わたしの若草物語
映画『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Little Women
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2020年6月12日
監督:グレタ・ガーウィグ

ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語

あらすじ

利発で頼もしい長女メグ、活発で信念を曲げない次女ジョー、内気で繊細な三女ベス、人懐っこく頑固な末っ子エイミー。南北戦争時代に暮らすマーチ家の4姉妹は父親が戦地へ行っている間、家で母と健気に生きていた。ジョーは作家になる夢を一途に追い続けるも、そこには大きな壁がある。4姉妹にはそれぞれの運命が待ち受け、苦難の中でも支え合っていくが…。

『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』感想(ネタバレなし)

もう「若草物語」は旧作ではない

「若草物語」という小説を読んだことはあるでしょうか。

ルイーザ・メイ・オルコットが1868年に発表した自伝的小説で、原題は「Little Women」。続編合わせると4作があります。

その名が知られたとても有名な作品であり、アメリカ文学を語るうえでも外せないだけでなく、女性文学史にとっても要になるもので、それは実社会にも大きな影響を与えたと言われています。アメリカの文学史家のサラ・エルバートによれば、「若草物語」は「アメリカの全少女の最初のビジョンを見いだせる」と評しています。アメリカは歴史が浅いですから、“アメリカらしさ”というものの熟成も乏しく、存在していたとしても“男性のもの”。そんな中で“アメリカの女性らしさ”を確立することにこの「若草物語」は貢献したのでしょう。

原作者のルイーザ・メイ・オルコットが当時はまだまだ数が少ない女性作家として、しかもフィクション分野でシリーズものとして成功したことは、後の女性作家の道標になりましたし、それこそ文学だけでない映画などあらゆる業界に女性が進出する原点になりました。

そんな著名な「若草物語」は当然のようにこれまで何度も映像化されています。1917年と1918年にモノクロ映画が作られましたが、最初の有名作は1933年のジョージ・キューカー監督&キャサリン・ヘプバーン主演の『若草物語』でしょう。そして1949年のマーヴィン・ルロイ監督&ジューン・アリソン主演の『若草物語』も知名度が高く、初のカラー映画だったので親しんだ人も多いはず。1964年には森永健次郎監督によって日本版『若草物語』が作られたりもしました。 1994年にはジリアン・アームストロング監督&ウィノナ・ライダー主演でも公開。なんだかんだで映画はすでに9作ほど作られているようです。もちろん映画だけでなく、テレビシリーズ、アニメ、漫画、ミュージカル舞台劇など、あらゆる媒体で「若草物語」は愛され続けてきました。

そして2019年、またまた映画として新生することになりました。それが本作『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』です。

でも本当にこう何度もリメイクしてはたしてそれは良い結果になるのか?…そう思ったのは私だけではないはず。何より「若草物語」は当時としては斬新だったとしても今見ると「う~ん…」となるような中身もないわけではないです。端的に言えば今とのミスマッチを感じる“古さ”がある。作品のノスタルジーに浸るだけになるのでは…という不安も沸くでしょう。

2018年のクレア・ニーダープルーム監督の映画『若草物語』は、その原作が持つ“古さ”への対応として最も単純な解決法…つまり現代に舞台を置き換えるという手段を選択しています。しかし、批評的にも全然ウケませんでした。

どうしたって難易度が高い挑戦。そんなことを誰がやるのか。しかし、その難題を見事にやってのけたのが“グレタ・ガーウィグ”監督でした。2017年の『レディ・バード』が絶大な評価を獲得し、一躍トップ監督の仲間入りを果たした若き才能が、この文学史の奥底で埃をかぶり始めた作品に再び新しい息を吹きかけたのです。


結果、『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』は「若草物語」映画群の中でも歴代最高評価を獲得。アカデミー賞では衣装デザイン賞を受賞、作品賞、主演女優賞、助演女優賞、脚色賞、作曲賞にノミネートされました。

なぜここまでの高い評価を得たのか。それは観たうえで語っていきたいところですが、ひとつ言えるのは原作「若草物語」はこの映画化をもってして現代に通用するものに生まれ変わったということ。もう「昔の作品だからね…」と注釈を入れる必要もなくなりました。これって凄いことですよ。“グレタ・ガーウィグ”の監督&脚本の力、ぜひその目で確かめてほしいです。

