語っています。
ぜひこの『さかなのこ』を観た後は「良い映画だったなぁ」で終わらず、現実の魚の研究者の姿にも目を向けて欲しいです。
『さかなのこ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :監督作品が好きなら |
友人 | :俳優ファン同士で |
恋人 | :ロマンス要素は無し |
キッズ | :魚好きの子に |
『さかなのこ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):ミー坊は将来に何になる?
ベッドから起き上がるひとりの人物。窓を開け、水槽のフグを見つめ、「おはよう」と声をかけ、餌をあげます。歯磨きでフグの口を掃除してあげた後、自分も歯磨き。
クローゼットを開ければ、同じような魚の帽子と衣装がズラリ。そして黄色と青の派手なダイビングスーツで外へ出ます。ダイバーの格好でパタパタと道を歩き、目的地へ。
そこは漁船の上。テレビカメラの前で「ギョギョ~」と元気よくポーズをとり、水揚げされる魚を前にハイテンションで解説します。撮影は順調にいっていましたが、ふと海の一点を見つめ、海面に巨大な魚影があった気がします。そして海へと落ちてしまい、幼い頃に戻ったような気分に…。
水族館。閉館の時間になっても夢中でタコを見つめる子。ミー坊と呼ばれたその子に母ミチコが魚の図鑑をプレゼントします。「また来週来よう」と帰ります。
家では食事でタコがだされ、「タコさん、可愛いね」と元気に美味しそうに食べるミー坊。本人にはやりたいことリストがあるようで、これでタコを食べるのは完了ですが、まだやりたいことはあります。
学校の教室では鉛筆を手に無心でタコが墨を吐く姿を描いていました。同級生のモモコは「タコにさん付けしてるの?」と困惑。「海ってのは繋がっているの」と教えられるミー坊でしたが、あまりわかっていません。
その時、「お前、モモコの子、好きなの?」と男子に揶揄われ、意味がわからず、ミー坊も盛り上がります。
帰り道、同級生で実はわりと仲がいい男子のヒヨからも「さん付けするな」と文句を言われますが、ミー坊にはこれが普通です。
すると道の前方に巷で「ギョギョおじさん」と呼ばれている不審者が立っているのを目撃。慎重に無視しようとしますが、フグの帽子をかぶったその人は「ギョギョ~」と追いかけてきて、ヒヨに急かされてミー坊もダッシュします。ギョギョおじさんに捕まったら解剖されて魚に改造される…そんな噂話もありました。
モモコとヒヨも連れてミー坊は家族と海へ行った時。ミー坊は水中メガネで泳ぎながら、タコを素手で捕まえ、全身で抱えてきます。「可愛いよ」と大満足のミー坊に他の子はややドン引き。お風呂で飼うと言い張り、母に「お家で飼ってもいい?」と聞くと、「いいわよ。その代わり自分で飼うこと」とOKしてくれます。しかし、父ジロウがタコを手にして頭部を引き抜き、「こうすれば旨くなる」と地面にたたきつけ始めました。その後にみんなでタコを食べます。
ミー坊は雨の日にひとりでいた時、ギョギョおじさんに話しかけられ、話が合います。「ハコフグの帽子ですね」と魚好きで通じ合い、色々教えてくれるギョギョおじさん。
家に帰って夕飯時、「今度、ギョギョおじさんのうちに遊びに行っていい?」と訊ねると「いいよ」と母。父はダメだと言いますが、母はそれでも行っていいと言ってくれます。
夜中、ミー坊は父が母に「どう考えても普通じゃないだろう」とひそひそ話しているのを耳にしました。
それでもミー坊は好奇心のままに成長していきますが…。
あれは人じゃない、さかなのこだよ!