言うまでもないことですが本作を魅力的に輝かせている俳優陣も堪能してください。主人公4姉妹のうち次女ジョーを主演するのは『ブルックリン』や『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』などでいかんなく名女優っぷりを20代にして発揮する“シアーシャ・ローナン”。ほんと、この演技力、底知れなさすぎる…。

長女メグを演じるのは実写版『美女と野獣』でも圧倒的ヒロイン力で好演し、一般層にも絶大な人気を誇る“エマ・ワトソン”

四女エイミーを演じるのは『ファイティング・ファミリー』や『ミッドサマー』での熱演でファンをカルト的に虜にした“フローレンス・ピュー”


三女ベスを演じるのは“エリザ・スカンレン”で、キャリア的には4人の中でも一番目立たないのですが、負けない演技合戦を見せています。

そしてローリーという4姉妹をかき乱す「boy next door」を演じるのは、みんなメロメロな“ティモシー・シャラメ”。今作では…あざといです。もう4姉妹以上に可愛い、ヒロインです…。

他にも“メリル・ストリープ”“ローラ・ダーン”などベテラン女優も脇に揃い、とんでもなく豪華な顔ぶれ。どのシーンでも名演が見られる幸せ…。

ということで「若草物語」自体がまだ未見という人も大丈夫。全てが高水準の物語が今の人たちに語られるのを待っています。

オススメ度のチェック
ひとり◎(映画ファン必見の傑作)
友人◎(女性同士の仲も深まるはず)
恋人◎(幸せの意味を語り合って)
キッズ◯(夢を信じる勇気がもらえる)

『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』感想(ネタバレあり)

私の青春は物語になる

ひとりの女性がドアの前に立っています。そのドアを開け、部屋に進むのはジョー・マーチ。ここは出版社で、ダッシュウッドという男の前に赴き、原稿を確認してもらいます。それを1枚1枚見られながら、「長すぎる」とか結末に関するコメントなどをもらいつつも、自分の作品の出版への道筋が見え始めたことにジョーは内心では興奮。走って今住んでいるニューヨークのフリードリヒ・ベア宅のもとに帰りました。

暖炉の前で夢中にメモするジョーは、自分のすそが燃えていることにベアから指摘されるまで気づかないほどに集中。

ジョーは4姉妹の次女でした。他の3姉妹は今はそれぞれ別の場所にいます。

四女のエイミーはパリにいて、とても裕福な生活。しかし、隣のマーチ叔母は元気なのにどこか浮かない顔。馬車に乗っていると、見慣れた顔を男が目にとまります。「ローリー!」と馬車を降りて喜び抱き合う二人。ローリー(セオドア・ローレンス)は4姉妹が一緒に暮らしていたマサチューセッツ州の田舎町の家のご近所さんです。エイミーの顔に少し笑顔が戻ります。

長女のメグはローリーの家庭教師だったジョン・ブルックと結婚し、姉妹の中でもいち早く家を出て、今は子ども二人を育てて、家を守っています。子どもの賑やかさはあるものの、メグはどこか寂しげです。

三女のベスは猩紅熱という病気にかかってしまい、今も母と実家で暮らしています。他に誰もいない静かな部屋で、自分の好きだったピアノを弾きますが、それを褒める人もいません。

ジョーは妹のベスの病気が悪化したという手紙を受け取り、急いで帰ります。あの思い出の詰まった場所へ…。

7年前。4姉妹はマサチューセッツ州ののどかな田舎で、南北戦争で戦っている父親は家にいないので、母との慎ましい生活。でも楽しく暮らしていました。厳かなパーティに参加したときは、メグは優雅に踊る中、ジョーはこそこそ逃げていました。こういう雰囲気はあまり好きではなく、ある部屋に逃げ込むと、そこでローリーという同世代の男に出会います。「ダンスしないの?」と聞くと、どうやら互いにダンスに興味なしで一致している様子。リラックスして少し会話した後、会場ではない外廊下で二人はダンス。思い思いに動き、はしゃぎまくって発散しました。

踊りすぎて足を痛めたメグを支え、母のもとへ帰る一同。お金持ちとの結婚に憧れるエイミーはローリーにすかさず自己紹介します。女だらけ空間でバツが悪そうなローリーですが、そんな温かい家を外から見つめるローリーは憧れも感じている様子…。