『さかなのこ』は“沖田修一”監督の十八番のゆる~いスローテンポな作風で、シュールなギャグを連発していきます。今回は一応はひとりの人物の半生を描いているはずですが、そんなのお構いなしです。
幼少期のミー坊のパートでは、「魚は生き物として見るのも好きだけど食べ物として食べるのも好き」というミー坊の生態が“沖田修一”監督的なわざとらしさでボケまくりの暴れっぷりを披露。砂浜でのタコのくだりとか、他で見たことのないレベルでのリアル度外視でハチャメチャですよね。
ティーンになったミー坊のパートでは、ヤンキーたちとの微笑ましい交流が印象的。あそこも“沖田修一”監督ならではの会話のアホっぽさ。ガン無視での釣りからの、ナイフを借りて魚をしめるシーン、そして狂犬と恐れられるヒヨとの再会…一連のギャグの繋ぎの完成度はなかなかのもの。不良になれているようでなれていない“柳楽優弥”も可愛いもんです。
シリアスになりそうな展開はいくらでもあれど、その全てを“のん”の無邪気さでフラグ・クラッシャーとして処理していく力技。それをたっぷり2時間観ていてもあんまり飽きないのは、やはり“のん”の魅力ゆえなのか。今回はかなり『あまちゃん』を思い出すノリがありましたね。
酔っぱらって居酒屋で「これはシシャモじゃない! カラフトシシャモだろ!」と文句つけるシーンとかも別にストーリーにそこまで重要じゃないのですが、それでも何度も見たくなる面白おかしさがあるし…。
極めつけは“さかなクン”本人を「ギョギョおじさん」という不審者として登場させてしまうという禁じ手。いや、あんな登場の仕方、普通の人は怒っても当然な失礼なキャスティングですからね。“さかなクン”だから許してくれているような…。
今回の『さかなのこ』における“沖田修一”監督は、“さかなクン”本人と“のん”のおおらかさにだいぶおんぶ抱っこで助けられており、ちょっと遊び方の度が過ぎているシーンもあるのですが、それを許容してしまえる懐の広さがこの“さかなクン”本人と“のん”の二大合体で成立している奇跡のバランスの映画なのでした。
つまり、本作は“さかなクン”を“のん”を使ってさらに親しみやすいキャラクター性に変身させているわけです。それは楽しいに決まっていますよ。
ここまで来ると『アイム・ノット・ゼア』みたいに“さかなクン”を別々の6人くらいで演じてもいい気がしてくるけど、さすがに収拾つかなくなるか…。何よりみんなもっと“のん”のミー坊を見たくなるでしょうし、“のん”がベストアクトになるのは目に見えていますもんね…。
性別に関係なく、お魚博士になるには…
映画ファンからも好評であろう『さかなのこ』ですが、私がどうしても引っかかるのが「性別は関係ない」というこの映画の姿勢です。
もちろん言いたいことはわかります。「性別に関係なく、お魚博士になれますよ」というどの子どもの夢も肯定するポジティブなメッセージは、エンディングでもいっぱい伝わってきました。
一方でこの「性別は関係ない」という姿勢は、いわば同性愛表象に対して「普遍的な愛です」とラベルを貼るのと同様な、一種のトピックの無色化の副作用があって…。
そもそも『さかなのこ』は作り手にどこまでの意図があるかは不明ですが(でも“沖田修一”監督の過去作を見ているとその傾向はありそうだけど)、ちょっとクィア的な風味をだそうとしている狙いは感じます。“のん”を起用しているのもそうですし、その結果で自然に映像的に醸し出されるクィア的な絵面(例えばモモコと浜辺で並んで座っていると夫婦と勘違いされるとか)も同じく。
ただ、一連のこれらの意図の計りかねる演出はいわゆるクィア・ベイティングに足を踏み入れかねない安易さもあるので、少しそこは注意しないといけないんじゃないかな、と。
また、この“さかなクン”のようなキャラクターを作って世間に売り込んでいくという方向性のジェンダー非対称な構造とかにも本作はやや無頓着です。
このキャラクターを作って世間に売り込んでいく研究者の在り方は男性に有利だと私はつくづく思うのです。男性は学術業界では研究者になることが権威性に結び付きやすく、一方でそれは男性的な威圧感を増すことになります。そこで極端なキャラを被って世間と交流する。この方法だと“男らしさ”の圧迫さを緩和できるので便利です。
対する女性が研究者をやろうとする場合、自然動物分野でも女性はやはり舐められやすく、キャラを被れば余計にバカにされるだけです。
“さかなクン”がネットでも支持を得て成功できたのは“男らしさ”の緩和を上手く扱いこなしているからであり、実はすごくホモソーシャル的な生存術であり、同時に科学に対する日本のメディアの態度でもあるんですよね(“さかなクン”のインタープリターとしての功績はじゅうぶん凄いですが)。
『さかなのこ』では、魚の研究者になれなかったのは「おじさん」になっていますが、現実では魚の研究者に最も道のりが遠いのは女性、とくに作中で言えばモモコやミチコのようなステレオタイプに生きざるを得ない女性たちなのです。実際、女性の動物研究者は魚分野に限らず非常に少なく、男性が業界の中枢を独占しています。大学レベルだと自然動物系の学科は女子学生の割合が多いくらいなのに、キャリアアップしているのは男性ばかり。それが何を意味しているのかは…言うまでもないでしょう。
『さかなのこ』も5歳くらいの子向けの動画ならこれでいいですが、もう少し社会を見据えた作りであってもいいのではと個人的には思いました。自己批判的な視座がもう少しあればね…。
この感想記事の冒頭で取り上げたレイチェル・カーソンは、女性差別に晒されながら保守的な学術の世界でしばらく過ごし、さらに病気と同性愛差別に耐えながら、50代で亡くなりました(The New Yorker)。「沈黙の春」などの環境問題への実績は、その死後も大企業や保守派を黒幕とするバッシングで傷つけられました。女性の“さかなのこ”の現実は厳しいです。
それでも今は大勢の女性の“さかなのこ”が業界を変えようと努力しています(Women of Fisheries)。魚の図鑑だけでなく、そんな現実を変えようとする多様な研究者の姿を子どもに見せてあげましょう。
ROTTEN TOMATOES
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シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2022「さかなのこ」製作委員会
以上、『さかなのこ』の感想でした。
Sakananoko (2022) [Japanese Review] 『さかなのこ』考察・評価レビュー