クリスマスの日には4人でじゃれ合い、お隣のローレンスからの豪華な食事のプレゼントにびっくりしたこと。家の屋根裏部屋で劇の練習をして、男役でふざけまくったこと。劇場に行ったことでジョーとエイミーは喧嘩し、エイミーが氷が割れて水辺に落ちて危うい経験をしたこと。メグが結婚して家を出ていった日のこと。入院した父を見舞うために母が出発し、おカネのためにジョーが髪を切ったこと。ベスにローレンスからピアノがプレゼントされ、感激で言葉も出なかったこと。ベスの病気が発覚した日のこと。

楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、気持ちが全部凝縮されたあの記憶、あの場所。今そこに帰ってきたジョーは何を物語るのか。

原作者が本当に描きたかったもの

『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』はこれまでの過去の映画と明らかに違う点がいくつもあります。その大きなポイントのひとつが時系列です。

従来は「過去→現在」と普通に時間が経過していたのに対し、今作では「現在→過去→現在→過去→現在→過去→現在→…」と頻繁に時期が変わります。そのため「若草物語」の大まかなストーリーを把握していない初見の人にはちょっと面食らう構成だったかもしれません(でも混乱しないように、絵作りやジョーの髪型など、わかりやすい目安は提示されていましたけどね)。

そしてこの構成にしたのはただ変化球で斬新さを狙って…ということではなく、そこに明確な一点の狙いがあり、それがまさにこの“グレタ・ガーウィグ”監督が「若草物語」を現代でどう語りたかったのかを証明しています。

最初に言ったように「若草物語」は現代感覚ではちょっと“古さ”があるわけです。例えば、小説家になるという夢に向かって進むジョーは多くの映画では結局は最後にベアと結ばれて終わります(原作では続編最後で小説家になっている)。でも女性がキャリアを半ば諦め、年配の男性に従うことで幸せを得る…という着地は本当に良かったのか。

そもそも原作者のルイーザ・メイ・オルコットはこの着地に満足だったのだろうか。というのも当時は男社会の圧力の中、女性作家が素直にやりたいように創作性を発揮するのは実質不可能でした。それはこの『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』でもまさにジョーが同じ経験をするシーンであらためて強調しています。「女の幸せは結婚すること」…そういう終着点を強いられたのではないか。では原作者が本当に描きたかったものは何なのだろうか。

その原作「若草物語」が抱えているであろう未練を汲み取って、その呪縛から解き放ったのが本作『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』なのではないでしょうか。

そしてそれができるのはやはり“グレタ・ガーウィグ”監督、この人を置いて他にいないです。女の幸せは女が決めること。男が講釈垂れることではありません。女性監督でなければいけなかったでしょう(それが実現するのにこんなに時間がかかったのもあれですけど)。

さらに女優から監督へ、キャリアアップに成功してみせた“グレタ・ガーウィグ”監督だからこその当事者説得力というものがあります。

この物語はこの監督の手で映画化されるためにあったのだ…こんな幸せな原作はあるだろうか…この本は“グレタ・ガーウィグ”という運命の人に出会えた。本当にそう思ってしまうくらい、本作は到達点に行き着いた一作だと思います。

わたしの若草物語

結婚していようがいまいが…

そうは言っても現代的アップデートというと安っぽい響きになりかねないですし、失敗例もある以上、難しいです。原作へのリスペクトと両立もしないといけないわけですから。しかし、“グレタ・ガーウィグ”監督は語り口が抜群に上手かった…。

まず三者三様ならぬ四者四様の今の生き様を見せる冒頭。ここで女の人生のルートを4つ見せるんですね。で、大事なのはどれかが正解です!みたいな安易なことはしていないということ。むしろ4人ともどこか暗いものがあります。つまり、「女の幸せは結婚にあるか、否か」という単純な話ではない。もっと別の次元の話。それはやはり4人とも男社会の中で生きるしかなく、そこに限界を感じてしまっている…そこへの是非ですよね。ましてやの4姉妹は中流階級の家庭なので、嫁ぐことでしか次へ進めないというのが世の常識。貧困層や上流階級よりも男社会の縛りは濃いのかもしれません。

それぞれ個人を見ていきましょう。

長女メグ。彼女は一種の理想どおりの定番の女性の幸せを達成した…ように見えます。“エマ・ワトソン”ならではの完全無敵な女性としての存在感も相まって、その成功者としての佇まいもより際立ちます。でもそうではない、この言葉にできないもどかしさ。素敵な男性の妻になった、元気な子どもにも恵まれた、しっかりした家もある…なのに、なのに、なぜ…。私はこのメグは実は一番の生き地獄的な苦しさ(しかも表向きは恵まれているので他人に悩みも言えない)を味わっている、可哀想な立場だなと以前から思っていたのですが…。

三女ベス。彼女は病気で死んでしまうという、ぞんざいな言い方をすれば「不幸なキャラ」です。でも本作では非常に4姉妹のつながりが深く描かれているせいか、ベスの苦しみも一層伝わって胸をうちます。そんな後半は不在になってしまうベスですが、ラストにベアが亡きベスのピアノを弾くシーンとして、あらためてベスの存在が浮かび上がってくる演出はズルすぎるくらい良いですよね…。意外な男女のクロスオーバーがこうもしんみりさせるとは…。

四女エイミー。このキャラは昔から嫌われ者扱いにされがちでした。ローリーを結局はとってしまうわけですから。でも本作ではそんなエイミーの人間味がとてもよく出ていて、作中一の愛されキャラになったのではないかというくらいに激変していました。これもどれも“フローレンス・ピュー”の演技力の賜物。あの絶妙にアホっぽい感じ、最高じゃないですか(あの父の突然の訪問時のエイミーの驚き方が好き)。それでいて人生の選択を自分でするという、実は4姉妹の中で初めてのことをやってみせるのもエイミーで、ここも(以前が危なっかしかっただけに)成長に余計に感動してしまいます。

他の大人の女性組も良いし、あとは忘れてはいけないローリーです。“グレタ・ガーウィグ”監督はなにかとイケメンという単一なイメージになりがちな“ティモシー・シャラメ”を人間味あふれるキャラに変えるのが上手いですよね。今作はちょっとギャグ要素も多い存在になっており、あの窓から覗くという定番がイチイチ笑いになっているのも愉快(そんな体勢で?そこまでして見たいの?っていう)。そんなローリーも男社会の中で窮屈さを感じているように見える立ち位置になっているのが良かったです。

クリエイターの誕生譚

そして次女ジョー。多くの魅力が増したサイドのキャラに囲まれて、ジョーが歩む人生の選択肢。

この終盤でジョーがどんな人生を選ぶのか、観客はまるであのジョーの書いた物語の結末を知りたがる女の子たちのようにハラハラして見守ることになります。ジラしていく感じもまた巧妙です。「若草物語」を知っている人ほど焦ってきますよね、これ、いつものあれになるのか?って。

本作は終盤は完全にメタ的な演出構成になっており、典型的な物語内物語の多層構造ですけど、ここで上手いなと思うのは決して「若草物語」のあの昔ながらの終わり方(ベアを追いかけて結ばれるというオチ)を切り捨てているわけではないこと。そこへのリスペクトを添えつつも、今作では物語る者として作者の想いに応えてあげる。

思えば本作は最初から一貫してジョー・マーチというクリエイターの誕生譚なのでした。

冒頭のジョーの背を映すシーンから始まりますが、そこでジョーがスッと顔を上げて姿勢を正します。もうここだけで「創作者ジョー、いきます!」という宣言にも思えてくる。そして終盤は出版側と対等に交渉するだけの存在になっている。ラストは印刷されている光景を眺めるジョーの正面姿で、冒頭のとは対になっている映像です。本を抱く姿に、誇らしげな顔。ジョーにとっての赤ん坊はまさにこの本なんですよね。みんな幸せな学校のシーンで終わるのはパッと思いつきやすいベターなエンディングかなと思うのですが、あの印刷工程をじっくり描く映像で映画を終わらせるのは個人的には一番心を動かされたというか。やっぱりこういう作り手の想いが最後に迸る作品には弱いですね。

“グレタ・ガーウィグ”監督の夫ノア・バームバックも監督作『マリッジ・ストーリー』でラストに女性の主体性を直球で描いて見せましたけど、“グレタ・ガーウィグ”監督の場合はまた一段深い寄り添いがあったように思えました。

もっと語りたいことがいっぱいあるのですけど長くなるのでこのへんで。

この『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』が、これからの未来を生きる多くの女の子の新しいビジョンになるといいなと願っています。

『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 95% Audience 92%
IMDb
7.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 9/10 ★★★★★★★★★

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↑『若草物語』…1949年のマーヴィン・ルロイ監督&ジューン・アリソン主演作。これまでの中では最も有名な作品でしょう。
作品ポスター・画像 (C)Sony Pictures ストーリーオブマイライフ 私の若草物語 リトル・ウィメン

以上、『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』の感想でした。